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第3章
第23話
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山間にぽっかりと口を開けた洞窟。
おそらくは鍾乳洞だろう。盗賊団の根城と思しき場所だ。
「これは、なかなか厄介だねー」
遠望したセシルが肩をすくめてみせる。
見張りが立ち、せわしなく盗賊どもが出入りしていた。
セシルとナイルが歩哨を倒した翌日のことである。
おそらく死体が発見されたのだろう。
にわかに動きが慌ただしくなってきた。
「迷ったら終わりってのは、さすがにな」
天然の洞窟というのは、人間が意図しない形に形成されてゆく。
出入り口がここだけとは限らないし、内部の構造など、居住している盗賊たちだって完全に把握し切れてはいないだろう。
つまり、内部に入りこんでの戦いは危険だということである。
「となると、やっぱり」
「待ちの一手しかないってことだな。地味なことだ」
小声で交わす会話。
距離にして百メートル以上は離れているが、無意味に騒いで良いことなどひとつもない。
「ここから、ちくちくと嫌がらせ攻撃をするって手もあるけどねー」
「具体的には?」
「あたしの矢だと、発射地点がばれちゃうかもだから、ナイルの魔法ー」
「真なる風で見張りを殺すか」
「や。もっと派手なのが良いかなー 紅蓮の魔手のが良いかも」
やたらと痛々しいネーミングの魔法は、ナイルの超能力である。
真なる風とは、真空の刃を撃ち出すもの。
紅蓮の魔手とは、パイロキネシス。
他にも、邪なる拘束とか、不可視の魔弾とか、かなりアレな感じの技名をつけた。
もちろん理由がある。
精神魔術というのは研究者が少なく、当然のように研究もあまり進んでいない。
無詠唱はともかく、発動言語なしでの発動は、少しばかりまずい。
魔族だと思われる可能性もあるからだ。
そこで、セシル、マルドゥク、ナイルの三人は知恵を絞り、無詠唱の高度なオリジナル魔法、という体裁にしたのである。
できるだけ仰々しく、かなりキラキラした感じに。
「紅蓮の魔手か……あまり人間には使いたくないんだけどな」
火焔魔法と類似したパイロキネシス。
見た目のインパクトはあるが、人が燃えるシーンというのは、見ていて気持ちの良いものではない。
「んにゃ。ここで一人二人倒しても意味ないから、威嚇でいいー ほら、あたしと初めて会ったときに使った、火柱あるじゃんー」
「ああ。あれか。名前もまだつけてないけど」
「なんかかっちょいい名前を、つけちゃおうー」
「火炎柱でよくね?」
「天穿つ焔の槍にしようっ」
「またそれ系かよ……」
苦笑しつつ、洞窟の前に立つ見張りを注視するナイル。
入口の前はちょっとした広場になっている。
見張りの足元から火柱が吹き上がった。
絶叫とともに尻餅をつく盗賊ども。
が、服にも髪にも火は着いていない。
炎の方がうまく避けたのだ。
「おおう……かなり細かくコントロールできるぞ……これ」
「日頃の鍛錬が役に立ったねー」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化している洞窟前を見ながら、二人が笑みを交わす。
アジトを攻撃したのは、場所を知っているぞ、という表明だ。
これを定期的に繰り返せば、盗賊どもの精神を削ることができるだろう。
長いことではない。
一昼夜もやれば、盗賊団の首魁は決断しなくてはならなくなる。
このままじわじわと削られるか、全滅覚悟で打って出るか。
「あるいは、勝算なしと見て降参するかー」
「するかねぇ?」
「しないんじゃない?」
「だよな。そんなに往生際が良いやつが、盗賊なんかに身を落とさないよな」
これだけのことをしでかしたのだ。捕まれば極刑しかない。
彼自身が救われたのは、逮捕したのがセシルであったという幸運による部分が大きいのだ。
今回も同じ。
もしこの時点で、盗賊どもが武器を捨て、這い蹲って許しを請うたなら、赤毛の少女は、サリス伯爵に口を利いてやるくらいのことはするだろう。
それによって命が助かるかまでは、なんともいえないところだが、奴隷に落とされるくらいで済むかもしれない。
「さって、どう出るかな」
ぺろりと上唇を舐める少年。
盗賊団は追い込まれた。
これ以降、時間をかければかけるほど状況は悪くなってゆく。
どう打開しようとするか。
その答えが出たのは、数分後のことである。
頭目らしき屈強な男が洞窟の前に姿を現す。
剃り上げた頭、筋骨隆々な体つき、だが偉丈夫と称するには無理があった。
男の見た目ではなく行動が。
彼は鎖を持っており、それは二人の女性の首へと伸びていたから。
首に鎖が巻き付けられた裸の女。
暴行の後も生々しい姿で、よたよたと広場に引き出される。
「取引がしたい!」
男の声が、森の中に木霊する。
「……ジャニス……シシリィ……」
ぎり、という歯ぎしりとともに、ナイルの耳道にセシルの声が滑り込んだ。
慌てて振り返った黒い瞳に映ったのは、すでに弓を構えている相棒の姿だった。
聞こえたのは歯ぎしりの音ではない。
弓弦を引き絞る音だ。
「人質がいる可能性。そういえばそんなのもあったわね」
平坦な台詞。
鎖に繋がれている二人の女性はセシルの知己だ。
銀糸蝶の構成メンバーである。
そこまで親しいわけではないが、数少ない女冒険者同士、幾度か食事や酒宴をともにしたことがあった。
「ナイル。きみは逃げて」
紅の瞳に炎を燃やし、一方的に告げる。
触れれば切れそうな硬質さだ。
本気で怒ったとき、セシルはこういう状態になるのかと、こんな場合だがナイルは奇妙なおかしみを感じたが、新発見を喜んでいる場合ではない。
ゆっくり手を伸ばし、紅い頭を撫でる。
「落ち着け。セシル」
「あたしはおちついてるよ」
「落ち着いてるやつは、無言で弓なんか構えない」
「…………」
「まかせろ。何をするにしても、まずはあの女性たちを解放してからだ。人質にされたままじゃ何もできない」
ぽんぽんと軽く頭を叩いてやる。
「……年下のクセに」
「たまには頼り甲斐のあるところを見せないと、クビになっちまうからな」
不器用にウインクし、盗賊たちを見据える。
きん、と、かん高い音を立て、女性たちを拘束する鎖が断ち切れた。
驚く賊ども。
「何を差し出して命乞いするつもりだ? 薄汚れた犯罪者ども」
響き渡るナイルの声。
前後左右、すべての方向から。
音の伝導率を操っているのだ。真空の刃を操ることに比べたら、手すりに掴まって歩くようなものである。
「この女どもの命が惜しかったら……!?」
蛮刀を抜いた頭目が目を見張った。
人質たちが、ふわりと宙に浮かんだのである。
力無く両手で胸を隠してうずくまる女たちが、見えない繭に包まれているかののように、すっと移動してゆく。
呆然と立ちすくむ盗賊ども。
「女がどうしたと?」
あざけりを含んだ声が響く。
声だけなので盗賊には判らないが、ナイルはものすごく必死な形相である。
荷車を押すのとはわけが違う。
サイコキネシスで人間二人を完全に浮かせ、そのまま移動させているのだ。
使う力もコントロールも鍛錬とは段違い。しかも失敗は許されない。
自失から脱した盗賊ともが女を取り戻そうと動く。
「セシル……切り離し成功だ……安全圏に飛ばすまで援護を頼む」
脂汗を流し、相棒にだけやっと聞こえる声で依頼する。
「了解っ」
声とともに放たれる矢。
人質に掴みかかろうとした盗賊の首を貫いた。
おそらくは鍾乳洞だろう。盗賊団の根城と思しき場所だ。
「これは、なかなか厄介だねー」
遠望したセシルが肩をすくめてみせる。
見張りが立ち、せわしなく盗賊どもが出入りしていた。
セシルとナイルが歩哨を倒した翌日のことである。
おそらく死体が発見されたのだろう。
にわかに動きが慌ただしくなってきた。
「迷ったら終わりってのは、さすがにな」
天然の洞窟というのは、人間が意図しない形に形成されてゆく。
出入り口がここだけとは限らないし、内部の構造など、居住している盗賊たちだって完全に把握し切れてはいないだろう。
つまり、内部に入りこんでの戦いは危険だということである。
「となると、やっぱり」
「待ちの一手しかないってことだな。地味なことだ」
小声で交わす会話。
距離にして百メートル以上は離れているが、無意味に騒いで良いことなどひとつもない。
「ここから、ちくちくと嫌がらせ攻撃をするって手もあるけどねー」
「具体的には?」
「あたしの矢だと、発射地点がばれちゃうかもだから、ナイルの魔法ー」
「真なる風で見張りを殺すか」
「や。もっと派手なのが良いかなー 紅蓮の魔手のが良いかも」
やたらと痛々しいネーミングの魔法は、ナイルの超能力である。
真なる風とは、真空の刃を撃ち出すもの。
紅蓮の魔手とは、パイロキネシス。
他にも、邪なる拘束とか、不可視の魔弾とか、かなりアレな感じの技名をつけた。
もちろん理由がある。
精神魔術というのは研究者が少なく、当然のように研究もあまり進んでいない。
無詠唱はともかく、発動言語なしでの発動は、少しばかりまずい。
魔族だと思われる可能性もあるからだ。
そこで、セシル、マルドゥク、ナイルの三人は知恵を絞り、無詠唱の高度なオリジナル魔法、という体裁にしたのである。
できるだけ仰々しく、かなりキラキラした感じに。
「紅蓮の魔手か……あまり人間には使いたくないんだけどな」
火焔魔法と類似したパイロキネシス。
見た目のインパクトはあるが、人が燃えるシーンというのは、見ていて気持ちの良いものではない。
「んにゃ。ここで一人二人倒しても意味ないから、威嚇でいいー ほら、あたしと初めて会ったときに使った、火柱あるじゃんー」
「ああ。あれか。名前もまだつけてないけど」
「なんかかっちょいい名前を、つけちゃおうー」
「火炎柱でよくね?」
「天穿つ焔の槍にしようっ」
「またそれ系かよ……」
苦笑しつつ、洞窟の前に立つ見張りを注視するナイル。
入口の前はちょっとした広場になっている。
見張りの足元から火柱が吹き上がった。
絶叫とともに尻餅をつく盗賊ども。
が、服にも髪にも火は着いていない。
炎の方がうまく避けたのだ。
「おおう……かなり細かくコントロールできるぞ……これ」
「日頃の鍛錬が役に立ったねー」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化している洞窟前を見ながら、二人が笑みを交わす。
アジトを攻撃したのは、場所を知っているぞ、という表明だ。
これを定期的に繰り返せば、盗賊どもの精神を削ることができるだろう。
長いことではない。
一昼夜もやれば、盗賊団の首魁は決断しなくてはならなくなる。
このままじわじわと削られるか、全滅覚悟で打って出るか。
「あるいは、勝算なしと見て降参するかー」
「するかねぇ?」
「しないんじゃない?」
「だよな。そんなに往生際が良いやつが、盗賊なんかに身を落とさないよな」
これだけのことをしでかしたのだ。捕まれば極刑しかない。
彼自身が救われたのは、逮捕したのがセシルであったという幸運による部分が大きいのだ。
今回も同じ。
もしこの時点で、盗賊どもが武器を捨て、這い蹲って許しを請うたなら、赤毛の少女は、サリス伯爵に口を利いてやるくらいのことはするだろう。
それによって命が助かるかまでは、なんともいえないところだが、奴隷に落とされるくらいで済むかもしれない。
「さって、どう出るかな」
ぺろりと上唇を舐める少年。
盗賊団は追い込まれた。
これ以降、時間をかければかけるほど状況は悪くなってゆく。
どう打開しようとするか。
その答えが出たのは、数分後のことである。
頭目らしき屈強な男が洞窟の前に姿を現す。
剃り上げた頭、筋骨隆々な体つき、だが偉丈夫と称するには無理があった。
男の見た目ではなく行動が。
彼は鎖を持っており、それは二人の女性の首へと伸びていたから。
首に鎖が巻き付けられた裸の女。
暴行の後も生々しい姿で、よたよたと広場に引き出される。
「取引がしたい!」
男の声が、森の中に木霊する。
「……ジャニス……シシリィ……」
ぎり、という歯ぎしりとともに、ナイルの耳道にセシルの声が滑り込んだ。
慌てて振り返った黒い瞳に映ったのは、すでに弓を構えている相棒の姿だった。
聞こえたのは歯ぎしりの音ではない。
弓弦を引き絞る音だ。
「人質がいる可能性。そういえばそんなのもあったわね」
平坦な台詞。
鎖に繋がれている二人の女性はセシルの知己だ。
銀糸蝶の構成メンバーである。
そこまで親しいわけではないが、数少ない女冒険者同士、幾度か食事や酒宴をともにしたことがあった。
「ナイル。きみは逃げて」
紅の瞳に炎を燃やし、一方的に告げる。
触れれば切れそうな硬質さだ。
本気で怒ったとき、セシルはこういう状態になるのかと、こんな場合だがナイルは奇妙なおかしみを感じたが、新発見を喜んでいる場合ではない。
ゆっくり手を伸ばし、紅い頭を撫でる。
「落ち着け。セシル」
「あたしはおちついてるよ」
「落ち着いてるやつは、無言で弓なんか構えない」
「…………」
「まかせろ。何をするにしても、まずはあの女性たちを解放してからだ。人質にされたままじゃ何もできない」
ぽんぽんと軽く頭を叩いてやる。
「……年下のクセに」
「たまには頼り甲斐のあるところを見せないと、クビになっちまうからな」
不器用にウインクし、盗賊たちを見据える。
きん、と、かん高い音を立て、女性たちを拘束する鎖が断ち切れた。
驚く賊ども。
「何を差し出して命乞いするつもりだ? 薄汚れた犯罪者ども」
響き渡るナイルの声。
前後左右、すべての方向から。
音の伝導率を操っているのだ。真空の刃を操ることに比べたら、手すりに掴まって歩くようなものである。
「この女どもの命が惜しかったら……!?」
蛮刀を抜いた頭目が目を見張った。
人質たちが、ふわりと宙に浮かんだのである。
力無く両手で胸を隠してうずくまる女たちが、見えない繭に包まれているかののように、すっと移動してゆく。
呆然と立ちすくむ盗賊ども。
「女がどうしたと?」
あざけりを含んだ声が響く。
声だけなので盗賊には判らないが、ナイルはものすごく必死な形相である。
荷車を押すのとはわけが違う。
サイコキネシスで人間二人を完全に浮かせ、そのまま移動させているのだ。
使う力もコントロールも鍛錬とは段違い。しかも失敗は許されない。
自失から脱した盗賊ともが女を取り戻そうと動く。
「セシル……切り離し成功だ……安全圏に飛ばすまで援護を頼む」
脂汗を流し、相棒にだけやっと聞こえる声で依頼する。
「了解っ」
声とともに放たれる矢。
人質に掴みかかろうとした盗賊の首を貫いた。
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