アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第3章

第22話

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 小さな戦争という意味である。

 不正規部隊による奇襲や待ち伏せなど、正攻法ではない戦い方だ。
 主に使われるようになったのは第二次大戦のあたりから。
 装備や連度で劣る民兵などが選択するのは、こういう方法しかなかった。

 ただ、考え方自体はかなり昔から存在する。
 遊撃といって孫子そんしの兵法などでも紹介されている。

「つまり、盗賊団は、その遊撃戦とやらで戦った、というわけじゃな」

 話を聞き終えたマルドゥクが、ふむと頷いた。

「資料を見たり、話を聞いたりしましたけど、だいたいそんな感じですねー」

 ティースプーンをぴこぴこと振るセシル。
 卑怯だったとか、まともな戦い方じゃないとか、そんな声がちらほらと聞かれた。

 請け負った(押しつけられた)盗賊退治の依頼について、たった三人の戦略会議である。

「戦いに卑怯もへったくれもない、というのは、歴史を知っている俺だからいえることだろうな」

 ナイルが下顎に手を当てた。
 中世以前の戦争というものは、軍隊と軍隊のぶつかり合いである。
 非戦闘員や民間人が巻き込まれるというケースは少ない。

 もちろん、敗残兵が村などに逃げ込み暴虐の限りを尽くす、などということはいくらでもあったが。

 堂々たる会戦こそが軍隊の本領だ。
 隠れて奇襲とか、狩猟用の罠を使うとか、ただ勝てばいいという発想は、この時代にはない。

 それに、ゲリラ戦は寡兵を持って大軍とも戦えるが、その後に国土が荒廃するという弊害がある。
 利用できるものはなんでも利用して勝利を模索するためだ。

 そういう焦土戦術を選択してまで勝とうとする民は、基本的に存在しない。
 支配者が誰であろうと、民衆には関係がないからである。

「つまり、盗賊どもは負ければ後がないゆえ、そのような策を用いた、ということじゃな? ナイルよ」

「たぶんな」
「となれば、少しばかり厄介じゃぞ。セシル」
「ですねー 覚悟を決めた連中ってのは、厄介ですから」

 師匠の淹れてくれたお茶を飲み干し、赤毛の冒険者が腕を組んだ。
 現在に絶望するものは、未来を想定しない。
 どんな手でも使ってくるだろう。

 最悪、そのへんの村人を人質に取るとか、そういう手段だって取りかねないのだ。
 そういう連中が相手となれば、まともな戦いにはなりようがない。

「どーしますかねー」
「その顔は、すでになんぞ思いついている顔じゃな。セシルよ」
「盗賊さんたちは、一度勝利しました。そのあたりにつけ込む隙がないかなーと」

 にふふふと笑う風のセシル。
 頼もしそうにマルドゥクが頷いた。

「では作戦立案をよろしくの」

 ナイルが、やや不思議そうな顔をする。

「深紅の夜叉公主ってのは、マルドゥクのことだよな?」
「少し違うな。ナイルよ。我は戦うことができるが、策を立てることはできぬ。そちらはセシルの領分じゃ」

「そうなのか?」
「然り。我はセシルの献策に従い、戦ったまでじゃな」

 どのポイントに突撃するか。
 それによって敵がどう乱れるか。
 どの将を倒せば指揮系統が瓦解するか。
 立て直させないためにはどこを潰せばいいか。

 そのプランがあったから、たった一人で最大の効果を上げることができた。
 そして最初の攻撃のあとは、セシル自身が、馬に変身したマルドゥクにまたがり、サリス軍を指揮していた。

「ようするにー あたしとお師匠さんの二人で、深紅の夜叉公主なのさー」




 暗い暗い森の中。
 下草を掻き分け、男たちが進む。

 四人。
 粗末な皮鎧や山刀で武装している。
 おそらくは歩哨だろうが、とくに警戒している様子はない。
 雑談などを楽しみつつ歩いている。

 そのうちの一人が、突然倒れた。
 胸から矢を生やして。
 一瞬の自失。

「て!?」

 きしゅう、と続けたかったのだろうが、叫ぼうとした男の頭が、驚愕の表情のまま転がる。
 噴き出した血が緑の木々を赤く染めた。

 異常な光景のなか、眉間を矢で貫かれた男が仰向けに倒れ込んだ。
 最後に残された一人が、首に下げていた笛を吹き鳴らそうとする。
 が、どうしても掴めない。
 なぜなら、彼の右腕は肘から先がなくなっていたから。
 その事実に気付き、目を見張ったとき、彼の人生は幕を下ろしていた。
 滑稽なほど軽い音を立て、首が地面に転がる。

「まずは四人……だな」

 大きく息を吐いたナイルが呟いた。
 男どもから、十メートルほど離れた場所。
 木立の影から現れる。

「ごめんね。ナイルにまで手を汚させちゃって」

 がさりと枝葉が鳴り、声とともにセシルが降ってきた。
 赤毛の少女の身体能力ならとくに危険はないだろうが、両腕を伸ばして少年が受け止める。

「いいさ。いずれは通る道だ」

 覚悟を決めた顔に浮かぶ苦笑。

 盗賊の数は四十。
 討伐隊の連中は半数は倒したと言っていたが、そんなものをセシルもナイルも信じなかった。まったく減っていない、という計算の元に動いている。

 ともかく、四十人のならず者を、ただの一人も殺さずに制圧できるか、という問題である。

「でも、ごめん」
「俺に気をつかって、セシルが無理をする方が嫌だよ。俺たちは相棒だろ?」

 下僕、助手、相棒と、進化を遂げてきた。
 次のステップは、恋人というあたりだろうが、なかなかにハードルが高そうである。

「気を引き締めていこう。まだ一割をやっつけただけだ」
「だね」

 ふ、と息を吐き、セシルが頷いた。
 するりするりと移動してゆく二人。
 歩哨が戻らないと知った盗賊たちは、次にどういう行動を取るか。

 捜索隊を出すか、至近に迫る危険を察知して、この土地から退去するか。
 後者であるなら良い。

 サリス伯爵領で問題を起こすのでなければ、ナイルにもセシルにも関係のないことだ。
 不人情なようだがこればかりは仕方がない。
 他領の治安に関してサリス伯爵は裁量を持っていないし、口を挟むこともできないのだから。

 しかし、その可能性はほとんどないとセシルは読んでいる。
 討伐隊を打ち破り、盗賊たちは自分の力に自信を持った。
 多少の犠牲が出たくらいで、逃亡は考えまい。

「次の一手をどう打つかで、彼らの力量が判るよー」
「そうなのか?」

 森の中を移動しながら少年と少女が会話を交わす。

「捜索隊を出すなら、彼らは三流。最初の勝利はまぐれフロックってことだねー」

 辛辣なことを言うセシル。

 彼女は、ひとつの心理戦を仕掛けたのである。
 盗賊たちのゲリラ戦術を、セシル自身が使用してみせることによって。

 自分が使った戦法を相手が使うとは、普通はなかなか考えない。
 これは、お前らの手の内は知っているぞ、という警告であると同時に、挑発だ。

「相手に頭があれば、挑発になんか乗らないよー」

 本拠地に集合して全方位に索敵と警戒の目を広げ、不意打ちに備える。
 ゲリラ戦を挑んでくる相手に対して、兵力を分散するのは愚の|骨頂だ。
 動かずに、焦れて飛び出してくるのを待つ。

 根比べだ。
 それができるなら、盗賊団の頭目はかなりの統率力と戦術眼を持つということになる。

「けど、たとえば本拠地に籠もられたら、こっちとしては手が出せなくなるんじゃないか?」

 ナイルの指摘はもっともである。
 四人やっつけたから、これで二対三十六。
 一ヶ所に集まられていては、勝負になどならない。

「手を出す必要なんかないじゃんー」
「なんでだよ……て、そうか」

 疑問を呈しようとしてナイルは気付いた。
 盗賊団に補給などない。
 動かずにいれば飢えるだけである。

「せいかいー でもあたしたちは、お師匠さんがエサを持ってきてくれるから飢える心配はないじゃんー 一週間でも半月でも、持久戦に付き合ってあげられるのさー」
「えらく長期的な展望だな……」

「んにゃ。そんな長期にはならないよー 徒党を組んで盗賊なんかやろうって人が、きちんと備蓄の管理とかできるわけないしー」

 金がなくなったら旅人を襲って金を奪う。
 腹が減ったら村を襲って食料を奪う。
 女を抱きたくなったら誘拐する。
 獣以下のメンタリティだ。

「ちゃんと軍団として運営されてる盗賊団なんて、あったらびっくりだよー」
「じゃあ、二、三日だな」
「さすが経験者。予測が的確だねっ」

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