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第三章 国葬式と即位式
1 次に続く流れ
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1・
文化祭の翌日は、高校創立記念日で休校日だった。
今日は神殿に行く予定のある夕方まで、部屋でゴロゴロしていると決めた。
そしたら朝に、ミンスさんから電話があった。
ミンスさんは、誰かがハッピーの動画を撮影してSNSに上げてしまい、それが物凄い勢いで拡散されている事実を教えてくれた。
「そうなんですか。ミンスさん、有名人になっちゃったんですね」
「いや~、もうそういうの止めて~。恥ずかしいったりゃ、ありゃしないわ!」
「僕は、ミンスさんの歌声を大勢の人に聞いてもらえるのは嬉しいですよ? 何だか、自慢したいです」
「そりゃ他人ごとだからでしょ! それに私だけじゃなくて、軽音部の面々も有名になってるんだけど……ウィル先輩は入ってないでしょ? 私だけで良いのかなって思って」
「ああ……じゃあ僕、ウィル先輩にそれとなく意見を聞いてみます。前に電話番号の交換したんです」
「そ……そうしてくれるとありがたいわ。お兄ちゃんの方は、全然気にしてないみたいだけどね」
「ジェラルド先輩は、音楽はあくまで気晴らしって言ってましたものねえ」
「うん。じゃあその、頼みま~す。それと遅くなったけど、明日の放課後に打ち上げだからね! 参加してよ?」
「もちろん行きますよ~! 楽しみ……だから、すぐにウィル先輩に電話します」
「よろしくお願いします」
「はーい」
電話を切り、次にウィル先輩にかけようとして……物凄く緊張した。
いや、昨日にはかなり仲良くなれてたじゃんと自分に言い聞かせ、震える手でウィル先輩の名前を押そうとして……イツキがいると思い出した。
隣の部屋のイツキに頼みに行ってみたら、彼は出掛けてしまっていた。
僕が今日休みだと知らずに起き出していった時はいて、真実を教えてくれたんだけど。
オーランドさんが廊下を掃除していたものの、ほぼ面識がない彼が電話をしても仕方がない。
そうして大いに迷った後で、心を決めてウィル先輩にかけた。
「はい」
出てくれたウィル先輩の第一声がとても低い声だったから、僕は無言になった。
「ショーン様? ……ああ、エンジン作成部の大会の結果についてですね?」
話が勝手に転がり始めた。
「明日に報告しようと持っていたのですが……無事に受賞しました。グッドデザイン賞と、ユニークアイデア賞です。さすがに性能部門一位から三位は逃しましたが」
「へえ、二つも受賞出来たんですか! それは良かったですねえ」
「はい。これで、我らの部の長年の努力が報われました。先輩がたも泣き崩れるまでに喜んで下さいました。ショーン様、助力して下さりありがとうございます。心から、感謝申し上げます」
「いいえ、こちらこそ助けていただけて、とても感謝しています。それで……その、昨日の、演奏の動画が、何故だか、出まわってるんですよね?」
「知っていますよ。ホットランキング入りしてますね」
汗が出てきた。
「そ、それが、その、先に歌った方は、アップされてないかも、しれなくて?」
「えっ、いえいえ、配信しています。後輩に撮影と配信を頼みましたから」
ウィル先輩!
「えーと、そうだったんですか?」
「せっかくの時間を、思い出として残しておきたかったんです。ただ皆さんに無許可で上げたのは悪かったですね。ここまで流行ると思わなかったんです。明日、全員に謝罪します」
「いえ、別に、気にしてないようですよ。ただ、有名になって、戸惑ってる人がいるだけで」
「気にされてるんですね」
「ええ、はあ」
「ミンスさんと、ジェラルド先輩には、今日のうちに電話した方が良さそうですね。電話してみます」
「う、ウィル先輩……」
「ではまた」
ウィル先輩は電話を切った。
僕は暗くなり、止められなかったとミンスさんに心で謝罪した。
そのまま何の動きも無く、昼になり食事して、くだんの演奏の画像を繰り返し観て楽しんだ。
2・
夕方の約束だからベッドに転がって油断していると、二時にイツキが帰ってきてもう出ますと言った。
それから顔を洗って着替えて準備して、いつも通りのコースで中央神殿に向かった。
今日も仮面を被って妖しいことこの上ないと思えるものの、出会う役人さんや神殿関係者の方々はもう慣れたようで、特に変な反応はしない。
僕も、ある程度は神殿に慣れてきた。それはきっと、龍神様だけどフレンドリーなロック様やエリック様がいてくれるからだ。
エリック様はいるのかなと思って龍神様の居住地区に案内されていったところ、その彼がまず廊下で待ってくれていた。
「やあ、ショーン君。よく来てくれた」
「エリック様、こんにちは。クリスタにいらしたんですね?」
「え? あ、ああ。ショーン君は、あまりニュースに興味がないのかな」
「うっ、ご、ごめんなさい」
「いや、責めてるんじゃない。ニュース観ないでいいぐらい、楽しかったんだろ?」
「はい! 昨日の文化祭は、本当に楽しかったんです! みんなと仲良くなれて……あ」
問題を思い出した。
「え、エリック様?」
「うん、なんだい」
「ロック様のスマホをお持ちですよね? メールボックスを開けましたか?」
やっぱり恥ずかしくて、もじもじしながら聞いた。
エリック様は、しばらく僕をただ見つめていた。
「どうして俺が持っていると?」
「ええと、昨日、エリック様がスマホを壊したとホルンさんが話しておられたから、ロック様に借りたのではないんですか?」
憶測だけどそう言うと、エリック様は軽く頷いた。
「そうか。そう思ったのか。一応借りてるが、メールチェックはしてないな」
「僕がそこにメールを送ったんですけど……後で見て下さいね」
「俺が見ていいのか? ロックあてだろ?」
「いえ、ロック様には昨日会いましたから、直に見せました。あ、写真を送ったんですよ。それで、ロック様がホルンさんにも見せろっていうんですが……ホルンさんもおられますか?」
質問したら、エリック様は周囲の人たちに視線をやりつつ、少しソワソワした。
「ショーン、その話は後でしよう。とりあえず、こちらに来てくれ」
「はい」
確かに、仕事の話が先だよなと思った。
エリック様について行った先の部屋は普通の部屋ではなく、大理石とタイル張りの床に、周囲も大理石で出来ている、少し肌寒い空間だった。
僕の決断を聞きたいのか、お客様たちがいる。
バンハムーバの役人さんたちやホルンさんたち神官さんたちはいて当然として、見知らぬ黒衣のポドールイ人さんぽい人たちに、少しイツキに似ている黒髪美人の女の人、国に帰った筈のノア様もいる。レリクスの母さんも、姿を消しているけれどここにいるのだろうか?
部屋の中央には机というか台座というのか、大きくて長細く平べったい石材の上に、同じぐらいの大きさの機械だろうものが置かれている。
上部は一部分がガラスケースになっているので、中に何かが詰め込まれているのが分かる。
よく見てみようかと思って、数歩近付いた。
そして、先に入室して壁際に立ったエリック様の隣に、青白い光をたたえるロック様がいるのに気づいた。
「ロック様。あの……今日はどうされたんです?」
格好は同じ寝間着だけど、昨日と違って全身が青白いから聞いてみた。
「おお……ショーン君、当たり前だけど優秀だな。うちのホルンより目がいい」
「えっ、ホルンさん、目が悪いんですか?」
ホルンさんを見てしまった。
「いいえ、私の視力は二・0以上ありますよ」
ホルンさんは微笑んで答えてくれた。
「僕、二・0もありませんよ?」
「そういう意味じゃないぜ。それより俺なあ、実は土曜日に死んじゃったんだ。そこにあるのは、俺の亡骸だ」
「ええ~?」
僕は笑い、ロック様が指さす台座の上のそれを確認しにいった。
ガラス窓の中には、お花と緑に包まれた満足げな笑みのロック様がいる。
ガラス窓部分に触れてみると、少しひんやりした。テレビで見たことがあるが、遺体を冷凍保存する時に使う棺のようだ。
僕は振り向き、同じように笑顔を見せてくれる青白い方のロック様に近付いて、手を上げた。
「触って良いですか?」
「おう。好きなようにしてみたらいい」
うにゅっていう、愉快な感触が少しした。しかし基本は、抵抗がほぼない。
あっちこっちに触れてみて、色んな角度から観察してみた。
その結果、結論に達した。
「凄い、龍神様は死んでもこうして出現できるんですね!」
「違~う!」
ロック様の隣で頭に手をやっているエリック様が叫んだから、ビクッとした。
「エリック、いきなり叫ぶなよ。ショーンは繊細だぞ?」
「どうして死んだお前にツッコミ入れられなきゃならないんだ」
「ツッコミ入れられるような事をするからだろう」
「死んだんだから、大人しくしてろ。死んだ本人が死亡報告するな!」
「いいじゃないか。出られるんだからさ」
「これ以上、状況をややこしくするな! ここはしんみりする場面じゃないのか!」
「ショーンを泣かせて嬉しいのか!」
「そういう意味じゃない!」
エリック様とロック様が言い争いしてるのを、少し離れて眺めた。死んでも仲が良いみたいでうらやましい。
「少し、説明を聞いて頂けますか」
ホルンさんは話かけてきたので、僕は彼の話を聞いた。
ロック様は土曜日に亡くなってしまった。でも中身が出歩いているので、見える人は見えるし、話せる人は話せるらしい。
「なら僕は、見えて話せる人なんですね?」
「そういう事です。ちなみに、私の目は母から頂いたバンハムーバの目と耳ですので、見て聞くのが苦手です。いるような気配はします」
「なるほど。僕の場合は……神族のですかね」
「そうだと思いますよ」
ホルンさんは、やっぱり笑顔で対応してくれる。でもロック様が亡くなったから、本当は悲しいんじゃないのかと思う。
僕は改めて、エリック様とロック様の前に行った。
「あの、エリック様?」
「あ、うん。済まないな」
ロック様がいる辺りを素早く突いていたエリック様は、疲れ気味の表情で僕を見た。
「昨日、ロック様には先にお伝えしたのですが、僕は正式な龍神になります。そして学校に通いつつ、ロック様の代わりにクリスタを守護いたします」
「そうか……そう決めてくれたのか。ありがとう」
エリック様は僕の頭を撫でようとして止め、握手を求めてきた。
僕は笑って頷いて、エリック様の大きな手をしっかりと握って握手した。
僕はそれから、ロック様にも手を差し出した。
彼の手はもう僕の手を掴めるものではなかったけれど、笑顔で手に手を重ねてくれた。嬉しい。
ここの神殿関係者さんたちと政府の役人さんたちが僕に今後の話をしてくれている間に、もう一つ言うべきことがあるのに気づいた。
ポドールイの方々がいるので、ちょうど良いし。
「あの、もう一つやりたい事があります。僕、夢でポドールイ国の過去の世界に行きました。そこでホークアイの宝玉と、馬の神に出会いました」
そう言うと、黒衣のポドールイ人さんたちは、僕に強い視線をくれた。
「その両方があれば、体質改善しなくてもしばらくは、ポドールイ人さんたちは楽に暮らせる筈です。ですから僕は、ホークアイの宝玉のような物を作る研究をしてみたいです。そして同時に、どこかに行ってしまった馬の神を呼び戻す方法を考えてみます」
「ショーン様! そのようなことを、安請け合いしないでください!」
イツキが驚き、僕に向かって叫んだ。
「イツキ、でも僕は役立ち──」
「宝玉を作成するのはまだ良いとしても、馬の神はいけません。かつてバンハムーバ王国とポドールイ国が数千年に渡り国交断絶した原因がその神にあると、ご存知ではないのですか」
「え」
「二度と馬の神に触れてはいけません。私と約束して下さい」
「え……」
僕は勉強不足で、そんな歴史を知らなかった。でもバンハムーバ人の皆さんはイツキみたいに気まずい表情をしているし、黒衣のポドールイ人さんたちは、どこか緊張しているというか、視線が鋭いというか……。
相談したら良かったと後悔して俯くと、誰かが僕の頭をぽんぽんと叩いた。
それはエリック様で、彼だけさっきと変わらない笑顔をくれている。
「ショーンはとても心優しい龍神だ。同じ龍神として誇らしい」
「エリック様、でも……」
「ただ、みんなを助けたかっただけだろう? その心はとても素敵だ。でもちょっと都合が悪いから、ホークアイの宝玉の研究だけしてくれるか? それでも、ポドールイの人たちは助けられる」
「はい……はい、そうします。いつになるか分かりませんけれど、僕はあの輝く宝玉のようなものを作り上げてみます」
本当にできるかは、まだ分からない。でも僕の能力があるなら、できると信じてる。困っているポドールイ人さんたちを助けたいから。
「ですから……もう少しだけ、待っていて下さい。僕、今は子供で知恵が少ないのですが、一生懸命に勉強して賢くなって、ポドールイ人さんたちが辛くないように手助けしますから」
バンハムーバを離れられない僕ができるのは、これが精一杯だ。
そういう視線をポドールイ人さんたちに向けると、彼らの雰囲気は和らぎ、頷いてくれた。
「ショーン様、大変温かなお心遣いに、心から感謝いたします。移住うんぬんではなく、いつか旅行で我らの国をお尋ね下さい。全ての者が歓迎いたします」
「はい。いつか訪ねたいと思います。仲良くしましょうね」
僕は代表者ぽい方に歩み寄り、握手してもらった。
何故かイツキが、僕らを信じられないものを見る目で見つめてくる。
でも他の人たちは、さっきの雰囲気を振り払って仲良しモードに入ってくれた。嬉しい。
そして細かいスケジュールを決めるために別の場所に移動しないといけなくなった時に、あと一つの問題を思い出した。
「そういえば、その、僕の龍神としての名前のことなのですが」
「ああ、偽名を名乗らせる作戦のことか」
エリック様が返してくれた。
「昨日、ロック様に付けて頂きました。シャムロックだそうです。僕はそれを名乗りたいです」
「ダメだ」
エリック様が目付きを悪くして、きっぱり言い切ったので驚いた。
「え、でも、格好いいですよ? 若くて青い三つ葉のことです」
「意味は良い。でもロックの名前が入ってるだろ。そこ却下」
超真剣なエリック様に指摘され、ようやく気付いた。
「あ、本当ですね。でもロック様の後を継ぐんですから、名も継ぎますよ」
「ダメだ!」
エリック様は、青白いロック様に顔を数度殴られてイラつきながらも、絶対に引こうとしない。
「いいか、ショーンはいつかロックを越えるんだ。なのに万年第三位の男の名を引きずっていては、足かせになりかねない! 奴など踏み越えて行け!」
「……」
僕には、憤るエリック様を説得できる自信などこれっぽっちもない。
困っていると、イツキがサッと前に出てくれた。
「エリック様、ではどのような名ならばよろしいのですか。エリック様の名に近いものなどですか?」
「いやいや、俺のもダメだ。かといって、もう決めないと都合が悪いな。じゃあ、苦渋の決断でロックを外してシャム」
「……猫?」
黒髪美人の女の人が呟いた。僕もそんな気がする。
「……ダメか。じゃあその……シャム……シャーム、シャーロ、シャール……ああもう、目を突くな!」
見えていない人の方が多いかもしれないけれど、ロック様の攻撃がし烈になってきた。
「大人しくしてろ!」
「シャムロックにしろよ! 俺が真面目に考えたんだからな!」
「いい加減にしなさい」
さっきの女の人が呟くと、二人はピタッと喧嘩を止めた。
エリック様は、咳払いをした。
「……お見苦しい場面ばかり見せて申し訳ない。さて、ショーン君の龍神の名前についてですが……シャムルルはどうでしょうか。ロックの本名にすれば、龍神にあやかったと思われずに、若くて青い三つ葉の意味合いを維持できます」
「良いですよね。ショーン様?」
黒髪美人の女の人が僕に聞く。
「はい。とても良いと思います。その、お二人に考えて頂けた素敵な名前を、一生大事に使います!」
僕は本気で嬉しくなって笑った。そうしたら、エリック様もようやく笑ってくれた。
そしてロック様も、何とか機嫌を直してくれた。その彼を見て、僕は自分のできることを思い出した。
手招きして、ロック様に部屋の隅っこまで来てもらった。
僕は小声で告げた。
「生き返りたいとは、思いませんか?」
「思わない。俺は充実した人生を送り、肉体の限界まで働いた。もう心残りはない」
ロック様は、僕の頭を少し撫でてくれた。
「ありがとう。でもな、人生の価値は長さじゃない。何を成し遂げられたかだ。男らしく立派な生きざまと死にざまを披露して立ち去るのが、格好いいやり方だ。そうだろ?」
「……はい。そうですよね。僕もロック様みたいに男らしく、立派な生きざまを残します。ロック様には負けません!」
「ショーン、いやシャムルルはマジで男前だなあ。立派な龍神になれよ」
ロック様は昨日みたいに、僕の頭をガシガシと乱暴に撫でさすった。今日は感覚だけだけど。
「じゃあ、俺は用事があるから、もう行く。さよならだ」
「……えっ? まだ、おられるのではないのですか?」
「葬式には顔出しするかもしれないけど、もう旅立つ。神殿はシャムルルに任せる」
「ロック様……そんなあ」
ここに来てようやく、お別れを実感した。
掴めないと分かっていつつロック様の手を握ろうとして、そうできないから悲しさに拍車がかかり、出そうになかった筈の涙が溢れ出てきた。
すぐにイツキが来てタオルをくれ、エリック様が僕をギュッと抱き締めてくれた。
僕の涙が枯れる前に、ロック様は苦笑いを浮かべて手を振ってどこかに消えてしまった。
男らしく辛抱しなくちゃと思うのに、僕は泣き止めなかった。
文化祭の翌日は、高校創立記念日で休校日だった。
今日は神殿に行く予定のある夕方まで、部屋でゴロゴロしていると決めた。
そしたら朝に、ミンスさんから電話があった。
ミンスさんは、誰かがハッピーの動画を撮影してSNSに上げてしまい、それが物凄い勢いで拡散されている事実を教えてくれた。
「そうなんですか。ミンスさん、有名人になっちゃったんですね」
「いや~、もうそういうの止めて~。恥ずかしいったりゃ、ありゃしないわ!」
「僕は、ミンスさんの歌声を大勢の人に聞いてもらえるのは嬉しいですよ? 何だか、自慢したいです」
「そりゃ他人ごとだからでしょ! それに私だけじゃなくて、軽音部の面々も有名になってるんだけど……ウィル先輩は入ってないでしょ? 私だけで良いのかなって思って」
「ああ……じゃあ僕、ウィル先輩にそれとなく意見を聞いてみます。前に電話番号の交換したんです」
「そ……そうしてくれるとありがたいわ。お兄ちゃんの方は、全然気にしてないみたいだけどね」
「ジェラルド先輩は、音楽はあくまで気晴らしって言ってましたものねえ」
「うん。じゃあその、頼みま~す。それと遅くなったけど、明日の放課後に打ち上げだからね! 参加してよ?」
「もちろん行きますよ~! 楽しみ……だから、すぐにウィル先輩に電話します」
「よろしくお願いします」
「はーい」
電話を切り、次にウィル先輩にかけようとして……物凄く緊張した。
いや、昨日にはかなり仲良くなれてたじゃんと自分に言い聞かせ、震える手でウィル先輩の名前を押そうとして……イツキがいると思い出した。
隣の部屋のイツキに頼みに行ってみたら、彼は出掛けてしまっていた。
僕が今日休みだと知らずに起き出していった時はいて、真実を教えてくれたんだけど。
オーランドさんが廊下を掃除していたものの、ほぼ面識がない彼が電話をしても仕方がない。
そうして大いに迷った後で、心を決めてウィル先輩にかけた。
「はい」
出てくれたウィル先輩の第一声がとても低い声だったから、僕は無言になった。
「ショーン様? ……ああ、エンジン作成部の大会の結果についてですね?」
話が勝手に転がり始めた。
「明日に報告しようと持っていたのですが……無事に受賞しました。グッドデザイン賞と、ユニークアイデア賞です。さすがに性能部門一位から三位は逃しましたが」
「へえ、二つも受賞出来たんですか! それは良かったですねえ」
「はい。これで、我らの部の長年の努力が報われました。先輩がたも泣き崩れるまでに喜んで下さいました。ショーン様、助力して下さりありがとうございます。心から、感謝申し上げます」
「いいえ、こちらこそ助けていただけて、とても感謝しています。それで……その、昨日の、演奏の動画が、何故だか、出まわってるんですよね?」
「知っていますよ。ホットランキング入りしてますね」
汗が出てきた。
「そ、それが、その、先に歌った方は、アップされてないかも、しれなくて?」
「えっ、いえいえ、配信しています。後輩に撮影と配信を頼みましたから」
ウィル先輩!
「えーと、そうだったんですか?」
「せっかくの時間を、思い出として残しておきたかったんです。ただ皆さんに無許可で上げたのは悪かったですね。ここまで流行ると思わなかったんです。明日、全員に謝罪します」
「いえ、別に、気にしてないようですよ。ただ、有名になって、戸惑ってる人がいるだけで」
「気にされてるんですね」
「ええ、はあ」
「ミンスさんと、ジェラルド先輩には、今日のうちに電話した方が良さそうですね。電話してみます」
「う、ウィル先輩……」
「ではまた」
ウィル先輩は電話を切った。
僕は暗くなり、止められなかったとミンスさんに心で謝罪した。
そのまま何の動きも無く、昼になり食事して、くだんの演奏の画像を繰り返し観て楽しんだ。
2・
夕方の約束だからベッドに転がって油断していると、二時にイツキが帰ってきてもう出ますと言った。
それから顔を洗って着替えて準備して、いつも通りのコースで中央神殿に向かった。
今日も仮面を被って妖しいことこの上ないと思えるものの、出会う役人さんや神殿関係者の方々はもう慣れたようで、特に変な反応はしない。
僕も、ある程度は神殿に慣れてきた。それはきっと、龍神様だけどフレンドリーなロック様やエリック様がいてくれるからだ。
エリック様はいるのかなと思って龍神様の居住地区に案内されていったところ、その彼がまず廊下で待ってくれていた。
「やあ、ショーン君。よく来てくれた」
「エリック様、こんにちは。クリスタにいらしたんですね?」
「え? あ、ああ。ショーン君は、あまりニュースに興味がないのかな」
「うっ、ご、ごめんなさい」
「いや、責めてるんじゃない。ニュース観ないでいいぐらい、楽しかったんだろ?」
「はい! 昨日の文化祭は、本当に楽しかったんです! みんなと仲良くなれて……あ」
問題を思い出した。
「え、エリック様?」
「うん、なんだい」
「ロック様のスマホをお持ちですよね? メールボックスを開けましたか?」
やっぱり恥ずかしくて、もじもじしながら聞いた。
エリック様は、しばらく僕をただ見つめていた。
「どうして俺が持っていると?」
「ええと、昨日、エリック様がスマホを壊したとホルンさんが話しておられたから、ロック様に借りたのではないんですか?」
憶測だけどそう言うと、エリック様は軽く頷いた。
「そうか。そう思ったのか。一応借りてるが、メールチェックはしてないな」
「僕がそこにメールを送ったんですけど……後で見て下さいね」
「俺が見ていいのか? ロックあてだろ?」
「いえ、ロック様には昨日会いましたから、直に見せました。あ、写真を送ったんですよ。それで、ロック様がホルンさんにも見せろっていうんですが……ホルンさんもおられますか?」
質問したら、エリック様は周囲の人たちに視線をやりつつ、少しソワソワした。
「ショーン、その話は後でしよう。とりあえず、こちらに来てくれ」
「はい」
確かに、仕事の話が先だよなと思った。
エリック様について行った先の部屋は普通の部屋ではなく、大理石とタイル張りの床に、周囲も大理石で出来ている、少し肌寒い空間だった。
僕の決断を聞きたいのか、お客様たちがいる。
バンハムーバの役人さんたちやホルンさんたち神官さんたちはいて当然として、見知らぬ黒衣のポドールイ人さんぽい人たちに、少しイツキに似ている黒髪美人の女の人、国に帰った筈のノア様もいる。レリクスの母さんも、姿を消しているけれどここにいるのだろうか?
部屋の中央には机というか台座というのか、大きくて長細く平べったい石材の上に、同じぐらいの大きさの機械だろうものが置かれている。
上部は一部分がガラスケースになっているので、中に何かが詰め込まれているのが分かる。
よく見てみようかと思って、数歩近付いた。
そして、先に入室して壁際に立ったエリック様の隣に、青白い光をたたえるロック様がいるのに気づいた。
「ロック様。あの……今日はどうされたんです?」
格好は同じ寝間着だけど、昨日と違って全身が青白いから聞いてみた。
「おお……ショーン君、当たり前だけど優秀だな。うちのホルンより目がいい」
「えっ、ホルンさん、目が悪いんですか?」
ホルンさんを見てしまった。
「いいえ、私の視力は二・0以上ありますよ」
ホルンさんは微笑んで答えてくれた。
「僕、二・0もありませんよ?」
「そういう意味じゃないぜ。それより俺なあ、実は土曜日に死んじゃったんだ。そこにあるのは、俺の亡骸だ」
「ええ~?」
僕は笑い、ロック様が指さす台座の上のそれを確認しにいった。
ガラス窓の中には、お花と緑に包まれた満足げな笑みのロック様がいる。
ガラス窓部分に触れてみると、少しひんやりした。テレビで見たことがあるが、遺体を冷凍保存する時に使う棺のようだ。
僕は振り向き、同じように笑顔を見せてくれる青白い方のロック様に近付いて、手を上げた。
「触って良いですか?」
「おう。好きなようにしてみたらいい」
うにゅっていう、愉快な感触が少しした。しかし基本は、抵抗がほぼない。
あっちこっちに触れてみて、色んな角度から観察してみた。
その結果、結論に達した。
「凄い、龍神様は死んでもこうして出現できるんですね!」
「違~う!」
ロック様の隣で頭に手をやっているエリック様が叫んだから、ビクッとした。
「エリック、いきなり叫ぶなよ。ショーンは繊細だぞ?」
「どうして死んだお前にツッコミ入れられなきゃならないんだ」
「ツッコミ入れられるような事をするからだろう」
「死んだんだから、大人しくしてろ。死んだ本人が死亡報告するな!」
「いいじゃないか。出られるんだからさ」
「これ以上、状況をややこしくするな! ここはしんみりする場面じゃないのか!」
「ショーンを泣かせて嬉しいのか!」
「そういう意味じゃない!」
エリック様とロック様が言い争いしてるのを、少し離れて眺めた。死んでも仲が良いみたいでうらやましい。
「少し、説明を聞いて頂けますか」
ホルンさんは話かけてきたので、僕は彼の話を聞いた。
ロック様は土曜日に亡くなってしまった。でも中身が出歩いているので、見える人は見えるし、話せる人は話せるらしい。
「なら僕は、見えて話せる人なんですね?」
「そういう事です。ちなみに、私の目は母から頂いたバンハムーバの目と耳ですので、見て聞くのが苦手です。いるような気配はします」
「なるほど。僕の場合は……神族のですかね」
「そうだと思いますよ」
ホルンさんは、やっぱり笑顔で対応してくれる。でもロック様が亡くなったから、本当は悲しいんじゃないのかと思う。
僕は改めて、エリック様とロック様の前に行った。
「あの、エリック様?」
「あ、うん。済まないな」
ロック様がいる辺りを素早く突いていたエリック様は、疲れ気味の表情で僕を見た。
「昨日、ロック様には先にお伝えしたのですが、僕は正式な龍神になります。そして学校に通いつつ、ロック様の代わりにクリスタを守護いたします」
「そうか……そう決めてくれたのか。ありがとう」
エリック様は僕の頭を撫でようとして止め、握手を求めてきた。
僕は笑って頷いて、エリック様の大きな手をしっかりと握って握手した。
僕はそれから、ロック様にも手を差し出した。
彼の手はもう僕の手を掴めるものではなかったけれど、笑顔で手に手を重ねてくれた。嬉しい。
ここの神殿関係者さんたちと政府の役人さんたちが僕に今後の話をしてくれている間に、もう一つ言うべきことがあるのに気づいた。
ポドールイの方々がいるので、ちょうど良いし。
「あの、もう一つやりたい事があります。僕、夢でポドールイ国の過去の世界に行きました。そこでホークアイの宝玉と、馬の神に出会いました」
そう言うと、黒衣のポドールイ人さんたちは、僕に強い視線をくれた。
「その両方があれば、体質改善しなくてもしばらくは、ポドールイ人さんたちは楽に暮らせる筈です。ですから僕は、ホークアイの宝玉のような物を作る研究をしてみたいです。そして同時に、どこかに行ってしまった馬の神を呼び戻す方法を考えてみます」
「ショーン様! そのようなことを、安請け合いしないでください!」
イツキが驚き、僕に向かって叫んだ。
「イツキ、でも僕は役立ち──」
「宝玉を作成するのはまだ良いとしても、馬の神はいけません。かつてバンハムーバ王国とポドールイ国が数千年に渡り国交断絶した原因がその神にあると、ご存知ではないのですか」
「え」
「二度と馬の神に触れてはいけません。私と約束して下さい」
「え……」
僕は勉強不足で、そんな歴史を知らなかった。でもバンハムーバ人の皆さんはイツキみたいに気まずい表情をしているし、黒衣のポドールイ人さんたちは、どこか緊張しているというか、視線が鋭いというか……。
相談したら良かったと後悔して俯くと、誰かが僕の頭をぽんぽんと叩いた。
それはエリック様で、彼だけさっきと変わらない笑顔をくれている。
「ショーンはとても心優しい龍神だ。同じ龍神として誇らしい」
「エリック様、でも……」
「ただ、みんなを助けたかっただけだろう? その心はとても素敵だ。でもちょっと都合が悪いから、ホークアイの宝玉の研究だけしてくれるか? それでも、ポドールイの人たちは助けられる」
「はい……はい、そうします。いつになるか分かりませんけれど、僕はあの輝く宝玉のようなものを作り上げてみます」
本当にできるかは、まだ分からない。でも僕の能力があるなら、できると信じてる。困っているポドールイ人さんたちを助けたいから。
「ですから……もう少しだけ、待っていて下さい。僕、今は子供で知恵が少ないのですが、一生懸命に勉強して賢くなって、ポドールイ人さんたちが辛くないように手助けしますから」
バンハムーバを離れられない僕ができるのは、これが精一杯だ。
そういう視線をポドールイ人さんたちに向けると、彼らの雰囲気は和らぎ、頷いてくれた。
「ショーン様、大変温かなお心遣いに、心から感謝いたします。移住うんぬんではなく、いつか旅行で我らの国をお尋ね下さい。全ての者が歓迎いたします」
「はい。いつか訪ねたいと思います。仲良くしましょうね」
僕は代表者ぽい方に歩み寄り、握手してもらった。
何故かイツキが、僕らを信じられないものを見る目で見つめてくる。
でも他の人たちは、さっきの雰囲気を振り払って仲良しモードに入ってくれた。嬉しい。
そして細かいスケジュールを決めるために別の場所に移動しないといけなくなった時に、あと一つの問題を思い出した。
「そういえば、その、僕の龍神としての名前のことなのですが」
「ああ、偽名を名乗らせる作戦のことか」
エリック様が返してくれた。
「昨日、ロック様に付けて頂きました。シャムロックだそうです。僕はそれを名乗りたいです」
「ダメだ」
エリック様が目付きを悪くして、きっぱり言い切ったので驚いた。
「え、でも、格好いいですよ? 若くて青い三つ葉のことです」
「意味は良い。でもロックの名前が入ってるだろ。そこ却下」
超真剣なエリック様に指摘され、ようやく気付いた。
「あ、本当ですね。でもロック様の後を継ぐんですから、名も継ぎますよ」
「ダメだ!」
エリック様は、青白いロック様に顔を数度殴られてイラつきながらも、絶対に引こうとしない。
「いいか、ショーンはいつかロックを越えるんだ。なのに万年第三位の男の名を引きずっていては、足かせになりかねない! 奴など踏み越えて行け!」
「……」
僕には、憤るエリック様を説得できる自信などこれっぽっちもない。
困っていると、イツキがサッと前に出てくれた。
「エリック様、ではどのような名ならばよろしいのですか。エリック様の名に近いものなどですか?」
「いやいや、俺のもダメだ。かといって、もう決めないと都合が悪いな。じゃあ、苦渋の決断でロックを外してシャム」
「……猫?」
黒髪美人の女の人が呟いた。僕もそんな気がする。
「……ダメか。じゃあその……シャム……シャーム、シャーロ、シャール……ああもう、目を突くな!」
見えていない人の方が多いかもしれないけれど、ロック様の攻撃がし烈になってきた。
「大人しくしてろ!」
「シャムロックにしろよ! 俺が真面目に考えたんだからな!」
「いい加減にしなさい」
さっきの女の人が呟くと、二人はピタッと喧嘩を止めた。
エリック様は、咳払いをした。
「……お見苦しい場面ばかり見せて申し訳ない。さて、ショーン君の龍神の名前についてですが……シャムルルはどうでしょうか。ロックの本名にすれば、龍神にあやかったと思われずに、若くて青い三つ葉の意味合いを維持できます」
「良いですよね。ショーン様?」
黒髪美人の女の人が僕に聞く。
「はい。とても良いと思います。その、お二人に考えて頂けた素敵な名前を、一生大事に使います!」
僕は本気で嬉しくなって笑った。そうしたら、エリック様もようやく笑ってくれた。
そしてロック様も、何とか機嫌を直してくれた。その彼を見て、僕は自分のできることを思い出した。
手招きして、ロック様に部屋の隅っこまで来てもらった。
僕は小声で告げた。
「生き返りたいとは、思いませんか?」
「思わない。俺は充実した人生を送り、肉体の限界まで働いた。もう心残りはない」
ロック様は、僕の頭を少し撫でてくれた。
「ありがとう。でもな、人生の価値は長さじゃない。何を成し遂げられたかだ。男らしく立派な生きざまと死にざまを披露して立ち去るのが、格好いいやり方だ。そうだろ?」
「……はい。そうですよね。僕もロック様みたいに男らしく、立派な生きざまを残します。ロック様には負けません!」
「ショーン、いやシャムルルはマジで男前だなあ。立派な龍神になれよ」
ロック様は昨日みたいに、僕の頭をガシガシと乱暴に撫でさすった。今日は感覚だけだけど。
「じゃあ、俺は用事があるから、もう行く。さよならだ」
「……えっ? まだ、おられるのではないのですか?」
「葬式には顔出しするかもしれないけど、もう旅立つ。神殿はシャムルルに任せる」
「ロック様……そんなあ」
ここに来てようやく、お別れを実感した。
掴めないと分かっていつつロック様の手を握ろうとして、そうできないから悲しさに拍車がかかり、出そうになかった筈の涙が溢れ出てきた。
すぐにイツキが来てタオルをくれ、エリック様が僕をギュッと抱き締めてくれた。
僕の涙が枯れる前に、ロック様は苦笑いを浮かべて手を振ってどこかに消えてしまった。
男らしく辛抱しなくちゃと思うのに、僕は泣き止めなかった。
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