赤い剣と銀の鈴 - たそかれの世界に暮らす聖霊の皇子は広い外の世界に憧れて眠る。

仁羽織

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大海原の小さな船

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 僕らは風の精霊ベントスを連れに、一旦海洋からアイオリアへと戻ることにした。ベントスは普通の猫を装ってレイミリアさんの家にいるはず。なので、銀鈴の力を使って地底湖まで船で戻ると、そこから銀鈴でふたたび僕ら三人をレイミリアさんの家まで運ぶことにした。

 レイミリアさんの家に着くと、レイミリアさんの教育係をしているというヨホ・マノジさんが出迎えてくれた。彼女は高齢だが、背筋がシャンと伸びてカッコいい感じの人だ。薄い水色の服でシュッと立っているヨホ・マノジさんを見つけると、レイミリアさんが駆け出して彼女に飛びついていった。

 「ヨホ!おかえり!里帰りはもういいの?」

 「はい、お嬢様。長い間見ないうちに、また背が伸びましたか?」

 「半年もたってないのにそんなわけないじゃない。ヨホの方が縮んだんじゃないの?」

 「お嬢様、私のような年配の女性に、それは言ってはいけないお言葉ですよ。気にされると後々まで細かい嫌がらせを受けることがありますから。お気を付けください。」

 「あはは。いいのいいの、ヨホにしか言わないから。大丈夫よ、心配しなくても。」

 「ですが、そちらのお仲間様の間でも同じように言いすぎたりしてないかと、里へ戻っても気がかりでありませんでした。」

 「そっか、それでこんなに早く戻ってきてくれたんだ。ありがとう、ヨホ!」

 言いながらレイミリアさんは、再びヨホ・マジノさんの首に抱きついていった。どっちも同じくらいの身長だ。あんまり勢いつけるとヨホさんの背中とか痛んじゃわないかなって心配になる。

 僕がそんなことを考えていると、ヨホさんがこちらに話しかけてきた。

 「ミラクーロ王子、お久しぶりでございます。お父様はお元気でいらっしゃいますでしょうか?」

 急にそう話しかけられて、ピンとこない顔をしていると、ヨホさんはこう言った。

 「ナニーです。乳母のナニーですよ。」

 僕は思わずジョジロウさんと顔を合わせて、そしてもう一度まじまじとヨホさんの顔を見た。そしたら、思い出した。ヨホは以前僕の家で侍従長をして、僕の乳母までしてくれてた人だった。

 「え?ナニーなの?侍従長の?」

 驚いて声がかすれる。確か、僕が三十歳になる頃まで我が家にいた人だ。以前よりもずいぶんと皺が増えて、そして確かに少し縮んだような気もする。

 「大きくなられましたね。奥様は相変わらずですか?」

 その声は確かにナニーだった。耳の奥に残っている優しい響きと合致していく。

 「はい。お母さんは相変わらずです。父上の世話が増えて、趣味の園芸に手が回らないとときどき愚痴を言ってます。」

 「あら、ほんと、相変わらずなんですね。」

 頬をあげて微笑む顔を見て、僕は懐かしくて胸が締め付けられるような気がした。

 ナニーがいたのは、僕はまだよちよち歩きしかできないでいた頃だ。その頃のナニーは、とても若くて綺麗な人だった。見た感じは今のレイミリアさんと同じくらいだったかな。でも、テキパキと判断して行動する様をアイオリア国王に認められて、若くして城の侍従長となったと聞いている。

 僕が生まれてからはずっと、僕の乳母としていろいろと世話を焼いてくれてた。その最初の頃に、僕もまだちゃんと発声器官ができてなくて、だからヨホのことをヨホって言えずにいて、それに気がついて彼女が自分のことを『ナニー』と呼ばせていた。次第にいろいろなことを思い出していく。

 そうして僕が懐かしんでいると、突然で驚いているレイミリアさんがおかしなことを言いだした。

 「そうすると、私の教育係をする前は、ミラクのところにいたってこと?」

 「はい、その通りです。」

 「そしたらさ、あのショタ君の一番かわいい頃を間近でみてきたってこと?」

 「…お嬢様、何をおっしゃっているのか私にはわかりかねます。」

 「だから、あの金髪天使なミラクくんの、まだ生まれたばかりのあんなとこや、こんあとこを、全部見てあわよくば触ったりなんかして、それでウハウハしてたってこと?」

 これには、ナニーもといヨホさんも、少し驚いたようだ。まさか自分の教え子が、その後こんなにも残念な子になっているなんて予想もつかなかったろう。

 「お嬢様、落ち着いてください。とりあえず温かい飲み物でもご用意いたしますので、どうぞ皆様で中へお入りください。」

 まだ何か言いたげなレイミリアさんの背中をぐいぐいと押して、ヨホさんは僕らを家の中に案内してくれた。

 レイミリアさんの家の中で、ベントスと僕らは思った以上に早く再会を果たせた。玄関を上がろうとしたらいつの間にか、僕らの足元にシャンと座り込んでる。

 「ご無沙汰をしておりました、聖なる聖霊様。」

 ベントスがそう言うと、僕はこう答えた。

 「ベントス、すまないが明日から僕らと一緒に来てくれないか。」

 「いつお声がかかるかと首を長くしてお待ちしておりました。」

 「そうか。ありがとう。」

 思った以上に簡単にことが済む。それを聞いていたジョジロウさんは、

 「よし、じゃあ明日だな。そしたら俺はこれで帰るとするわ。」

 そう言って、入ったばかりの玄関からくるっと回れ右して、アイオリアの街へと歩きだしていった。肩には大きな保冷バックを担いでいる。きっと今からあの魚の骨格標本をつくろうとしてくれてるんだろう。

 「あら、お茶ぐらい飲んでいったらいいのに。」

 ヨホさんが残念そうにそう言って、ジョジロウさんを見送っていた。
 
 
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