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第1章
第4話
しおりを挟む「む。セシルや。戻ったか」
ぴょこっとカウンターから顔が覗く。
小さい。
どうみても子供だ。
「ただいまです。お師匠さん」
「無事だったようでなによりじゃ」
謎の会話が展開される。
どうしてこんな幼女に、師匠と呼びかけているのだろう。
「で、そこで呆けておる間抜け面は、なにものじゃ?」
「馬車強盗でしたが、あたしが買い取りました」
ものすごくかいつまんだ説明である。
ナイルとしては、立つ瀬も浮かぶ瀬もない。
「相変わらず酔狂なことじゃの」
やれやれと幼女が肩をすくめた。
「……ナイルだ」
ぶっきらぼうな自己紹介。
心楽しくなるような状況ではない。
捕縛され、意味も判らないままこんな店に連れてこられ、あげく幼女に間抜け呼ばわり。
「ふむ。我はマルドゥク。ドラゴンじゃ。ようこそ混ざり者よ」
じっとナイルを見つめる幼女。
すべてを見透かすような視線。
「……ドラゴンだって?」
「そこは説明を要するね」
横合いからセシルが口を挟む。
このマルドゥクというのは黄金竜である。
それも、齢千年を数える古代竜だ。
「そんな歳には見えないんだが……?」
胡乱げな問いかけ。
そもそも人間にしか見えない。
「汝は馬鹿か? 我らが本来の姿で街に住めるわけがなかろう。変身魔法を使っておる」
ゆえに、どんな姿になるのも自由自在だ。
幼女だろうが老婆だろうが、男だろうが女だろうが。
「この姿だと、商店街でいろいろおまけしてもらえるでな。すこしでも家計を助けようという親心じゃ」
胸を反らす。
あまりにもさもしい話だ。
やれやれとナイルが首を振った。
「ひとつ質問があるんだけど、いいかな? ナイル」
真剣な眼差しでセシルが問いかけた。
少年から、やや間合いを置いて。
自然体で立っているが、ごくわずかに右手の指先が屈伸を繰り返している。
対峙した経験のあるナイルには判った。赤毛の女冒険者が即応体勢を取っていることを。
だだ、理由が判らない。
視線で先を促す少年。
「お師匠さんがドラゴンだってことに、どうして驚かなかったの?」
返答次第では斬って捨てる、と、まるで副音声で語っているようだ。
ごくりとナイルが喉を鳴らした。
なんと答える?
ドラゴンもエルフもドワーフも、知識として知っていると正直に話すか。
実際に見たことはなくとも、前世には彼らが登場する作品が溢れかえっていたと。
馬鹿げている。
そんな話を信じてもらえるはずはない。
狂人扱いで済めば良い方だ。
「セシルや。汝もまだまだ修行が足りぬの。我は混ざり者と呼んだぞ?」
助け船は、マルドゥクが出した。
セシルと同じ赤い髪が愉快そうに揺れる。
「混ざり者、ですか? お師匠さん」
「然り。こやつの魂はエオスの民のものではない。どこぞ別の世界に生を受けたものじゃ。それが具合ようこの地に住まう者の身に混ざってしまっておる」
ゆえに混ざり者よ、と、付け加える。
息を呑んだのは、セシルではなくナイルだった。
ぴたりと言い当てられ。
「正鵠を射たようじゃの」
顔色を変えた少年を見て幼女が笑う。
「お師匠さん? つまりナイルは異世界の人間ということですか?」
「魂だけの」
竜と名乗る少女が、二人に座るよう視線で促す。
木製の丸椅子をふたつ、隅から引っ張ってきたセシルが、カウンターの前に置いた。
「異世界からの旅人というのは、昔はそう珍しくなかったのじゃ」
少年と少女が腰掛けるのを待って、マルドゥクが話をはじめた。
それは何百年も昔の話。
ゴールドドラゴンの淑女が、人間でいえば子供だった時代。
風といえば草原を吹き渡る風しか知らなかった、無垢で無知な頃の話だ。
異世界の扉が開くことがあった。
神の悪戯か、悪魔の策略か。
マルドゥクも、幾人かの異世界人の知己を得た。
彼らは驚くほど脆弱で、驚くほどの知識を持っていた。
「セシルや。汝がいま便利に使うておる数字なども、彼らがもたらしたものが原型になっておる」
十進法、度量衡、統一文字。
そういった類のものだ。
だが、いつの頃からか、異世界からの旅人は姿を現さなくなった。
それでもマルドゥクは憶えている。
その気配を、その匂いを、その魂のありようを。
「汝れはニッポンという世界からきた。違うておるか?」
「……違っていない。俺は日本で生まれて日本で死んだ。気付いたら、この世界で生まれていた」
ぽつりぽつりと答えるナイル。
語りたい過去ではないが、語らずに済ますこともできない。
「混ざり者というより迷子みたいだね」
「そうじゃな。魂の迷子といってよかろうよ」
本来、この世界に生まれるはずではない命。
歪な存在。
「だから精神魔術なんてチカラをもってたのかもねー」
ふむふむとセシルが頷く。
ぴくりとマルドゥクの眉が動いた。
「それが、汝がこの小僧を引き受けた理由かの? セシル」
「ですね。殺すには惜しいし、かといって野放しにするのもまずいし。行き場もないだろうから、また犯罪に走られても傍迷惑だし」
けっこうひどい理由であるが、このお節介のおかげで命を救われたナイルとしては、文句の言いようがない。
苦虫を噛み潰したような顔で、むっつりと黙り込む。
「仕方がないの。一理はある。ところで」
ひたと少女を見つめる幼女。
「いくら積んだ?」
「…………」
「我は訊ねておるぞ?」
「……二百です。てへ」
頭に右手を置き、可愛らしく笑ってみせる女冒険者。
次の瞬間、その姿が消えていた。
変わって出現したのは、巨大な竜の生首だ。
金色に輝く鱗。
竜王の名にふさわしい風格だ。頭しか見えないのが残念なくらいである。
セシルが消えたのは、がぶっちょ、という勢いで丸かじりにされたのだ。
「一ヶ月の稼ぎをまるまる注ぎ込みおって。この愚か者が」
口の中に少女を入れたまま、もごもごとドラゴンが説教を垂れる。
人とは口の構造が違うので、だいぶ聞き取りづらいが、ちゃんと大陸共通語だ。
「痛い痛いっ お師匠さんっ 牙刺さってるっ 牙っ」
「このまま噛み砕いてくれようか」
「やめてーっ 反省してますっ してますからっ」
「今月の残り、どうやって暮らすつもりじゃ? 十日後には店賃を払わねばならんのじゃぞ?」
「あたしのへそくりで……」
「ほほう? 我に隠れてへそくりをしておったと? ドラゴンロードたる我が身が、商店街の方々に愛嬌を振りまいて、おまけをしてもらったりしておるのに」
「ひぃぃぃっ すいませんすいませんっ 舌が痛いっ 舐め回さないでっ」
ドラゴンの口の中からくぐもった声が聞こえる。
悲痛そうだ。
楽しそうでもあるが。
ナイルは救助する必要を感じた。
一応は、命を助けてもらった恩もある。
「あの、マルドゥク。そのくらいで」
声をかける。
竜の左目が、ぐり、と睨みつけた。
怖い。
思わず後ずさってしまう。
ものすごい迫力だ。
「ふん。まあ良い」
ぺっとセシルを吐き出すドラゴンロード。
巨大な首がみるみる薄れ、消え、幼女の姿が現れる。
べろべろの涎まみれで、小さな傷をいっぱい作った赤毛の少女が、床でさめざめと泣いていた。
ぐだぐだ感が半端ない。
彼が手も足も出ずに敗北した女冒険者が、いいように弄ばれたあげくに泣いている。
「ううう……ちゃんと次の仕事は決めてきましたよ……」
「大家が店賃を取りにくるまで間に合うのじゃろうな? 我はもう泣き落としは嫌じゃぞ?」
苦い顔をするマルドゥク。
姉妹ということにしている二人が揃って、泣き真似をしながらぺこぺこと大家さんに支払いを待ってくれるよう懇願したのは、二ヶ月前のことである。
長き刻を生きる竜王にとって、それはそれは貴重な経験ではあったが、もう一度やりたいとは、さすがに思わない。
「大丈夫。今度は三人でやれます」
「痴れ者が」
ごっちんと、小さな拳がセシルの頭に振り下ろされる。
「なあ……これはどういう趣旨の寸劇なんだよ……」
両手を広げ、大きなため息を吐くナイルだった。
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