赤い剣と銀の鈴 - たそかれの世界に暮らす聖霊の皇子は広い外の世界に憧れて眠る。

仁羽織

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賢人マーリン・ネ・ベルゼ・マルアハ

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 ヨホ・マジノは椅子に浅く腰かけて、張りのある優しい声で話しはじめた。

 「ミラクーロ様の祖先となる氏族は、オウニとハバキ、そしてモリトの名で呼ばれていました。それぞれに国家をつくられて、民を導いてきた歴史がございます。それと同時にこの星の管理と生命の守護を担われていたそうです。

 ことのはじまりは、オウニの文明。彼らが導いた文明は今からおよそ四十万年前にはじまり、三万年前に滅びました。その文明を滅亡に追い込んだのが、それまでオウニの補佐を担ってきたハバキとモリト。以後、彼らは歴史の中で敵対をしつづけてきたのです。」

 レイミリアさんの教師でもあったというヨホに語られたオニ・ハバキ・モリの歴史。父上から教わったものとかけ離れていて、その内容に僕は驚きが隠せない。まだ日が高いのに少し寒気を感じる。陽の光は、背中側の窓から広間に入り込んでいるのに。今の季節ならこの時間はもっと暑かったような覚えがある。

 ヨホは、一息いれながらカップのお茶を一口含んだ。その顔立ちは十代にも見える。最初の高齢な姿から、どうやってこの姿に変わったのかということにも、何とも言えないもやもやっとしたものが胸の内に浮かんでくるのを感じた。僕が知っているモリの道具にそれが可能なものはない。それが可能なら僕だって、本当の歳相応に姿を変えられるかもしれない。

 「まだ大丈夫そうですね。お嬢様は今日はのんびりとお風呂を楽しまれているようです。」

 どこか遠くを見るように、ヨホが言う。テーブルの下僕の足元にいるベントスが、なるほど確かに、と同意してうなづくのが聞こえた。

 「ヨホ…。ひとつ聞いてもいいですか?」

 「はい。どうぞ。ご質問はいつでもかまいませんわよ。」

 そう言うとまた、ヨホはカップを口に運んだ。

 「僕は父上に、オニ・ハバキ・モリと教わりました。けれど今の話だと本当は、オウニ・ハバキ・モリトになるんでしょうか?」

 僕がそう質問すると、ヨホはニッコリと微笑んでこう答えた。

 「それは、あなたのひいおじい様にあたるフィリオス様の名づけです。なので、統一後のお名前はオニ・ハバキ・モリでまちがってはいないはずです。今から千年ちょっと前ですかね。それまではバラバラだった三氏族をまとめようと、まずは名前からって頑張って考えてましたよ。音が三文字と三文字と三文字っていうのが気に入らないらしくて、当時隣国としてあったハバキのアトランティス国王に何度も相談に行かれて。それはそれはもう、毎日楽しそうに考えていました。」

 話しながらヨホの瞳は、遠い昔を懐かしむような色に変わっていく。そこでつづけて僕は聞いた。

 「ヨホ、ひょっとして会ったことがあるんですか?ひいおじい様に。」

 「ええ、だって私、フィリオス様に見いだされてお城に仕えることになったんですもの。」

 ニッコリと笑ってそう言うヨホの言葉に、僕はまた驚いた。

 ひいおじい様のデ・フィリオス・アイオリアは、今から千年も前に即位した王だ。生まれはもっと前だと聞いたことがある。僕の父上が生まれて百年目くらいに亡くなったと聞いてはいたが、そうなるとヨホはいったいいくつになるんだろう?

 「あの、聞いてもいいですか?」

 驚きすぎて頭がついていかない。それでも頑張って浮かんだ疑問を言葉にする。

 「はい、どうぞ。」

 「ヨホ、いったいおいくつなんですか?」

 ひょっとすると勘違いかな?ひいおじいさんじゃなくて、僕のおじいさんと間違えてるんじゃないだろうか?そんな考えが一瞬浮かんで、ヨホの答えで消えさった。

 「私は、数えるとそうですね、二千とちょっとになりますね。」

 なんでもないかのように、ヨホはそう言って微笑んだ。僕は驚きすぎて頭が真っ白になった。

 「西暦で言うと十五年、私は北欧にある小さな漁村に生まれました。いえ、今はもう影も形もありませんでしたので、あったと言った方がいいですね。」

 みたびカップを口に運ぶヨホ。そのまま落ち着いて話を続けていく。

 「私の生まれたころは、プルーセン、ラトビア、リトアニアといった三つの部族が北欧で暴れていて、いつもどこかで戦火が繰り広げられていた時代でした。人間はなんであんなに殺し合いが好きなんですかね。私にはいまだに理解できません。」

 大広間に静かに響くヨホの声が、悲しみを室内にしみこませていく。窓から差し込む光が、ずいぶんとたくさん入り込みはじめている。それが更に悲しみを引き立てているような気がした。

 「その頃の私は、マーリンと呼ばれていました。父と母はなく、物心ついたころには戦火を逃れる人々の中にいました。私が十歳になるころにようやく皆で、今で言うアイルランドの地に辿りつきました。」

 西暦で言うと二十五年から三十年くらいか。

 「あの場所は、まるで話に聞く天国のようなところでした。秩序があり、優しさが暴力よりも価値があり、そして平和があったのです。何かの宗教だと思いますが、その教義を教える方々がとても立派な人ばかりに見えて、子供心に胸がときめいてばかりの毎日でした。」

 静かに時が、流れていくような感じがした。ヨホの顔は幼げに見えて、その頬は少し色づいているようだ。

 「それからのおよそ百年間を、私はその地で暮らしました。善き伴侶にも恵まれ、子供たちも多く、皆元気に巣立っていくのを見送って、孫にも会えました。その子供にも。そうしてある日、気がついたのです。この身が何らかの呪いで死ねなくなっていると。」

 そう言うとヨホの目は、悲しみに沈んだ。姿勢は変わらずだ。若々しさのせいで余計にピンと背筋が伸びている。

 「ですので私は、子供たちや孫たちに気づかれないように国を出ることにしました。村を出て、里を渡り、海から出る船に潜り込み…。対岸のヨーロッパに渡って、その地で不思議なジプシーの家族と出逢い、長い間あちこちを渡り歩いて過ごしていました。」

 そう言ってまた、ヨホはカップを口に運んだ。僕は、そのカップの中身が少なくなっていないかと心配になり、立ち上がってティーポットを持ち上げた。ティーポットの中にはまだ一、ニ杯分くらいありそうだ。

 「お気遣いのできる、優しい人になられましたね。」

 ヨホはそう言うと、カップにお茶が注がれるのをじっと見ている。僕は誉められてなんとなく恥ずかしくなり、お茶を注ぎ終えるとそのまま席に座りなおした。

 その時ふと、これもまたどうでもいいことを思い出し、ヨホに聞いてみた。

 「そう言えば以前のことなんですが、レイミリアさんが『私の家ではお茶のことをカモミールと言う』みたいなことを言ってました。ヨホがそう教えたのですか?」

 「あら、おほほ。あの子は小さい頃、ものすごく意固地なところがありましたから、何を教えてもなかなか身につかなくて。お茶の葉を目の前に並べて、ひとつひとつ順番に名称や産地などを教えていた時に、急に立ち上がって『この葉っぱはなんて言うの!』って。なのでその葉の名前を教えましたら、『じゃあ全部これでいいじゃないの。どれも同じにしか見えないわ。』ですって。それ以来、何度説明しても、お茶はあの子の中ではそれだけになってしまったみたいです。」

 これもまた、新しい驚きだった。僕がヨホにいろいろなことを教わっていた時、ヨホの教えてくれることは全部、喜びでしかなかった。それをあの残念な人は…。

 そんなことを考えていたら、ヨホが『けど』と話をつづけた。

 「けど、レイミリア様の良いところは別ですので、それはそれでいいかとつい考えてしまいました。おほほ。」

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