アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

文字の大きさ
24 / 54
第3章

第24話

しおりを挟む

 二の矢、三の矢。
 続けざまに放たれ、射られたのと同じ数だけ山賊が倒れる。

 絶倫の技量だが、状況は良くない。
 矢を射てしまえば、こちらの場所が知られてしまう。
 そして敵の方が、まだまだ数が多い。

 六本目の矢を放ったところで、セシルは遠距離からの攻撃を諦めて短弓と矢筒を投げ捨てた。
 これで、二対三十。

「二対四十より、ずっと勝算が高いってもんよっ」

 腰の隠しから竜爪刀ドラグファングを抜き放ち、木立の間から躍り出る。

深紅くれない夜叉公主おにひめの名を怖れない者からかかってきなさいっ!」

 その異名を耳にしたことがある者がいたのだろうか、ほんの一瞬、動揺する盗賊たち。
 砂時計からこぼれ落ちる砂粒の数が数えられそうな、わずかな時間だ。

 しかし、この局面で一瞬を失うのは、永遠を失うに等しい。
 駆け抜けざまに振るわれる短刀。

 紅の疾風が二歩も三歩も先に進んだ後、首の動脈を断ち切られた盗賊が噴水のように鮮血を吹き上げながら倒れた。

 もちろんセシルは、哀れな盗賊の末路など見てもいなかった。
 さらに加速して、次の相手に襲いかかっている。

 水平に薙ぎ払われる山刀を大きく跳んで回避した少女。
 空中で一回転して右の踵落とし。
 のけぞって避けようとした盗賊の脳天から股下へと、ブーツの先に生えた刃が切り裂いた。

「二人目っ」

 着地と同時に前転して、振り下ろされた山刀を空振りさせる。
 転がりながら左手が閃き、飛針という棒状の暗器が、盗賊の両目に突き刺さった。
 絶叫が響き渡る。

「三人っ」

 ばんと地面を叩いて起きあがり、突きかかってきた賊の攻撃を紙一重で避けながら右手を突き出す。
 竜爪刀に肝臓を貫かれた男がセシルにすがりつき、血泡を吹きながら、そのままずるずると崩れ落ちた。

「これで、四人、と」

 返り血で半面を染めた少女が微笑する。
 圧倒的な迫力に物理的な痛みすら感じて、盗賊どもがじりじりと後退した。

「もう終わり? あたしと踊ろうって馬鹿は、もういないの?」

 笑みを絶やさぬまま睨みつける。
 恐怖を感じつつも、盗賊たちは何とか踏みとどまっていた。

 押し包んで、地面に引き倒してしまえば、小柄な娘のひとりくらいなんとでもなる。

 だが、引き倒すまでに犠牲になるであろう何人かに、自分が入りたくないから突撃を躊躇うのだ。
 逡巡する盗賊たち。

 一人の首が、ごろりと落ちた。
 またしても吹き出す鮮血。

 いつやられた?
 きょろきょろと周囲を見まわす。
 セシルはもちろん正解を知っているが、わざわざ教えてやるつもりなどなかった。

「俺の分の獲物は、まだ残ってるかい?」

 声とともに茂みから現れる影。
 一目で魔法の品物マジックアイテムと判る美々しい長衣をまとう黒髪の魔法使いだ。
 
 ゆっくりと進む少年に気圧され、盗賊どもが距離を取ろうとする。
 セシルから注意を逸らすという愚を犯して。

 この状況で隙に付け込まないほど、赤毛の女冒険者は甘くも温くもない。
 たん、と踏切り、近くにいた盗賊を二人ほど血祭りにあげる。

 棒立ちだった賊どもが、ようやく戦闘中なのだと思い出したときには、さらに四名ほどが冥界の門をくぐっていた。
 セシルの竜爪刀とナイルの真なる風によって。
 危なげなく合流し、背中合わせになる少年と少女。

「のこり十九。魔力は?」
「ちょっときつい。人質助けるのに力を使いすぎた」

 互いの耳にだけ聞こえる会話。
 顔には酷薄な笑みを貼り付けたまま。
 戦闘開始から数えて十五人ほど屠っているが、まだまだ敵の方がずっと多い。
 セシルの体力もナイルの魔力も、わりと限界が近い。

 良くない状況である。
 人質がいたことが計算外だった。
 ふ、と息を吐き、セシルが冷たい目を頭目に向けた。

「まだやる?」

 良く通る声。
 女性ゆえやや高いので迫力がいささか足りないが、ここまでの戦闘ですっかり腰の引けている盗賊たちには充分だろう。

「まあ、全員が死なないと俺の要求が叶えられないというなら、それはそれでかまわないが」

 ナイルが続ける。
 そもそも要求など何ひとつしていない。

 ぎらぎらとした目で睨みつける頭目。
 捕まれば死罪。それは周知の事実だが、このままでも殺されるだけ。

「どうする? ここで死ぬ? それとも神妙にお縄につく?」
「選べよ。そんなに難しい問題じゃないだろ?」

 少年の言葉が酷薄に響く。
 今死ぬのも後で死ぬのも同じ、と、自棄になられるのがじつのところ一番困る。
 降伏すれば、命だけは助けてもらえるかもしれない。
 そういう希望を抱かせることが肝要だ。

 ただし、あまり熱心に降伏勧告をおこなうと、こちらがもう戦いたくないと思っていることがばれてしまう。
 そのあたりの兼ね合いが苦心のしどころだ。

「ど、どうせ殺されるんだ! だったら……」

 なお戦意を失わない盗賊が、なにか喚こうとする。
 しかし最後まで言い切ることができなかった。
 側頭部から矢を生やし、漂白された表情で倒れ込む。

 セシルの攻撃でもナイルの魔法でもない。
 盗賊たちも驚いたが、セシルとナイルも驚いた。

 しかし、戦士は顔に出してはいけないというマルドゥクの教えの元、無表情を保つ。
 ちらりとナイルと視線を交わし、セシルが大声を張り上げる。

「まだ交渉中だ! 攻撃は控えよ! 決裂したらいくらでも射ってよし!!」

 ひどいハッタリだ。
 矢を放ったのはこちらの味方だと、いちはやく宣言してのけた。
 
 誰が射たのかをセシルは知らない。
 知らないが、これを奇貨として主導権を確定させてしまう。

「話が逸れたな。さあ選べ。降伏か闘死か。どちらでも歓迎してやろう」

 半月をかたどるセシルの唇。
 覗いた八重歯が、愛くるしさよりも禍々しさを印象づける。
 数瞬の沈黙。

 無言のまま、頭目が蛮刀を捨て、地面に跪いた。
 のろのろと続く盗賊ども。
 どうやらこれで戦闘終了のようである。

「ナイル」
「ああ」

 セシルの指示を受け、少年が腰に提げたロープ束を外した。
 盗賊たちを拘束するためである。




「ジャニス。きみの仕業だったんだね」

 盗賊たちを縛り上げたのち、弓を捨てた場所へと戻ったセシルが見たものは、 血が流れる胸をおさえて、凄絶な笑みを浮かべる褐色の髪の女と、その肩を抱く金髪の女だった。

「私だって冒険者の端くれよ。あまり舐めないで」
「べつに舐めてないけどさー 無茶すぎるでしょ」

 なんとこの女冒険者は、セシルが捨てた弓矢を拾って盗賊を攻撃したのである。
 降伏の呼び水となる素晴らしい一撃だったが、セシルが言うように無茶すぎる行動だ。

 弓矢というのは全裸で扱うものではない。
 まあ、全裸で振るうことを前提とした武器というのは少ないだろうが、女性の場合は、とくに弓はまずい。
 弦で胸を切ってしまうのである。

「でも、ありがと。助かったよ」

 腰のポーチから軟膏を取り出し、ざっくりと切れた豊かな右胸に塗ってやる。
 ゆっくりとだが傷口が塞がってゆく。

「お師匠さん特製の傷薬だから、傷跡は残らないと思うけど。良かったね。乳首が取れちゃわなくて」

 並のポーションなどよりはるかに高い効果を誇る竜の霊薬ではあるが、さすがに欠損部位の復元はできない。

「ちょっと……生々しいこと言わないでよ……」

 丁寧に説明するセシルに、ジャニスが嫌な顔をした。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...