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コザックの第二の人生・後

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「は? 私が結婚ですか?」

 間抜けな顔で聞き返してしまったコザックにアイザックは全て決定事項だと言わんばかりに淡々と説明する。

「あぁそうだ。
 ハンセルが捕まり、代わりにバイド伯爵を親戚が継ぐのだが、バイド伯爵家の直系の血筋となるトイセルをキャロル夫人の実家に取られる訳にはいかないと、伯爵家にある男爵位をトイセルに譲りたいと言ってるんだが、さすがにトイセルは幼すぎるだろう。
 キャロル夫人が女男爵となる話も出たのだが、万が一彼女が男に言い包められて他家の者と結婚しては更にややこしい事になる。新しい子が出来て色々言い出してはかなわんからな。
 そこでお前だ。
 子を残せないお前とキャロル夫人が結婚すれば跡取り争いが起る事はない。新しいバイド伯爵もナシュド家の直系が関わってくれるなら頼もしいと喜んでくれたよ。キャロル夫人もな」

「キャ、キャロル夫人も、ですか?」

 それは自分との結婚に前向きだと言う事だろうかとコザックの心臓が小さく跳ねた。

「彼女は元々子を産む事に消極的だった様だ……
 トイセルが出来た今はトイセルの為に生きているが、彼女の生家も女性への態度が宜しくなかった様でな……相手がお前だと知る前の、彼女の再婚の話を聞いた時の絶望的な表情といったら……
 彼女の様に男性不信となっている女性にはお前の様な男は丁度いい風除けになるだろう」

「ハハ……風除け、ですか……」

 何故か少しだけ悲しい気持ちになって、コザックは情けない顔で小さく笑った。
 そんなコザックを見てアイザックも苦笑して息子を見た。

「嫌なら断ってもいいが、お前が人の親になれる唯一の機会だぞ。
 男爵ではあるし代理でもあるが、それでも当主だ。トイセルもまだまだ小さい。仲良くやれば頼って長くお前に当主を任せてくれるかもしれん」

「……私が断った場合は、どうなるのですか?」

「その場合、バイド家の親族から丁度良さそうな年齢の男を探してキャロル夫人と結婚させる事になるな。夫人だけとなるとやはり心許ない。彼女には当主となる知識も無いだろう。
 キャロル夫人はどうやら実家には帰りたくない様でな。トイセルを連れて修道院に行かせたり平民にさせる訳にもいかん。かと言ってバイド伯爵家自体がこれから前当主の後始末で忙しい。本来なら誰も引き受けたがらないところを自分がと引き受けてくれた者に他人の子の子育てまで押し付ける訳にもいかん。
 それに、引き取るにしてもトイセルだけとなる。母親と引き離されてはトイセルもキャロル夫人もかわいそうだろう。

 と言う訳だ。
 コザック、キャロル夫人とトイセルを助けてやれ」

「…………自分に……出来るでしょうか…………」

 2人の女性の人生を一度は壊した自分だ。そんな自分が一人の女性と子供を助けるなんて出来るだろうか……
 心の中に浮かんだ不安にコザックは震えそうになる手を強く握った。

「あれから10年経った。ずっとお前を見てきたが、ちゃんと後悔出来たお前になら、私は任せられると思っている。
 不安なら、これだけ必ず守る様にしろ。

 “一人で決めず、キャロルの意見を必ず聞け。息子の為に将来を考えろ。”

 彼女も他人の意見に流される質ではあるが、それでもトイセルの事を考えている。2人が協力してトイセルの為に知恵を絞れば、大それた失敗はしないだろう」

「父上……」

「コザック。……2人を助けてやれ」

 真剣な瞳で自分を見てくる父の目の中に、自分への期待の色を見たコザックは腹の奥がグッと絞まる感じがした。一度は自分の所為で無くなったものが、また一度与えられようとしている。
 その父の気持ちに、応えたいとコザックは思った。


「……分かりました。
 今度こそ父上の期待を裏切らないと、この命に懸けて、誓いましょう」

 しっかりと目を見て誓いを立てた息子に、アイザックは父親の顔で微笑んだ。




  ◇ ◇ ◇




「逆境からの成功こそが俺が出来る男だという証明となる! 見といてくださいよ! 俺はこれからバイド伯爵の名を世界に名だたる伯爵の名にしてみせましょう! ここからが! ここからが俺の出発地点!! 逆境最高ーー!!!」

 醜聞塗れのバイド伯爵を継いだ男が凄い男だった事で、コザックの緊張がだいぶ和らいだ。彼はバイド伯爵を立て直した後、その成功体験を本にして世界中で出版する予定らしい。

 男爵位と小さいながらも領地を貰ったコザックはこれから『ケノゼイ男爵』を名乗る事となった。
 書類だけで家族となったキャロルとトイセルと、直ぐに打ち解ける訳も無い事を理解しているコザックは、ゆっくり、ゆっくりと2人との関係を築いていこうと心に決めた。



 長い馬車の旅を終え、我が家となる屋敷に来たコザックとキャロルとトイセルはリビングのソファでゆったりと長旅の疲れを癒やしていた。

 屋敷は当然中古物件だ。
 どこかの貴族の元別荘を管理人の老夫婦共々譲り受けた。老夫婦は庭師のジャンと元メイドのメルの夫婦で、妻の方は屋敷のメイドをしてもらえる事になった。
 家具も勿論中古だが、ナシュド家やその知り合いから、良い機会だから自分の家の家具を新しくするからお前の家にやると言って家具をくれたので、中古ではあるが年代物の高級家具が揃ってしまった。古い屋敷にはある意味とても調和していたし、断る程の余裕もないので有り難く頂きはしたが、本当に良かったのだろうかと、やけに座り馴染みのあるソファに座りながらコザックは思った。

 メイドのメルがゆっくりとお茶を運んできてくれたので、それを3人で飲む。コザックがふとトイセルを見るとトイセルはお茶を飲みながら忙しなく目玉だけを動かして部屋の中を見ていた。コザックが不思議に思っているとメイドのメルが

「宜しければこのばぁがお屋敷を御案内いたしますよ、ぼっちゃま」

と、トイセルに優しい眼差しを向けながらそう言った。声をかけられたトイセルはお茶を零しそうになる程に動揺し、メルの言葉を聞いたコザックは内心なるほどと思った。

「い、いぇ……ボクは……」

 小さな声で返事に困っているトイセルにコザックは声をかける。

「案内して貰いなさい。トイセルの部屋もこちらで勝手に用意したからな。気になる所や欲しい物があるなら言うんだよ」

「え、あ……、…………は、い?」

 コザックからの言葉にトイセルはどう返事をしたらいいのかわからないのか不安げに母の顔や周りを見渡して、でも返事をしなければ、と返事をした。
 立ち上がりメルの側まで行くとコザックと母の方を向き、姿勢を正してお辞儀をした。

「それでは行ってまいります、お父様、お母様」

 そう言う様に躾けられてきたのだろう。そんなトイセルにコザックは少しだけ眉を寄せた。

「トイセル」

 コザックに名を呼ばれてトイセルは緊張からか肩をすぼめてコザックを見た。
 その目に恐れの色が見えてコザックは苦笑する。

「……お父様と呼ぶのは止めよう。私の事は『父上』と呼んでくれ」

「え?」

「私の生家では皆『父上』と呼んでいたんだ。私も父になったのなら『父上』と呼ばれたいんだ。良いだろうか?」

 強制では無い事を匂わせるコザックの言い方にトイセルは困って目を白黒させていた。小さな声が、あ、え、と漏れていたが今までの習慣からかトイセルは

「はい、……ちちうぇ……」

と、返事をした。
 その事に微笑んだコザックに照れたのか、父上と呼んだ事に照れたのか、少しだけトイセルの頬は赤くなっていた。
 そんなやり取りを優しく見守っていたメルが「では、行きましょうか、ぼっちゃま」とトイセルの背中を優しく押して歩き出したのでトイセルは困惑しながらもメルと一緒に部屋を出て行った。

「……わたくしも……」

 ずっと静かにやり取りを見ていたキャロルがトイセルが行ってしまった事に不安になったのか、後を追おうとした。
 そんなキャロルをコザックは止める。

「大丈夫。メルは子供を4人も育てた子育てのベテランだよ。貴女が目を離していても不安になる事はない」

「…………はい……」

 キャロルは生きる知恵として『口答えをしてはいけない』と覚えてしまっている。トイセルも同じ様なものだ。昔のコザックなら命令すればいいのだから楽だと思ったかもしれないが、それではいけないのだと今のコザックなら分かる。自分はハンセルとは違うのだと、キャロルたちに知ってもらわなければ……とコザックは強く思った。

「……キャロル、貴女には知っていてもらいたい事がある。
 私が行った罪の話を……」

 そこから、コザックは自分が長年の婚約者にした事、しようとした事。愛人が居た事と、その女性にどんな思いをさせたかを話した。
 キャロルは静かに聞いていた。

「……過去の罪を貴女たちで代行して償おうとは思っていない。それは貴女たちに失礼だと今なら分かるからだ。
 この話をしたのは、貴女に私という男を知ってもらいたかったからだ。

 私はどうにも思い込みが激しく、周りが見えなくなる。
 ……少しは成長出来たつもりではいるが……それでも、今後どうなるか分からない。

 だからキャロル、貴女に私を見ていて欲しいんだ」

「……見る……ですか?」

「そうだ。私を見て、私がおかしな事をしたり、間違った選択をしようとしたら止めて欲しいんだ」

「…………っ」

 そんな言葉を言われるとは思ってもいなかったキャロルの体が緊張で強張こわばる。
 そんなキャロルの目をしっかりと見つめてコザックは続ける。

「この男爵家を、将来立派になったトイセルに胸を張って譲れる様にしたい。間違った事をするつもりはないが、私が間違っていないと思っていても、それが正しいとは限らない。私はきっとまた失敗するだろう。
 だからキャロル。貴女に助けて欲しいんだ」

「……わたくしが……助ける……?」

「そうだ」

 コザックの言葉にキャロルは辛そうに顔をしかめ、ギュッと両手を握って下を向いた。

「でも…………わたくしには知恵も教養もありません……わたくしの意見など……」

「トイセルに勉強を教えていたじゃないか」

「子の勉強と家の事とでは使う知識が違い過ぎます……」

 少しだけムッとした様に聞こえるキャロルのその声にコザックは内心嬉しくなる。彼女は『諦める事』を覚えているだけで、心自体はまだちゃんと動いているのだと分かるからだ。そのうちきっと怒った顔も見れるだろう……

「貴女が感じた事でいいんだ。トイセルの為に、それは良いかそれは悪いか、感情論で良いから教えて欲しい。
 それはきっと将来トイセルの為になる」

「……トイセルの為……」

「そうだ……
 だが、これも忘れないで欲しい」

「?」

 コザックの言葉にキャロルは顔を上げた。不思議そうな表情のキャロルの目に真剣なコザックの顔が映る。

「貴女だって貴女の人生を送ってもいいのだと言う事を」

「わたくしの……人生……?」

「あぁ、キャロル。
 ……この家を出て行くと言われたら困るが、貴女にもしたい事があるだろう? 出来る事は限られているが、それでも、出来る事の中で、貴女のやりたい事の手助けも私はしたいと思っている」

「……わたくしの……したい事……」

「あぁ……、私たちはみんなで、新しい人生を始めるんだ」

 コザックの言葉にキャロルの瞳が揺れる。彼女はこんな事を男性から言われた事などなかった。ずっと『女が逆らうな』と言われて生きてきた。お前の意見など聞いていないと叩かれたりもした。それなのにコザックはそれをする様に言っている。キャロルの中に混乱と……小さな期待の花が芽吹いていた。

「は……い……」

 反論してはいけないと思って生きてきたキャロルの条件反射の様な返事だったが、その返事は『キャロルがこれからコザックに意見を言う』という意味の返事だ。返事をした後に、今の返事は良かったのだろうかと不安になったキャロルの目に、コザックが優しく笑った顔が映った。

「っ………」

 コザックの笑顔にキャロルの心臓が小さく跳ねる。なんだか少し息苦しくなってキャロルはコザックから目を逸らした。
 そんなキャロルの頬が少しだけ赤く染まっている事に気付いたコザックも、なんだか恥ずかしくなって顔を赤くした。



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