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第五章 私たちの選ぶ未来
9 闇の神の光の魂
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1・
いま僕が出来ることを精一杯にしている間に、フリッツベルクさんと約束した夕方の十八時になった。
ジェラルド先輩とみんなと一緒に待っていると、中央神殿の宿舎の玄関ホールに、二十名ほどの人影が瞬時に出現した。
先頭の中央にいるのは、真っ赤なロングコートを着て髪の毛が真っ赤になっているフリッツベルクさんだ。その背後には、レリクスに関する本で見たと覚えている特徴を持った人々が、戦闘用の格好で並んでいる。
「シャムルル様、ジェラルド様、お招き頂き感謝する」
「ようこそ、フリッツベルクさん。あの、背後の彼らは貴方の部下なのですよね?」
「そうとも。見覚えはあるようだな。彼らはレリクスと同じ時に異国の魔術師により生み出された妖精族の一員だ。彼らが、そちらと共闘する俺の部下になる」
「はい……しかし、どうしてですか?」
僕は、質問せずにはいられなかった。ユールレム王国勢力圏内で捕らえられたかのように暮らしている筈の彼ら。僕は彼らのことも、もちろん救いたいと願っている。
フリッツベルクさんは、僕が聞くとニコリと笑った。
「無論、報酬を期待しているからだ。その報酬とは、バンハムーバの龍神と王国に感謝されて力ある一族として尊敬を得て、認められること。そうして立場を得て、宇宙文明全体から後押しされる形でユールレム王国からの離脱を求めている。今の段階では全てが上手く運ぶとは思っていないものの、独立の一歩をここで踏み出したい。その為に彼らは、クリスタのために命を捧げる」
重い話なのに、フリッツベルクさんは慣れた感じでサラッと言い終えた。
命などかけなくても、僕は彼らを自由にしてあげたい。でも彼らは、自力で道を切り開く覚悟がある。
そして僕らには援護が必要で、言い争う時間も無い。
僕はジェラルド先輩に目配せしてから、フリッツベルクさんに返した。
「分かりました。私は受け入れます。どうか、クリスタのために力をお貸し下さい」
次に、ジェラルド先輩が言った。
「彼らのクリスタでの活動は、私が保証します。それでは皆さん、あちらの通路にどうぞ。まず宿泊場所を提供します」
先に話し合って決めた通りに、ジェラルド先輩が美しくも勇ましい妖精族のクリスタ滞在の世話をしてくれる事になった。
そして僕は、フリッツベルクさんの正面に立って彼の顔を見上げた。
「フリッツベルクさん。少し前のあの事ですが、過去の時代のポドールイの王様が、僕を派遣した事を感謝していましたよ」
「ああ、そりゃ良かった。俺は腐ってもポドールイの王だった身だ。その国と民のために生きたいと、今でも思っている」
「そう……ですよね。その星に攻め入ったとしても、フリッツベルクさんは、彼らを自由にしたいんですよね」
「まあ、あんまりハッキリ言わないでくれ。俺は人殺しの悪党でもあるからな。それよりも、いま必要な話をしよう。過去に行くために、眠ってもらう必要がある」
「ぼ……私の部屋にどうぞ」
イツキは、同じ術で肉体ごと過去に行っていたという。僕にはそれができないのか、もしくは軸となる者は心だけしか過去に行けないのか。
色々と考えながら僕の部屋まで行くと、ミンスさんの残り香が少しだけあって、少し嬉しくなった。
恥ずかしくもなりつつ、フリッツベルクさんの説明を聞いた。
「俺の術があれば、本当はシャムルル君も肉体ごと過去に連れていける。でもシャムルル君の肉体は、ここに居なくてはいけない。もし逃げたと思われれば、闇の神は今すぐはクリスタに攻め入らなくなるかもしれないが、宇宙で無差別攻撃を開始する可能性がある」
「それは、とてもダメなことですね。クリスタが攻められるのもダメですけれど、せめて身構えているここに来てもらった方が、総合しての……被害が、減ると、思います……」
でも、護るべき国民が犠牲になるのは嫌だ。それを思うと、とても心苦しい。
俯くと、イツキが傍に来て腕に触れてくれた。
「ああ……イツキ、僕は大丈夫だよ」
「私もご一緒できれば良いのですが──」
「何言ってんだ。行ってもらうに決まってるだろ」
「「え」」
僕とイツキは、フリッツベルクさんの言葉に同時に驚いた。
「いいか。話し合いが可能な闇の神の光の魂がいるのは過去で、弱肉強食のことわりがまだ存在する魔界にある天界だ。そこにはまだウリアル……パーシーはいないんだが、飼い犬のように天界を護る別の神がわんさかいる。しかも話を聞かない。イツキ君がいなかったら、シャムルル君は下手すりゃ数秒でアウトだな」
「は? そんな危険な場所に、シャムルル様を送り込もうとしているのですか!」
叫んだイツキは、本気で怒ったようだ。
フリッツベルクさんは一歩下がって、ヒラヒラと手を振った。
「まあ落ち着け。クーリー……闇の神の光の魂の時の愛称だが、クーリーはすぐにシャムルル君に気付いて会ってくれるだろう。念のために、イツキ君にいてもらいたいだけだ」
「はあ。それで、貴方は?」
「俺は、二人が未来に戻る為の通路を守る。その時代には過去の俺も存在しているものの、既に遠くに旅立っていていない。あてにしないでくれ」
「分かり……ました。なんとか、僕とイツキで切り抜けます」
「頼んだ。そういう訳で、シャムルル君の肉体はここに残るが、俺とイツキ君は消える。残るオーランド君とウィル君は、シャムルル君を護れ。何か来るようだ」
「……了解しました」
フリッツベルクさんに命じられたオーランドさんの目つきが、瞬時にキツく変化した。いつも優しい表情で愛想が良いのに、その雰囲気はまるで軍人のようだ。
そういえば、宇宙軍の兵士だったと聞いたような。
オーランドさんについて詳しく思い出せないでいると、フリッツベルクさんが僕を呼んだ。
時間が勿体ないとのことで、僕はベッドに横になりに行った。ベッド脇にフリッツベルクさんとイツキが立つ。
いつどのように旅立つのか聞こうとしたら、目の前の彼らがいなくなった。
いや、僕がそこから消えた。
暗闇の道を引っ張られていく感覚が一瞬だけして、気づいたら全く知らない巨大な塔の内部の、赤い絨毯が敷かれた白い階段部分に立っていた。
2・
前に過去のポドールイ王国に行った時と同じように、魂の状態ながら仮の肉体をもらえたようで、普通に動ける。
真っ白な石で出来ているらしい塔は、内部の壁に取り付けられている緩やかならせん階段で上まで登れるようだ。
手すりから塔の中心にある吹き抜け部分を見下ろすと、今いる場所でも百メートル以上の高さがあるように見える。上を見上げると、それ以上の高さが続いているように思う。
吹き抜け部分と五メートルほどの幅のある白亜の階段を合わせた幅は、三十メートルほどあるだろうか。
とにかく巨大で高い塔だというのは分かる。
「シャムルル様」
「わっ!」
突然に呼ばれて驚き、手すりにつかまり振り向いた。
イツキがいて、悪びれている。
「申し訳ありません。次からはより注意して呼びかけます」
「いやいや、落ちても大丈夫だよ。だって僕は龍神だからね」
「そうですが……今ここで変身できますか?」
「そりゃもう」
龍神だからできると思った僕は、気合いを入れて変化した。
と思ったら、レリクスの方に変身してしまった。
「あれ? えっと、こっちじゃなくて」
自分に言い聞かせて何度も変身しようとしたんだけれど、何故かできない。レリクスにしかなれない。
慌てる子猫の僕の前でイツキがしゃがみ込み、言った。
「龍神は肉体を介する変身技術の筈ですので、できないようですね。それとも、肉体と魂の距離が開きすぎたか、術の影響かもしれませんが」
「え-。それじゃあ、もし戦いになったら、僕は何もできないのかな」
「私が全て対処いたしますので、問題はありません。私は戦闘要員ですからね」
イツキがそう言った時、彼の背後に人が立った。
僕が毛を逆立てた時には、イツキはどこからともなく取り出した短剣をその人物に突きつけていた。
その人物は、刃物を突きつけられても微動だにしない。
僕らと同じぐらいの外見の男の子で、手にはバケツと箒を持っている。
「お客様ですか?」
プラチナブロンドの彼は、可愛らしい声で質問してきた。
「イツキ、もう止してあげて。私たちの方がお邪魔しているんだし、礼儀を欠いてるよ」
「……」
イツキは少年を値踏みしているのか、しばらく見つめていたものの、そのうち短剣を引いた。
「無礼をお許し下さい。我らはこの塔の主人であろうクリミア様に面会しに来た者です。我らの到来を、彼もご存じの筈です」
イツキが一度頭を下げて言うと、少年はニッコリ笑って頷いた。
「クリミア様でしたら、今は最上階のお部屋におられると思います。この階段をただひたすらに上っていって下さい」
「分かりました。そうします」
イツキは答え、まだ少年を警戒している表情で僕をチラリと見た。
するとその一瞬で、少年の姿は出現した時と同じように消えてしまった。
僕は驚きつつ、人の姿に戻った。
「彼の気配はただ者ではありません。掃除が趣味の神族だと思います」
イツキの言葉に、僕は頷いた。
「僕もそう思う。だから余計に、すぐ武器を突きつけるのは止そうよ」
「フリッツベルク様の忠告をお忘れですか? 気を抜かない方が身のためです。それに時間を無駄にできません。急ぎましょう」
「うん。分かった」
僕は長々と続くらせん階段を見上げて、それにチャレンジしようとした。でもイツキがサッと手を出して制止してきた。
「レリクスの姿に変身して下さい」
イツキの頼みに頷いて、再びレリクスの姿に変身した。
そうするとイツキは僕をそっと抱き上げ、腕の中に確保してから走り始めた
。
最初は素早く階段を駆け上がっていたけれど、そのうちに目的地が遠すぎると思ったのか、手すりに飛び乗って斜めに飛び上がって上の階の手すりに飛び乗るという前進方法に変えた。
どっちにしろ連れて行かれるだけの僕は楽で、まるで自分が塔の吹き抜け部分を飛んで跳ねている気分になれて楽しかった。
この僕にとり快適な移動は、最上階に続くのだろう巨大な青白い扉の前で終わりを告げた。
悪いことに、扉の前には鎧姿で三叉のほこを手にした、二対の茶色い翼を背に持つ金髪碧眼の青年が立っている。
イツキは扉の前の踊り場に入る直前で立ち止まり、僕を床に下ろした。
下がっていてと頼まれたから、僕は人の姿に戻って頷いて、少しだけ階段を降りた。
イツキはその人に、少し近づいた。
「クリミア様に面会したい。通してもらえるだろうか?」
「この扉を、戦わずして通ることは許さない」
金髪の青年は真顔で、ほこを勢い良く振り回した。この人は話を聞いてくれない類の方らしい。
イツキは短剣を構えると、普通の人では出せないスピードで斬りかかった。その人も、普通の人じゃ出せないスピードと威力で反撃し始めた。
イツキが戦うのを初めて見て興味がとても湧いたが、技の余波とか風圧ですぐ見ていられなくなった。
身の安全のためにより離れようと階段の壁際を下がっていると、背後からポンと肩を叩かれた。
何気なく振り向くと、黒髪の短髪でアーモンド型の目をした見覚えのある青年が立っていて……。
「うあっ、ああっ、や、闇の神様ですか?」
「いいや、それは私の未来だね。とにかく一緒に来なさい。ここは危険だ」
闇の神だけどそうじゃない彼は、素敵な笑顔で僕の腕を引っ張り、違う場所に瞬間移動した。
書架が壁際にある落ち着いた雰囲気の、趣味の良い魔術師の部屋のような内装がある。さっきまで遠くに見えていた青白い扉があり、少し開いていて、その向こうで轟音がする。
「あ、イツキ。もう戦わなくてもいいのに」
僕が言うと、クリミア様は嬉しそうに笑った。
「悪いようにはしないよ。彼は本気で戦った実戦経験が少ないようだから、それを提供しようと思ってね。うちの門番の暇つぶしにもなるし」
「暇つぶしですか」
武闘派の方々は、暇つぶしでも本気で戦えるんだろうか。
僕が扉の方を気にしていると、クリミア様は少し離れた木のテーブルの傍まで行き、カチャカチャし始めた。
そちらを見ると、ティーセットを揃えた彼が満面の笑みで手招きしていた。
闇の神と同じ外見なのに全く違う方なので、少し戸惑う。
それでも僕は、安心感のある彼の元に行った。
「お茶ばかり飲んでも楽しくないかもしれないけれど、リラックス効果があるからどうぞ。うちで作っているアップルティーなんだよ」
「あ、はい。いただきます」
魂だけでも飲めるようで、木の椅子に座って頂いた自家製アップルティーの味はちゃんと感じられた。
クリミア様も椅子に座り、今回の問題について僕が何も言ってないのに語り始めた。
「私はこの存在の魂が生まれ落ちた瞬間から、闇を抱えていてね。少し力をつけてすぐに、はるか未来では自分が闇の手の者になると分かった。一応は抗おうとしているものの、この闇を切り捨てる事は難しい」
「そうなのですか」
「ああ。君の魂は高レベルの光から生まれた光の申し子で、どう道を踏み外しても闇に落ちる事は難しいだろう。けれど私の中には、今も闇がある。満たされない思いがある」
「! それを満たせば、未来で闇に落ちませんか?」
「どうだろう。今の私はイカの胴体、いわゆるハイアーセルフとの繋がりを断っている。闇の流入を抑える意味と、向こうが光の多い私を切り離したために」
「き……切り離せたりするものですか?」
「魂は光エネルギーだ。宇宙自身である根本の創造主が生み出した、彼の分身体だ。元々切り離されたものであるから、より切り刻むことも可能だ。ただ、人として生きるには必要な核と光の量というものはある」
「では……では、もう既に他人という意味ですか?」
「そうとも言える。けれど彼の未来がどうなるかは、ある程度は知っている。だから私は知恵を貸す」
共には戦ってもらえないのだと分かり、少し残念に思えた。
そう思うと、とても穏やかな雰囲気のあるクリミア様は微笑んだ。
「まだ切り離されていない、闇にいつつも光を持つ私に会いに行くべきだ。闇を選択して落ちた人生を選んだ、その瞬間を見てもらいたい。彼こそ君たちの助けになるだろう」
「それは、貴方の未来を変えてもいいという意味ですか? そうすれば、もしかしたら僕の未来も変わりますか?」
「いや、そう単純な話ではない。もし私の言う彼をすぐに光に変化させられても、次の転生で闇落ちするかもしれない。そうなれば、君の未来は変わらない」
「ああ……その、足の全員を光に戻して回る事は、可能でしょうか?」
「それは難しい道だね。君は任務をこなせても、お供の彼まで無事とは限らない。そして君は、未来で体を失うだろう」
それは、僕は死ぬという事なのか。ならイツキは死ぬ以上の……。
「べ、別の方法は? より安全な作戦はありますか?」
「あるが、成功するかどうかは君の頑張り次第だ。それにはまず、私の闇が何であるかを理解する必要がある」
イツキと門番さんの戦う音が聞こえる中で、クリミア様は少し寂しげな表情をして事情を語り始めた。
クリミア様が闇に落ちた原因は、生まれたばかりの僕がもう手にできたもの。
僕はそれと永遠に出会えなかったらと想像して、物凄く怖くなって身震いした。
3・
ショーンを過去に送り込み、星空の中のような風景の時空のはざまでその通路を見張りつつ、真の正体である赤毛の豹の姿で寝転がるフリッツベルク。
影が傍に寄ってきたと気付いて、まぶたを上げる。
「どこかで見たような奴らだな」
「先輩……兄上、お久しぶりです」
闇落ちして姿が影になった、かつて神であった者たちの集合体が囁く。
「複数の闇の集合体か。お前らがどこにいるか分からないと思っていたが、クリミアと一緒に闇落ちしていたのか? 無様なもんだ」
自分を覆い尽くそうと迫ってくる巨大な悪意の影に、フリッツベルクは不敵な笑いを見せる。
影は全く臆さないフリッツベルクに、怒りと苛立ちと嫉妬を増幅させた。
「兄上は、とても立派で力のある方だった。でも今は、我らの方が力がある」
「醜く膨れた闇を身にまとうだけの肥満体でしかない者に、俺が屈するとでも? 馬鹿言うな。それより、俺を相手にしてないで、シャムルルの体を奪いに行く方に加担すればどうだ?」
「我らは、我らのしたいようにする。我らは……掃除したい者を消す」
「はっ、犬として生まれて生きて、今も犬のくせに何を言う。この永遠の使いっ走りが」
フリッツベルクは全く同情せず馬鹿にして笑い、起き上がって周囲に多量の炎を発生させた。
影は燃え盛る炎の勢いにいくらか消されたものの、空間を揺るがす吠え声を発生させ、巨大な体を揺らしてかつて憧れた者を飲み込もうと襲いかかった。
フリッツベルクは赤毛の人の姿に変身し、手にした剣で影の一部を切り裂き消滅させた。
「俺が敵に容赦しないのは知ってるだろ? いいぞ、やってやる。全力で来やがれ!」
フリッツベルクも吠え、全身から妖気を漂わせながら闇に突撃した。
いま僕が出来ることを精一杯にしている間に、フリッツベルクさんと約束した夕方の十八時になった。
ジェラルド先輩とみんなと一緒に待っていると、中央神殿の宿舎の玄関ホールに、二十名ほどの人影が瞬時に出現した。
先頭の中央にいるのは、真っ赤なロングコートを着て髪の毛が真っ赤になっているフリッツベルクさんだ。その背後には、レリクスに関する本で見たと覚えている特徴を持った人々が、戦闘用の格好で並んでいる。
「シャムルル様、ジェラルド様、お招き頂き感謝する」
「ようこそ、フリッツベルクさん。あの、背後の彼らは貴方の部下なのですよね?」
「そうとも。見覚えはあるようだな。彼らはレリクスと同じ時に異国の魔術師により生み出された妖精族の一員だ。彼らが、そちらと共闘する俺の部下になる」
「はい……しかし、どうしてですか?」
僕は、質問せずにはいられなかった。ユールレム王国勢力圏内で捕らえられたかのように暮らしている筈の彼ら。僕は彼らのことも、もちろん救いたいと願っている。
フリッツベルクさんは、僕が聞くとニコリと笑った。
「無論、報酬を期待しているからだ。その報酬とは、バンハムーバの龍神と王国に感謝されて力ある一族として尊敬を得て、認められること。そうして立場を得て、宇宙文明全体から後押しされる形でユールレム王国からの離脱を求めている。今の段階では全てが上手く運ぶとは思っていないものの、独立の一歩をここで踏み出したい。その為に彼らは、クリスタのために命を捧げる」
重い話なのに、フリッツベルクさんは慣れた感じでサラッと言い終えた。
命などかけなくても、僕は彼らを自由にしてあげたい。でも彼らは、自力で道を切り開く覚悟がある。
そして僕らには援護が必要で、言い争う時間も無い。
僕はジェラルド先輩に目配せしてから、フリッツベルクさんに返した。
「分かりました。私は受け入れます。どうか、クリスタのために力をお貸し下さい」
次に、ジェラルド先輩が言った。
「彼らのクリスタでの活動は、私が保証します。それでは皆さん、あちらの通路にどうぞ。まず宿泊場所を提供します」
先に話し合って決めた通りに、ジェラルド先輩が美しくも勇ましい妖精族のクリスタ滞在の世話をしてくれる事になった。
そして僕は、フリッツベルクさんの正面に立って彼の顔を見上げた。
「フリッツベルクさん。少し前のあの事ですが、過去の時代のポドールイの王様が、僕を派遣した事を感謝していましたよ」
「ああ、そりゃ良かった。俺は腐ってもポドールイの王だった身だ。その国と民のために生きたいと、今でも思っている」
「そう……ですよね。その星に攻め入ったとしても、フリッツベルクさんは、彼らを自由にしたいんですよね」
「まあ、あんまりハッキリ言わないでくれ。俺は人殺しの悪党でもあるからな。それよりも、いま必要な話をしよう。過去に行くために、眠ってもらう必要がある」
「ぼ……私の部屋にどうぞ」
イツキは、同じ術で肉体ごと過去に行っていたという。僕にはそれができないのか、もしくは軸となる者は心だけしか過去に行けないのか。
色々と考えながら僕の部屋まで行くと、ミンスさんの残り香が少しだけあって、少し嬉しくなった。
恥ずかしくもなりつつ、フリッツベルクさんの説明を聞いた。
「俺の術があれば、本当はシャムルル君も肉体ごと過去に連れていける。でもシャムルル君の肉体は、ここに居なくてはいけない。もし逃げたと思われれば、闇の神は今すぐはクリスタに攻め入らなくなるかもしれないが、宇宙で無差別攻撃を開始する可能性がある」
「それは、とてもダメなことですね。クリスタが攻められるのもダメですけれど、せめて身構えているここに来てもらった方が、総合しての……被害が、減ると、思います……」
でも、護るべき国民が犠牲になるのは嫌だ。それを思うと、とても心苦しい。
俯くと、イツキが傍に来て腕に触れてくれた。
「ああ……イツキ、僕は大丈夫だよ」
「私もご一緒できれば良いのですが──」
「何言ってんだ。行ってもらうに決まってるだろ」
「「え」」
僕とイツキは、フリッツベルクさんの言葉に同時に驚いた。
「いいか。話し合いが可能な闇の神の光の魂がいるのは過去で、弱肉強食のことわりがまだ存在する魔界にある天界だ。そこにはまだウリアル……パーシーはいないんだが、飼い犬のように天界を護る別の神がわんさかいる。しかも話を聞かない。イツキ君がいなかったら、シャムルル君は下手すりゃ数秒でアウトだな」
「は? そんな危険な場所に、シャムルル様を送り込もうとしているのですか!」
叫んだイツキは、本気で怒ったようだ。
フリッツベルクさんは一歩下がって、ヒラヒラと手を振った。
「まあ落ち着け。クーリー……闇の神の光の魂の時の愛称だが、クーリーはすぐにシャムルル君に気付いて会ってくれるだろう。念のために、イツキ君にいてもらいたいだけだ」
「はあ。それで、貴方は?」
「俺は、二人が未来に戻る為の通路を守る。その時代には過去の俺も存在しているものの、既に遠くに旅立っていていない。あてにしないでくれ」
「分かり……ました。なんとか、僕とイツキで切り抜けます」
「頼んだ。そういう訳で、シャムルル君の肉体はここに残るが、俺とイツキ君は消える。残るオーランド君とウィル君は、シャムルル君を護れ。何か来るようだ」
「……了解しました」
フリッツベルクさんに命じられたオーランドさんの目つきが、瞬時にキツく変化した。いつも優しい表情で愛想が良いのに、その雰囲気はまるで軍人のようだ。
そういえば、宇宙軍の兵士だったと聞いたような。
オーランドさんについて詳しく思い出せないでいると、フリッツベルクさんが僕を呼んだ。
時間が勿体ないとのことで、僕はベッドに横になりに行った。ベッド脇にフリッツベルクさんとイツキが立つ。
いつどのように旅立つのか聞こうとしたら、目の前の彼らがいなくなった。
いや、僕がそこから消えた。
暗闇の道を引っ張られていく感覚が一瞬だけして、気づいたら全く知らない巨大な塔の内部の、赤い絨毯が敷かれた白い階段部分に立っていた。
2・
前に過去のポドールイ王国に行った時と同じように、魂の状態ながら仮の肉体をもらえたようで、普通に動ける。
真っ白な石で出来ているらしい塔は、内部の壁に取り付けられている緩やかならせん階段で上まで登れるようだ。
手すりから塔の中心にある吹き抜け部分を見下ろすと、今いる場所でも百メートル以上の高さがあるように見える。上を見上げると、それ以上の高さが続いているように思う。
吹き抜け部分と五メートルほどの幅のある白亜の階段を合わせた幅は、三十メートルほどあるだろうか。
とにかく巨大で高い塔だというのは分かる。
「シャムルル様」
「わっ!」
突然に呼ばれて驚き、手すりにつかまり振り向いた。
イツキがいて、悪びれている。
「申し訳ありません。次からはより注意して呼びかけます」
「いやいや、落ちても大丈夫だよ。だって僕は龍神だからね」
「そうですが……今ここで変身できますか?」
「そりゃもう」
龍神だからできると思った僕は、気合いを入れて変化した。
と思ったら、レリクスの方に変身してしまった。
「あれ? えっと、こっちじゃなくて」
自分に言い聞かせて何度も変身しようとしたんだけれど、何故かできない。レリクスにしかなれない。
慌てる子猫の僕の前でイツキがしゃがみ込み、言った。
「龍神は肉体を介する変身技術の筈ですので、できないようですね。それとも、肉体と魂の距離が開きすぎたか、術の影響かもしれませんが」
「え-。それじゃあ、もし戦いになったら、僕は何もできないのかな」
「私が全て対処いたしますので、問題はありません。私は戦闘要員ですからね」
イツキがそう言った時、彼の背後に人が立った。
僕が毛を逆立てた時には、イツキはどこからともなく取り出した短剣をその人物に突きつけていた。
その人物は、刃物を突きつけられても微動だにしない。
僕らと同じぐらいの外見の男の子で、手にはバケツと箒を持っている。
「お客様ですか?」
プラチナブロンドの彼は、可愛らしい声で質問してきた。
「イツキ、もう止してあげて。私たちの方がお邪魔しているんだし、礼儀を欠いてるよ」
「……」
イツキは少年を値踏みしているのか、しばらく見つめていたものの、そのうち短剣を引いた。
「無礼をお許し下さい。我らはこの塔の主人であろうクリミア様に面会しに来た者です。我らの到来を、彼もご存じの筈です」
イツキが一度頭を下げて言うと、少年はニッコリ笑って頷いた。
「クリミア様でしたら、今は最上階のお部屋におられると思います。この階段をただひたすらに上っていって下さい」
「分かりました。そうします」
イツキは答え、まだ少年を警戒している表情で僕をチラリと見た。
するとその一瞬で、少年の姿は出現した時と同じように消えてしまった。
僕は驚きつつ、人の姿に戻った。
「彼の気配はただ者ではありません。掃除が趣味の神族だと思います」
イツキの言葉に、僕は頷いた。
「僕もそう思う。だから余計に、すぐ武器を突きつけるのは止そうよ」
「フリッツベルク様の忠告をお忘れですか? 気を抜かない方が身のためです。それに時間を無駄にできません。急ぎましょう」
「うん。分かった」
僕は長々と続くらせん階段を見上げて、それにチャレンジしようとした。でもイツキがサッと手を出して制止してきた。
「レリクスの姿に変身して下さい」
イツキの頼みに頷いて、再びレリクスの姿に変身した。
そうするとイツキは僕をそっと抱き上げ、腕の中に確保してから走り始めた
。
最初は素早く階段を駆け上がっていたけれど、そのうちに目的地が遠すぎると思ったのか、手すりに飛び乗って斜めに飛び上がって上の階の手すりに飛び乗るという前進方法に変えた。
どっちにしろ連れて行かれるだけの僕は楽で、まるで自分が塔の吹き抜け部分を飛んで跳ねている気分になれて楽しかった。
この僕にとり快適な移動は、最上階に続くのだろう巨大な青白い扉の前で終わりを告げた。
悪いことに、扉の前には鎧姿で三叉のほこを手にした、二対の茶色い翼を背に持つ金髪碧眼の青年が立っている。
イツキは扉の前の踊り場に入る直前で立ち止まり、僕を床に下ろした。
下がっていてと頼まれたから、僕は人の姿に戻って頷いて、少しだけ階段を降りた。
イツキはその人に、少し近づいた。
「クリミア様に面会したい。通してもらえるだろうか?」
「この扉を、戦わずして通ることは許さない」
金髪の青年は真顔で、ほこを勢い良く振り回した。この人は話を聞いてくれない類の方らしい。
イツキは短剣を構えると、普通の人では出せないスピードで斬りかかった。その人も、普通の人じゃ出せないスピードと威力で反撃し始めた。
イツキが戦うのを初めて見て興味がとても湧いたが、技の余波とか風圧ですぐ見ていられなくなった。
身の安全のためにより離れようと階段の壁際を下がっていると、背後からポンと肩を叩かれた。
何気なく振り向くと、黒髪の短髪でアーモンド型の目をした見覚えのある青年が立っていて……。
「うあっ、ああっ、や、闇の神様ですか?」
「いいや、それは私の未来だね。とにかく一緒に来なさい。ここは危険だ」
闇の神だけどそうじゃない彼は、素敵な笑顔で僕の腕を引っ張り、違う場所に瞬間移動した。
書架が壁際にある落ち着いた雰囲気の、趣味の良い魔術師の部屋のような内装がある。さっきまで遠くに見えていた青白い扉があり、少し開いていて、その向こうで轟音がする。
「あ、イツキ。もう戦わなくてもいいのに」
僕が言うと、クリミア様は嬉しそうに笑った。
「悪いようにはしないよ。彼は本気で戦った実戦経験が少ないようだから、それを提供しようと思ってね。うちの門番の暇つぶしにもなるし」
「暇つぶしですか」
武闘派の方々は、暇つぶしでも本気で戦えるんだろうか。
僕が扉の方を気にしていると、クリミア様は少し離れた木のテーブルの傍まで行き、カチャカチャし始めた。
そちらを見ると、ティーセットを揃えた彼が満面の笑みで手招きしていた。
闇の神と同じ外見なのに全く違う方なので、少し戸惑う。
それでも僕は、安心感のある彼の元に行った。
「お茶ばかり飲んでも楽しくないかもしれないけれど、リラックス効果があるからどうぞ。うちで作っているアップルティーなんだよ」
「あ、はい。いただきます」
魂だけでも飲めるようで、木の椅子に座って頂いた自家製アップルティーの味はちゃんと感じられた。
クリミア様も椅子に座り、今回の問題について僕が何も言ってないのに語り始めた。
「私はこの存在の魂が生まれ落ちた瞬間から、闇を抱えていてね。少し力をつけてすぐに、はるか未来では自分が闇の手の者になると分かった。一応は抗おうとしているものの、この闇を切り捨てる事は難しい」
「そうなのですか」
「ああ。君の魂は高レベルの光から生まれた光の申し子で、どう道を踏み外しても闇に落ちる事は難しいだろう。けれど私の中には、今も闇がある。満たされない思いがある」
「! それを満たせば、未来で闇に落ちませんか?」
「どうだろう。今の私はイカの胴体、いわゆるハイアーセルフとの繋がりを断っている。闇の流入を抑える意味と、向こうが光の多い私を切り離したために」
「き……切り離せたりするものですか?」
「魂は光エネルギーだ。宇宙自身である根本の創造主が生み出した、彼の分身体だ。元々切り離されたものであるから、より切り刻むことも可能だ。ただ、人として生きるには必要な核と光の量というものはある」
「では……では、もう既に他人という意味ですか?」
「そうとも言える。けれど彼の未来がどうなるかは、ある程度は知っている。だから私は知恵を貸す」
共には戦ってもらえないのだと分かり、少し残念に思えた。
そう思うと、とても穏やかな雰囲気のあるクリミア様は微笑んだ。
「まだ切り離されていない、闇にいつつも光を持つ私に会いに行くべきだ。闇を選択して落ちた人生を選んだ、その瞬間を見てもらいたい。彼こそ君たちの助けになるだろう」
「それは、貴方の未来を変えてもいいという意味ですか? そうすれば、もしかしたら僕の未来も変わりますか?」
「いや、そう単純な話ではない。もし私の言う彼をすぐに光に変化させられても、次の転生で闇落ちするかもしれない。そうなれば、君の未来は変わらない」
「ああ……その、足の全員を光に戻して回る事は、可能でしょうか?」
「それは難しい道だね。君は任務をこなせても、お供の彼まで無事とは限らない。そして君は、未来で体を失うだろう」
それは、僕は死ぬという事なのか。ならイツキは死ぬ以上の……。
「べ、別の方法は? より安全な作戦はありますか?」
「あるが、成功するかどうかは君の頑張り次第だ。それにはまず、私の闇が何であるかを理解する必要がある」
イツキと門番さんの戦う音が聞こえる中で、クリミア様は少し寂しげな表情をして事情を語り始めた。
クリミア様が闇に落ちた原因は、生まれたばかりの僕がもう手にできたもの。
僕はそれと永遠に出会えなかったらと想像して、物凄く怖くなって身震いした。
3・
ショーンを過去に送り込み、星空の中のような風景の時空のはざまでその通路を見張りつつ、真の正体である赤毛の豹の姿で寝転がるフリッツベルク。
影が傍に寄ってきたと気付いて、まぶたを上げる。
「どこかで見たような奴らだな」
「先輩……兄上、お久しぶりです」
闇落ちして姿が影になった、かつて神であった者たちの集合体が囁く。
「複数の闇の集合体か。お前らがどこにいるか分からないと思っていたが、クリミアと一緒に闇落ちしていたのか? 無様なもんだ」
自分を覆い尽くそうと迫ってくる巨大な悪意の影に、フリッツベルクは不敵な笑いを見せる。
影は全く臆さないフリッツベルクに、怒りと苛立ちと嫉妬を増幅させた。
「兄上は、とても立派で力のある方だった。でも今は、我らの方が力がある」
「醜く膨れた闇を身にまとうだけの肥満体でしかない者に、俺が屈するとでも? 馬鹿言うな。それより、俺を相手にしてないで、シャムルルの体を奪いに行く方に加担すればどうだ?」
「我らは、我らのしたいようにする。我らは……掃除したい者を消す」
「はっ、犬として生まれて生きて、今も犬のくせに何を言う。この永遠の使いっ走りが」
フリッツベルクは全く同情せず馬鹿にして笑い、起き上がって周囲に多量の炎を発生させた。
影は燃え盛る炎の勢いにいくらか消されたものの、空間を揺るがす吠え声を発生させ、巨大な体を揺らしてかつて憧れた者を飲み込もうと襲いかかった。
フリッツベルクは赤毛の人の姿に変身し、手にした剣で影の一部を切り裂き消滅させた。
「俺が敵に容赦しないのは知ってるだろ? いいぞ、やってやる。全力で来やがれ!」
フリッツベルクも吠え、全身から妖気を漂わせながら闇に突撃した。
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