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第三章 シルバー迷宮での攻防
9 強襲
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1・
夜の間は、情報を得たくて他の冒険者たちに話しかけようとしても怪しまれるだけなので、先にもう一つの仕事に集中することにした。
次の目的地は、地下二十階、中層下部のボスの居場所だ。
地下十七階から森林地帯になり、木々の間から出現する鳥の魔物が多くなってきた。
俺は鳥の魔物を狩るのに抵抗感があるのに、ハルセトは全く容赦なく剣でたたき落としていく。俺が気にしているのがおかしいぐらいに。
そしてとうとう出現し始めた肉体持ちのアンデッドな魔物たちを、俺は目の端に捉えてすぐ反射的に風魔法でぶっ飛ばすぐらいに攻撃した。
本物のスケルトンとかゾンビとか、近くで見たくない! 特に後の方!
タンジェリンに、とてもやる気が出てきたのですかと問われたので、そういうことにしておいた。
ただ一度倒せば肉体は消えて、魔石だけを残す。その潔さは良し。
そんな感じで必死になって戦っている間に、地下十八階への階段を発見できた。シルバー迷宮では道の分岐がボスのいる部屋や地点のすぐ後で始まる特徴があるので、ここから地下二十階までは一本道しかない。
道に迷わなくて良いなあと単純に考えていると、タロートが俺の腕を掴んだ。
階段から遠ざけようとするので、素直に下がった。
傍にいたハルセトの姿が消えた。
戦闘音が数秒間だけ聞こえ、次にハルセトの大丈夫ですという声が遠くに聞こえた。
タンジェリンとタロートと一緒に階段に近付くと、段の所々に見知らぬ冒険者たちがうめき声を上げて倒れているのが見えてきた。
山賊なんだろう。彼らが待ち伏せの為に抜いていた武器が、全て半分ほど溶けてあちこちに転がっている。
落ちている武器やハルセトから、異様に思える程の強い魔力の動きと高熱を感じた。これがハルセトの生来持つ力なのか。
「トーマ様、こいつらをどうされますか? 何か隠していることはないか締め上げて聞き出しますか? お望みならば、装備や骨まで全て灰にして水に流しますが?」
「お願いですから、止して下さい。普通はこういう場合の対処は、どうすれば良いのですか?」
俺はタンジェリンに聞いた。
「拘束して突き出します。地下十五階に常駐している国の職員に引き渡しましょう」
「その前に、拷問を加えた方が良くありませんか?」
「ハルセトさ……ハルセト。それは本当に止して下さい。どうしてそこまで人間嫌いなのですか?」
「結果としてここに転がる愚か者を、どう愛せと?」
その意見については、反論できる言葉が思い浮かばなかった。
しょうがないので酷い火傷を負う山賊たちを縄で拘束して、タロートに地下十五階の村まで瞬間移動能力で連れて行ってもらった。
彼が手続きを終えて帰って来るのを待つために、少し荒れ果てた階段の降り口の隅っこで座って待った。
すると草に紛れて、小さな青い鉱石が生えていた。冒険者ギルドで買った俺の万能ナイフ(と呼んでいる)で根元をほじり、取れるように頑張って楽しんだ。
そこに、背後から人の気配が近付いてきた。手を止めて立ち上がって確認すると、闇の中から灯りを携えた冒険者たちが数人やって来た。
「ちょっと通してくれるかな?」
まだ若い人たちで、雰囲気が何か気まずい。まるで喧嘩した後みたいに一人以外が押し黙っている。
俺は頷いて隅っこに立ったままいた。念のためか、タンジェリンとハルセトが俺の前と横に立ってくれた。
若者たちは黙りこくって俺たちの前を通過して行く。その中の一人が鹿の頭を持つ人型の精霊で、俺たちを見て驚き、前を通る時には何だか怯えつつ俯いた。
「お逃げ下さい」
彼が小声で呟いたのが聞こえたと同時に、タンジェリンが剣を抜いた。俺の背後で何かの音が聞こえた。
剣と剣がぶつかる音が耳元で響いた。
驚きすぎてどうしたら良いか分からないうちに誰かに突き飛ばされ、倒れて尻もちをついた。すると周囲が地下十八階への階段ではなく、中層中部の村の中に変化していた。誰かが瞬間移動で送ってくれたのか。
魔石による灯りが設置されている村の広場の一つにいて、うっすらと夜が明け始めた薄明かりの中で、目の前に村の警備員も含めた国の職員が数名いる。
山賊が出た事を報告しようと思い立ち上がろうとすると、彼らは俺を見て武器をこちらに向けて大声を上げた。
「大人しくしろ! お前たちが山賊行為に及んだ事は、既に報告されている! 逆らえば容赦しないぞ!」
「はあ? 何が?」
俺は意味が分からず、中途半端に腰を浮かした状態で止まるしかなかった。
剣や槍を向けてくる大人たちに、何をどう説明すればと戸惑っても、彼らはいきり立っていて許してくれそうにない。
一人に腕を掴まれて強引に引っ張られてすぐ、傍で風が巻き起こり、俺は自由になっていた。
「トーマ様! ここは帰還すべきです!」
助けてくれたタンジェリンが俺を背に庇い、殺気立つ。
「でも、訳が分からない! それにハルセトは? タロートもいない!」
「ハルセトはあの者と戦っています!」
タンジェリンが叫ぶ間に、警備員たちがより多く駆けつけて来て俺たちを包囲し始めた。
あの者とは誰と思った俺の目に、一つのテントの陰にいる、前に決闘して負かした貴族の坊ちゃんの姿が飛び込んできた。
仕掛けがどこから何か、誰かまでかは分からないが、彼の差し金で俺たちはこんな目に遭っているようだ。
2・
テント脇にいる坊ちゃんが、俺たちを見て物凄くおかしそうに笑っている。
ゾッとしたけど、他の人も関与しているから、何とか話し合いで解決したい。
「トーマ様、先に帰還し、もう戻って来られませんように」
「何を言うんだ。みんなを置いてはいけない。俺が責任者なのに」
俺とタンジェリンの会話に、警備員の一人が口を挟む。
「お前が責任者というのならば、お前だけが出頭しても良いぞ。そうしたら、先に捕らえた精霊を釈放してもいい」
本物の山賊を突き出しただけなのに、それがどうして捕まる流れになるんだか。どう考えても、ここの警備員と職員たちは貴族の坊ちゃんの手下だ。まさかこんな酷い状況が迷宮にあるとは、思わなかった。いや、精霊と親交がある筈のこの国の中で、だ。
「お、俺たちは山賊じゃないです! それを分かっていて、私たちを罪人に仕立てあげようとしているようですが──」
「うるさい! サッサと武器を捨ててこちらへ来い!」
騒ぎのせいで、眠っていた筈の冒険者たちがテントから出てきている。
警備員たちは噂を立てられたくない為に、早く俺たちを捕まえたいだろう。彼らが違法なんだから。
警備員たちが近付いてくる。動きそうになったタンジェリンの腕を掴み、引き止めた。
「トーマ様! どうか、賢きご判断を!」
「人間と争ったら駄目だ!」
ここで争えば確実に俺たちは犯罪者になる。ここは一度捕まり、なんとか国の上の人と話をした方が、お互いが傷つかなくて良いと──。
「あなた様は、精霊を何だと思ってらっしゃるんですか!」
タンジェリンが叫んだ言葉が、衝撃と共に深く胸に突き刺さった。
俺、人間を傷つけたくない、争ったら駄目だとしか考えてない。精霊なのに、人間との確執が怖い。
だって人間だから。
精霊なのに、精霊王なのに。俺は、俺じゃない精霊でも傷つけるだろう坊ちゃん相手に、戦うことなく飲み込まれようとしている。
俺が知らない過去と、これからの未来。この横暴だけが問題じゃない。
人間の間で暮らす精霊たちを、俺は救わなくてはいけない。それが本当の俺だ。
サフィリシスを助けた時のように、二度と仲間たちを見捨ててはいけない!
一瞬で、心に精霊王たる自覚が生まれた。いや、思い出した。
すぐ目前にいた警備員たちを、魔力の流れを操作してぶっ飛ばして広場の隅まで転がした。
タンジェリンの腕を離した。
「ここにいて」
命じると、俺は一人で坊ちゃんに歩み寄って行った。
彼は自分がターゲットになっていると知っても慌てず、見覚えのある彼の部下たちにやっつけるように命じた。
俺はその部下たちを、心情が分かるので悪いという気がありつつも、遠慮なくぶっ飛ばした。
坊ちゃんは味方が誰もいなくなるとようやく焦りはじめ、あの名前を呼んだ。
「ベルフィデール! ここへ来い!」
俺と坊ちゃんの間に、熱気を含む風と共にフルアーマーを身に付けた精霊が出現した。
彼の鎧や白い大剣は燃えるような熱気があるのに、全く劣化せず溶けてもいない。
一瞬のち、俺の前にハルセトの姿が出現した。彼は疲弊していて、鎧のあちこちに少し血が見える。
上位の中レベルのハルセトが悪戦苦闘するなんて、前のタンジェリンとの決闘は負けてくれたとしか思えない。あの時は、勝てと命じられなかったからか。
「あいつらを殺せ!」
坊ちゃんが命じた。
ベルフィデールは一瞬身じろぎしてから、大剣を天に掲げた。
「我が主、どうか、私を……」
彼の苦しみ震える声が微かに聞こえた。それで気付いた。彼は第三段階の、奴隷契約を結んでしまっているのだと。
真の名を奪われ、呪われて無理やり従わされている。それは、どれほどの苦しみなのか。
許せる訳がない。
俺の激情がベルフィデールの契約の力に繋がり、魂の部分に絡み付く不快な闇を一瞬で破壊した。
驚くハルセトと、剣を落として地面に両膝をついたベルフィデールの横を通り過ぎ、もう誰もかばう者のいない坊ちゃんの前に立った。
坊ちゃんは怯え、その場に尻もちをついた。
彼を見下ろし、どうしてやろうと睨み付けた。
「トーマ様、どうか、この私に免じてご容赦を。クロフト様を、お助け下さい!」
背後で声が聞こえたから振り向くと、ベルフィデールが俺に向けて土下座していた。
契約方法は酷いが、彼らなりの絆があるんだろう。
その姿を見て少し安心できて、気が昂ぶったせいで熱くなった体が少し冷えた。
俺は坊ちゃん……クロフトに向き直った。
「二度と精霊と契約をするな。次にそうしたら、お前を家に帰れないようにしてやる」
「そ、そんな命令、誰が聞くか」
その場で動けず震えているのに、まだ支配者のつもりか。
俺はまた、怒りに囚われそうになった。
「トーマ様」
またベルフィデールが言う。
「上位の精霊と契約し、ゴールドカード持ちでなければ、例え長子といえどもこの国では公爵位を継げないのです。どうか、その事情を汲んでいただけませんか」
「その事情があるからと、冒険者たちに横暴に振る舞う必要性はないですよね? 俺はこの人間に、その横暴で殺されかかったところですよ」
「命は……命により、あがないます。私の命を召し上げ下さい」
ベルフィデールが本当にそうされたがっているのが、心に伝わってくる。
俺は、そんな事なんてしたくない。だけど、どういう風に全てを解決すればいいか分からない。落ち着かない頭では、何も思いつけない。
悲しくて胸が締め付けられる。
「トーマ様、もう許してやってはくれませんか」
広場の隅から、突然に声が上がった。
人の区別がきちんとつくほどに明るくなった朝の世界の中、数人がこちらに向かって歩いてくるのが見える。
レナードたちが、騒ぎに気付いて起きだしてきたようだ。そして彼らの先頭を歩く背の高い金髪の青年は知らない人だけど……知っている気がする。
「私のハトコの不始末は、私がつけます。国の法に則り、きちんと裁かせます。もちろん、あなた方の冤罪は私がこの場で認めて謝罪をします。それでどうか、手を打っては頂けないでしょうか?」
背の高い金髪の青年は俺のすぐ前まで来て、片膝をついて視線を合わせてきた。
警備員たちと国の職員たちが、リヒトーフェン王子と名を呼びザワついている。
夜の間は、情報を得たくて他の冒険者たちに話しかけようとしても怪しまれるだけなので、先にもう一つの仕事に集中することにした。
次の目的地は、地下二十階、中層下部のボスの居場所だ。
地下十七階から森林地帯になり、木々の間から出現する鳥の魔物が多くなってきた。
俺は鳥の魔物を狩るのに抵抗感があるのに、ハルセトは全く容赦なく剣でたたき落としていく。俺が気にしているのがおかしいぐらいに。
そしてとうとう出現し始めた肉体持ちのアンデッドな魔物たちを、俺は目の端に捉えてすぐ反射的に風魔法でぶっ飛ばすぐらいに攻撃した。
本物のスケルトンとかゾンビとか、近くで見たくない! 特に後の方!
タンジェリンに、とてもやる気が出てきたのですかと問われたので、そういうことにしておいた。
ただ一度倒せば肉体は消えて、魔石だけを残す。その潔さは良し。
そんな感じで必死になって戦っている間に、地下十八階への階段を発見できた。シルバー迷宮では道の分岐がボスのいる部屋や地点のすぐ後で始まる特徴があるので、ここから地下二十階までは一本道しかない。
道に迷わなくて良いなあと単純に考えていると、タロートが俺の腕を掴んだ。
階段から遠ざけようとするので、素直に下がった。
傍にいたハルセトの姿が消えた。
戦闘音が数秒間だけ聞こえ、次にハルセトの大丈夫ですという声が遠くに聞こえた。
タンジェリンとタロートと一緒に階段に近付くと、段の所々に見知らぬ冒険者たちがうめき声を上げて倒れているのが見えてきた。
山賊なんだろう。彼らが待ち伏せの為に抜いていた武器が、全て半分ほど溶けてあちこちに転がっている。
落ちている武器やハルセトから、異様に思える程の強い魔力の動きと高熱を感じた。これがハルセトの生来持つ力なのか。
「トーマ様、こいつらをどうされますか? 何か隠していることはないか締め上げて聞き出しますか? お望みならば、装備や骨まで全て灰にして水に流しますが?」
「お願いですから、止して下さい。普通はこういう場合の対処は、どうすれば良いのですか?」
俺はタンジェリンに聞いた。
「拘束して突き出します。地下十五階に常駐している国の職員に引き渡しましょう」
「その前に、拷問を加えた方が良くありませんか?」
「ハルセトさ……ハルセト。それは本当に止して下さい。どうしてそこまで人間嫌いなのですか?」
「結果としてここに転がる愚か者を、どう愛せと?」
その意見については、反論できる言葉が思い浮かばなかった。
しょうがないので酷い火傷を負う山賊たちを縄で拘束して、タロートに地下十五階の村まで瞬間移動能力で連れて行ってもらった。
彼が手続きを終えて帰って来るのを待つために、少し荒れ果てた階段の降り口の隅っこで座って待った。
すると草に紛れて、小さな青い鉱石が生えていた。冒険者ギルドで買った俺の万能ナイフ(と呼んでいる)で根元をほじり、取れるように頑張って楽しんだ。
そこに、背後から人の気配が近付いてきた。手を止めて立ち上がって確認すると、闇の中から灯りを携えた冒険者たちが数人やって来た。
「ちょっと通してくれるかな?」
まだ若い人たちで、雰囲気が何か気まずい。まるで喧嘩した後みたいに一人以外が押し黙っている。
俺は頷いて隅っこに立ったままいた。念のためか、タンジェリンとハルセトが俺の前と横に立ってくれた。
若者たちは黙りこくって俺たちの前を通過して行く。その中の一人が鹿の頭を持つ人型の精霊で、俺たちを見て驚き、前を通る時には何だか怯えつつ俯いた。
「お逃げ下さい」
彼が小声で呟いたのが聞こえたと同時に、タンジェリンが剣を抜いた。俺の背後で何かの音が聞こえた。
剣と剣がぶつかる音が耳元で響いた。
驚きすぎてどうしたら良いか分からないうちに誰かに突き飛ばされ、倒れて尻もちをついた。すると周囲が地下十八階への階段ではなく、中層中部の村の中に変化していた。誰かが瞬間移動で送ってくれたのか。
魔石による灯りが設置されている村の広場の一つにいて、うっすらと夜が明け始めた薄明かりの中で、目の前に村の警備員も含めた国の職員が数名いる。
山賊が出た事を報告しようと思い立ち上がろうとすると、彼らは俺を見て武器をこちらに向けて大声を上げた。
「大人しくしろ! お前たちが山賊行為に及んだ事は、既に報告されている! 逆らえば容赦しないぞ!」
「はあ? 何が?」
俺は意味が分からず、中途半端に腰を浮かした状態で止まるしかなかった。
剣や槍を向けてくる大人たちに、何をどう説明すればと戸惑っても、彼らはいきり立っていて許してくれそうにない。
一人に腕を掴まれて強引に引っ張られてすぐ、傍で風が巻き起こり、俺は自由になっていた。
「トーマ様! ここは帰還すべきです!」
助けてくれたタンジェリンが俺を背に庇い、殺気立つ。
「でも、訳が分からない! それにハルセトは? タロートもいない!」
「ハルセトはあの者と戦っています!」
タンジェリンが叫ぶ間に、警備員たちがより多く駆けつけて来て俺たちを包囲し始めた。
あの者とは誰と思った俺の目に、一つのテントの陰にいる、前に決闘して負かした貴族の坊ちゃんの姿が飛び込んできた。
仕掛けがどこから何か、誰かまでかは分からないが、彼の差し金で俺たちはこんな目に遭っているようだ。
2・
テント脇にいる坊ちゃんが、俺たちを見て物凄くおかしそうに笑っている。
ゾッとしたけど、他の人も関与しているから、何とか話し合いで解決したい。
「トーマ様、先に帰還し、もう戻って来られませんように」
「何を言うんだ。みんなを置いてはいけない。俺が責任者なのに」
俺とタンジェリンの会話に、警備員の一人が口を挟む。
「お前が責任者というのならば、お前だけが出頭しても良いぞ。そうしたら、先に捕らえた精霊を釈放してもいい」
本物の山賊を突き出しただけなのに、それがどうして捕まる流れになるんだか。どう考えても、ここの警備員と職員たちは貴族の坊ちゃんの手下だ。まさかこんな酷い状況が迷宮にあるとは、思わなかった。いや、精霊と親交がある筈のこの国の中で、だ。
「お、俺たちは山賊じゃないです! それを分かっていて、私たちを罪人に仕立てあげようとしているようですが──」
「うるさい! サッサと武器を捨ててこちらへ来い!」
騒ぎのせいで、眠っていた筈の冒険者たちがテントから出てきている。
警備員たちは噂を立てられたくない為に、早く俺たちを捕まえたいだろう。彼らが違法なんだから。
警備員たちが近付いてくる。動きそうになったタンジェリンの腕を掴み、引き止めた。
「トーマ様! どうか、賢きご判断を!」
「人間と争ったら駄目だ!」
ここで争えば確実に俺たちは犯罪者になる。ここは一度捕まり、なんとか国の上の人と話をした方が、お互いが傷つかなくて良いと──。
「あなた様は、精霊を何だと思ってらっしゃるんですか!」
タンジェリンが叫んだ言葉が、衝撃と共に深く胸に突き刺さった。
俺、人間を傷つけたくない、争ったら駄目だとしか考えてない。精霊なのに、人間との確執が怖い。
だって人間だから。
精霊なのに、精霊王なのに。俺は、俺じゃない精霊でも傷つけるだろう坊ちゃん相手に、戦うことなく飲み込まれようとしている。
俺が知らない過去と、これからの未来。この横暴だけが問題じゃない。
人間の間で暮らす精霊たちを、俺は救わなくてはいけない。それが本当の俺だ。
サフィリシスを助けた時のように、二度と仲間たちを見捨ててはいけない!
一瞬で、心に精霊王たる自覚が生まれた。いや、思い出した。
すぐ目前にいた警備員たちを、魔力の流れを操作してぶっ飛ばして広場の隅まで転がした。
タンジェリンの腕を離した。
「ここにいて」
命じると、俺は一人で坊ちゃんに歩み寄って行った。
彼は自分がターゲットになっていると知っても慌てず、見覚えのある彼の部下たちにやっつけるように命じた。
俺はその部下たちを、心情が分かるので悪いという気がありつつも、遠慮なくぶっ飛ばした。
坊ちゃんは味方が誰もいなくなるとようやく焦りはじめ、あの名前を呼んだ。
「ベルフィデール! ここへ来い!」
俺と坊ちゃんの間に、熱気を含む風と共にフルアーマーを身に付けた精霊が出現した。
彼の鎧や白い大剣は燃えるような熱気があるのに、全く劣化せず溶けてもいない。
一瞬のち、俺の前にハルセトの姿が出現した。彼は疲弊していて、鎧のあちこちに少し血が見える。
上位の中レベルのハルセトが悪戦苦闘するなんて、前のタンジェリンとの決闘は負けてくれたとしか思えない。あの時は、勝てと命じられなかったからか。
「あいつらを殺せ!」
坊ちゃんが命じた。
ベルフィデールは一瞬身じろぎしてから、大剣を天に掲げた。
「我が主、どうか、私を……」
彼の苦しみ震える声が微かに聞こえた。それで気付いた。彼は第三段階の、奴隷契約を結んでしまっているのだと。
真の名を奪われ、呪われて無理やり従わされている。それは、どれほどの苦しみなのか。
許せる訳がない。
俺の激情がベルフィデールの契約の力に繋がり、魂の部分に絡み付く不快な闇を一瞬で破壊した。
驚くハルセトと、剣を落として地面に両膝をついたベルフィデールの横を通り過ぎ、もう誰もかばう者のいない坊ちゃんの前に立った。
坊ちゃんは怯え、その場に尻もちをついた。
彼を見下ろし、どうしてやろうと睨み付けた。
「トーマ様、どうか、この私に免じてご容赦を。クロフト様を、お助け下さい!」
背後で声が聞こえたから振り向くと、ベルフィデールが俺に向けて土下座していた。
契約方法は酷いが、彼らなりの絆があるんだろう。
その姿を見て少し安心できて、気が昂ぶったせいで熱くなった体が少し冷えた。
俺は坊ちゃん……クロフトに向き直った。
「二度と精霊と契約をするな。次にそうしたら、お前を家に帰れないようにしてやる」
「そ、そんな命令、誰が聞くか」
その場で動けず震えているのに、まだ支配者のつもりか。
俺はまた、怒りに囚われそうになった。
「トーマ様」
またベルフィデールが言う。
「上位の精霊と契約し、ゴールドカード持ちでなければ、例え長子といえどもこの国では公爵位を継げないのです。どうか、その事情を汲んでいただけませんか」
「その事情があるからと、冒険者たちに横暴に振る舞う必要性はないですよね? 俺はこの人間に、その横暴で殺されかかったところですよ」
「命は……命により、あがないます。私の命を召し上げ下さい」
ベルフィデールが本当にそうされたがっているのが、心に伝わってくる。
俺は、そんな事なんてしたくない。だけど、どういう風に全てを解決すればいいか分からない。落ち着かない頭では、何も思いつけない。
悲しくて胸が締め付けられる。
「トーマ様、もう許してやってはくれませんか」
広場の隅から、突然に声が上がった。
人の区別がきちんとつくほどに明るくなった朝の世界の中、数人がこちらに向かって歩いてくるのが見える。
レナードたちが、騒ぎに気付いて起きだしてきたようだ。そして彼らの先頭を歩く背の高い金髪の青年は知らない人だけど……知っている気がする。
「私のハトコの不始末は、私がつけます。国の法に則り、きちんと裁かせます。もちろん、あなた方の冤罪は私がこの場で認めて謝罪をします。それでどうか、手を打っては頂けないでしょうか?」
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