双鬼と福姫

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5.過去

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この島には、独特の習わしがある。
領主の家に産まれた同性の双子は、福姫の家に通いながら幼少期を過ごすというもの。
ただし、それをするのは片割れのうちの一人。
そうして幼少期を終えたのちは、婚儀まで福姫の家の者と会う事は許されない。

やがて適齢期を迎えた同性の双子は、片割れの記憶をしるべに、福姫の家の者から伴侶を指名する。

一見、鬼から福姫を取り上げるようにも見える習わしではあったが、これは鬼の家、福姫の家双方が望んだ事であった。
詳しい経緯こそ残っておらねど、このやり方で悲劇は起こっておらず、それ故現在も変わらず守られている。



鬼の家の双子であるたかは、押入れを開け、動きをとめた。

「ひ…く…ひく…ひっく」
「………」
幾重にも重なった布団の中から、泣き声がする。
陰に目を凝らせば、積んだ布団の上一枚は、もこりと膨らんでおり、誰かが入っているのがわかる。

「…何をしている」
「ひっく…くぅ」
泣き声に聞き覚えがある。何せ自分の元へ…いや、自分とその半身である冨治ふじの元へと嫁いできた子だ。
福姫の家の日出ひのでは、布団の中をぞもぞと移動し…にゅと真っ赤になった顔を出す。

「ほっといて……」
「そもそも何故ここに」
「知らない!」

婚儀を済ませた日出ひのでは、己が選んだ相手…冨治ふじと、姫初めの儀をしているはずではなかったのか?それが何故…とたかは、頭を悩ませた。

冨治ふじと何かあったのか…」
たか日出ひのでとは夫婦めおとになった次第ではあるが、二人が面と向かって話すのはこれが初めてである。

幼い頃、福姫の家へ通っていたのは冨治ふじであり、日出ひのでと共に遊び仲がよかったのも冨治ふじだけだ。

当然、嫁ぐ相手に日出ひのでを選んだのも冨治ふじであり、たかではない。


「おれの事…好きで選んだんじゃ…ないんだって…」
誰かに聞いて欲しかったのだろう。放っておいてといった割に日出ひのではすぐ口を開いた。

「……」
「年頃だし……っく……一緒に遊んだ事が…あるってだけ…ええ…っく…し…かも…お…お兄ちゃんって…昔みたいに…呼んでも…い…とか…ひいいっく…ひぐっうう…」
話すうちに、また悲しさがこみあげてしまった日出ひのでの顔面は、ぼろぼろ…ずるずると騒がしい。

「………あの朴念仁」


幼い頃から憧れて好いていた相手から、婚儀を申し込まれ日出ひのでは喜んだ。
しかしいざ婚礼を上げ…初夜も兼ねた姫初めの儀で告げられた冨治ふじの話は、日出ひのでをどれ程傷つけたか。
冨治ふじは、日出ひのでを愛していたのではなく、都合がよかったから選んだとそのような事をつらつら告げたのだ。だが始まりはどうであれ…これからいい関係を築いていこうとも…。

日出ひのでを泣かせた半身を思い浮かべ、たかは己の中に潜めた殺意が膨れ上がるのを感じた。

「………」

たかは幼い頃、己が選ばれぬ事を…福姫の家にいけぬ事を何度も悔やんだ。
しかし悔やんだところで、現実は変わらない。

同じ性、同じ顔、同じような存在だと思っていたのに…、自分ではなく冨治ふじだけが、福姫の家へいく事を許された。
…同じ顔なのだ、一度位入れ替わってもばれぬのでないかと、子どもながらに必死で画策もした。
だが、半身である冨治ふじに拒まれ、それでも密かに実行しようと試みては、親や島の集に捕まり、ついぞ一度も福姫の家にいく事は叶わなかった。

そうこうしているうちに、幼少期は終わり、冨治ふじも福姫の家から離される。
冨治ふじもいけないという、条件が共になった事で、たかの焦燥は次第に鎮まった。
何より分別がつくようになった年という事もあり、ここで下手に事を起こせば、輿入れが遅れる事を理解したのだ。

そうして、適齢期を迎えた双子の鬼は、福姫の家から一人娶る事を許される。
冨治ふじ日出ひのでという、幼い頃仲がよかったという同じ年頃の少年を指名した。

当然日出ひのでとは会った事がないたかではあったが、冨治ふじの判断に異論はない。
冨治ふじが選んだのなら、たかにとっても、日出ひのでで間違いないのだ。

それに…面識こそないものの冨治ふじが話す“共に遊んだ可愛い日出ひので”の話は何度も聞いている。
冨治ふじが呆れ嫌がる程に、根掘り葉掘り…日出ひのでの話を何度も何度もせがんでは聞かせて貰っていた。

この時から予感はあった。そしてたかの予感は、婚儀の場で日出ひのでを見て確信に変わる。
だというのに…冨治ふじは何をいっているのか。とんちんかんな鈍さを発揮した己が半身へ抱いた殺意に呆れを混ぜた。


「……日出ひので
「な、に」
「とりあえず、そこから出てきてはくれないか?」
「や」
「何故?」
冨治ふじの元へ連れていって、儀式させる気だろ!」
「そんな事するものか」

「え、ほ…本当に?」
「ん」
「わ、わぁ!?」
布団の中に手をいれ、探り…脇を掴まれ、たやすく引きずり出される。

すとんと床に立てられた日出ひのでは、普通の恰好をしていた。
振袖でない日出ひのでを見て、たかは先程のもめ事が儀式の準備前に起こった諍いであったのだなと推測する。


日出ひので。おれと姫初めの儀をするのはどうだろう?」
たかの言葉に、日出ひのでは顔を歪めた。

「ああいう儀式は……好き同士でやる事だ」
「おれは日出ひのでの事が好きだ」
「……ああいう儀式は……好き同士でやる事だもん」

「っ」
日出ひのでの言葉を受け、たかの心がばきりと音を立てる。

好き同士…冨治ふじ日出ひのでの事は好きとはいわなかった。
でも日出ひので冨治ふじと儀式をする気だった。

つまり日出ひので冨治ふじを好いている。

それなのに、幼い頃を共に過ごしていない…おれの事は好いていない。だから儀式はしたくない、そういう事なのだろう。己の出した答えにたかの視界は怒りで歪む。

気がつけば、目の前の日出ひのでの首に手が伸びていた。

「な、に?」
ぐと力を込め、首を絞めあげる。
「が!?」

呼吸に喘ぎ開いた日出ひのでの口に、たかは舌を挿し入れた。
「…っ」
「……舌をもっと出せ…日出ひので

「か…は…」
差し出された…いや空気を求め前で出てしまった舌を捕らえ擦り合わせる。

「…ん…」
「っ…」
日出ひのでが意識を失いそうになるぎりぎりを見極め、手が離される。

「は……ひ……あ」
力の抜けた体は、たかに支えられ、上を向かせられた顔はそのまま…首を絞めた相手へ向けられたままを保った。

「…っ…あ…」
滲んだ視界がはれてゆけば、目に写るのはたかの激情。そして…熱。それらが自分へと向けられているのを感じ、日出ひのでのあらぬところに熱が宿る。

「あ……ん……」
もじりと体を動かす日出ひのでを見て、たかが笑う。

日出ひのでは苦しいのが好きなのか?」
「ち、ちが!?」
「違う?」

「苦しいのが好きなんじゃなくて…その…あの…おれを激しく…求めてくれたのが…嬉しくて」
そういい朱に染まる頬は、幼さを消し、色香を立ち上らせるような蠱惑を放った。

「…たまらない」
「……たかって本当に…おれの事が好きなんだ」
「好きだ」
「会ったばかりなのに?」

いわれ、たか訥々とつとつと話す。

うさぎの巣穴を見に行こうとして迷子になった話。
赤い実を食べ、お腹を壊した話。
川で転んだ時に、たまたま魚を掴んで大喜びした話。
一生懸命作った雪だるまを守ろうと、洞窟まで運び込んだ話

語るたかの顔は、次第に激情を消し子どものような朗らかなものへと変わっていった。

「なんで…それ」
たかが語る話は日出ひのでと大好きなお兄ちゃんとの思い出だ。

冨治ふじにせがんで、何度も何度も日出ひのでの話を聞いた」
「………」
「そうして日出ひのでに恋をした」
「こ、恋!?で、でもおれはたかを知らないし」
「……」
知らないといわれ、たかの胸がずきりと痛む。

「それにたかだって、実際のおれを見たら、話と違うとか…弟みたいな…こんな子どもっぽくて色気がない福姫に幻滅しちゃったんじゃないの?」
「いや、むしろ一目見てさらに愛しくなった」
「愛しっ…!?」

「それに色気がないなど…。日出ひのでのどこを見たらそうなる?」
「だって冨治ふじが!!」
「……………冨治ふじが?」
「ひっ」
冨治ふじの言葉は、たやすく信じるんだな…」

「…あ、…………はぁ…」
再び怒りを向けられ、また…日出ひのでの頬が朱に染まる。
その様子を見て、たかは、に…と笑ってから、怒気を鎮めた。

「そんな顔をする日出ひのでに、色気がないとは思わない」
「あ……う…あ…うああ」

照れる日出ひのでを撫でながら、たかは、片割れへの嫉妬を口にする。

「…先に…出会っているというだけで、姫初めの儀に選ばれた冨治ふじが憎い」
「…」
「幼い頃共に過ごしたというだけで、日出ひのでに愛されている冨治ふじが憎い」

たか…」
奥歯を噛みしめるような言葉に、魅せられていく。

語るうち漏れ溢れた感情がつぅ…とたかの頬を伝って落ちていく。悲しみの涙ではなく、嫉妬の涙。
…醜いといわれる感情の涙だというのに…日出ひのでにはそれが…何より美しく見えた。

すい寄せられるようにたかの顔へと近づき、顎から垂れそうになる雫をぺろりと舐める。

「…おれに恋してくれて…おれを愛してくれてありがとう」

日出ひので!」
抱きしめられ、日出ひのでの胸に愛しさが…込み上げる。
出会ったばかりだというのに…その時間を簡単に跳ねのけて、たかに恋をした。冨治ふじへの気持ちが消えた訳ではない。

それでも…日出ひのでを想い、泣いた鬼に……恋に落とされた。

そうしようと考える前に、日出ひのでの口が勝手に動き出す。
「陰陽同じくして産まれし双鬼へ福姫の寿ことほぎを…」
「っ……!」

凛と…どこかここではない空間へと向け腕の中の日出ひのでが朗々と声を響かせていく。
歌うように続くそれをたかは静かに聞いた。


寿ことほぎを得し二の双鬼と与えし福姫、此度の年初めの和を以って奉納とす」
最後の一文を終えた日出ひのでを、たかはさらにきつく抱きしめる。

「ありがとう」
「だいぶ略式だけどね。服もこんなだし」
「今の時代そこまでこだわるのは冨治ふじ位だ」
「ぷっ…そうかも」

互いに笑い…二人はゆっくりと唇と合わせる。
チュチュ…と可愛らしいついばみは、あっという間に卑猥な音へと変化してゆく。
口からしていた卑猥な音は、全体に及び………姫初めの儀は無事成った。
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