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第3章
第26話
しおりを挟む漆黒の放浪魔導師。
この二つ名が付いたことで、少年に恩恵もあった。
盗賊団の討伐でナイルは正式に罪を許され、晴れて魔術協会の協会員として迎えられる運びとなった。
しかも世界でもほとんど存在しない、精神魔術使い。
魔法使いを飛び越えて、いきなり魔導師の称号を贈られる。
「なんとまあ……」
称号とともに協会より贈られた魔法使いの杖を眺め、感心するというより呆れるナイルだった。
もちろん彼は、自分の実力のみが評価された結果でないことを知っている。
サリス伯爵から強力な推薦があったのだ。
厳正中立を謳い文句とし、どこの国にも肩入れせず、どこの国からの圧力にも屈しないとされている協会だが、そこはやはり人間の集団である。
名誉欲も権力欲もある。
数年の間に立て続けに功績を立て、侯爵の位階も射程に収めていると噂されるサリス伯爵とよしみを通じておきたい者はいくらでもいる。
そもそも、各国の宮廷魔術師だって協会から派遣されるのだ。
「尋常なものではないにせよ、出世は出世じゃ。もう少し喜んだらどうじゃ? ナイルよ」
「喜んではいるよ。マルドゥク。ただ、いまひとつ実感が湧かないだけで」
なにしろ魔法学校にすら通ったことのない身だ。
いきなり魔導師といわれても、戸惑うばかりである。
「魔導師だけに、惑うしっ なんちゃてー」
「…………」
「…………」
セシルの冗談で空気が凍った。
「ともあれ」
ナイルが咳払いした。
出世だ出世だと喜んでばかりもいられない事情もある。
身分でメシは食えない。
魔導師になったところで、魔術協会から銅銭一枚の給料がもらえるわけではない。むしろ協賛金という名の上納金を支払わなくてはならないのだ。
ちなみに魔導師の称号を持つ者の場合、協賛金は年間に金貨三百枚で、ナイルがセシルにしている借金より多い。
「初年分をどうやって払うか、考えるだけで頭が痛い」
「何かと思えば、そんなことを悩んでおったのか」
「そんなことてな。マルドゥク」
「我が愛弟子の門出に際して、祝いのひとつもせぬと思うてか?」
「そだよー 不肖の弟弟子ー 協賛金は十年間免除だよー」
「えぇ!? なんで!?」
「弟子を取り立ててくれた礼としての。背中を掻いていたときに落ちた我の鱗を二十枚ほどと、爪研ぎをしていたときに落ちた古い爪をセシルに届けさせたのじゃ。老廃物をありがたがる人間がいるらしいでな」
思わず息を呑むナイルだった。
竜鱗といえば、グリーンドラゴンやブルードラゴンのものだって莫大な値がつく。ドラゴンロードたるゴールドドラゴンの鱗など、逆に貴重すぎて値段などつけられないだろう。
「んで、上納金がわりにって渡したら、協会の人が泣いて喜んでたよー」
「そりゃそうだろうよ……」
それを素材として、どれほどのマジックアイテムが作れるか判らない。
二十枚も鱗があれば、伝説のドラゴンスケイルアーマーだって作れちゃうだろう。
「ばっちいだけだと思うのじゃがな」
「そこは価値観の違いですねー」
「つーか、普通に鱗を売って、その金から上納金を払った方が、ずっと安くついたんじゃないか? それ」
「嫌じゃ」
「嫌じゃて……」
「ナイルのためと思えばこそ、あんなゴミを焼き払わずにセシルに渡したのじゃ。研究機関の魔術協会にくれてやるなら、まだなんとか、ぎりぎり我慢もできるが、金に変えるなど絶対に嫌じゃ」
むうと頬を膨らませ、腕を組む幼女である。
齢千年を超える竜王とは思えない可愛らしさだった。
「あと残るのは、論文提出くらいのもんじゃないー?」
「それもあったか……」
セシルの指摘に少年がげっそりした。
論文など書いたこともない。
「どんなことを書けば良いんだべ……」
「こんな精神魔術があるよってのを紹介すればいいじゃんー」
そもそもほとんど研究の進んでいない分野である。
どんな種類の力があるかすら解明されていないのだ。
「でも、セシルは発火能力のことを知ってなかったか?」
「あたしは特別だって言ったじゃん。宮廷魔術師から聞いたことを少し憶えていただけだよー」
ひとつの国の宮廷魔術師ともなれば、その知識量は半端なものではない。
幼い頃からそういう知識に触れる機会がセシルだからこそ、瞬時にナイルの力の正体に気付いたのである。
「ところで汝ら。客が近づいておるぞ」
きゃいきゃいと騒いでいる弟子たちに警告するマルドゥク。
すっと真顔に戻ったセシルが気配を探る。
「一人、ですね? お師匠さん」
「そうじゃな。よほど自信があるのか。それともただの馬鹿か。さて、どちらじゃろうな」
少女が薄く笑った。
ほぼ同時に、セシル商会の扉が開く。
ちりん、と、ドアベルが鳴った。
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