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第四章 決戦に向けて
3 原因が判明したその一方で
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1・
「アデリー様も、って言いましたね。も、ということは、ミンスさんの方が気になるお方なのですか?」
マーティスは、正座を続けるエリックを見下ろして聞いた。
「話に聞いたところによると、転校して初めて友達になった女子で、姉御肌なんだそうだ。向こうはショーンを妹と呼び、ショーンは彼女を女性として見ているかどうか不明だ」
「そうとしても、一生護ると宣言するぐらいなのですから、とても大好きなんでしょうね。全ての戦いの後、彼女に褒章を授与しましょう」
「俺も贈ることにする。ところで……見ての通り、ショーンのお付きは体力がないと務まらないから若いのを指名したいんだが、いいだろうか?」
「軍から都合していただきますか?」
「軍の訓練には参加した。魔術師で途中棄権だが、一応体力はある」
「へえ……何か、先ほど聞いたような話ですね?」
マーティスの目が光る。
「ショーンの……一年先輩で、龍神ウルフィールの子孫だ。彼らの不遇については、マーティス様も聞き及んでいるだろう? 彼に、一族の汚名をそそぐチャンスをあげたい」
「……問題があると分かっていての頼みなんですね?」
「ああ。本当に問題が発生すれば、俺が全ての責任を負う。俺がその時に生き残っていればだが……しかし、俺は彼を信じる。絶対に、彼は職務を全うする」
エリックは龍神になってから初めて、土下座して頭を深々と下げた。
「止して下さい。エリック様が前々からウルフィール様の一族を見守っておられることは、存じ上げています。その者も、己の子のように可愛い者なのでしょう? でしたら、構いませんよ。エリック様の推薦で、シャムルル様の……龍神助手官になさいますか?」
「ああ。まずは様子見で助手官として雇い、後は……実力で龍神副官長になってもらいたいと願う。そこは口出ししない」
「ええ。しかし当面の副官長がいないでは、問題がありますね。シャムルル様は裏に徹して働くことになるでしょうが、その政治的代理はいた方が無難でしょう」
「ジェラルドの方も、優れた龍神副官長が必要だ。実質、このクリスタの統治は彼に一任することになるしな。だから……マーティス様に、アルファルド様の説得を頼む」
「彼の姉君が無事であられるので、話がし易いですね。では、彼に会いに行きます」
「あ、待ってくれ。最後に、頼みたい。俺は戦いが起これば、自分の命よりもショーンや他の者の命を優先する。だから、生き残る確率が低い。その時、ショーンやウィル……ショーンの助手官のことを、俺の代わりに親身に面倒をみてあげてくれ」
マーティスは真顔で、エリックの顔をじっと見つめた。
「……考慮しなくもありません。けれど、貴方様が護るべき者はここにもおりますよ。ですから、死んでなどいられないでしょう? エリックお祖父様」
エリックは、王家に嫁いだ一人娘のひ孫であるマーティスが、子供の時以来呼んでくれなかった尊称を聞いて動揺した。
「ああ……そうだな。俺は死んでいられないな。お前も護らないと」
「では、私からはそれを頼みます。また後で」
「……ありがとう」
「いいえ、こちらこそ」
マーティスは冷静に返し、第二執務室から出た。
エリックは正座したまま頭を掻き、苦笑いした。
2・
ロックバンドトーナメントで思うように成果を上げられず、脱力感のある残念会を終わらせたインプレッションズの面々。
食事をした店を出て解散となり、ミンスは一人で商店街を歩いた。
「ミンスさん、立体駐車場までだろうけれど、送っていくよ」
ミンスの一年先輩でインプレッションズのギタリストであるレヴィットが、後を追いかけてきて隣に並んだ。
「ありがとうございます」
ミンスは驚きつつも彼に礼を言い、他の者がついてきていないかをチラと振り向いて確認した。
共に歩きながら、レヴィットは切り出した。
「みんなの前では言えなかったが、ミンスさんも連絡先をもらっただろう? この世界は実力主義だ。バンドそのもので売り出してもらうには、今日のトーナメントで優勝できないといけなかった。それぐらいできないと、凄まじい競争がある宇宙の舞台ではやっていけない」
「……でも、私、急に入れてもらって親切にしてもらえたのに、足蹴にして捨てていくなんて……できません」
「本気で音楽の道でやっていきたいなら、今このチャンスを生かすしかない。君の歌声なら、ソロでもやっていける。今回は俺も一緒にスカウトされたから、この二人でデビューできるかもしれない。俺もいるんだから、他の何も気にするな。君は一人じゃない」
「…………でも」
「ミンスさんは実家との折り合いもあるだろうから、強くは言わないが……その実家が嫌なら、この道を選ぶという未来もあり得るだろう? しかもバンハムーバ勢力圏内の最大手のエイジア・エンターテイメントからのスカウトだ。詐欺じゃないし、飼い殺しもされないだろう。これは一生に一度もないような、稀有なチャンスなんだ」
「分かっています。ただ、まだ、決心できなくて」
「ああ……今日、色々とあったからな。まあ、向こうも返事はしばらく後で良いと言うし、それまでよく考えるといいよ。俺は乗ると決めた」
「……」
ミンスは深く頷いた。
立体駐車場の前まで歩くと、ミンスの家の使用人が待っていた。
ミンスはレヴィットにお辞儀して、複雑な気持ちで彼と別れた。
3・
エリックは、他に誰もいなくなった第二執務室で立ち上がり、ロックすらいないと思いながらため息をついた。
スマホを取り出し、ホルンに電話をかける。
「今どこにいる?」
「神殿の連絡通路前です。こちらから迎賓館に戻られるノア様をお見送りしました」
「あー、ロックもついて行ったんだろうな。でもノアには、明日も来てもらわないとな。ショーンの問題が残ってる」
「そうですね。私も、アデンへの旅に同行いたしましょうか?」
「あの、それなんだが。母星に引っ越して、俺の専属の神官にならないつもりか?」
「そうですね……私はクリスタそのものに愛着を感じてしまいました。こちらに残りたく思います。それに……少し、個人的な事情で休暇をいただきたいのです。一度、ファルクスに戻りたいのです」
「ん? カシミア様に何かあったのか?」
「いいえ、父は快適に闇の化け物ライフを満喫しています。私自身の問題です」
「……いつ休むんだ?」
「ショーン様が新たな存在としての魂を入手される頃と、戦いの後にはバカンスに行きたいです」
「おいおい。戦いの後のバカンスは許可するけれども、今は休みをくれてやる訳……ん? ジェラルド君から電話がきた」
「先に対応されて下さい」
「ああ。じゃあまた後でかける」
エリックはホルンとの通話を終え、つい先ほど電話番号の交換をしたジェラルドの対応をした。
「はい、エリックだ。ジェラルド君だろう?」
「ええ。いま、少しばかり話しても構いませんでしょうか?」
「手続きの事で分からない事でもあるのか? 教えるぞ」
「いえ、そちらの問題はうちの手の者で滞りなく進めております。そうではなく、陸軍行軍訓練で知り合ったバンハムーバ人のようなポドールイ人がいるのですが、彼から伝言を頼まれました」
「ポドールイ人? はあ、何だろうか?」
「両方の休みを与えて下さい、とのことです」
エリックは、その台詞を聞いてゾッとした。
ポドールイ人だといっても、予知能力や透視能力を強く受け継ぎ国の役に立つような力のある者は一握りしかいない。しかも、直接的に知らない自分とホルンの現在の会話に口出ししてきた。国王レベルの実力者だ。
「そう言ったのは、誰だ? できるなら明日、連れて来てもらえないか」
「本人は行く気があるようです。明日に連れて行きます」
「良か……いや、頼んだ。待っている」
「はい。ありがとうございます。彼も喜んでいます」
誰だそれと思いつつも、エリックはそこまでで電話を切った。そしてホルンにまたかけた。
「見知らぬポドールイ人が出現して、お前の休暇を認めさせようとしてきた。怖い」
「今更でしょう。でも、私も見知らぬ存在です。クリスタにいる同族にそのような強い力を持つ方がおられるなら、これまでに一度ぐらいは耳に入っていてもおかしくないのですが、聞いた事がありません」
「うーん、明日来るって言うんだ。どうしてだろう?」
「ええと………中央神殿で就職したいようです。まだ少年のような方ですね。しかも、私の透視能力を全ては通さないとても強力な……守護の力を持っています。灰色の魔術師でしょうか。引き込んだ方が賢明でしょう」
「……休みが貰えるのが嬉しいんだな? お前の手先じゃないのか」
「いえいえ、違いますよ。本当に存じ上げません」
「ふーん。でもホルンが欲しいんだったら、休みは両方で取るといい。一番重要な戦いの時には居てくれるんだろう?」
「はい。その時のために、休みたいのです」
「……分かった。後でスケジュール調整しよう。とりあえずショーンのアデン行きには同行してくれるんだな?」
「はい、行って参ります。道中に危険はありませんが、相応しいようにお守りいたします」
ホルンは嬉しげに答えた。
エリックは何か少し引っ掛かるものがあると感じたが、それは告げなかった。
「アデリー様も、って言いましたね。も、ということは、ミンスさんの方が気になるお方なのですか?」
マーティスは、正座を続けるエリックを見下ろして聞いた。
「話に聞いたところによると、転校して初めて友達になった女子で、姉御肌なんだそうだ。向こうはショーンを妹と呼び、ショーンは彼女を女性として見ているかどうか不明だ」
「そうとしても、一生護ると宣言するぐらいなのですから、とても大好きなんでしょうね。全ての戦いの後、彼女に褒章を授与しましょう」
「俺も贈ることにする。ところで……見ての通り、ショーンのお付きは体力がないと務まらないから若いのを指名したいんだが、いいだろうか?」
「軍から都合していただきますか?」
「軍の訓練には参加した。魔術師で途中棄権だが、一応体力はある」
「へえ……何か、先ほど聞いたような話ですね?」
マーティスの目が光る。
「ショーンの……一年先輩で、龍神ウルフィールの子孫だ。彼らの不遇については、マーティス様も聞き及んでいるだろう? 彼に、一族の汚名をそそぐチャンスをあげたい」
「……問題があると分かっていての頼みなんですね?」
「ああ。本当に問題が発生すれば、俺が全ての責任を負う。俺がその時に生き残っていればだが……しかし、俺は彼を信じる。絶対に、彼は職務を全うする」
エリックは龍神になってから初めて、土下座して頭を深々と下げた。
「止して下さい。エリック様が前々からウルフィール様の一族を見守っておられることは、存じ上げています。その者も、己の子のように可愛い者なのでしょう? でしたら、構いませんよ。エリック様の推薦で、シャムルル様の……龍神助手官になさいますか?」
「ああ。まずは様子見で助手官として雇い、後は……実力で龍神副官長になってもらいたいと願う。そこは口出ししない」
「ええ。しかし当面の副官長がいないでは、問題がありますね。シャムルル様は裏に徹して働くことになるでしょうが、その政治的代理はいた方が無難でしょう」
「ジェラルドの方も、優れた龍神副官長が必要だ。実質、このクリスタの統治は彼に一任することになるしな。だから……マーティス様に、アルファルド様の説得を頼む」
「彼の姉君が無事であられるので、話がし易いですね。では、彼に会いに行きます」
「あ、待ってくれ。最後に、頼みたい。俺は戦いが起これば、自分の命よりもショーンや他の者の命を優先する。だから、生き残る確率が低い。その時、ショーンやウィル……ショーンの助手官のことを、俺の代わりに親身に面倒をみてあげてくれ」
マーティスは真顔で、エリックの顔をじっと見つめた。
「……考慮しなくもありません。けれど、貴方様が護るべき者はここにもおりますよ。ですから、死んでなどいられないでしょう? エリックお祖父様」
エリックは、王家に嫁いだ一人娘のひ孫であるマーティスが、子供の時以来呼んでくれなかった尊称を聞いて動揺した。
「ああ……そうだな。俺は死んでいられないな。お前も護らないと」
「では、私からはそれを頼みます。また後で」
「……ありがとう」
「いいえ、こちらこそ」
マーティスは冷静に返し、第二執務室から出た。
エリックは正座したまま頭を掻き、苦笑いした。
2・
ロックバンドトーナメントで思うように成果を上げられず、脱力感のある残念会を終わらせたインプレッションズの面々。
食事をした店を出て解散となり、ミンスは一人で商店街を歩いた。
「ミンスさん、立体駐車場までだろうけれど、送っていくよ」
ミンスの一年先輩でインプレッションズのギタリストであるレヴィットが、後を追いかけてきて隣に並んだ。
「ありがとうございます」
ミンスは驚きつつも彼に礼を言い、他の者がついてきていないかをチラと振り向いて確認した。
共に歩きながら、レヴィットは切り出した。
「みんなの前では言えなかったが、ミンスさんも連絡先をもらっただろう? この世界は実力主義だ。バンドそのもので売り出してもらうには、今日のトーナメントで優勝できないといけなかった。それぐらいできないと、凄まじい競争がある宇宙の舞台ではやっていけない」
「……でも、私、急に入れてもらって親切にしてもらえたのに、足蹴にして捨てていくなんて……できません」
「本気で音楽の道でやっていきたいなら、今このチャンスを生かすしかない。君の歌声なら、ソロでもやっていける。今回は俺も一緒にスカウトされたから、この二人でデビューできるかもしれない。俺もいるんだから、他の何も気にするな。君は一人じゃない」
「…………でも」
「ミンスさんは実家との折り合いもあるだろうから、強くは言わないが……その実家が嫌なら、この道を選ぶという未来もあり得るだろう? しかもバンハムーバ勢力圏内の最大手のエイジア・エンターテイメントからのスカウトだ。詐欺じゃないし、飼い殺しもされないだろう。これは一生に一度もないような、稀有なチャンスなんだ」
「分かっています。ただ、まだ、決心できなくて」
「ああ……今日、色々とあったからな。まあ、向こうも返事はしばらく後で良いと言うし、それまでよく考えるといいよ。俺は乗ると決めた」
「……」
ミンスは深く頷いた。
立体駐車場の前まで歩くと、ミンスの家の使用人が待っていた。
ミンスはレヴィットにお辞儀して、複雑な気持ちで彼と別れた。
3・
エリックは、他に誰もいなくなった第二執務室で立ち上がり、ロックすらいないと思いながらため息をついた。
スマホを取り出し、ホルンに電話をかける。
「今どこにいる?」
「神殿の連絡通路前です。こちらから迎賓館に戻られるノア様をお見送りしました」
「あー、ロックもついて行ったんだろうな。でもノアには、明日も来てもらわないとな。ショーンの問題が残ってる」
「そうですね。私も、アデンへの旅に同行いたしましょうか?」
「あの、それなんだが。母星に引っ越して、俺の専属の神官にならないつもりか?」
「そうですね……私はクリスタそのものに愛着を感じてしまいました。こちらに残りたく思います。それに……少し、個人的な事情で休暇をいただきたいのです。一度、ファルクスに戻りたいのです」
「ん? カシミア様に何かあったのか?」
「いいえ、父は快適に闇の化け物ライフを満喫しています。私自身の問題です」
「……いつ休むんだ?」
「ショーン様が新たな存在としての魂を入手される頃と、戦いの後にはバカンスに行きたいです」
「おいおい。戦いの後のバカンスは許可するけれども、今は休みをくれてやる訳……ん? ジェラルド君から電話がきた」
「先に対応されて下さい」
「ああ。じゃあまた後でかける」
エリックはホルンとの通話を終え、つい先ほど電話番号の交換をしたジェラルドの対応をした。
「はい、エリックだ。ジェラルド君だろう?」
「ええ。いま、少しばかり話しても構いませんでしょうか?」
「手続きの事で分からない事でもあるのか? 教えるぞ」
「いえ、そちらの問題はうちの手の者で滞りなく進めております。そうではなく、陸軍行軍訓練で知り合ったバンハムーバ人のようなポドールイ人がいるのですが、彼から伝言を頼まれました」
「ポドールイ人? はあ、何だろうか?」
「両方の休みを与えて下さい、とのことです」
エリックは、その台詞を聞いてゾッとした。
ポドールイ人だといっても、予知能力や透視能力を強く受け継ぎ国の役に立つような力のある者は一握りしかいない。しかも、直接的に知らない自分とホルンの現在の会話に口出ししてきた。国王レベルの実力者だ。
「そう言ったのは、誰だ? できるなら明日、連れて来てもらえないか」
「本人は行く気があるようです。明日に連れて行きます」
「良か……いや、頼んだ。待っている」
「はい。ありがとうございます。彼も喜んでいます」
誰だそれと思いつつも、エリックはそこまでで電話を切った。そしてホルンにまたかけた。
「見知らぬポドールイ人が出現して、お前の休暇を認めさせようとしてきた。怖い」
「今更でしょう。でも、私も見知らぬ存在です。クリスタにいる同族にそのような強い力を持つ方がおられるなら、これまでに一度ぐらいは耳に入っていてもおかしくないのですが、聞いた事がありません」
「うーん、明日来るって言うんだ。どうしてだろう?」
「ええと………中央神殿で就職したいようです。まだ少年のような方ですね。しかも、私の透視能力を全ては通さないとても強力な……守護の力を持っています。灰色の魔術師でしょうか。引き込んだ方が賢明でしょう」
「……休みが貰えるのが嬉しいんだな? お前の手先じゃないのか」
「いえいえ、違いますよ。本当に存じ上げません」
「ふーん。でもホルンが欲しいんだったら、休みは両方で取るといい。一番重要な戦いの時には居てくれるんだろう?」
「はい。その時のために、休みたいのです」
「……分かった。後でスケジュール調整しよう。とりあえずショーンのアデン行きには同行してくれるんだな?」
「はい、行って参ります。道中に危険はありませんが、相応しいようにお守りいたします」
ホルンは嬉しげに答えた。
エリックは何か少し引っ掛かるものがあると感じたが、それは告げなかった。
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