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第1章
第3話
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黒っぽい髪、こげ茶の瞳。
中背だが良く鍛えられた均整の取れた体つき。
年の頃なら自分と同じか少し下。
素早く観察しながら、セシルが油断なく短刀を構える。
魔族だという言葉を、額面通りに受け取るつもりはない。
人間と戦うとき、殺さないよう気をつける魔族など存在しないからだ。
「それに、魔族の証は金瞳か紫瞳のはず。こいつはただの人間」
呼吸を整えながら、自分に言い聞かせるように推論を構築する。
ただの人間なら勝機は充分にある。
無詠唱の魔法攻撃は気になるところではあるが。
「疾っ!」
動く。
鋭い踏み込みから一閃。
逆手に持った短刀が喉元を狙う。
咄嗟にあげた山賊の剣に音高く弾かれる。
良い動きだが、なぜ受けた?
スウェーバックして間合いを取るのが定石だろう。
そもそも得物の長さが違う。
弾かれた勢いを利用して半回転するセシル。
右後ろ回し蹴り。
下段に。
トリッキーな動きに山賊が翻弄される。
今度こそさがって回避しようとする。
しかし、女冒険者のブーツの爪先から音もなく生えた刃が、ごく浅く山賊の脛を削った。
「ぐっ!?」
痛みに顔をしかめる。
おや、と、セシルは思った。
戦闘中に表情を変えるなど、練達の戦士にはありえないことだ。
どんなに痛くても、苦しくても、戦士は表情を変えない。もちろん攻撃が効いていると思わせないため。
付け入る隙を与えないため。
こいつ、もしかして素人?
疑問を抱いたまま、さらに踏み込む。
ぐいと近づく顔。
互いの息がかかるほどに。
驚いた山賊がのけぞった瞬間を狙っての足払い。
体勢を崩し、無様に尻餅をつく少年。
たたみかけようとしたセシルが、大きく横に飛ぶ。
一瞬前まで彼女がいた空間に吹き上がる炎。
そのまま二転三転と蜻蛉を切る女冒険者。
追尾するように炎の舌が伸びる。
見ることで発動する類の魔法か。
厄介な。
ならば!
内心で舌打ちしつつ、懐の隠しに左手を突っ込んで取り出した鶏卵を投げつける。
ただし、中に詰まっているのは砂だ。
少年の目の前で炎に包まれ、はぜ割れる。
次の瞬間、響き渡る絶叫。
飛び散った砂が目に入ったのだろう。
風が、炎が、でたらめに暴れ回る。
「こりゃたまらんっ」
仕掛けておいて、勝手なことを言ったセシルが慌てて距離を取った。
「くそっ」
乱暴に顔を拭った少年が立ちあがる。
大きく肩で息をしながら。
「バカにしやがってっ!」
無詠唱で放たれる魔法を目の当たりにしながら、嘲弄するような戦いぶり。
こんな小馬鹿にされたような戦いは初めてだ。
怖れるか、気味悪がられるか。
あのときもそうだった。
村を救ったあの日。
もらったのは賞賛の声ではなかった。
恐怖を滲ませる村人たちの目。
家族や友人も、その中にいた。
バケモノと呼ばれ、石を投げられ。
ほうほうの体で山に逃げ込んだ。
疑問と復讐心を両腕に抱え。
助けたのに。
守ったのに。
だが、この力を故郷に向けることはできなかった。
人を殺すのは、もう嫌だった。
「魔族は、そんなにウェットじゃないよ。君、ただの人間じゃん」
少年の内心を読んだようにセシルが笑う。
「うるせぇっ!!」
滲む視界で力を使う。
見えない刃はセシルを切り刻まない。
すべて易々と回避される。
「その力さ、べつに魔族の能力じゃないよ」
声は背後から。
いつの間に!?
振り向いた瞬間、右腕を掴まれる。
逆転する天地。
投げられたと悟ったのは、背中から地面に叩きつけられた後だ。
激痛に目が眩み、息が詰まる。
「精神魔術。あたしも見るのは初めてだけどねー」
降ってくる声。
「ダマレダマレ!!」
ろくに見もせず炎を飛ばす。
当たるわけがない。
見えていても当たらないのに。
「それは発火能力だね。火焔魔法に類似してるから魔法だって思っちゃっても無理はないけど」
やや遠いところから響く声。
距離を取られていたらしい。
ぐっと膝に力を込めて立ちあがる。
「ファイアスターター……だと……?」
聞き覚えのある単語。
ナイルではなく、前世の記憶にある言葉。
スティーブン・キングが著した小説のタイトルだ。『炎の少女チャーリー』というタイトルで映画化もされている。
もちろんこの世界に映画も小説も存在しないから、ただの偶然の一致である。
しかし、その偶然は、ナイルの精神を賦活させるに充分だった。
「超能力……」
発火能力とは、念動力の派生。
おそらく、風の刃も大地の手も、魔法的な手順によって発動したのではない。
超能力として、何の法則性もなく、理不尽に生み出されたものなのだ。
「ちょーなんたらってのは判らないけど、精神魔術っていわれる、どマイナーなものだね。研究してる学者も少ないけどいるはず。魔族の特殊能力ってわけじゃないよ」
判らなかったのは、理解が得られなかったのは、彼が育ったのが田舎の寒村だったから。
あとは、発動が唐突だったというのもあるだろう。
大騒ぎをするほどの力でもなかった。
もちろん、とても珍しい能力ではあるのだろうが、種が明らかなってしまえば、ただの超能力。
とたんに安っぽくなったような気がする。
「はは……はははは……」
力無い笑声がナイルの口から漏れた。
「そんなわけでー」
ふたたび至近で聞こえる声。
頭ひとつ分低いところから、赤毛の女が見上げていた。
にっこりと笑う。
瞬間、またまた宙を舞うナイルの身体。
顔面から地面に叩きつけられ、右腕を後ろ手に捻りあげられる。
骨が軋み、絶叫する少年。
「召し捕ったりー」
馬乗りになった少女が、高らかに宣言した。
金貨十枚を盗んだら死罪。
その不文律に照らせば、二度の馬車強盗を働いたナイルは死刑にされても仕方のないところであった。
ただ、山賊に堕した経緯に同情の余地があったし、一人も殺していないという事実も考慮に入れられ、さらに、貴重な魔法使いをただ殺すには惜しいとの政治的な判断の結果、少年は死を免れた。
もちろん無罪となったわけではない。
彼が奪った財貨は金貨にして二百枚にも達したが、これを全額弁済し、保護監察という名の監視をつける。
日本でいうところの、執行猶予のような状態となった。
破格の条件といって良い。
領主に掛け合い、この条件を引き出したのが、風のセシルである。
身元引受人となったのも、赤毛の女冒険者だった。
「というわけで、ナイルはあたしに金貨二百枚の借金と、返しても返しきれない恩があるのだー 敬いたまえー」
牢屋から出してくれた少女が笑う。
「なんでそこまで……」
わけのわからないまま捕縛され、わけのわからないまま解放されたナイル。
そして、わけのわからないまま謎の建物に連れてこられた。
郡都タイモール。
王国内にあって、中堅どころといったサリス伯爵領の中核都市である。
賑わいを見せる商店街の一角。
とうに減価償却を終えたような、二階建ての店舗兼住宅。
ナイルが連行された場所である。
サンドワームがのたうったような字で、『セシル商会』と書かれた看板がぶら下がっている。
「ここが、今日からきみの住処だよー」
「商会……」
「そそそ。小なりといえども、立派な商会なのだー」
「冒険者じゃ……?」
「はっはっはっ」
ばしばしとナイルの背を叩くセシル。
痛い。
「商売だけじゃ食ってけないんで、冒険者もやってるのさっ 言わせるなよっ 照れるだろっ」
悪びれるどころか笑っている。
思わずこめかみを押さえる少年だった。
展開が意味不明すぎる。
山賊に身を落としたときから、ろくな未来など待っていないことは判っていた。
戦って死ぬか、捕まって殺されるか。
それなのに。
「俺はどうなってしまうんだ……?」
「奴隷労働」
「え?」
「奴隷労働が待っているんだよ。あたしのゲボクとして」
いっそ厳かに、風のセシルが宣言した。
中背だが良く鍛えられた均整の取れた体つき。
年の頃なら自分と同じか少し下。
素早く観察しながら、セシルが油断なく短刀を構える。
魔族だという言葉を、額面通りに受け取るつもりはない。
人間と戦うとき、殺さないよう気をつける魔族など存在しないからだ。
「それに、魔族の証は金瞳か紫瞳のはず。こいつはただの人間」
呼吸を整えながら、自分に言い聞かせるように推論を構築する。
ただの人間なら勝機は充分にある。
無詠唱の魔法攻撃は気になるところではあるが。
「疾っ!」
動く。
鋭い踏み込みから一閃。
逆手に持った短刀が喉元を狙う。
咄嗟にあげた山賊の剣に音高く弾かれる。
良い動きだが、なぜ受けた?
スウェーバックして間合いを取るのが定石だろう。
そもそも得物の長さが違う。
弾かれた勢いを利用して半回転するセシル。
右後ろ回し蹴り。
下段に。
トリッキーな動きに山賊が翻弄される。
今度こそさがって回避しようとする。
しかし、女冒険者のブーツの爪先から音もなく生えた刃が、ごく浅く山賊の脛を削った。
「ぐっ!?」
痛みに顔をしかめる。
おや、と、セシルは思った。
戦闘中に表情を変えるなど、練達の戦士にはありえないことだ。
どんなに痛くても、苦しくても、戦士は表情を変えない。もちろん攻撃が効いていると思わせないため。
付け入る隙を与えないため。
こいつ、もしかして素人?
疑問を抱いたまま、さらに踏み込む。
ぐいと近づく顔。
互いの息がかかるほどに。
驚いた山賊がのけぞった瞬間を狙っての足払い。
体勢を崩し、無様に尻餅をつく少年。
たたみかけようとしたセシルが、大きく横に飛ぶ。
一瞬前まで彼女がいた空間に吹き上がる炎。
そのまま二転三転と蜻蛉を切る女冒険者。
追尾するように炎の舌が伸びる。
見ることで発動する類の魔法か。
厄介な。
ならば!
内心で舌打ちしつつ、懐の隠しに左手を突っ込んで取り出した鶏卵を投げつける。
ただし、中に詰まっているのは砂だ。
少年の目の前で炎に包まれ、はぜ割れる。
次の瞬間、響き渡る絶叫。
飛び散った砂が目に入ったのだろう。
風が、炎が、でたらめに暴れ回る。
「こりゃたまらんっ」
仕掛けておいて、勝手なことを言ったセシルが慌てて距離を取った。
「くそっ」
乱暴に顔を拭った少年が立ちあがる。
大きく肩で息をしながら。
「バカにしやがってっ!」
無詠唱で放たれる魔法を目の当たりにしながら、嘲弄するような戦いぶり。
こんな小馬鹿にされたような戦いは初めてだ。
怖れるか、気味悪がられるか。
あのときもそうだった。
村を救ったあの日。
もらったのは賞賛の声ではなかった。
恐怖を滲ませる村人たちの目。
家族や友人も、その中にいた。
バケモノと呼ばれ、石を投げられ。
ほうほうの体で山に逃げ込んだ。
疑問と復讐心を両腕に抱え。
助けたのに。
守ったのに。
だが、この力を故郷に向けることはできなかった。
人を殺すのは、もう嫌だった。
「魔族は、そんなにウェットじゃないよ。君、ただの人間じゃん」
少年の内心を読んだようにセシルが笑う。
「うるせぇっ!!」
滲む視界で力を使う。
見えない刃はセシルを切り刻まない。
すべて易々と回避される。
「その力さ、べつに魔族の能力じゃないよ」
声は背後から。
いつの間に!?
振り向いた瞬間、右腕を掴まれる。
逆転する天地。
投げられたと悟ったのは、背中から地面に叩きつけられた後だ。
激痛に目が眩み、息が詰まる。
「精神魔術。あたしも見るのは初めてだけどねー」
降ってくる声。
「ダマレダマレ!!」
ろくに見もせず炎を飛ばす。
当たるわけがない。
見えていても当たらないのに。
「それは発火能力だね。火焔魔法に類似してるから魔法だって思っちゃっても無理はないけど」
やや遠いところから響く声。
距離を取られていたらしい。
ぐっと膝に力を込めて立ちあがる。
「ファイアスターター……だと……?」
聞き覚えのある単語。
ナイルではなく、前世の記憶にある言葉。
スティーブン・キングが著した小説のタイトルだ。『炎の少女チャーリー』というタイトルで映画化もされている。
もちろんこの世界に映画も小説も存在しないから、ただの偶然の一致である。
しかし、その偶然は、ナイルの精神を賦活させるに充分だった。
「超能力……」
発火能力とは、念動力の派生。
おそらく、風の刃も大地の手も、魔法的な手順によって発動したのではない。
超能力として、何の法則性もなく、理不尽に生み出されたものなのだ。
「ちょーなんたらってのは判らないけど、精神魔術っていわれる、どマイナーなものだね。研究してる学者も少ないけどいるはず。魔族の特殊能力ってわけじゃないよ」
判らなかったのは、理解が得られなかったのは、彼が育ったのが田舎の寒村だったから。
あとは、発動が唐突だったというのもあるだろう。
大騒ぎをするほどの力でもなかった。
もちろん、とても珍しい能力ではあるのだろうが、種が明らかなってしまえば、ただの超能力。
とたんに安っぽくなったような気がする。
「はは……はははは……」
力無い笑声がナイルの口から漏れた。
「そんなわけでー」
ふたたび至近で聞こえる声。
頭ひとつ分低いところから、赤毛の女が見上げていた。
にっこりと笑う。
瞬間、またまた宙を舞うナイルの身体。
顔面から地面に叩きつけられ、右腕を後ろ手に捻りあげられる。
骨が軋み、絶叫する少年。
「召し捕ったりー」
馬乗りになった少女が、高らかに宣言した。
金貨十枚を盗んだら死罪。
その不文律に照らせば、二度の馬車強盗を働いたナイルは死刑にされても仕方のないところであった。
ただ、山賊に堕した経緯に同情の余地があったし、一人も殺していないという事実も考慮に入れられ、さらに、貴重な魔法使いをただ殺すには惜しいとの政治的な判断の結果、少年は死を免れた。
もちろん無罪となったわけではない。
彼が奪った財貨は金貨にして二百枚にも達したが、これを全額弁済し、保護監察という名の監視をつける。
日本でいうところの、執行猶予のような状態となった。
破格の条件といって良い。
領主に掛け合い、この条件を引き出したのが、風のセシルである。
身元引受人となったのも、赤毛の女冒険者だった。
「というわけで、ナイルはあたしに金貨二百枚の借金と、返しても返しきれない恩があるのだー 敬いたまえー」
牢屋から出してくれた少女が笑う。
「なんでそこまで……」
わけのわからないまま捕縛され、わけのわからないまま解放されたナイル。
そして、わけのわからないまま謎の建物に連れてこられた。
郡都タイモール。
王国内にあって、中堅どころといったサリス伯爵領の中核都市である。
賑わいを見せる商店街の一角。
とうに減価償却を終えたような、二階建ての店舗兼住宅。
ナイルが連行された場所である。
サンドワームがのたうったような字で、『セシル商会』と書かれた看板がぶら下がっている。
「ここが、今日からきみの住処だよー」
「商会……」
「そそそ。小なりといえども、立派な商会なのだー」
「冒険者じゃ……?」
「はっはっはっ」
ばしばしとナイルの背を叩くセシル。
痛い。
「商売だけじゃ食ってけないんで、冒険者もやってるのさっ 言わせるなよっ 照れるだろっ」
悪びれるどころか笑っている。
思わずこめかみを押さえる少年だった。
展開が意味不明すぎる。
山賊に身を落としたときから、ろくな未来など待っていないことは判っていた。
戦って死ぬか、捕まって殺されるか。
それなのに。
「俺はどうなってしまうんだ……?」
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「え?」
「奴隷労働が待っているんだよ。あたしのゲボクとして」
いっそ厳かに、風のセシルが宣言した。
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