26 / 54
第3章
第26話
しおりを挟む漆黒の放浪魔導師。
この二つ名が付いたことで、少年に恩恵もあった。
盗賊団の討伐でナイルは正式に罪を許され、晴れて魔術協会の協会員として迎えられる運びとなった。
しかも世界でもほとんど存在しない、精神魔術使い。
魔法使いを飛び越えて、いきなり魔導師の称号を贈られる。
「なんとまあ……」
称号とともに協会より贈られた魔法使いの杖を眺め、感心するというより呆れるナイルだった。
もちろん彼は、自分の実力のみが評価された結果でないことを知っている。
サリス伯爵から強力な推薦があったのだ。
厳正中立を謳い文句とし、どこの国にも肩入れせず、どこの国からの圧力にも屈しないとされている協会だが、そこはやはり人間の集団である。
名誉欲も権力欲もある。
数年の間に立て続けに功績を立て、侯爵の位階も射程に収めていると噂されるサリス伯爵とよしみを通じておきたい者はいくらでもいる。
そもそも、各国の宮廷魔術師だって協会から派遣されるのだ。
「尋常なものではないにせよ、出世は出世じゃ。もう少し喜んだらどうじゃ? ナイルよ」
「喜んではいるよ。マルドゥク。ただ、いまひとつ実感が湧かないだけで」
なにしろ魔法学校にすら通ったことのない身だ。
いきなり魔導師といわれても、戸惑うばかりである。
「魔導師だけに、惑うしっ なんちゃてー」
「…………」
「…………」
セシルの冗談で空気が凍った。
「ともあれ」
ナイルが咳払いした。
出世だ出世だと喜んでばかりもいられない事情もある。
身分でメシは食えない。
魔導師になったところで、魔術協会から銅銭一枚の給料がもらえるわけではない。むしろ協賛金という名の上納金を支払わなくてはならないのだ。
ちなみに魔導師の称号を持つ者の場合、協賛金は年間に金貨三百枚で、ナイルがセシルにしている借金より多い。
「初年分をどうやって払うか、考えるだけで頭が痛い」
「何かと思えば、そんなことを悩んでおったのか」
「そんなことてな。マルドゥク」
「我が愛弟子の門出に際して、祝いのひとつもせぬと思うてか?」
「そだよー 不肖の弟弟子ー 協賛金は十年間免除だよー」
「えぇ!? なんで!?」
「弟子を取り立ててくれた礼としての。背中を掻いていたときに落ちた我の鱗を二十枚ほどと、爪研ぎをしていたときに落ちた古い爪をセシルに届けさせたのじゃ。老廃物をありがたがる人間がいるらしいでな」
思わず息を呑むナイルだった。
竜鱗といえば、グリーンドラゴンやブルードラゴンのものだって莫大な値がつく。ドラゴンロードたるゴールドドラゴンの鱗など、逆に貴重すぎて値段などつけられないだろう。
「んで、上納金がわりにって渡したら、協会の人が泣いて喜んでたよー」
「そりゃそうだろうよ……」
それを素材として、どれほどのマジックアイテムが作れるか判らない。
二十枚も鱗があれば、伝説のドラゴンスケイルアーマーだって作れちゃうだろう。
「ばっちいだけだと思うのじゃがな」
「そこは価値観の違いですねー」
「つーか、普通に鱗を売って、その金から上納金を払った方が、ずっと安くついたんじゃないか? それ」
「嫌じゃ」
「嫌じゃて……」
「ナイルのためと思えばこそ、あんなゴミを焼き払わずにセシルに渡したのじゃ。研究機関の魔術協会にくれてやるなら、まだなんとか、ぎりぎり我慢もできるが、金に変えるなど絶対に嫌じゃ」
むうと頬を膨らませ、腕を組む幼女である。
齢千年を超える竜王とは思えない可愛らしさだった。
「あと残るのは、論文提出くらいのもんじゃないー?」
「それもあったか……」
セシルの指摘に少年がげっそりした。
論文など書いたこともない。
「どんなことを書けば良いんだべ……」
「こんな精神魔術があるよってのを紹介すればいいじゃんー」
そもそもほとんど研究の進んでいない分野である。
どんな種類の力があるかすら解明されていないのだ。
「でも、セシルは発火能力のことを知ってなかったか?」
「あたしは特別だって言ったじゃん。宮廷魔術師から聞いたことを少し憶えていただけだよー」
ひとつの国の宮廷魔術師ともなれば、その知識量は半端なものではない。
幼い頃からそういう知識に触れる機会がセシルだからこそ、瞬時にナイルの力の正体に気付いたのである。
「ところで汝ら。客が近づいておるぞ」
きゃいきゃいと騒いでいる弟子たちに警告するマルドゥク。
すっと真顔に戻ったセシルが気配を探る。
「一人、ですね? お師匠さん」
「そうじゃな。よほど自信があるのか。それともただの馬鹿か。さて、どちらじゃろうな」
少女が薄く笑った。
ほぼ同時に、セシル商会の扉が開く。
ちりん、と、ドアベルが鳴った。
10
あなたにおすすめの小説
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる