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第五章 私たちの選ぶ未来

十 遠く離れた場所と傍近くでの戦い

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1・

光の魂のクリミア様の力を借りて次に向かったのは、クリミア様の魂が完全に闇の道を選択してしまう時代。

クリミア様は一つのとある星に移住して人間に転生して、古代から星を護る大地の女神と結婚して彼女を助けていた。

しかしクリミア様が渡って来る以前に別の星々からやって来た傲慢な神々に、女神と自分自身を殺されてしまう。

大地の女神は魂も消滅して、クリミア様は絶望して闇の道に落ちる。

その時に僕らが介入して女神の魂を救い……未来に連れ帰り、イカの胴体であるハイアーセルフたる闇の神に会わせてあげる。

闇の一部と化したこの時代のクリミア様に訴えかけて光に転じてもらい、闇の神の弱体化、そして完全攻略の糸口にする。

これが光の魂のクリミア様が与えてくれた、確実性が高く犠牲が少ない一番安全な作戦だ。

僕は見知らぬ大地の上で、ずっと門番さんと戦っていてこの作戦を直に聞けなかったイツキに、その根本の問題も説明した。

クリミア様には、僕が得たような相棒、ソウルメイト、魂の片割れがいない。

そもそも神とは雌雄同体の完璧な存在。その者が肉体を帯びて世界に存在する場合、男性と女性の二者のどちらかに分かれなくてはいけない。

人間の場合、一つの魂の中で男性と女性に分かれて、その者たちはお互いを支え合う別人として絆を作り出す事が多いらしい。

クリミア様は神として顕現する時に男性として生まれて、それからずっと男性でしか生きていない。下手に男性性として力を持つ故に、己の中に女性性の部分を上手く作り出せないまま、数億年を存在し続けている。

幾度か人として生まれた時に結婚したものの、相性は良くても相手の魂の格が違い過ぎたり、魂の格が合っていても相性が悪く、その一生涯きりの付き合いにしかなってこなかった。

そして男性や女性としてのくくり以外でも、クリミア様と対等に生きる者はいなかった。

この宇宙であまたの偉業を成し遂げ、神としての力も強い。多くの子供たちや部下、それに人々に尊敬され頼られても、並び立つ者は一人もいなかった。

縁の強い者というのは、男女の恋仲だけじゃない。戦友や親友、親子に幼なじみ。それに覇を競い合うライバルに、永遠に憎しみ合う親の仇という関係もあり得る。

クリミア様にはそのどれにも、当てはまる者がいない。力がある故の孤独に、長い時間をさいなまれ続けた。

自分が護る人々が理想的な相棒を見つけて寄り添い、幸せそうに生きる姿を見せつけられ続けて、そしてようやく得ようとした自分に相応しい女神を殺された。

光の魂のクリミア様は、自分は疲れてしまったんだと仰った。

そうして彼は、深い闇の中に潜ってしまった。

「ということで、大地の女神メレディアナさんを救って未来の闇の神に返すんだ」

「難しいですね……。色々と」

イツキは、クリミア様と大地の女神の両方を殺すような相手の目をかすめることと、果たして未来で穏便に闇の神に返せるのかというところを問題にしたようだ。僕もそう思う。

「色々と……難しいんだけれど、頑張ろう。この星にある神の住まいは空に浮かんでいて、その一つが頭上にある訳だけど……」

僕とイツキは、山奥の木陰に隠れて空を見上げた。

巨大な雲で遮蔽された浮遊島が、敵となる神々の拠点だ。

その周辺に、人型で鎧に身を包んでいる、背に一対の白い翼を持ち飛び交う神々の姿があるのだが。

「イツキ、あれは遠近法がおかしくないかな?」

「ええと、多分ですねえ。彼らの身長が我々より遥かに高くて体が大きいのですよ」

「……やっぱり?」

僕らからしたらとても巨大な神々は、これから地上に攻め入るために高揚しているようだ。下手に近づけない。

「あ、でも、比較したら僕らはネズミぐらいの大きさだろうから、逆に隠密行動しやすいよね」

「踏みつぶされたら、おしまいですよ。私が行きますので、シャムルル様はここで待機していて下さい」

「嫌だ。僕も役立つ」

「あの、ならば、神族の力で補助をお願いします。私が大地の女神が死ぬ瞬間に、このクリミア様に頂いた宝石に魂を封じ込めるので、私に完璧な隠密能力を下さい」

「……分かった」

僕はイツキと話し合い、本当に危険がないように隠密能力が授かる言葉を考え、それを強く意識して唱えた。

「この世界でいる限り、イツキは、僕以外の神々ですらあざむける隠密能力を、一つの難や危険もなく授かる」

その瞬間、目の前のイツキの気配が綺麗に収まってしまったように感じた。しかも、直視しているのに透明な何かを見ているような気もする。

「イツキ、存在感が薄くなったよ」

「ああ……はい、成功ですね。早く任務を終えて帰りましょう。とにかく私は、事件現場となる古代遺跡に向かいます。シャムルル様は、近くの町で隠れていた方が良いかもしれません。そこまでお送りいたします」

「分かったよ」

ここでわがままを言っても仕方ないので、僕は受け入れて歩き出そうとした。

すると突然、空から巨大な何かが傍に降り立ち、酷い地響きを発生させた。

僕は倒れて転がったついでに、茂みの中に入り込んだ。

魂なのに心臓が止まりそうな気がしながら巨大な何かの方を見ると、それは予想通りに空に飛んでいた勇しい神々のうちの一人で、僕らがいるのを分かっている様子で、重たそうな剣だろう塊を構えて警戒しながら周囲を見回している。

イツキは無事だろうかと探すと、少し離れた岩陰で、僕の方を見て焦っている。

僕も気配を消そうと思ったが、そう命じるために声を出したら気配の問題ではなくなると気付いたので止めた。しかし何か手を打たないと、僕は意識されずに踏み潰されてしまうだろう。魂だけの存在といえど仮の肉体がある状況だし、きっと相当なダメージが来ると思う。

焦っていて、ふと気付いた。

子猫でいれば、発見されても何だネコかで終わらせてくれるかもしれない。

そう思うと、それしか手がないように思えてきた。

よし、レリクスに変身だ。

スッと子猫の姿に変身すると、足元にあった枯れ葉がカサリと音をさせた。

巨大な神は、僕が猫だと確認しないまま一撃をくれた。

地面が崩壊した轟音に、イツキの悲鳴が混ざって聞こえる。

攻撃されて怯えるぐらいにビックリした僕は、無意識のうちに飛び上がり、素早かった筈の一撃を軽くかわして空中に浮いていた。

「空を飛べるなんて聞いてない!」

思わず言ってしまうと、巨大な神がこっちに一撃くれた。僕はそれも避けて、破壊された辺りでアワアワしているイツキのところまで瞬時に移動した。

「僕は大丈夫! 行こう、イツキ!」

「本当に大丈夫ですか!」

イツキの背中に飛びついてしがみ付いた後にまた攻撃されたけれど、それはイツキが格好良く避けてくれた。

「僕はレリクスだ。人の魂にくっついて移動できる。だからイツキ、全速力で逃げて」

「はい!」

イツキはそれでも僕を落とさないように気遣ってか、いつもより遅い感じで走って山を降り始めた。

僕らを追いかけてきた巨大な神はそのうちに諦め、空に浮かぶ島の方に飛んでいってしまった。

この遭遇で歴史を変えてなければ良いと願いつつ、僕らは問題の起こる古代遺跡まで走った。

2・

ショーンが眠り、イツキとフリッツベルクがいなくなってからしばらく後。

久しぶりに銃と剣を手にしたオーランドと上級魔術師としての腕前はあるウィル、そしてイツキの部下の護衛官たちはショーンの部屋の中で敵襲をただ待った。

報せを受けたジェラルドとフリッツベルクの部下たちが、ショーンの部屋に面した裏庭に出て見回り、ピリピリした空気に襲撃を確信した時。

パーシーの守りの力をものともしない、闇に組した力ある者たちの襲撃が始まった。

クリスタ全域ではなく中央神殿内でのみ出現した闇の神の手下たちは、まだ戦闘に慣れていないジェラルドを翻弄して、部屋の中ではショーンを背後に庇うしかないオーランドとウィルたちに次々と攻撃を加えた。

ジェラルドはロックと約束したからこそ、龍神として戦い死んでも仕方ないと思っている。家族には数日とはいえ、龍神に関与した名誉を遺せる。幼い頃からただ好きだったローレルにも、龍神の婚約者としての立場とお金が遺せる。
だから死んだとしても、何も悪いことはない。
しかし、どうしても納得がいかない。
そう思う原因に、戦いながら気付く。
龍神に憧れはしたが、それは人生の二番目の望み。
ローレルと共に幸せに暮らすために生まれた。それが一番の望み。

ジェラルドは自分の選択を深く後悔しつつも心を熱くする想いに鼓舞され、闇に変じたかつて光にあり手練だった者たちの攻撃を受けても下がらず、血を流しても前に出る。
得物として選んだばかりの武器に振り回されつつも、戦闘中にコツを掴み始め、龍神の扱えるエネルギーの流れも駆使して神殿の建物を一部破壊するぐらいの攻撃が繰り出せるようになった。

ジェラルドは肉体を伴い闇に落ちた者たちの武器での攻撃を力任せに押し返し、妖精族たちの防御魔法のおかげで身を貫くまではいかないが鋭く刺さる銃撃にも怯まない。

不利を悟った敵の闇の者は一計を案じ、この場にミンスと共にクリスタの王城に逃げた筈のローレルを召喚した。

戸惑い驚くローレルを前に、ジェラルドは手を止めた。

偽物か本物か分からず、手を差し出すか止めるか迷った一瞬に、ローレルの姿をした闇の者は素早く動いてジェラルドに飛びつき、手に持つナイフで力の限り彼の胸を突き刺した。

ぶつかられて衝撃を受けたジェラルドは、敵に対抗しようとして下がらずに、身をよじって攻撃を避けようとだけした。

その為にかばって入ろうとしたアルファルドも敵と同時に弾き飛ばして、傍の地面に転がした。

「アルファルド様!?」

ジェラルドはここにいる筈がないと思うアルファルドが、ナイフで傷ついた手を気にせずに起き上がり、ポドールイ人の念力を使ってローレルの姿の闇の者に衝撃を与えているのを見て、再び身動きができなくなった。

「彼女は偽者です! 私に任せて下さい!」

アルファルドは敵から目を離さずに叫ぶと、自分の持てる最大限の魔力を発動して真空でかまいたちを発生させて、ローレルの偽者にぶつけた。

ジェラルドは敵といえどもローレルの姿をした者が傷つくのを見たくなくて、反射的に顔を逸らした。
くぐもった声が聞こえ、再びアルファルドを見る。

ローレルの姿をした闇の者は消えていたが、アルファルドは背後から別の闇の者に剣で斬られて地面に倒れていた。

瞬時にアルファルドをかばってレリクスの王が出現して、強い光の魔法で周囲の闇の者を吹き飛ばす。

ジェラルドは自分の馬鹿を呪いつつ、倒れたアルファルドを抱き起こす。

傷は深く、アルファルドは激痛に震えた。

「ジェラルド様、レリクスの王を、連れて行って下さい。彼は、無事に、ユールレムに、返さないと」

「こんな時に何を。誰か、彼に治癒魔法を──」

ジェラルドが叫ぶと同時に、強い光が走ってアルファルドを照らした。

ジェラルドは、傍らの地面でお座りをするレリクスの王に視線をやった。

「ジェラルド様、彼は私に戦うなという。けれど私は戦いたい。どうか戦闘の許可を」

「止して下さい。彼はユールレムの国宝なんです。その分、私が働きます」

ジェラルドは傷が癒えて起き上がったアルファルドの言葉を聞いて、他の場所でまだ続く戦闘に目をやった。

「ユールレムの国宝として、バンハムーバを助けて下さい。その分のお礼はいたします」

「ありがとう」

レリクスの王はジェラルドに感謝して笑い、己を捕まえようと飛びついてきたアルファルドの手を掻い潜り、闇の襲撃者に向かって行った。

アルファルドは小さく呻いてから、ため息をついた。

そのアルファルドに、ジェラルドは言った。

「アルファルド様はお帰り下さい。巻き添えにはできません」

「私は既にバンハムーバに就職した身ですし、あなた様の龍神副官長ですよ。放っておける訳がないでしょう」

「……分かりました。では後方支援をお願いします。命令です」

アルファルドは命じられてしまい苦々しく感じたが、再び近づいてきた闇の者たちを前に命令違反する訳にもいかず、ジェラルドの後方支援として下がった。

「ところで、もうひとつのレリクスはどこに?」

ジェラルドはクリスタの星の力と龍神の力を織り交ぜたレーザー光線で闇の者たちを狙い撃ちしてから、アルファルドに尋ねた。

「ローレル様に預けてきました。学者といえど守りの力はあるそうです。ですので、ご安心を」

「……ありがとう」

ジェラルドは一番の不安をかき消してくれたアルファルドに、急速に信頼を寄せ始めた。

自分たちはとても良い関係を築ける。ジェラルドは新たな繋がりにも胸を熱くする喜びを覚え、先ほどよりも素早く動いて敵に大剣を叩きつけた。

3・

ショーンの部屋で彼の肉体を守る者たちは、庭にいるジェラルドたちよりも苦戦していた。

襲撃の前、オーランドは電話でホルンと話し、この襲撃が闇の神の主力ではないと知った。
闇の神は人のことを良く知っており、肉体を持つものが戦い続けられないことも知っている。

闇の神は消耗戦に持ち込むための手勢を向けてきただけ。それでも得物が銃であるオーランドと、まだ学生で実戦経験のないウィルでは、手練の闇の者を相手に分が悪すぎる。

そしてイツキの部下の護衛官たちは、広いとはいえ室内で混戦状態のまま戦い続けることに慣れていない。

加えて戦闘を長引かせる敵の壁魔法による味方の分断の対処に手がかかり、疲れが溜まる一方。

ウィルは魔法を使い果たした目まいでふらつき、剣を手にしてショーンの眠るベッドの脇まで下がった。

オーランドは目の端でウィルを確認して、悪い予感がした。助けたくとも、その間には敵と敵の魔術が立ち塞がる。

「ウィル逃げろ!」

オーランドはそう叫ぶのが精一杯で、自分に斬りかかってきた闇の者の剣を剣で受け止め、身動きが取れない。

ウィルは、自分が身を呈して庇えばショーンはこの戦いで助かるだろうかと、ぼんやりした頭で考えた。
目の前に闇の者が来たので、慣れない武器を構えて時間を稼ごうとする。
時間さえあれば、誰かが助けに来てくれると願って。

ウィルの持つ剣は、闇の者の攻撃で簡単に床に落ちた。何も持たないウィルは、ただ覚悟を決めた。

その刹那。強い闇の力が巻き起こり、物を壊し敵も味方も含めて床に倒し、部屋中にかかっていた闇の者の魔法も全てたたき壊した。

強い闇の気配にオーランドは驚き、飛び起きてベッド脇を見た。

今までそこにいなかった人物が、床に座り込んでいるウィルの傍らにいる。

「私は愛を失った無慈悲な女王。誰も逃がすつもりはありません」

目付きの鋭いロゼマインは闇の者たちを睨み付け、強烈な黒魔法で彼らを吹き飛ばした。

闇の者たちは不利を悟り逃げようとしたが、空間は遮断され逃げ道はなく、あっという間に魂の核すら破壊されて次々に消滅していった。

荒れ果てているが静かになった部屋の中で、オーランドは彼女に問うた。

「あなたは、レリクスの女王ですね?」

「ええ、今はそうです。魂の契約を施したことで、本来のロゼマインよりも私の方が支配力が強いのです。けれど今は、彼女にお返ししましょう」

レリクスの女王は意識を奥に置き、ロゼマイン本人の意識を自由にした。

ロゼマインは優しい目をしてベッドの方を見た。

「ご無事でなにより」

ロゼマインの言葉に、ベッド脇にいるウィルは頷いてショーンを確認した。

「ロゼマイン様のおかげで、ショーン様は無傷です」

ウィルはベッドの周辺だけ被害を一切被っていないのを確認して、彼女の魔法の精度に感心した。

「ウィル殿も、ご無事ですか?」

「ああはい、魔法を使い果たしてフラフラするだけです。身体的な怪我は、ほぼありません。それよりも……ロゼマイン様、あなた様は、ラスベイにおられた筈では?」

ウィルは、レリクスとしての力を授かったといえ、遠く離れたクリスタに来るのが早すぎるのではと思い、念のために質問をした。

それを聞いたロゼマインは、ウィルににっこり笑いかけた。

「それは、今の私の居場所です。私はここの時間軸より先からやって来た、未来のロゼマインです。今の私の助力が間に合わないために、クリスタに到着後、少しばかり時間を遡ってきたのです」

「えっ……それは、灰色の魔法なのか、レリクスの持つ力なのか、どちらですか?」

「レリクスの力です。この話を長々としていたいと思うものの、敵の第二陣が半時間ほど後に来ます。今は休んで下さい」

「やはり、敵はまだ来るのですか」

ウィルは言いながら、自分たちを見つめるオーランドに視線をやった。

オーランドは、無言で頷いた。

ウィルは精神力を回復させる為に、半時間でも眠った方が良いと判断した。

緊急事態であるので、ウィルはショーンのベッドの隅を借りて横になり、目を閉じた。

オーランドは、壊れていない窓の方に目をやる。

「レリクスの女王様、レリクスの王様がそこにおられます。庭での戦いも一応終わったようです」

ロゼマインは微笑んだ。

「レリクスの女王様は、今は私に時間を下さるそうです。今日という日が終わる頃に、女王様は王様と再会なさりたいそうです」

「そうなのですか」

オーランドはヒシヒシと伝わってくるある感情については触れず、お茶と水を味方に配給するために部屋から出ていった。

ベッド脇に残ったロゼマインは、疲れにより既に眠りについたウィルを愛おしげに見つめ、傍に居続ける。

ロゼマインの心に溢れる愛情を、魂を同化させたレリクスの女王も同じように得る。
レリクスの女王が持っていた愛情は、ほぼ全てをリュンを生む時に切り離し、その愛情の塊が彼になった。
そうして出来た激しくて冷たい女のまま、生涯愛すると誓った王様になど会いたくはない。
しかし一刻も早く会いたい情熱は残っている。なのでせめて、恋する女性の心にしばらく浴して、少しでも可愛くなってから会いたい。

そう願うレリクスの女王の心は、ロゼマインから分けられた愛情とレリクスの王様への愛情により温められ、レリクスが持つに相応しい光を徐々に回復させていった。
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