アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第4章

第29話

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 マシアス王との謁見は長時間には及ばなかった。
 形式的なやりとりをいくつか繰り返し、後々のことはテリオスに委ねるという言葉で締められた。

「ここまでは、上手くいったようじゃの」
「ですねー だいたいは思惑通りですよ。たぶん相手にとっても」
「じゃろうな」

 シニカルな表情を浮かべる愛弟子に頷く師匠。
 きょとんとしたのはナイルである。

「相手にとっても?」
「うん。まるっきり意に添わない提案を、王様が呑むわけないからね」
「なるほどな……」

 正論を振りかざすだけでは交渉事はまとまらない。
 人間というのは、正しいから従うわけではないのだ。

 まして国政である。
 利害関係とか、派閥とか、さまざまなしがらみが複雑に絡み合う。

「王としては、テオに責任を押しつけられるなら、万々歳ということか」
「だねー 利害が一致したってことー」

 セシルとしては国に縛られるつもりはない。
 王としても、市井の一商会ごときに国政に口を出されたくない。
 ゆえに、テリオスに全権を渡してしまい、成功も失敗も彼の責任にしてしまうのだ。

「どちらからも利用される格好となったテリオスこそ、良い面の皮じゃがな」
「そう思ったら、俺を引き合いに出すんじゃねえよ」

 割り込む声。
 客室の扉に寄りかかるようにしてテリオスが立っていた。
 近衛士官の美々しい制服をまとって。

「おおー かっちょいいねー」

 無責任にセシルが褒め称え、青年騎士が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「まあー あたしたちみたいな悪徳商会に引っかかったのが運の尽きだねー」
「まったくだよ」

 苦笑しながら、テリオスが席に着く。

「陛下に言われたよ。お前は良い友を持ったってな。また舌先三寸で丸め込んだんだろ」
「ああ。俺から見ても見事だった」

 両手を広げてみせるナイルである。
 彼自身は謁見の間で一言も口を利いていないので、無責任な観客に徹することができた。

「で、この後どうするんだ? セシル」
「常識的なところで、オルト王国に潜入だろうねー」

「盗賊狩りはしないのか?」
「きりがないからねー」

 ティースプーンをぴこぴこと振る少女。

 盗賊団を作ることなど容易い。
 食い詰めた村人たちに策と私掠しりゃく許可を与えて、アイリンに放つだけ。
 これをいちいち潰しても得るものはなにもない。

「私掠許可証でも回収できれば話は別だけどさー そんな証拠残すわけないからねー」
「だが現実、盗賊の被害は各地で相次いでいる。放置するのはまずいぞ」
「同じ手で戦えばいいとおもうよー こっちが堂々とした会戦にこだわるから不利になってるだけだからね」

 ゲリラ戦術にはゲリラ戦術で対抗する。
 装備も連度も人数もずっと上。
 同じ戦術をとって王国軍が敗北する理由がない。

「騎士のプライドが邪魔するってゆーならー 冒険者や野伏や猟師を雇うって手もあるしねー」

 その場合、大切なのは王国軍が冒険者たちの戦い方に口を挟まないことだ。

「イリューズさまの部隊が負けた理由も、たぶんそこだろうし」

 サリス伯爵軍も、銀糸蝶も、正規軍の戦い方に慣れすぎてしまっていた。
 その弱点を突かれた格好である。
 精強な部隊であればあるほど、正面決戦に自信を持っているものだ。

「ふむ……」
「それに、すごく言い方は悪いんだけどね。盗賊団をいくら潰したって、オルトは痛くも痒くもないんだよねー」
「そうか。もともと食い詰め者だから」

 ぽんと手を拍ったのはナイルである。

 先兵として放った盗賊団だが、べつにオルトの正規兵ではない。
 飢饉などで食えなくなった貧しい村人に戦い方と幾ばくかの武器を与え、国の外に放逐しただけ。
 死のうが生きようが知ったことではないだろう。

「悪辣な……」

 ぐっと拳を握るテリオス。
 彼はけっこう激情家のところがあり、民の苦しみなどにも敏感に反応する。

「口減らしと嫌がらせを兼ねた素敵な策だねー」

 セシルの微笑には、悪意のスパイスがたっぷり振りかけられている。

「ぬう……」
「けど、それってスタンダードな策なのか? セシル」

 むっつりと腕を組むテリオスを横目にナイルが訪ねた。

「ぜんぜん? 思いついたやつは天才じゃね?」

 悪意の天才。

 そんなものが存在するなら、まさにそれだ。
 人間というものをここまで道具扱いするのは、ちょっと珍しいだろう。

「ふうむ」

 ナイルも腕を組んだ。

「どしたの?」
「スタンダードじゃない策に非情に徹した戦術。なんか嫌な感じがする」

「どういうこと?」
「俺の出自に関係ある、とかな」

「マリィ、どう思う?」
「否定する要素はなかろうな。ひとつでも例があるのだからの」

 冷静な幼女の声。
 この上なく不吉なものに、ナイルには感じられた。




 王都アイリーンからオルトの国境までは、十日ほどの距離である。
 当初は徒歩で旅をする予定だったが、一行は予定を早めることにした。

「時間をかけすぎるのはまずいような気がする」

 と、セシルが判断したからである。
 もしもナイルが直感した懸念があたっているとすれば、オルトの策はこれで終わりではない。

 むしろこれからが本番である。
 王都を出発して一日。
 街道をわずかに逸れ、森の中で野営中だ。

「だがどうする? 早馬を使って時間を短縮するか?」

 提案するテリオス。
 彼の権限を使えば、馬の調達はさほど難しくない。

「無理だよ。テオ。乗れるのがあたしと君だけじゃ、たいして時間の節約にもならないしね」

 騎乗技能があるのはセシルとテリオスの二人きり。
 二人乗りでは全力疾走はできない。馬以上に人間の負担が大きすぎる。

「だから、もっと早い手段を使うよ」
「良いのじゃな? セシルよ」
「はい。お師匠さん」

 マルドゥクに頷いたセシルが、あらためてテリオスに向き直る。

「テオ。これから見ること、体験することは他言無用だよ」
「……お師匠……だと?」

 深紅の夜叉公主。その師とはマルドゥク。
 竜の中の竜。
 ドラゴンロードたる黄金竜である。

「まさか……」
「そのまさかじゃ。テオ。我こそがマルドゥクよ」

 言うが早いか、本性を現すゴールドドラゴン。

 神々しく輝く竜鱗。
 巨大な体躯。
 爛々と輝く赤い瞳。

 伝説に描かれる姿そのままに。

「おお……おお……」

 近衛騎士が跪く。
 彼が忠誠を誓うのはアイリン王。
 だが、そんなことは吹き飛んでしまっていた。

「皆、我の背に乗るのじゃ。今宵のうちにオルトに入ってしまうぞ」
「判りました。お師匠さん」
「了解だ」

 感涙にむせんでいるテリオスを、セシルとナイルが両側から抱えるようにして、マルドゥクの背へとよじのぼった。

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