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第二章 龍神の決断
十七 憶測と真実
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1・
月曜日の昼。
エリックは主要人物を神殿の遠距離通信室に集め、今のところ判明している情報の共有を行った。
「フリッツベルクは、ロックをあんな風に殺しました。でも目的が、ショーンを護るためだといいます。その手段の一つは、私を痛め付けるというものでした」
思い出したくない事件のことを思い出す不愉快さはあるが、エリックは冷静に務めた。
「この情報だけでは、彼の真意などまったく分かりません。けれど、彼は私との決闘の間もそうですが、嘘はついていないように思えました。そして私に言った台詞は……考えるのも認めるのも嫌なものの、忠告でした。考え無しに戦いに持ち込んだ思い上がった私の馬鹿さ加減を自覚させ、正すべき現状をはっきりさせてくれた……ようです」
ここでイツキが口を挟んだ。
「しかし、あれは止めを刺そうとしていました。エリック様を殺して、ショーン様が守れる訳がありません」
「最後の……イツキが助けてくれる直前のあの時は、彼は本当に俺の髪を切りたかったのかもしれない。彼は俺に休めと言ったから……そこまでして重圧を取り除こうとしたのかも」
エリックはそこまで言い、部屋の中にいるホルンとフィルモア、そして遠距離通信で同席しているポドールイのロゼマイン王に視線をやった。
画面の向こうのロゼマイン王は、目を細めて言った。
「フリッツベルクは、少しばかり性根が曲がっている者でした。けれど、一年ほどのポドールイ王としての活動状況から、他者を護る王としての素質は持ち合わせていたと思います。ただ、彼が常に何を見ていたのか、私には読み取れません」
「意見をありがとうございます。その……何を見ていたかの話ですが……」
エリックは、話すべきかどうか悩んだ。しかし言わなければ話は進まないとも思った。
「彼がイツキにより攻撃される直前、銃撃されて下がった場所で、振り向いて空を見上げました。その方向は、彼を撃った戦艦のいた方向ではありません。そして私も、少し霞んだ目でですが……その方向の空を見ていました。何者か……というか、澱んだ空とでも言うべきか。余り感じたくない強い闇の気が、その方向に感知できました。彼が気にする何かが、そこにいたようです」
エリックは魔法で治癒されたといっても昨日の疲れがまだ取れず、少し小声になり視線を床に向けた。
エリックの言葉に、ホルンが続けた。
「私も、フリッツベルクに眠らされてから寝覚めた瞬間に、異様な気配を空の方に感じました。けれどその闇はすぐ、クリスタから立ち去った……離れざるを得なかったようです。これがその原因かと」
ホルンは手にしたスマホに映像を呼びだして、再生した。
ハルトライト高校の文化祭で、ミンスと軽音部が共に歌ったハッピーの曲。
ここにいる全員、差はあれど、この映像にほとばしる光の力が備わっているのを理解した。
曲が終わったところで、ホルンは続けた。
「つまり……フリッツベルクが気にした何かは意識を持ち、ショーン様の歌声に宿る光から逃げたのです。しかし、ショーン様は余りにも幼い。人ではない闇の獣にとり、彼は良質のエネルギーを蓄えた餌でしかありません。もし彼がそれに食べられた場合、闇は膨れ上がり……クリスタどころか、他の星々も消し去る可能性があります。ショーン様は神族ですので、そういう事態もあり得るかと」
ホルンが言い終わってから、フィルモアが続けた。
「私も意識を失ってから目覚めた時に、この世の質が闇に傾いていると感じました。意識を失っていたからこそ、その間に闇が徐々に近付いていたとしても突然に大きく変化したように感知でき、確実に読み取れたのです。つまり私とホルン殿がフリッツベルクに眠らされた意味は、エリック様との決闘の邪魔をさせない為と、この世の変化を確実に読み取らせる為の、彼の策であったと思われます」
エリックはフィルモアの話が終わった後、急ぎ足でクリスタまで来てくれたノアに視線をやった。
ここにいる全員が、同じようにノアを見た。
「ノア様。あなたは全てを聞かされている筈です。我々の予想は正解なのですか?」
エリックが問うても、ノアは視線を床に向け続けた。
「私は、何も申し上げられません。麒麟として、それを口にすることはできません」
「つまり、誰にも言わないと誓ったという意味ですか?」
「それもあります。しかし信条として、申し上げられません。お察し下さい」
ノアの台詞を聞いた全員が、ほぼ同じ事を考えた。麒麟は他者を傷つけない生命体。ノアが真実を言うことで、傷つく者がいるという事を。
エリックは、イツキを見た。イツキはその視線を受けて俯いた。
「あの……私は、学校から出るなと彼に言われていました。それを破り、戦いの場に駆け付けた事で、彼を……」
「いや、彼は生きているかもしれない。現場に死体はなかった」
エリックは事実を言った。
「それは、一瞬で全てが焼かれて地面と共に灰まで破壊され尽くしたからでしょう? 彼は私を逃がすのに精一杯で、逃げ遅れたのでは」
イツキは、現実的見解を述べた。
「加えて、ショーン様が見た夢の中のポドールイ王は、彼に感謝しています。宇宙時代初期のポドールイ王たちは、厳しい現実を生き抜いた故か、邪なる者に対して残酷過ぎるほどに残酷だったという記述があります。そのうちの一人が、彼に素直に礼を述べたいと言ったのが本当だとしたら、フリッツベルクは善なる者であったという証拠になります」
イツキはノアを見た。ノアは身じろぎせず、視線を床に落として黙り込んでいる。
エリックは反論した。
「しかし、ロックを殺したのは事実だ。フリッツベルクの事情が何であれ、人殺しだ。かくいう俺も、反省を促される前に本気で殺されかかった。しかも、死体でも改造して使うような事も言った。イツキは本当に、俺の命を救ってくれたんだ。ありがとう」
「……確かに、死んで改造されるのは言語道断ですが……しかし、彼は、そういった精神的に響く事を言うことで、エリック様に修行をさせたのではありませんか。貴方様がより強くなられたならば、ショーン様の最強の盾にもなれます。そして矛になれた存在を、私は……」
「イツキ……」
エリックはもう、どう言ってイツキの罪悪感を晴らせば良いのか分からなくなり、何も言えなくなった。
室内がしんとした。
次の瞬間。青白い光がぼんやりと出現した通信室の扉に、エリックとフィルモアとロゼマイン、そしてノアが注目した。
四人は数秒のみ扉を見て、そして視線を別々に逸らした。
「…………はっ! あ、まさか! そういう事か!」
エリックは突然に大声を上げた。
「イツキ、お前じゃない。ノアが傷つけまいとしているのは、別の存在だ! それに、確かに真実はここでは言えない」
エリックは興奮気味に言って、背にした大画面内の、母星にいるマーティス国王を意識しないように頑張った。
「ええと、そうだな。ノア、フリッツベルクは生きているんだな?」
「……」
「若干、頬が動いたな。でも秘密にしておくべきなら、秘密にしよう。イツキ、分かったか?」
イツキはどうしてそう分かってしまったのか不思議に思いつつ、エリックを信じて頷いた。
「それは、いつか訪れる敵の目を欺くものでしょうか」
「だろうな。そして彼が帰って来たら、敵も来ているという意味だろう。目安になって良い」
目安って、と数人が思った。
「闇の獣……いつも宇宙で俺たちを困らせている、時空獣の親玉が犯人と思って対策を考えようか。きっと、そいつが来るのはショーンが増やした光の効果が薄らぐ頃だ。それまでは、ショーンにたくさん勉強させてできるだけ使えるようにする。神殿もバックアップするが、日常的にはイツキとオーランドに頼るしかない。本当に頼んだぞ」
「……はい」
イツキは贖罪が叶いそうだと安堵して、深々と頭を下げた。
月曜日の昼。
エリックは主要人物を神殿の遠距離通信室に集め、今のところ判明している情報の共有を行った。
「フリッツベルクは、ロックをあんな風に殺しました。でも目的が、ショーンを護るためだといいます。その手段の一つは、私を痛め付けるというものでした」
思い出したくない事件のことを思い出す不愉快さはあるが、エリックは冷静に務めた。
「この情報だけでは、彼の真意などまったく分かりません。けれど、彼は私との決闘の間もそうですが、嘘はついていないように思えました。そして私に言った台詞は……考えるのも認めるのも嫌なものの、忠告でした。考え無しに戦いに持ち込んだ思い上がった私の馬鹿さ加減を自覚させ、正すべき現状をはっきりさせてくれた……ようです」
ここでイツキが口を挟んだ。
「しかし、あれは止めを刺そうとしていました。エリック様を殺して、ショーン様が守れる訳がありません」
「最後の……イツキが助けてくれる直前のあの時は、彼は本当に俺の髪を切りたかったのかもしれない。彼は俺に休めと言ったから……そこまでして重圧を取り除こうとしたのかも」
エリックはそこまで言い、部屋の中にいるホルンとフィルモア、そして遠距離通信で同席しているポドールイのロゼマイン王に視線をやった。
画面の向こうのロゼマイン王は、目を細めて言った。
「フリッツベルクは、少しばかり性根が曲がっている者でした。けれど、一年ほどのポドールイ王としての活動状況から、他者を護る王としての素質は持ち合わせていたと思います。ただ、彼が常に何を見ていたのか、私には読み取れません」
「意見をありがとうございます。その……何を見ていたかの話ですが……」
エリックは、話すべきかどうか悩んだ。しかし言わなければ話は進まないとも思った。
「彼がイツキにより攻撃される直前、銃撃されて下がった場所で、振り向いて空を見上げました。その方向は、彼を撃った戦艦のいた方向ではありません。そして私も、少し霞んだ目でですが……その方向の空を見ていました。何者か……というか、澱んだ空とでも言うべきか。余り感じたくない強い闇の気が、その方向に感知できました。彼が気にする何かが、そこにいたようです」
エリックは魔法で治癒されたといっても昨日の疲れがまだ取れず、少し小声になり視線を床に向けた。
エリックの言葉に、ホルンが続けた。
「私も、フリッツベルクに眠らされてから寝覚めた瞬間に、異様な気配を空の方に感じました。けれどその闇はすぐ、クリスタから立ち去った……離れざるを得なかったようです。これがその原因かと」
ホルンは手にしたスマホに映像を呼びだして、再生した。
ハルトライト高校の文化祭で、ミンスと軽音部が共に歌ったハッピーの曲。
ここにいる全員、差はあれど、この映像にほとばしる光の力が備わっているのを理解した。
曲が終わったところで、ホルンは続けた。
「つまり……フリッツベルクが気にした何かは意識を持ち、ショーン様の歌声に宿る光から逃げたのです。しかし、ショーン様は余りにも幼い。人ではない闇の獣にとり、彼は良質のエネルギーを蓄えた餌でしかありません。もし彼がそれに食べられた場合、闇は膨れ上がり……クリスタどころか、他の星々も消し去る可能性があります。ショーン様は神族ですので、そういう事態もあり得るかと」
ホルンが言い終わってから、フィルモアが続けた。
「私も意識を失ってから目覚めた時に、この世の質が闇に傾いていると感じました。意識を失っていたからこそ、その間に闇が徐々に近付いていたとしても突然に大きく変化したように感知でき、確実に読み取れたのです。つまり私とホルン殿がフリッツベルクに眠らされた意味は、エリック様との決闘の邪魔をさせない為と、この世の変化を確実に読み取らせる為の、彼の策であったと思われます」
エリックはフィルモアの話が終わった後、急ぎ足でクリスタまで来てくれたノアに視線をやった。
ここにいる全員が、同じようにノアを見た。
「ノア様。あなたは全てを聞かされている筈です。我々の予想は正解なのですか?」
エリックが問うても、ノアは視線を床に向け続けた。
「私は、何も申し上げられません。麒麟として、それを口にすることはできません」
「つまり、誰にも言わないと誓ったという意味ですか?」
「それもあります。しかし信条として、申し上げられません。お察し下さい」
ノアの台詞を聞いた全員が、ほぼ同じ事を考えた。麒麟は他者を傷つけない生命体。ノアが真実を言うことで、傷つく者がいるという事を。
エリックは、イツキを見た。イツキはその視線を受けて俯いた。
「あの……私は、学校から出るなと彼に言われていました。それを破り、戦いの場に駆け付けた事で、彼を……」
「いや、彼は生きているかもしれない。現場に死体はなかった」
エリックは事実を言った。
「それは、一瞬で全てが焼かれて地面と共に灰まで破壊され尽くしたからでしょう? 彼は私を逃がすのに精一杯で、逃げ遅れたのでは」
イツキは、現実的見解を述べた。
「加えて、ショーン様が見た夢の中のポドールイ王は、彼に感謝しています。宇宙時代初期のポドールイ王たちは、厳しい現実を生き抜いた故か、邪なる者に対して残酷過ぎるほどに残酷だったという記述があります。そのうちの一人が、彼に素直に礼を述べたいと言ったのが本当だとしたら、フリッツベルクは善なる者であったという証拠になります」
イツキはノアを見た。ノアは身じろぎせず、視線を床に落として黙り込んでいる。
エリックは反論した。
「しかし、ロックを殺したのは事実だ。フリッツベルクの事情が何であれ、人殺しだ。かくいう俺も、反省を促される前に本気で殺されかかった。しかも、死体でも改造して使うような事も言った。イツキは本当に、俺の命を救ってくれたんだ。ありがとう」
「……確かに、死んで改造されるのは言語道断ですが……しかし、彼は、そういった精神的に響く事を言うことで、エリック様に修行をさせたのではありませんか。貴方様がより強くなられたならば、ショーン様の最強の盾にもなれます。そして矛になれた存在を、私は……」
「イツキ……」
エリックはもう、どう言ってイツキの罪悪感を晴らせば良いのか分からなくなり、何も言えなくなった。
室内がしんとした。
次の瞬間。青白い光がぼんやりと出現した通信室の扉に、エリックとフィルモアとロゼマイン、そしてノアが注目した。
四人は数秒のみ扉を見て、そして視線を別々に逸らした。
「…………はっ! あ、まさか! そういう事か!」
エリックは突然に大声を上げた。
「イツキ、お前じゃない。ノアが傷つけまいとしているのは、別の存在だ! それに、確かに真実はここでは言えない」
エリックは興奮気味に言って、背にした大画面内の、母星にいるマーティス国王を意識しないように頑張った。
「ええと、そうだな。ノア、フリッツベルクは生きているんだな?」
「……」
「若干、頬が動いたな。でも秘密にしておくべきなら、秘密にしよう。イツキ、分かったか?」
イツキはどうしてそう分かってしまったのか不思議に思いつつ、エリックを信じて頷いた。
「それは、いつか訪れる敵の目を欺くものでしょうか」
「だろうな。そして彼が帰って来たら、敵も来ているという意味だろう。目安になって良い」
目安って、と数人が思った。
「闇の獣……いつも宇宙で俺たちを困らせている、時空獣の親玉が犯人と思って対策を考えようか。きっと、そいつが来るのはショーンが増やした光の効果が薄らぐ頃だ。それまでは、ショーンにたくさん勉強させてできるだけ使えるようにする。神殿もバックアップするが、日常的にはイツキとオーランドに頼るしかない。本当に頼んだぞ」
「……はい」
イツキは贖罪が叶いそうだと安堵して、深々と頭を下げた。
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