赤い剣と銀の鈴 - たそかれの世界に暮らす聖霊の皇子は広い外の世界に憧れて眠る。

仁羽織

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大海原の小さな船

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 レイミリアさんはすでに家の中に駆け上がっている。

 「ヨホ、あたし先にお風呂に入ってくる。もう潮風で髪の毛がべとべと。」

 そう言うと家の奥へと走っていってしまった。後に残った僕は、どうしようかと思案していた。

 「では、ミラクーロ様、こちらへどうぞ。」

 ヨホがそう言って僕を家の中へと案内してくれている。ベントスが足元で大きなあくびをしていた。僕は特に他に用事もなかったので、それならばと思い招きに応じることにした。

◇◇◇

 案内された部屋は、玄関を入ってすぐ右手の大広間だった。ついこの前、街をあげてのお祭り騒ぎになった時に開放された部屋だ。あの時はこの部屋に二百人近い人がいて大騒ぎをしていたっけ。その時にもヨホさんには会っていたんだけど、どうしてナニーだって今の今まで気がつかなかったんだろう。

 ヨホさんは僕を席に案内すると、頭を下げてそのままどこかへ行ってしまった。僕はこの広い大広間にひとりポツンと取り残されたことになる。部屋の真ん中には長い大きなテーブルが落ち着いた感じで置かれていた。その脇には、片側に十二席づつ、両方で計二十四席の椅子が置かれている。テーブルの短い席がそれぞれ一席づつ。全部で二十六人までが一堂にそろって座れるつくりだ。

 お城でも似たつくりの席を見たことがあるのだけど、こんなに人が集まることがあるのだろうか?父上にも以前そう聞いたことがあった。けれどその時は父上の機嫌を損ねただけで終わってしまい、これもまた正解の答えを聞けていない問いだ。

 僕はそんなことを考えながら窓辺へと行き、まだ日の高いアイオリアの空を見上げた。そこに見える空は、いつもと変わらない空だった。

 「ベントス、あの空って本物の空かな?」

 僕は気になってベントスにそうたずねてみた。するとベントスからこんな答えが返ってくる。

 「あれは、なんだか不思議な感じですね。本物の空なのかどうか私にはわかりかねます。個人的な感想を言わせていただければ、なにかこう普通よりもずっと命素子が薄いと思われますね。」

 「そうなのか…。」

 やっぱりそうなのかとなんだか悲しい思いがする。『たそかれの世界』という名の亜空間。砂漠で見た空や、海の上で見る空に比べて、どこか空々しい感じがしているのは、やっぱり正しかったんだ。


 しばらくしてヨホさんがお茶の用意をして部屋に戻ってきた。僕は慌てて手近な椅子に座り、お茶が出されるのを待つことにする。座るついでに、ヨホさんに言葉をかけた。

 「ありがとう、ナニー。お茶を一杯頂いたら僕は帰ります。」

 帰って、明日からの準備をしなければ。ベントスの件は片付いたし、あとはレイミリアさんが言っていた、海洋上で居場所を確認する道具も調べて手配しなくちゃいけない。ナニーに再会できたのは嬉しいけど、今はそれよりも優先しなきゃならないものが多い。


 今回の旅で最初の目的は、太平洋のどこかにいる海の精霊に会い、その手助けを得てオニの天才が残した足跡をたどっていくこと。父上の話では、オニの足跡はその海の精霊が知っているそうだ。

 足跡をたどり、この『たそかれの世界』がどうやって作りだされたのか、そしてどうやって維持されているのかを見つけ出すのが次の目標。それらが全部わかれば、この世界がどんな仕組みで成り立っているのかもわかるはず。

 今は少ない人数の一部の人間しか外に出て行けない。出入り口が小さくて、外界とつながっている先がちょっと不便な場所だからだ。銀の鈴でも試してはみたけど、願いの力が弱いのか、他に問題があるのか、出入り口の数を増やすことも、移動することも、大きくすることもできなかった。

 それに人間以外の僕らオニ・ハバキ・モリの者は、その出入口からも出ることが難しい。唯一の手段がこうして銀鈴を使って遠くまでパパっと飛んでしまうことだ。けれど、使用者が限られる銀の鈴では、自由に出入りするというわけにはいかない。なので『たそかれの世界』を解析することは急務なんだと父上から言われている。


 「ミラクーロ様、ずいぶんとお疲れですね。オウニの足跡はなかなか見つかりませんでしょうか?」

 ヨホさんはカップを僕の前に置き、お茶を注ぎながらそう聞いてきた。僕は驚いて思わず椅子から立ち上がり、ヨホさんの顔をのぞきこんでしまった。

 「なんでそれを知っているんですか?」

 「なんでと言われても…。ほら、前にここで盛大に大騒ぎした日があったじゃないですか。あの日になんとなく知ってしまいました。それでいろいろと準備をするために、あちこちにある私の故郷を巡ってきていたんですよ。」

 なにごとも無かったかのように、ヨホさんはそう言ってスイーツをテーブルに置いた。僕は驚きが隠せずに、続けて聞いてみる。

 「父上に言われたんですか?それともお母さんから?」

 「いいえ、お二人とも私がこの国にまだいることすらご存じではないはずです。見た目もだいぶ違いますからね。今回の再会もたまたま。…あるいはひょっとして、私をお使いに出された方のご配慮なのかもしれません。」

 「お使いに、出された?」

 「はい。」

 ヨホ・マジノはそう言って僕の目の前で姿を変えていった。喉や腕の皺、膨らんだ血管が消えていく。身長も少し伸び、ほんのわずかな間に、かつてナニーをしてくれていた頃のヨホ・マジノに戻っていってる。

 「こういうこともできます。他にも、いろいろ。」

 僕の足元にいたベントスが、僕の背後に隠れるように移動してこう囁く。

 「この方、私達と同じような感じがします。いいや、私よりもどちらかと言うと、あなたの方に近い。」

 そのままベントスは僕の肩にのってきて、身構える。

 「あらあら。よしてください、風の精霊様。私なんかはお力を少しお借りしているだけ。それに敵意はありませんから、どうぞくつろいでお聞きください。」

 すでに、城の侍従長をしながら僕の乳母をしてた頃のヨホ・マジノがそこにいた。見た目の懐かしさと相まって、敵意はないと言うヨホの言葉を信じることにする。肩の上のベントスもそんな僕の様子を見て、構えを解き床に降りていった。

 「信用していただき、ありがとうございます。」

 そう言うとヨホは、僕のすぐ横の席に腰をおろし、僕にも座るように手で即した。僕はその招きに応じて、立ち上がった時に倒れた椅子を起こしなおして、もう一度その椅子に座りなおす。

 「さて、どこから話しましょう。お嬢様がお風呂から出てくるまであまり時間はありませんね。」

 声もすでに若い頃に戻ったヨホは、そう言って話をはじめた。

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