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第四章 決戦に向けて

2 全ての問題の発端

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1・

ノア様はミネットティオルにて、フリッツベルクさんに教えてもらったという事件のあらましを語り始めた。

そもそもの発端は、文化祭の日にクリスタに出現した強い闇の気配の神。その存在は神の楽園ができた時から、この宇宙文明にいた最古の者の一人。

元は闇の神ではなく、人々に多大な利益をもたらす製造や開発を得意とする産業の神だった。しかし今は光に背き、暗闇に身を潜める者。神の楽園が無くなりしばらくして、別の宇宙に旅立ったという。

フリッツベルクさんは、その存在が戻ってくると予知した。闇の神と化したその者が帰還すると、この宇宙文明は破壊され尽くす恐れがある。

闇の神は僕……ショーンという神族の子供が生まれることで、既に他の仲間たちが消えて無防備なこの宇宙に戻る気になった。

僕に興味を持ち、生まれ持った強い力と華々しい未来に嫉妬して、強い存在に成長して僕がこの宇宙文明を守護する神になる前に、いたぶって殺すつもりで帰還しようとしている。

僕を最後に食べて力をつけるつもりか、もしくは復活もできないぐらいに僕の存在を消すつもりかは、まだ分かってないという。

どちらにしろ、闇の神はついでに宇宙文明も破壊していく可能性が高い。

彼の嫌な思い出が詰まった故郷を、もう目に見えるように置いておきたくないという意味で。

「そんな未来を予知したフリッツベルク様は、自分で打てる限りの手を打つつもりで、ポドールイ王となり、ユールレムの補佐官となり、最後に宇宙海賊の主になりました。彼は皆様の仰る通り、闇の神の到来に備えて多くの者に戦闘訓練を積ませているのです」

ノア様の言葉に、エリック様が軽く手を上げて質問した。

「フリッツベルクは、ユールレムで多量の死傷者を出した。それでも彼は、正義の為に戦っているというのか?」

「正義の為ではないかもしれません。ただ彼は、宇宙文明を滅びから救う為に戦っています。その手段は問わないようですから、一部の者からすれば彼こそ闇の者でしょう」

「なるほど。では、ユールレムを攻めた理由は、あくまで戦闘訓練のつもりだというのか?」

「いいえ。宇宙海賊には、彼らが戦う理由が別にあります。しかしこれは彼らの個人的な事情……ユールレムとの間の話ですので、私は言及を避けます」

「ああ、永遠に中立の麒麟だものな。じゃあ、引き続いて闇の神とやらの話をお願いする」

「フリッツベルク様が仰ったのは、ユールレムで戦火を上げることで、闇の神の視線をあちらにそらせるかもしれないという可能性です。ショーン様から目をそらす時間を作れば、ショーン様が強くなれる時間が稼げます。ショーン様は闇の神の餌だとフリッツベルク様は仰いましたが、しかし同時に、神に対抗できる唯一の手段でもあります。ショーン様が育てば、我らは全滅を逃れ生き残れるのです」

皆が、僕を見る。でも僕、どうやったら自分が強くなるか、そもそも強いのかどうかも分かってない。皆は、僕が強いような事を言うけれど。

僕は皆が救えるかどうか分からなくて、怖くて俯いた。

何より、やっぱり自分が原因なのがとても嫌だ。違うって言われたけれど、やっぱり僕のせいで……宇宙文明が滅びる?

それに、僕のせいで、ユールレムの人たちが、苦しんで亡くなった……。ただ、僕が成長する時間稼ぎをする為に?

僕は、たくさんの事を抱えすぎて、とうとう辛抱できなくなった。

誰かが何か言うけれど、頭の中に入ってこない。

僕自身の泣き声も聞こえない。目の前がかすむ。ただ苦しい。苦しくて……。

誰かが僕を、強く胸に抱き締めた感覚がした。信頼できる感覚。強い光を感じる……。

「ショーン様! 貴方様のせいじゃないんですよ! 大丈夫、もうこれ以上に酷い事にはなりません!」

「……イツキ、僕、でも、僕はいない方が──」

「それは二度と口にされないでください! 私はショーン様と出会えてとても幸せです! その幸せを、私から奪わないでください!」

必死なイツキは、ギュウと僕を抱き締めてくれる。

僕もイツキが好きだ。出会えて嬉しい。ずっと一緒にいれる親友になりたい。彼といたら、僕だって幸せだ。

それにイツキだけじゃない。クリスタに引っ越してきた後で出会ったみんな、大好きだ。僕を育ててくれた父さん母さんも、兄さんだって大好きだ。それにミンスさん、大好きだ。

僕は、みんなと出会えた僕の人生が大好きだ。この道の上で、ずっといたい……。

僕は少しだけ落ち着いて泣き止み、イツキがくれたタオルで顔を拭いた。

「ショーン様、部屋に戻りましょうか? 今日は色々とありましたから、お疲れでしょう? もう休みましょう」

「ミンスさん……ミンスさんに、電話する」

「はい、そうしましょうか」

「それで……ええと、クリスタのこと、クラレンス様に頼みます。お願いします」

僕の弱々しい声でも、クラレンス様は聞いて下さり、頷いてくれた。

僕のすべきことはそれで終わらせたから、皆さんに謝ってからイツキの言うとおりに部屋に戻った。

まだ話し合うべきことはあったかもしれないけれど、僕にはもう無理だ……。

2・

部屋に戻り、お風呂に入った。

ガイアスさんの家になかなか戻れないと思いつつも、ベッドに入ってからミンスさんに電話した。

まだ夜の七時だ。出てくれると思う。

「は~い、ミンスです。ショーン君、今日はどうだった?」

「え? あ……その」

明るい口調で質問されて、戸惑った。

本当は僕がミンスさんを励ましたかったのに、そんな台詞を言えるどころか何の言葉も出ない。

情けなくて、また泣きそうになった。

「ん? ショーン君、また落ち込んじゃったのね? えっと、まさかユールレム母星に知り合いや親戚とかいるの?」

「……いないけど、その、たくさんの人が犠牲になったって……」

「あー、そうかあ。ショーン君優しいから、同情しちゃったんだ? 近くにいたら頭ナデナデしてあげるけど、遠くだからできないわ。残念!」

「え……えっと、ミンスさんの……歌、僕は好きでしたよ」

「ありがとう。ショーン君は絶対に気に入ってくれると思ってたわ。でも残念ながら、すぐ負けちゃったのよね。いま、残念会という名の夕食が終わったところなの」

「あ……その、大丈夫?」

「え? いや、私がショーン君を心配してるところよ。私は仲間がいて、みんなでワイワイできるから気も紛れるんだけどね。ショーン君は一人なの?」

「……みんながいます」

「そうなら、大丈夫ね。私とは学校で会いましょう。今から駆け付けても良いけど?」

「いや……あの、大丈夫です。僕、確かに独りじゃないです。みんなが仲良くしてくれてるから、みんなと一緒に進んでいけます」

「仕事でも何かあったのね。私は事情を知らないから助言できないけど、そっちのショーン君のお仲間に沢山頼れば全然へっちゃらになるわよ。ショーン君はまだ子供なんだから、遠慮なく大人に頼っちゃいなさいよ!」

「う、うん。僕、みんなに頼ります。それで、ちょっとずつでも頑張って強くなります!」

「おお~、元気になってきたわね。良かったわ~」

「僕は……自分の言った事に責任を持ちます。忘れるところでした」

「うん、頑張ってね。私、遠くにいても応援してるからね」

ミンスさんにそう言われて、心にじんときた。

「ま、任せてください。僕が護ります!」

「ん? うん、とりあえず頼むわ~。じゃあショーン君、また明日でいいかしら?」

「はい、ありがとうございました! また明日!」

僕が頑張らないとミンスさんも護れない。それに気付いた僕は、テンションが上がりまくった。

電話を切り、周囲を見回した。

寝ようかと思ってたけど、机の上にある新生命体開発の本を見て、それについてまだ問題が終わってないと気付いた。

闇の神との戦いでは、きっとホークアイの宝玉のような光を放つアイテムは役立つと思える。僕がそれを素早く開発すれば、大勢の命が救えるだろう。

僕がベッドを降りて本に駆け寄ると、どこにいたのかオーランドさんが先に手にした。

「アルファルド様は、既に神殿を立たれましたよ」

「あっ、じゃあ、どうしましょう?」

「先に、彼に本を渡していいか、マーティス様に最終確認をされた方が良いかと思います」

「そうでした。アルファルド様がバンハムーバで働かないと、見せたら駄目だって言ってましたっけ。マーティス様はどこにおられるんですか?」

「第二執務室で、エリック様と反省会を行っています」

「……?」

よく分からないけれど、いるなら会うべきだ。

決心して部屋から出ようとしたら、部屋の中に居るのかなと思っていたイツキがガウンを持ってきてくれた。

龍神だから大丈夫だと思いつつも、湯冷めしない為にそれを羽織って第二執務室へと向かった。

二人がいるらしい部屋の前に幾人かいたので、彼らに頼んで会ってくれるか聞いてもらった。

すぐに扉は開かれた。思わずくしゃみしながら中に入ると、机の傍にいるエリック様とマーティス様が僕の方を見た。

エリック様は何故か正座をして、マーティス様がその前で腰に手を当てて立っている。

「お風呂に入ってきたのか? 湯冷めしちゃうぞ」

エリック様が心配してくれた。

「大丈夫です! あの、マーティス様。アルファルド様にこの本を解読してもらっても構いませんか? 一刻も早く解読してもらい、僕が光の溢れるアイテムを生み出せれば、いつかある戦いで被害者が減ると思うんです」

「確かにそうですね。ではアルファルド様に本を届けましょうか?」

「お願いします。僕、頑張って開発しますね!」

勢い余って叫ぶと、二人とも不思議そうな表情をした。

「いきなりどうした? 何があった」

「ミンスさん効果です」

イツキが言った。

「ああ……彼女か。女神だな」

エリック様が何か納得した。

「どなたですか?」

マーティス様がエリック様に聞いた。僕じゃなく。

「ショーン君の同級生。女神だ」

「では、神殿に招待されればいかがですか?」

マーティス様は僕に言った。僕は動揺した。

「えっ、でも、正体をバラしてもいいんですか?」

「信用のおける者ならば、シャムルル様の権限でいくらでもなさってください。ただし、自己責任になります」

「ああ、はい……そういう道もあるんですね。でもその……龍神だって知って距離を置かれたら嫌です。僕、ミンスさんとは絶対に仲良くしたいんです!」

悩む! と思いつつ話した。

「でも、でも……ええと、も、もうちょっと考えます!」

「うん、そうしたらいい。それでショーン君……今日は本当に色々とあった日だが、全部引っくるめて単純に考えた方がいい」

「え?」

エリック様の言わんとする事の意味が分からない。

「単純に、ミンスさんを護るために頑張ればいいんだ。な?」

「……そ、そうですよね! 僕、ミンスさんを護るって約束しました! 一生護ります!」

「そうか、良かったな」

「はい!」

「あの、アデリー様のことは?」

マーティス様が質問してきた。

「アデリー様も護りますとも。みんな護りますよ!」

僕は何だか嬉しくなってきたから、笑顔で本をマーティス様に託して部屋を出た。

でも出たところで廊下全体を覆う重苦しい雰囲気に圧倒され、うっと思った。

だけど、確かに自分の身近から救うと考えれば、いつかその隣も救えるだろうし、最終的には全てを救えると思う。

それなら僕もできそうだ。

ミンスさんにありがとうと心で伝え、温かくなった胸に手をやり、また笑えた。
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