双鬼と福姫

ミミミミミミミ ミ

文字の大きさ
7 / 8

7.師走の会合

しおりを挟む
沙茄子すなこは、長い黒髪ばさりと後ろにまとめ、一升瓶から手酌で升に勢いよく酒を注いだ。
それを一気に煽ってからぷはぁーーと酒臭い息をはいた。

「お、沙茄すなちゃん。相も変わらずいい飲みっぷりだね!」
「えへへ」
沙茄子すなこ飲み過ぎるなよ」
「なぁーーによ。ここにこない冨治ふじ兄の代わりに、あたしが飲んであげてんでしょーーーよ!」
「そーだぞぉたかぁ付き合いの悪い冨治ふじに代わって、沙茄すなちゃんが盛り上げてくれてんだろうがよ!」
「ねーーーー!」
「ねーーーーーーー!」
「はぁ…」
まだ始まったばかりだというのに、早くも酔っぱらいののりに巻き込まれたかは、帰りたい気持ちが高まる。

島の集が月に一度集まるこの会合は、平和な今の世ただの飲み会と化していた。
酒をあまり好まない冨治ふじは、仕事を口実に逃走。
日出ひのでは参加したいと毎度頬を膨らませているのだが、自身の酒の弱さと心配する周りにとめられ、参加が叶った事はない。

「それでさぁ。もう今年も最後の月な訳じゃない?」
当たり前の事を沙茄子すなこはいう。

「おう。あと少しで年明けだわな」
「それよ!」
「それ?」
冨治ふじ兄ってば来年も姫初めの儀に失敗するんじゃないかって!!」

「あ、ああぁああ…」
「お、ぉおおお」
集まった島の集が渋い顔をする。別にあけっぴろげにしている訳ではないが、ああも大声で毎年喧嘩していては…未だに冨治ふじ日出ひのでが寝ていない事は丸わかりだった。

「なんなのよ。あんな可愛い日出ひのでちゃんを前に、何年も何年も!あいつの股間には逸物がちゃんとついてんのかーー!それとも何かーーー不能かーーーあの野郎!!」

手厳し過ぎる妹の言葉に、たか冨治ふじがこの場に居なくてよかったと遠くを見た。
「あたしに!!あたしにちんこがついていたら!日出ひのでちゃんをあんあんいわせてるのに!!」

「……お前が妹で心底よかったと思った」

たか兄はいいわよね!日出ひのでちゃんをあんあんいわせちゃってまぁあああああ!」
いい終え、また升に並々注がれた酒をぐいと飲みほした。

日本人形のような美しい風体のくせに…沙茄子すなこの言は、完全に酔っぱらい親父ののりである。
これで実のところ、たいして酔ってはいないのだから、恐ろしい。

島の親父共と常に渡り歩いているだけある。
この気風のよさもあって、島の集とのやりとりは冨治ふじたかより、沙茄子すなこの方が上手だ。

「べっつにさーーー。冨治ふじ兄もさー姫初めの儀をしなくても、あれこれすりゃーいいってのに。もう夫婦めおとでしょうが!なのにあの堅物…初手にこだわりやがって先に進まないったら…」
「そーいうなよ沙茄すなちゃん。男はいつだって初めてを大切にしたいのさぁ」

「出ったよ!?こういう事いう奴が処女厨なんだよ!かーーーくそじいい!表へ出ろ」
「おうおうおういったな!!沙茄すなぁオメエこそ勝手いいやがって表へ出ろ!!俺ぁ!初めてを大切にしたいっていっただけだろう!」
「よせ。頼むからやめろ」

ここでとめなければ、本当に殴り合いが始まる。そして有段者である沙茄子すなこにぼこぼこされてしまうのは相手だ。ただ殴られた相手も、かっかと笑い酒の席に戻る事がほとんどなので、とめるのがやや虚しくもある。
それでもとめぬ訳にはいかないのが、この席のストッパーであるたかの役目だ。

「ほら、沙茄子すなこも嶋中さんも。酒の席の戯言だ飲んで流せ」
二人の升に新たに開けた純米吟醸を注いでやれば、目の色を変えてそれぞれ酒を口にする。

「んっんんーーーぷはぁあああ」
「ぷはぁあああーいよ!沙茄すなちゃん!いい飲みっぷりだ」
「でっしょーーー!」
わははと笑いあう二人は、喧嘩をする気をなくしたようだ。

「そういや沙茄子すなこさん。何かする気だって昼間いってませんでした?」
この席では若手の青年が、沙茄子すなこに声を掛ける。

「あ、そーーそーー。そうなのよ」
「嫌な予感しかしない」

「あたしとか皆はさ、別に姫初めの儀をしようがしまいが…そこまで気にしないって、ぶっちゃけ輿入れの時から何度もいってるじゃない?」
冨治ふじが、未だに皆が気を使ってそういっているだけど思っているそれな…」

「そこだよ!あの不能野郎!立たねぇくせに頭はかたいってどういう事だ!」
沙茄子すなこの中で冨治ふじの不能なのは確定なのか…容赦がない。

沙茄すなちゃんは、冨治ふじに厳しいねえ」
「だって毎年日出ひのでちゃん、泣いてんだよ!?」
「そのあとおれが美味しく頂いている。儀式じゃなくて…ただやるだけになる事も多いけどな」

たか兄のそういうところ、嫌いじゃないよ。いよ!しっかりちんこ!」
「…嬉しくない」
「褒めたのに!?」

「まぁでもよ。沙茄すなちゃんが、冨治ふじを気に掛けるのもわかるよ」
「そうですよね。ちょっとおかしな言動増えてきましたもんね最近の冨治ふじさん」
「たまに子どもっぽい話し方になる時あるよね!」
「あぁあ、ありますね」
「あれってさ。…幼い頃の日出ひのでちゃんに愛されてた自分になろうと無意識で口調が変わってるんじゃないかって思うんだけど」
「おれもそう思った」

「でしょでしょ!ふう!あたしってば名推理!」
「それだけ揺れてきてるんだろうな」
「それに本人は気づいてなさそうなのが…また」

「そこで!思いついたのよ!!」
「嫌な予感しかしない」

「暫く三人を四の屋敷に閉じ込めるっ!」
「嫌な予感しかしない」
「閉鎖空間で過ごせば、いくら不能でも勃起するでしょう!日出ひのでちゃんと閉鎖空間よ!!?あはあはあは、いい。閉鎖空間と美少年たまらん。是非ともその際は儀式の振袖を着せてあげよ」

沙茄子すなこ…口から酒が垂れている」
「よだれよ!」
「………そうか」

「でも、それだと日出ひのでちゃんが、可哀そうじゃねえか?」
「その為のたか兄でしょ」
「おれか」
ここでストッパー役をやっているたかに、閉鎖空間でもストッパーをやれという事らしい。

「頑張って!」
そういって沙茄子すなこは後ろに控えさせていた得物を渡した。

「なんだこれ?」
「鬼に大ダメージを与えるという、霊験あらたかなハリセンよ!」

「…霊験あらたかなハリセン」
そんなものがあってたまるかと、たかは思ったが、蛇腹に折られた厚紙には…確かに…霊験あらたかそうな古文書のような文字が書かれていた。

「これをどうしろと」
日出ひのでちゃんがピンチになったら使って!」

「一応…承知した。ちなみにこれはどこから持ってきた」
「おーーーー。なんかわしのうちに蔵にあったんよ」
そういってかすれた声で答えたのは、この島の鬼神を祀る神社の当代神主である老人であった。

「なんか蔵にあったらしいわ!!」
「…なんか蔵にあったのか」
「神社の蔵よ!霊験あらたかそうでしょ!!」
「………そうだな」

ないよりはいいかと、そのまま受け取る。

さて来年の姫初めの儀はどうなる事か。一抹の不安を抱えながらたかは己の半身と日出ひのでの事を思った。


「ってか、おうおうおう!たか兄も、ちょっとは飲みなよおお!」
「……はぁ」

升に目いっぱい酒が注がれ、一気一気と周りが騒ぎ出す。
その中心で酔っぱらいとしか見えない楽し気な様子で、沙茄子すなこが声を上げている。
これで実のところ、たいして酔ってはいないのだから、本当に…恐ろしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

処理中です...