双鬼と福姫

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8.睦月の反省会

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「あ゛ぁ゛?」

年始の華やぎも落ち着き、いつもどおりの毎日を送るようになった一月のある日。
兄である冨治ふじに呼ばれ沙茄子すなこは、足踊るような心地で部屋へと向かった。

楽しい報告だと思っていた…。

それなのにそこで聞かされた予想と違う言葉に、さっきのような声が出るのは仕方がないともいえる。

「で?」

いわれ、先程いった言葉を冨治ふじは繰り返す。

「……姫初めの儀を成せなかった。その謝罪とこれからの話を」
たか兄、こいつ何いってんの?」
「あーー」
共に室内にいたもう一人の兄であるたかへと、答えを求めたが…どうにも歯切れが悪い。

「なんでよ?寝たんでしょ日出ひのでちゃんと。気にしてた初回も済ませたんだし、あとはしっかりずっぽり仲良くやんなさいよ」
沙茄すなちゃん…そんな…はっきり」
同様に室内にいた日出ひのでが、沙茄子すなこの言葉に照れ頬を染めた。

「くうぅうう!たか兄ともしっぽりやって、今回冨治ふじ兄ともずっぽりやっちゃったくせになんだ!この無垢な感じ!!!はぁああたまらん日出ひのでちゃんが尊い!」

沙茄子すなこ…お前はもう少し言葉を選べ。何かがおかしいぞ…」

先日、日出ひので冨治ふじが、長きにわたるすれ違いを解消し結ばれた事は、沙茄子すなこもすでに承知している。

日出ひのでは儀式をやろうとしてくれた。それなのに私が……夢中になって…。福姫の寿ことほぎを妨げ、寿ことほぎを成さないまま日出ひのでと性交をっ…」
「はぁ?」

沙茄子すなこはそれが?と思う。
姫初めの儀が形骸化しつつある今、二人が行ったのが姫初めの儀だろうが、単なる姫初めだろうが、自分はおろか村の集だって気にしない。
だというのに…この石頭の兄は…まったく。…もう一度睨めば、すまなそうに目を伏せられた。


「だから~~。別に失敗しても問題ないって」
そう何度いっても儀式を成せなかった事を引きずってしまう相手に、日出ひのではぷくりと頬を膨らませ不満を訴える。

「島の集も、姫初めの儀をしたか…してないかなぞ、気にしていない…おれも何度もいったはずだが」
片割れのたかも呆れ顔だ。

そうして冨治ふじへと、不満を抱いた三人は交互にいった。
「この」
「時代錯誤の」
「石頭!!」

「う!?」

「で、何よ。これからの話って」
「嫌な予感しかしない」
「………ね」

「あれ?たか兄も、日出ひのでちゃんも何か知らないの?」
沙茄子すなこ共々、この場で話すといわれた」
「…あーー嫌な予感しかしないわ」

三人のじっとりした視線を、自らに与えられた罰だとでもいうように受けとめてから冨治ふじは口を開いた。

「まず…姫初めの儀に失敗した今年は…、日出ひのでと距離をおく」

「!?」
やっとわだかまりが解けたというのに、距離をおくといわれ、日出ひのでの目が驚きに開かれた。

「嫌な予感しかしない…」
「同感だわ」

「そうして…一年を過ごしたのち…。来年、また儀式に挑ませて欲しい。そこで儀式を成す事が出来てから、きちんとこれからを歩んでいきたい」

「ひ…ひっく」
また一年…。やっとわかりあえた幼い頃からの憧れの人の言葉に、日出ひのでの瞳は簡単に涙を湛える。

日出ひのでこっちへ…」
「ひっく……たかぁ……」
たかへと抱き込まれ泣く姿は、幼子のようでありながら、悲しさを礎に立ちのぼる色気があった。
「っ!………っ……」
冨治ふじの拳に力が入り、ポタリ…と赤い雫が床に落ちる。

「…冨治ふじは、本当にそれでいいのか?」
「…い、い」
「おれはこの一年、日出ひのでと変わらず過ごすつもりだ。もちろん抱きもする」
「っ………流石に距離を置けとまでは…いわない。ただ…出来れば……抱くのは控えて欲しい」

「はぁ!?何いってんの冨治ふじ兄。欲求不満で日出ひのでちゃんが悶えてもいいの!?……あぁ…いいわーそれ……いや駄目駄目駄目!」

「…おれがそれに従う理由はない」
冨治ふじの作った掟に何故自分が縛られなければならないのか…。そう怒りを込めて拒否の動作で鼻を鳴らす。

「っ」

「……ひっく…く……っっ……おれ…は…冨治ふじが、そうしたいなら…従う」
日出ひのでちゃん!?」
たかとの事については、たかに従うけど…」
日出ひので…」
「………」

「さいってーーー!」
沙茄子すなこが、冨治ふじの胸倉を掴む。
殴られる事すら己に課せられた使命とばかりに、身じろぎすらしない兄の腹に、沙茄子すなこ容赦なく膝蹴りを入れた。

「っ」

「いいか。この残念ちんこ野郎!」

「っ…く」
怒りの陰で妹のあんまりな言葉に、たかが笑う。

「お前はな、まーーーた日出ひのでちゃんを泣かした」
「それは…」

「これだけでもう、去勢レベルの罪だ!!」
沙茄すなちゃん…去勢って」
「は…ぁ…ごめん。日出ひのでちゃんには必要だもんね。こんな駄目ちんでも!」
「すっ沙茄すなちゃん、そういう意味じゃ!?」

「……っくく…」

「はっ!?なんだか締まらなくなっちゃったわ。…えーーーと。とにかくね日出ひのでちゃんを泣かせてまで自分の意見を通すんじゃ、これまでと何も変わってないのよ!!」
「……う、しかし」
「それにほら…あれを見て」

指さす方には、たかに抱き込まれたままの日出ひのでがいる。

「……っ」
蹴られた時とは比較にならない程、冨治ふじの顔が歪む。

「……そんな顔しておいて、一年我慢出来ると思えないけど?」
「っ」

「はーーーもう」
胸倉から手を放した沙茄子すなこは室内を出て廊下から何かを持って、戻ってきた。

「えいやっ」
スパーーンといい音で冨治ふじの頭が叩かれる。
例の霊験あらたかなハリセンだった。

「………」
「頭冷えた?」
「…一応は」
霊験うんぬんはさておき、その爽快な音は…場の空気を変化させられる力がある。

「じゃ、もう一回反省して考えて。答えが出たらまたあたしたちを呼びなさい。それくらいは付き合ってあげるわ糞兄!」

「………承知した」
「さ…いくわよ。日出ひのでちゃん、たか兄」

「そうだな。まぁ頑張れよ半身」
「…たか……。日出ひのでと今日は寝るな」
「おれの自由だ」
「っ」

「あ、あの沙茄すなちゃん、そんなに押さないで」
「はいはい。日出ひのでちゃんは、もういるだけでご褒美になっちゃうから、はやくあの糞兄から離れようね」
「え?う、ん??」


そうして一人になった冨治ふじは、三人が去った扉に背を預け座った。

「………」

幼い頃は…何をしても笑ってくれたというのに、今は何故こうも泣かせてしまうのか…。
それが悔しく、以前は幼き日に戻りたいとも願った。それでも…日出ひのでは待っていてくれた。そうして今の冨治ふじを受け入れてくれた……。

だというのに…また…自分は…。

胸に反省を抱き…先程の答えを捨て、気持ちを切り替える。

過去にはもう縋らない、来年に望みを託し時を待つ事ももうしない。
今を…今を生きなければ。そう思い冨治ふじは顔を上げた。
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