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裏切りと誤解と優しさの偶然

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 あれ?と思った。てっきり、銀鈴がないと何もできないからとか言われて、私も嫌々一緒に行くことになるんだって思ったのに。

 「では、お願いします。」

 そう言うとミラクは、部屋の出口から飛び出していった。私はまた、ひとり蚊帳の外みたいになっている。そりゃ、留守番をするって言ったのは私だけど、でもこんなふうに置いていかなくてもいいじゃない。銀鈴あった方がいいんじゃないの?ああ、そうか。お父さんを頼るみたいなこと言ってたから、自分は別に銀鈴とかなくてもいいわけだ。ふーん。

 「にしたって、ねえ。こんなふうにレディーを一人にしなくてもいいじゃない、ねえ。」

 私は誰に聞こえるでもなく、そう言って大きな声で独りごとを言った。誰もいない部屋の綺麗なクリーム色をした壁に、声が吸い込まれていくみたいな気がする。なんだかポツンと独りぼっち。ま、それも仕方ないことか。どうせ私はそういう運命から抜け出せないように…。

 「まあ、確かに。あれはそういうところが私に似て、要領が悪いからな。」

 頭の中でぽつりぽつりと独り言をつづけていたら、その独りごとに返事が返ってきた。なんかものすっごく低音のカッコいい声で。

 「誰?誰かいるの?」

 驚きで何かいろいろなものが口から飛び出しそうだった。けれど唾は飛んでないと思う。

 「ああ、すまんすまん。驚かせるつもりはなかったんだが…。」

 そう言って声の主は、カーテンの影から姿を現した。壁の一面をすべておおうガラス窓をカバーするカーテンなんだろう。天井から床まで3mはある。今は一番端っこのところにまとめられていて、大きな柱みたいにも見える。

 「お初にお目にかかる。私の名は、デ・ルミネ・アイオリア。ミラクーロの父であり、ミゼリトの夫である。」

 …また、飛び切り変なのが出てきた。

 そのオジサンは、ジョジさんよりも年がいっていそう。背はかなり高く、たぶんわが家で一番背の高い、給仕のマニ・エステバンよりも高い。髪型は独特で、横にバンバンバン!って飛び出している。そして何よりも、昔話に出てきそうな手品師がかぶるシルクハットをのせているのが変。顔は端正、と言ったらいいのかな。少なくともミラクの父だと名乗って、ああそうかもしれない、って思わせるだけの整った顔立ちだ。服装もハットに合わせているみたいで、これもまた昔話の手品師みたいな黒い燕尾服、って言うのかな。背中側にびよっと伸びてるやつ。そんな感じで変。

 「と、お初ではないな。その方はグラン家の娘だね。生まれてすぐのころに確か会ったような気がする。」

 はあぁぁ?となった。この人の変さは第一印象で確定だけど、いきなりその話?って思う。いや確かにそのことはちょっと前にそうかもしれないって疑問に思って、でも考えたってしかたないし、仮にそうだとしてでも私は人間なんだしって、…なんかものすっごく焦る。

 だって、先送りして見ないようにしていた問題の答えを、今からこの人絶対に話そうとする。でも、私としては聞きたくない。できればずっと先送りして棚に上げっぱなしがいい!

 「そうか、そうなると君が次の…。」

 「すみません、ミラクくん、いや、ミラクールくんが、さっきお父さんに用があるって言って探しに行きましたよ。」

 なんとか棚にのせたままにしようとあがいてみた。すると、ミラクのお父さんはその言葉に食いついてくれた。

 「ああ、そうだった。のために来たんだった。すまないね、お嬢さん。また今度お会いした時に続きの話をしよう。」

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