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第3章
第25話
しおりを挟む「ご苦労だったな。セシル」
サリス伯爵が鷹揚にねぎらう。
盗賊団の生き残りを伯爵軍に引き渡し、一応の事務処理を終えた翌日のこと。
最終報告のため、城に訪れたセシルとナイルである。
「危ない局面はありましたけどね。なんとかなって良かったですよ」
「人質の件だな。迂闊だったよ」
「あたしも考えてませんでした。結果として助けることができたんで、良かったんですけどね」
肩をすくめてみせる。
捕虜でも人質でも良いが、そんなものを盗賊が取るとは考えなかった。
慰みものにするために女性を生かしておく、というのは、余裕のある者の発想である。
伯爵軍との戦いのとき、盗賊団は著しい劣勢にあった。
とてもではないが、生け捕りなどという余裕はない。
「しかも、生きてる以上、食わせないわけにはいかないからねー」
「いずれは殺すにしても、な」
セシルの言葉に頷くナイル。
いずれ殺すなら、その場で殺せばいい。
性欲の対象としてアジトに連れて行くというのは意味がないだけでなく有害だ。。
性欲にせよ食欲にせよ満たされてしまえば強敵とは戦えない。何がなんでもぶっ殺す、という餓狼の心が失われてしまうから。
死にたくないと思えば、命を惜しめば、簡単に逃げるし降る。
「事実として盗賊どもは、あと十九人も残っていたのに降伏しましたしね」
少女の言葉はサリス伯爵へ向けたもの。
降伏したところで、幸福な未来など待っていないにもかかわらず。
「なんともちぐはぐな話だな」
右手で下顎を撫でる少壮の領主。
半数の手勢で伯爵軍を破った手腕と新しい戦法。
かとおもえば、補給線のない状態で捕虜を取り、しかもそれを陵辱するという、素人まるだしの行動だ。
あげく、たった二人に降伏するという無様を晒す。
「わけがわからん」
「幕の影で笛を吹いてる人がいるかもーですねー」
「となれば、奴らの処遇も決まってくるな」
すぐには処刑しない。
背後関係の情報を吐かせる必要があるからだ。
さぞ熾烈な拷問がおこなわれることだろう。
サリス伯爵は、けっして甘い男ではない。
「まー そのへんはご随意にとしかー」
にへらと笑うセシル。
ここから先は政略の領分である。
市井のいち商会ごときが口を挟む筋合いはない。
「ただ、銀糸蝶には充分な補償を、と、望みます。イリューズさま」
いつもの間延びした口調ではなく、真剣な眼差しで告げたセシルが頭を下げる。
「当然だな。人質にされた女性たちにも、別口に見舞金を出そう」
「ご厚意、感謝します」
もう一度、深々とお辞儀する少女。
赤い髪が揺れる。
一緒に頭を下げつつ、さすがだな、と、ナイルは思った。
自分たちへの報酬より先に、損害を受けた商売敵を気遣う。
狙ってやっているならあざとさの極致だが、彼の店長さんは、これが素なのである。
自分のことより他人のこと。
口で言うのは簡単だが、誰にでもできることではない。
「もちろん、セシル商会へ報酬にも、イロをつけさせてもらおう」
「あ、いえ。イリューズさま。そのお気持ちだけでけっこうです。最初に約束した額面で充分ですよー」
「そうもいかんだろ? きけば貴重な膏薬も使ったというじゃないか」
マルドゥク謹製、竜の秘薬のことである。
一般に流通するようなものではないし、仮に市場に出たとしても、金貨の二百や三百という値段のわけがない。
最初に約束した報酬額である金貨五百枚では足が出てしまう。
「使ったのはあたしの判断ですからねー べつにほっといても命に関わるような怪我じゃなかったわけだし」
どうしても秘薬に頼らなくてはいけないような局面ではなかった、と、セシルがぱたぱたと手を振る。
「勝手に使った薬の代金を請求するわけにはいきませんてー べつにお金出して仕入れたものでもないですしねー お師匠さんにタダでもらったやつですからー」
「まず、ドラゴンロードからタダでものをもらえるという事態が異常なのだと気付いているかね? セシル」
疲れたようなため息を吐くサリス伯爵だった。
ナイルは沈黙していた。
言えるわけがない。
竜王マルドゥクの手料理を毎日食べていることも、彼がまとっているローブはゴールドドラゴンの皮から作られていることも。
「とにかく、勝手に使った薬で追加報酬とか、そんな阿漕な真似はできないですって」
「だが、これほどの功績に対して、何もしないというのは、私の面子が立たないぞ」
どちらも譲らないのは、面子というものがあるからだ。
増額を呑んでしまえば、セシル商会は必要ない工程で報酬のつり上げをおこなった、と噂されても仕方がない。
逆にサリスにしてみれば、領主の厚意を領民に断られては体裁が悪すぎる。
「あの。伯爵様、セシル。ちょっと良いですか?」
半ば挙手するようにして、意識をこちらに向けさせる。
「一応、どちらの面子も立つ方法があります」
街道を荒らしていた盗賊団が討伐され、首領以下十八名を捕縛したと領主から発表があったのは、タイモールの収穫祭の前日のことであった。
討伐から発表までやや時間が空いたのは、一度目の敗北をもみ消す工作が必要だったからだ。
死亡した私兵や銀糸蝶のメンバーたちには業腹であろうが、盗賊団に敗れて死んだと公表されるよりは、特殊任務中の事故死とされた方がよほどマシである。
盗賊団を壊滅させたのは、かつての英雄、深紅の夜叉公主こと風のセシルと、その相棒「漆黒の放浪魔導師」ことナイル。
報酬額は金貨五百枚。
大金ではあるが、命のやりとりをするほどの額ではない。
ざわつく民衆を前に、宣伝役の兵士が大声を張り上げる。
「伯爵様は仰ったっ! セシルほどの勇者ならば余人に勝る活躍をするのはむしろ当然っ! それをいちいち称揚するのは、かえって非礼にあたろう、と!!」
ざわつきはどよめきに変化した。
領主の言い分は、かなり得手勝手なものであり、まともな論功行賞ではありえない。
だが、こうも堂々と宣言されると、信頼の証のように聞こえるのだ。
「応えて風のセシルは言った! 勝利は大将の采配によって得られるもの。個人の功績にこだわるなど小さなことだ、と!!」
おお! と、聴衆が歓声を上げる。
なんという信頼関係。
セシルならどんな困難でも乗り越えると信じる領主と、その領主を立て、無私の働きをみせる英雄。
民衆が、サリス伯爵とセシルの名を連呼する。
「ナイルのアイデア見事だったねー」
「元ネタがあるのさ」
少年が肩をすくめてみせた。
日本は戦国時代の大名、武田信玄と四名臣の一人である内藤昌豊のエピソードだ。
名臣と呼ばれながらも、感状のひとつも貰ったことのない内藤。そのことに対して信玄がコメントしたとされている内容をアレンジしたのが、先ほどの宣伝武官の文言である。
「ナイルにも二つ名がついたねー 漆黒の放浪魔導師ー」
「あきらかにセシルの添え物だよな。赤と黒とか」
苦笑しつつも、まんざらでもなさそうな表情でお茶を飲み干す少年だった。
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