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第三章 国葬式と即位式
2 とある始まりの予感
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1・
夜までかかって、今後のスケジュールがきっちり決定された。
僕の中間テストにかからないように、直前になる次の日曜日がロック様の国葬。僕の正式な龍神としての任命式は、テストを終えたそのまた次の日曜日。
その間に細々とした用事がある為に、幾度か神殿に行かなくちゃいけない。
もうエンジン作成部に行ったり歌の練習をしなくても良いので、放課後はヒマといえばヒマだ。対応はできる。
けれどせっかく仲良くなれた皆さんと、遊ぶ時間が少なくなってしまう。そして正式な龍神になったらその後は……学校をやめなくてはいけない程に忙しくなるかもしれない。
結局、普通の学生は無理かもしれない。
それはとても悲しいことだ。でももう、僕は新しい道を選択した。
責任をもち、役目を続けていこうと思っている……んだけど。
そう考えてから、疲れすぎてよく眠った。
翌日に起き出して朝食を台所で食べる時、特に何もなかったかのような日常に思えた。
イツキと一緒にオーランドさんの運転する飛空車で通学して、もう何ヶ月もこの暮らしをしていたような錯覚を覚えつつ、自分のクラスまで歩いて行った。
クラスメイトたちが、笑顔で僕に挨拶してくれる。僕はそれが嬉しい筈なのに、表情が強ばり上手いこと会話ができなかった。
ロック様が亡くなったからだろうか。僕が頑なに続けたかった普通の高校生活を、自分で捨ててしまったからだろうか。
それとも、仲良くなれた誰とも別れたくないわがままだろうか。自分では分からない。
授業中は、勉強に集中できるから楽だった。だけど、ずっと授業中じゃない。
珍しく二時限目の後の休憩時間にミンスさんがやって来て、僕に話しかけてきた。
「ショーン君、目が虚ろだけど……燃え尽きちゃったの? それとも、また家で何かあったの?」
「……」
嘘がつけない僕は、俯いて黙り込んだ。
「あ~もう、あんなに励ましたつもりが、また暗くなっちゃった! もう文化祭はないから、今日の打ち上げでカラオケ行きましょうね?」
「……うん。行く」
そう答えると、ミンスさんはホッとしたようだ。
休憩時間が短いからすぐに帰ってしまったけれど、やっぱり友達がいるっていうのは素晴らしい。一緒にいたい……。
三時限目が終わった後に、今度はイツキが来た。いつもはこっちのクラスにほぼ来ないので珍しい。
彼と一緒に、廊下の隅っこに行った。
「やはりその、今日の昼に発表される事について苦しんでおられるのですか」
「イツキ……ごめんなさい」
「はい? 何故謝りますか?」
「昨日、相談しないでポドールイの方々に勝手な事を言ってしまって、ごめんなさい。先にイツキに相談してたら、気まずい空気になるのは避けられた筈なのに」
「いえ……。ショーン様はなにも悪くありません。本来ならば、貴方様に意見した者として私が処分されるべき事案ですよ」
「そんな事ない。イツキが厳しく言ってくれたから、問題がよく分かった。僕、もっと勉強しないと」
「馬の神の話は、問題になりすぐご説明すべきでした。他の事に気を取られた私どもが、愚かでありました」
「もう止めて。イツキに、そんな風に言われたくない」
こういうのも辛いと気付いた。
「そりゃ、立場があるけど、でも友達じゃないか。だから、何を言ってくれてもいいんだ」
言いながら涙が出てきた。
イツキがどこからか、タオルを出して渡してくれた。昨日のと同じのだろうか。少しだけイツキの匂いがする。
「ショーン様、私たちは確かに友達です。だから……いつか、貴方に秘密にしていることを教えたいと思います。いまここでは言えませんが……少し落ち着いたら、その時に」
秘密って……そういえば、イツキがどういう人なのか、余り知らない。知りたい。
「分かった。じゃあ楽しみにしてる」
「ええと……楽しみですか?」
イツキが戸惑い気味に言ったところで、チャイムが鳴った。
僕らはそれぞれの教室に帰った。
2・
お昼休みになると、ミンスさんじゃなくてイツキが迎えに来た。
今日はイツキが弁当を持ってきたというので、それを校庭のベンチで座って受け取った。
「ミンスさんとローレルさんは?」
「他の方とお弁当を食べるそうです」
「そうかあ……」
僕はサンドイッチを少しだけ口にして、時間を気にした。
十二時半になった。どうなるだろうと思い周囲を見回しても、そんなに動きはない。
昼食時だし、そんなに早く情報は広まらないのかと思い、サンドイッチを一切れ手に取った。
すると、校内放送のチャイムが鳴った。
僕は動揺して、手に持ったサンドイッチを地面に落としてしまった。
校内放送のアナウンスで、ロック様が亡くなったと報された。周囲の穏やかな雰囲気が一変し、生徒たちがザワつきだした。
悲しみに暮れる人たちの念を感じるようで、僕もまた悲しくて涙が……。
流れそうになった視線の先、少し遠くの校舎の辺りで、見たことのあるクリームイエローの長髪の人が全速力で駆け抜けていった。
その後を、青白い姿の誰かが追っかけて行き……。
「んんん? イツキ、あの、死んだ人は見えるタイプ?」
「普通の幽霊ならば」
「ロック様は?」
「それは、私では無理でした。あの方は霊的に強い存在で、隠れていようとした場合、私では発見できないのです」
「さっき、ウィル先輩がロック様に追っかけられてたのは見た?」
「……」
イツキは黙って弁当を片付け、僕の指差した方に素早く走っていった。
僕はどうしようか思ったけれど、取りあえず落とした物以外のサンドイッチを全部食べた。
一人で教室に戻ると、クラスメイトたちはおのおのがスマホでロック様崩御のニュースを詳しく知り、驚いたり泣いたりしていた。
しまった事に、僕は泣けなくなった。
朝と違い、僕以外が悲しみに暮れる中、微妙な態度で授業を受けるしかなかった。
3・
放課後になった。ミンスさんも情報を得て暗い表情をしながら、僕に会いに来た。
「ショーン君……? 立ち直ったのね。それは良いことだわ」
「あの……今日の打ち上げ。どうします?」
「そういう雰囲気じゃないわよねえ。でも、これからもテスト勉強に集中した方が良いでしょうから、今日か明日位しかチャンスはないわ。一応、お兄ちゃんとウィル先輩に意見を聞いてみる」
「あっ、ウィル先輩は僕が電話します」
「うん。頼むわ」
ミンスさんは、目の前でジェラルド先輩に電話をかけはじめた。
僕も今更隠れて電話する訳にもいかず、教室にいたままウィル先輩に電話をかけた。
呼び出し音がしばらく続き、諦めようとした時に出てもらえた。
「あ、ウィル先輩。今日の打ち上げのことなのですが……大丈夫ですか?」
「ええ……はあ、どうしましょうか」
ウィル先輩の疲労した声から察するに、ダメっぽい。ロック様、なにやってんだ!
「今日のお昼……庭を走ってられましたけれど、もしかしたら何かに追われていませんでしたか?」
「……ショーン様、今日のカラオケに行きたいです」
「はい、分かりました。では、これから駐車場でお待ちしています」
電話を切った。
ミンスさんの方も、ローレルさんも含めてカラオケに行きたいとのことだった。
イツキはと思っていると、教室に入ってきた。
ミンスさんがいるので、先輩に追いついたかイツキに質問できなかった。彼は意味ありげな視線をくれる。
集合場所になった駐車場のうちの飛空車前にいると、こんな時だけど幸せそうなジェラルド先輩がローレルさんと腕を組んで歩いてきた。
続いて、表情が固すぎるウィル先輩が無事に来てくれた。
みんなで車に乗り込み、前にも行ったカラオケ店に向かった。
カラオケ店は空いていて、受付の店員さんには何故こんな時に歌いに来たんだと思っているのだろう視線を貰った。
個室に入ってすぐ、幸せそうなジェラルド先輩とローレルさんが、付き合い始めたと報告してくれた。
それはめでたいので、素直に拍手してお祝いした。
そしてジュースを注文して歌おうかという流れになった時に、そのジュースを手早く運んできてくれた店員さんが言った。
「四時半からエリック様のテレビ演説があるそうですよ。観た方が良いんじゃありませんか」
「観ます」
僕がきっぱり言うと、威圧感のある店員さんは笑って立ち去っていった。このお店の龍神様への忠誠度はかなり高いらしい。
時間まで半時間あまり、みんなで歌って楽しんだ。僕は応援だけで、ウィル先輩はどこかビクビクしながら周囲を見回していたものの、他に誰もいないと分かると普通に一曲歌ってくれた。
イツキが覚悟を決めて選曲し始めた頃に、時間になった。
僕らはそれぞれのスマホを手にして、国営放送で流されるエリック様のテレビ演説を視聴した。
エリック様は僕と同じ原因でか特に悲しんでいる様子もなく、画面の中で話し始めた。
「我らは、ルル・ロックハートという力強い味方であり国民の父でもある龍神を失いました。五百年間に及ぶ彼の献身と偉業は讃えられるべきであります。しかしあのロックという男は、とにかく愉快な存在でありました。これから日曜日の国葬式までの間、静かに喪に服して悲しむべきと決めた、心優しく忠誠心に溢れる国民の方々が大勢おられるとは理解しております」
僕らはダメな国民だろうか……。
「ですが、彼の生きざまを認めて下さるのならば、静かに暮らすべき時間に楽器を演奏して歌を歌い、好きな動画を見たり映画を観たり、外に出掛けてスポーツを楽しまれて下さい。彼の好きだったアニメを観て漫画を読み、思う存分楽しんで下さい。彼はその大勢が笑う姿を見て、心から満足して笑顔で旅立つでしょう。どうか、ロックをそうして楽しく見送って下さいませんか。よろしくお願いいたします」
エリック様は最後に少しだけ頭を下げて、演説を終えた。
僕らはニヤニヤ笑い始め、備え付けのタンバリンやマラカスを装備して、もう羞恥心などどうでも良いというぐらいに笑って騒いだ。
途中でフィッシュアンドチップスを差し入れてくれた店員さんは、客が沢山来て困ると言いながら笑って立ち去った。
二時間後、カラオケボックスを立ち去る時には、店内がお客さんでギュウギュウ詰めになっていた。
今は傍にいないロック様も、クリスタのどこかで笑って楽しんでくれているだろう。
3・
家に帰る時間になると、ジェラルド先輩とローレルさんは二人でデートするからと徒歩で立ち去った。
ミンスさんは二人を羨ましがりながら、これから別の友人とおしゃべりするからと、彼女の家の飛空車を呼んでそれで帰っていった。
残ったウィル先輩が僕とイツキを意味ありげに見つめるので、屋敷に招待することにした。
時間も時間なので、夕食を振る舞った。
今日はガイアスさんがまだ帰宅していないので、僕とイツキとウィル先輩でテーブルを囲んだ。
出汁が美味しい魚介スープがメインの食事が終わってから、僕は質問した。
「昼休みに、何があったんですか?」
「ショーン様は、あの姿を見ることができたのですか?」
「う……ん、青白い影でしたよね」
一応、はぐらかした。
ウィル先輩は、また出そうな予感でもするのか少し怯えつつ語り始めた。
「昼休みになり、食堂に行こうとした時に、生徒たちの間に青白い光を帯びた幽霊が立っていたんです。思わず見てしまうと、向こうも私を発見して視線を合わせてきて、ニコッと笑うと、言ったのです。俺が見えるんだなと。そして迫ってきたので、全速力で逃げました」
「それは……怖いですねえ。捕まりましたか?」
「いいえ、食堂に逃げ込んだので、そこまでは来ませんでした。けれど……また来そうな予感がします」
ロック様、何がしたいんだろう? でも、イツキが見えない者が見えるって、本当にウィル先輩は優秀なんだと思う。
「その人は、もしかしたら……ウィル先輩に話があるだけかもしれませんよ? また来たら、少し話してみればいかがですか」
「あれが偽者でなけりゃいいんですが」
偽者……ということは。
僕はイツキを見た。イツキが、僕の代わりに聞いてくれた。
「その幽霊が、何の偽者だというのですか?」
「それは……ショーン様は本当はご存知なのではありませんか? エンジン作成の機器の不備を、即座に見抜いた目をお持ちなのですから」
「えっと、じゃあウィル先輩も、色々と幽霊が見えたりするんですか?」
「時折ですがね。普段は気づかないふりをするんですが、その方は……あの外見でしたからね。しかも土曜日の午後に亡くなったというアナウンスが、ちょうどありましたし」
「あれ、ロック様ですよねえ」
もう言ってしまった。
ウィル先輩は表情を柔らかくして、頷いてくれた。
「では、私は幻を前に怯えていた訳ではないのですね」
「多分、善意で追いかけてきたんだと思います。話を……聞いてあげて下さい」
僕がエリック様みたいに頭を少しだけ下げると、ウィル先輩は口を真一文字にした。
「分かりました。私で良ければ、会話をしてみます」
「お願いしま……あ、いや、頑張って下さい」
相手がロック様といえど、霊体と話すのは怖いだろうし。
ウィル先輩はその後、廊下に出たりガレージに行ったりする度にビクつきながらも、うちの飛空車に送られて寮に帰っていった。
その姿を見送り、ロック様が常識的な時間に訪問しますようにと祈った。
夜までかかって、今後のスケジュールがきっちり決定された。
僕の中間テストにかからないように、直前になる次の日曜日がロック様の国葬。僕の正式な龍神としての任命式は、テストを終えたそのまた次の日曜日。
その間に細々とした用事がある為に、幾度か神殿に行かなくちゃいけない。
もうエンジン作成部に行ったり歌の練習をしなくても良いので、放課後はヒマといえばヒマだ。対応はできる。
けれどせっかく仲良くなれた皆さんと、遊ぶ時間が少なくなってしまう。そして正式な龍神になったらその後は……学校をやめなくてはいけない程に忙しくなるかもしれない。
結局、普通の学生は無理かもしれない。
それはとても悲しいことだ。でももう、僕は新しい道を選択した。
責任をもち、役目を続けていこうと思っている……んだけど。
そう考えてから、疲れすぎてよく眠った。
翌日に起き出して朝食を台所で食べる時、特に何もなかったかのような日常に思えた。
イツキと一緒にオーランドさんの運転する飛空車で通学して、もう何ヶ月もこの暮らしをしていたような錯覚を覚えつつ、自分のクラスまで歩いて行った。
クラスメイトたちが、笑顔で僕に挨拶してくれる。僕はそれが嬉しい筈なのに、表情が強ばり上手いこと会話ができなかった。
ロック様が亡くなったからだろうか。僕が頑なに続けたかった普通の高校生活を、自分で捨ててしまったからだろうか。
それとも、仲良くなれた誰とも別れたくないわがままだろうか。自分では分からない。
授業中は、勉強に集中できるから楽だった。だけど、ずっと授業中じゃない。
珍しく二時限目の後の休憩時間にミンスさんがやって来て、僕に話しかけてきた。
「ショーン君、目が虚ろだけど……燃え尽きちゃったの? それとも、また家で何かあったの?」
「……」
嘘がつけない僕は、俯いて黙り込んだ。
「あ~もう、あんなに励ましたつもりが、また暗くなっちゃった! もう文化祭はないから、今日の打ち上げでカラオケ行きましょうね?」
「……うん。行く」
そう答えると、ミンスさんはホッとしたようだ。
休憩時間が短いからすぐに帰ってしまったけれど、やっぱり友達がいるっていうのは素晴らしい。一緒にいたい……。
三時限目が終わった後に、今度はイツキが来た。いつもはこっちのクラスにほぼ来ないので珍しい。
彼と一緒に、廊下の隅っこに行った。
「やはりその、今日の昼に発表される事について苦しんでおられるのですか」
「イツキ……ごめんなさい」
「はい? 何故謝りますか?」
「昨日、相談しないでポドールイの方々に勝手な事を言ってしまって、ごめんなさい。先にイツキに相談してたら、気まずい空気になるのは避けられた筈なのに」
「いえ……。ショーン様はなにも悪くありません。本来ならば、貴方様に意見した者として私が処分されるべき事案ですよ」
「そんな事ない。イツキが厳しく言ってくれたから、問題がよく分かった。僕、もっと勉強しないと」
「馬の神の話は、問題になりすぐご説明すべきでした。他の事に気を取られた私どもが、愚かでありました」
「もう止めて。イツキに、そんな風に言われたくない」
こういうのも辛いと気付いた。
「そりゃ、立場があるけど、でも友達じゃないか。だから、何を言ってくれてもいいんだ」
言いながら涙が出てきた。
イツキがどこからか、タオルを出して渡してくれた。昨日のと同じのだろうか。少しだけイツキの匂いがする。
「ショーン様、私たちは確かに友達です。だから……いつか、貴方に秘密にしていることを教えたいと思います。いまここでは言えませんが……少し落ち着いたら、その時に」
秘密って……そういえば、イツキがどういう人なのか、余り知らない。知りたい。
「分かった。じゃあ楽しみにしてる」
「ええと……楽しみですか?」
イツキが戸惑い気味に言ったところで、チャイムが鳴った。
僕らはそれぞれの教室に帰った。
2・
お昼休みになると、ミンスさんじゃなくてイツキが迎えに来た。
今日はイツキが弁当を持ってきたというので、それを校庭のベンチで座って受け取った。
「ミンスさんとローレルさんは?」
「他の方とお弁当を食べるそうです」
「そうかあ……」
僕はサンドイッチを少しだけ口にして、時間を気にした。
十二時半になった。どうなるだろうと思い周囲を見回しても、そんなに動きはない。
昼食時だし、そんなに早く情報は広まらないのかと思い、サンドイッチを一切れ手に取った。
すると、校内放送のチャイムが鳴った。
僕は動揺して、手に持ったサンドイッチを地面に落としてしまった。
校内放送のアナウンスで、ロック様が亡くなったと報された。周囲の穏やかな雰囲気が一変し、生徒たちがザワつきだした。
悲しみに暮れる人たちの念を感じるようで、僕もまた悲しくて涙が……。
流れそうになった視線の先、少し遠くの校舎の辺りで、見たことのあるクリームイエローの長髪の人が全速力で駆け抜けていった。
その後を、青白い姿の誰かが追っかけて行き……。
「んんん? イツキ、あの、死んだ人は見えるタイプ?」
「普通の幽霊ならば」
「ロック様は?」
「それは、私では無理でした。あの方は霊的に強い存在で、隠れていようとした場合、私では発見できないのです」
「さっき、ウィル先輩がロック様に追っかけられてたのは見た?」
「……」
イツキは黙って弁当を片付け、僕の指差した方に素早く走っていった。
僕はどうしようか思ったけれど、取りあえず落とした物以外のサンドイッチを全部食べた。
一人で教室に戻ると、クラスメイトたちはおのおのがスマホでロック様崩御のニュースを詳しく知り、驚いたり泣いたりしていた。
しまった事に、僕は泣けなくなった。
朝と違い、僕以外が悲しみに暮れる中、微妙な態度で授業を受けるしかなかった。
3・
放課後になった。ミンスさんも情報を得て暗い表情をしながら、僕に会いに来た。
「ショーン君……? 立ち直ったのね。それは良いことだわ」
「あの……今日の打ち上げ。どうします?」
「そういう雰囲気じゃないわよねえ。でも、これからもテスト勉強に集中した方が良いでしょうから、今日か明日位しかチャンスはないわ。一応、お兄ちゃんとウィル先輩に意見を聞いてみる」
「あっ、ウィル先輩は僕が電話します」
「うん。頼むわ」
ミンスさんは、目の前でジェラルド先輩に電話をかけはじめた。
僕も今更隠れて電話する訳にもいかず、教室にいたままウィル先輩に電話をかけた。
呼び出し音がしばらく続き、諦めようとした時に出てもらえた。
「あ、ウィル先輩。今日の打ち上げのことなのですが……大丈夫ですか?」
「ええ……はあ、どうしましょうか」
ウィル先輩の疲労した声から察するに、ダメっぽい。ロック様、なにやってんだ!
「今日のお昼……庭を走ってられましたけれど、もしかしたら何かに追われていませんでしたか?」
「……ショーン様、今日のカラオケに行きたいです」
「はい、分かりました。では、これから駐車場でお待ちしています」
電話を切った。
ミンスさんの方も、ローレルさんも含めてカラオケに行きたいとのことだった。
イツキはと思っていると、教室に入ってきた。
ミンスさんがいるので、先輩に追いついたかイツキに質問できなかった。彼は意味ありげな視線をくれる。
集合場所になった駐車場のうちの飛空車前にいると、こんな時だけど幸せそうなジェラルド先輩がローレルさんと腕を組んで歩いてきた。
続いて、表情が固すぎるウィル先輩が無事に来てくれた。
みんなで車に乗り込み、前にも行ったカラオケ店に向かった。
カラオケ店は空いていて、受付の店員さんには何故こんな時に歌いに来たんだと思っているのだろう視線を貰った。
個室に入ってすぐ、幸せそうなジェラルド先輩とローレルさんが、付き合い始めたと報告してくれた。
それはめでたいので、素直に拍手してお祝いした。
そしてジュースを注文して歌おうかという流れになった時に、そのジュースを手早く運んできてくれた店員さんが言った。
「四時半からエリック様のテレビ演説があるそうですよ。観た方が良いんじゃありませんか」
「観ます」
僕がきっぱり言うと、威圧感のある店員さんは笑って立ち去っていった。このお店の龍神様への忠誠度はかなり高いらしい。
時間まで半時間あまり、みんなで歌って楽しんだ。僕は応援だけで、ウィル先輩はどこかビクビクしながら周囲を見回していたものの、他に誰もいないと分かると普通に一曲歌ってくれた。
イツキが覚悟を決めて選曲し始めた頃に、時間になった。
僕らはそれぞれのスマホを手にして、国営放送で流されるエリック様のテレビ演説を視聴した。
エリック様は僕と同じ原因でか特に悲しんでいる様子もなく、画面の中で話し始めた。
「我らは、ルル・ロックハートという力強い味方であり国民の父でもある龍神を失いました。五百年間に及ぶ彼の献身と偉業は讃えられるべきであります。しかしあのロックという男は、とにかく愉快な存在でありました。これから日曜日の国葬式までの間、静かに喪に服して悲しむべきと決めた、心優しく忠誠心に溢れる国民の方々が大勢おられるとは理解しております」
僕らはダメな国民だろうか……。
「ですが、彼の生きざまを認めて下さるのならば、静かに暮らすべき時間に楽器を演奏して歌を歌い、好きな動画を見たり映画を観たり、外に出掛けてスポーツを楽しまれて下さい。彼の好きだったアニメを観て漫画を読み、思う存分楽しんで下さい。彼はその大勢が笑う姿を見て、心から満足して笑顔で旅立つでしょう。どうか、ロックをそうして楽しく見送って下さいませんか。よろしくお願いいたします」
エリック様は最後に少しだけ頭を下げて、演説を終えた。
僕らはニヤニヤ笑い始め、備え付けのタンバリンやマラカスを装備して、もう羞恥心などどうでも良いというぐらいに笑って騒いだ。
途中でフィッシュアンドチップスを差し入れてくれた店員さんは、客が沢山来て困ると言いながら笑って立ち去った。
二時間後、カラオケボックスを立ち去る時には、店内がお客さんでギュウギュウ詰めになっていた。
今は傍にいないロック様も、クリスタのどこかで笑って楽しんでくれているだろう。
3・
家に帰る時間になると、ジェラルド先輩とローレルさんは二人でデートするからと徒歩で立ち去った。
ミンスさんは二人を羨ましがりながら、これから別の友人とおしゃべりするからと、彼女の家の飛空車を呼んでそれで帰っていった。
残ったウィル先輩が僕とイツキを意味ありげに見つめるので、屋敷に招待することにした。
時間も時間なので、夕食を振る舞った。
今日はガイアスさんがまだ帰宅していないので、僕とイツキとウィル先輩でテーブルを囲んだ。
出汁が美味しい魚介スープがメインの食事が終わってから、僕は質問した。
「昼休みに、何があったんですか?」
「ショーン様は、あの姿を見ることができたのですか?」
「う……ん、青白い影でしたよね」
一応、はぐらかした。
ウィル先輩は、また出そうな予感でもするのか少し怯えつつ語り始めた。
「昼休みになり、食堂に行こうとした時に、生徒たちの間に青白い光を帯びた幽霊が立っていたんです。思わず見てしまうと、向こうも私を発見して視線を合わせてきて、ニコッと笑うと、言ったのです。俺が見えるんだなと。そして迫ってきたので、全速力で逃げました」
「それは……怖いですねえ。捕まりましたか?」
「いいえ、食堂に逃げ込んだので、そこまでは来ませんでした。けれど……また来そうな予感がします」
ロック様、何がしたいんだろう? でも、イツキが見えない者が見えるって、本当にウィル先輩は優秀なんだと思う。
「その人は、もしかしたら……ウィル先輩に話があるだけかもしれませんよ? また来たら、少し話してみればいかがですか」
「あれが偽者でなけりゃいいんですが」
偽者……ということは。
僕はイツキを見た。イツキが、僕の代わりに聞いてくれた。
「その幽霊が、何の偽者だというのですか?」
「それは……ショーン様は本当はご存知なのではありませんか? エンジン作成の機器の不備を、即座に見抜いた目をお持ちなのですから」
「えっと、じゃあウィル先輩も、色々と幽霊が見えたりするんですか?」
「時折ですがね。普段は気づかないふりをするんですが、その方は……あの外見でしたからね。しかも土曜日の午後に亡くなったというアナウンスが、ちょうどありましたし」
「あれ、ロック様ですよねえ」
もう言ってしまった。
ウィル先輩は表情を柔らかくして、頷いてくれた。
「では、私は幻を前に怯えていた訳ではないのですね」
「多分、善意で追いかけてきたんだと思います。話を……聞いてあげて下さい」
僕がエリック様みたいに頭を少しだけ下げると、ウィル先輩は口を真一文字にした。
「分かりました。私で良ければ、会話をしてみます」
「お願いしま……あ、いや、頑張って下さい」
相手がロック様といえど、霊体と話すのは怖いだろうし。
ウィル先輩はその後、廊下に出たりガレージに行ったりする度にビクつきながらも、うちの飛空車に送られて寮に帰っていった。
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