アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

文字の大きさ
30 / 54
第4章

第30話

しおりを挟む

 夜陰に紛れた飛行。
 秋から冬へと季節が移り変わりつつあるなか、気温はかなり低いが背の上はそよとも風が吹かない。

「前も思ったけど、羽ばたいて飛んでるわけじゃないんだな。ドラゴンって」
「魔法で飛んでるんだってさー」

 マルドゥクの体長は三十メートルほど。
 両翼は七十メートルほどもあるが、飛行中ほとんど翼を動かすことはない。
 姿勢制御や方向転換のために軽く動かす程度だ。

「灯りが見えてきたぞ」

 前方を指さすテリオス。
 月明かりの下、セシルが地図を確認した。

「飛び立ってから二時間。そろそろオルトの王都だねー」

 王都アイリーンからオルトの国境まで徒歩で十日。そこからオルト王都まではさらに五日。
 距離にするとざっと六百キロほどだ。

 それを二時間で踏破してしまうのだから、竜の翼は一日に千里を翔るという伝承も、あながち間違ってはいない。

「一度通過して、反対側から王都に入ろうー」

 もちろんアイリン王国の人間だと思われないための小細工である。
 効果があるかは判らないが、気休め程度にはなるだろう。
 着陸したのは、オルトの王都からやや離れた森だ。

 木々を倒さぬよう、ぎりぎりまで高度を下げた状態で変身する。
 空中に投げ出される三人。
 動揺するほど可愛げのあるような連中ではない。

 ナイルは精神魔術で、セシルとテリオスは身体能力を駆使して、宙に浮かんだり木を伝ったりしながら地上に降り立つ。
 そして近衛騎士が幼女状態になったマルドゥクを抱き留めた。

「うむ。ご苦労」
「は。光栄の極み」
「テオ。その言葉遣い、王都に入ったら直さないとだよー」

 物見遊山に訪れた外国の商人の娘セシルと、その妹のマリィ。
 護衛の冒険者であるテオとナイル。

 街に入るには、そういう設定を使う。
 依頼人相手とはいえ、あまり丁寧すぎる言葉を使っていては奇異に思われるだろう。

「しかし……竜王さまに失礼な口をきくのは……」
「ナイルのようにため口で話せというのではない。ほどほどに丁寧にしておけばよいのじゃ。テオは顔立ちも上品ゆえ、見栄えがするじゃろう」
「どうせ俺はイナカモノですよ」

 王都で生まれ育ったテリオスと寒村生まれのナイル。
 そりゃ差だってつくだろう。

「では、マリィさま、と」
「なのに姉のあたしが呼び捨てっておかしくないー?」
「おかしくない」

 断言したりして。
 なかなかめんどくさいナイトである。

「いいけどさ。くれぐれもぼろを出さないでね?」
「任せておけ」
「不安しかないぞ。俺は」

 セシルとテリオスのやりとりに、やれやれと肩をすくめるナイルだった。





 オルト王国というのは、べつに特筆するようなこともない普通の国だ。
 軍事国家というわけでもないし、極端な恐怖政治を敷いているわけでもない。

 過去、幾度もアイリン王国と矛を交えているが、これは隣り合う国同士であれば珍しくもないことである。
 どこのどんな国だって、隣国のもつ利権や財貨を狙っているものだからだ。

 国王はユハイムという人物で、年齢は五十代の半ば。
 若くはないが、とくに老齢ということもない。
 名君ではないが、とりたてて暗君というわけでもない。

 むしろ民にとってはありがたい人物像だ。
 なまじ才気に溢れて野心と向上心のある君主だと、なかなか民は平和に生きられないから。

 風向きが変わったのは二年ほど前。
 ユハイムが病に倒れ、摂政のサトリスなる男が実権を握ってからだ。
 次々と新たな政策が打ち出され、オルト王国に空前の富をもたらした。

 斬新な農地改革。
 軍事教練の充実。
 商工業のドラスティックな再編。
 技術革新に、教育制度の導入など。

 当初は非難も浴びたが、サトリスは武断的な処置で断行した。
 結果、オルトは二年の間にめざましい発展を遂げ、国力も増大してゆく。

「という触れ込みなんだけど、どーだろーねー」

 王都を散策しながら、セシルが肩をすくめた。
 たしかに栄えてはいるのだろうが、あまり雰囲気が良くない。

「なーんか歪な気がするんだよねー」
「だろうな。経済格差のせいだと思う」

 腕を組んだナイルが応える。
 情報収集を兼ねて、ふたりで街に出たのだ。
 マルドゥクとテリオスは、宿でくつろいでいる。
 まあ、なにかと目立つ二人なので、あまり偵察任務には向かないから。

「けーざいかくさ?」
「富める者はますます富み、貧しい者はいつまでも貧しく。というやつさ」

 人間の経済が貨幣によって回り始めると、多かれ少なかれそういうことになってゆくものだ。
 ただ、オルトの場合は急激すぎる。

「たとえば、産業革命後のイギリスみたいにな」
「え? なに?」

 耳慣れない単語に、少女がきょとんとした。

「いや、セシルが知らなくても当たり前なんだ。こいつは俺の領分だからな」
「どういうこと?」

「たぶん、摂政のサトリスってのは、日本からの転生者か転移者だ」
「解説よろしくー」
「俺が読んでいた物語だと、けっこうよくある展開なんだ」

 異世界に転生なり転移なりして、現代日本の知識を使って、街や国を富ませてゆく。
 たいていは何もかも上手く運ぶのだ。
 軋轢も生まれず、国は栄え、主人公は民から無限の感謝をされる。

「ふーん?」

 胡乱げなセシルの表情。
 彼女の見るところ、オルトの民が、全員サトリスを称揚しているようには思えなかった。
 むしろ貧困にあえいでいる者の方が多いように感じる。

「当然のことなんだ。それは」
「そうなの?」
「ああ」

 左手である看板を指す。
 酒場だ。
 長い話になると察したセシルが、軽く頷いた。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...