アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第4章

第31話

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 ざわついた店内は、あまり雰囲気が良くなかった。
 陽の高いうちから混み合っており、安酒の臭いが充満している。

「旅の人かい?」

 近寄ってきた若い娘が、無愛想に訊ねた。

「流しの傭兵さ。なんかうまい話でもねえかい?」

 くだけた口調でいったナイルが、薄汚れたテーブルに何枚かの銀貨を置く。

「魔法使いさまが傭兵かい?」
「下っ端はガクモンだけじゃ食えねえからな。せちがらい世の中だぜ」

「違いないね。でも良いときにきたよ。あんたがた。城で大規模な募集をやるってさ」
「へえ。タイミングが良かったぜ。上手いこと仕官できりゃあな……女房に苦労をかけずに済むんだが」

 ちらりとセシルに視線を投げる。

「べつに苦労だなんて思ってないよ。柄にもない野心よくをかくもんじゃないさ」

 自然に演技に乗る赤毛の少女。
 打ち合わせのひとつもしているわけでもないのに、ぴったり呼吸を合わせてくれる。

 給仕の娘には、仕事を求めて各地を放浪する若い魔法使いとその妻にしか見えなかっただろう。

「あんたたちに幸運の導きを」

 置かれた銀貨を握り、笑顔とともに娘が去ってゆく。
 横目で見送ったセシルがテーブルに肘をついた。

「さて、おまえさん。恋女房にどんな話があるっていうんだい?」
「やっぱり寡兵してるみたいだな」

「そだね。それを確認したかったの?」
「それもあるけどな。見たかったのは雰囲気さ」

 タイモールの安酒場などと比較した場合、格段に雰囲気が悪い。
 戦争直前だから、という部分を差し引いても。

「これがナイルの言っていた経済格差?」
「それよって、生み出される無気力ってところかな」

 現代日本の成熟した農業や工法をエオスに持ち込んだところで、すぐに生活が変わるわけではない。

 たとえばベアリング構造を再現したナイルとセシルだが、それが実用化され、一般に普及するまで、三年や五年はかかるだろうと考えているのだ。

 国単位での改革となれば、もっとずっと長いスパンが必要になる。

「二年やそこらで、何かが変わるわけないんだよ」
「うん。けど事前情報だと国力が急速に増してるって話だったじゃん。あれは嘘なのかな?」
「嘘ではないけど事実のすべてではない、ってところかな」

 慎重に言葉を選ぶナイル。
 十五歳の少年ではなく、日本で暮らしていた二十代後半の大人の思考を追うように。

 摂政サトリスが日本の知識や技術を持ち込んだと仮定する。
 それが素晴らしいものであったとしたら、まず既得権をもつ人々に独占されるだろう。
 具体的には貴族や豪商たちだ。

 彼らにしてみれば、新技術とやらで、いままで持っていた権益が侵されるのは大いにまずい。
 実験も実践も、彼らの主導でおこなわれるはずだ。
 そして彼らだけが肥えてゆく。

「格差の正体は、たぶんこれ。もともと力を持っている連中が、より以上の力を持ったってこと」
「でもそれだけじゃ国力って上がらないんじゃない?」

「全体を見れば、たしかに雇用も拡大しているし、景気だって上向いている。作物は増産されてるだろうし、国に献上される宝物なんかも増えてるんじゃないかな」

 シニカルな笑みを浮かべ、両手を広げてみせるナイル。
 バブル崩壊から四半世紀を経過した平成の日本でも同じだ。

 景気は上向いているとされ、失業率は改善されたと報道されていた。
 だが、それを実感できた失業者は、どれほどいただろう。

 相変わらず職探しは難しかったし、労働者たちの暮らしぶりも、いっこうに良くなったりはしなかった。

「つまり、富裕層がより富んだから、雇う母数が増えたってことかなー?」

 ちょっと考えてから、いとも簡単にセシルが正解にたどり着く。

「さすがだな」
「いちおう王族としての教育も受けてるからね。でもそれってべつに異常なことだとも思わないんだけど?」

 富める者が多くを雇用し富を分配する。
 正常な構図だろう。

「正しく分配されてるならな」
「オルトは正しく分配されていない?」
「ヒントそのいち、食い詰めた村人」
「あ、そっか」

 国力が増大し、国全体に富が循環しているなら食い詰め者など登場しない、ということはない。
 どんな社会構造でもそれは一定数存在する。
 ただ、それらが徒党を組んで暴れ回るというところまで事態が進むとしたら、国としては末期症状だ。

「オルトの台所は火の車?」
「と、サトリスは思いこまされているだろうな。たぶん」
「実際は違うのん?」

「重臣たちは、簡単に甘い汁を吸う方法を知ってしまった。サトリスをおだて、褒め称え、どんどん知識を吐き出させればいい。高価な贈り物を差し出し、美女を差し出し、上手くいっていると告げる」

「で、頃合いを見計らって、また困った困ったと相談する?」
「ああ。そうやって、戦い方とかも引っぱり出したんじゃないかな」

「なるほどね。なんかサトリスって人物の横顔が見えてきたかも」
「ああ。ただのガキだ。頭でっかちのな。命に関わるような苦労なんかしていない。知識だけで人が救えると思ってる。感謝されたくて、評価されたくてたまらない、くそガキだよ」

 鼻で笑う漆黒の放浪魔導師。
 その笑みに悪意を感じないものがいるとすれば、五歳以下の幼児くらいのものだろう。

「ナイル。まだ為人を判断するにははやいよー 会ったことも喋ったこともないんだからねー」
「……そうだったな。すまない。セシル」
「虚心でいられないのは判るよー ニッポンが絡んでるとなると、なおさらねー」

 右手を伸ばし、相棒の頬に触れる少女だった。
 火照った体を冷ましてゆくようだ。
 左手で小さな手を包み込む。

「いちおう、うちは宿もやってるんで。一部屋都合しようか?」

 咳払いとともに降ってくる声。
 給仕の娘である。
 料理と酒を運んできたのだ。





 マルドゥクとテリオスの待つ宿屋に、セシルとナイルが戻ってきたのは、夜になってからだった。

「苦労であったの。収穫はあったか?」

 弟子たちにお茶を用意しながら、幼女が労をねぎらう。

「噂以上のものは」

 軽く首を振るセシル。
 市井に流れる情報では、正否いずれにしても確証を得るにはいたらない。

「結局は城に潜入するしかないか」

 テリオスが腕を組んだ。
 オルトの内部を探るには王城に蠢く魑魅魍魎どもへの接触が不可欠だろう。

「それなんだが、兵を募っているのは間違いなさそうなんだ」

 半ば挙手するようにナイルが発言した。
 この際、それに乗ってみるというのはどうか、と。

「悪くはなかろうが。一兵卒では王との謁見など叶うまい。そのあたりはどうするのじゃ? ナイルよ」
「魔法使いを一兵卒として扱う国は、そう滅多にないんじゃないかな」
「汝が行くというのかの? 危険すぎるじゃろう」

 やれやれと肩をすくめるマルドゥク。
 セシルのようにマルドゥクの特訓を受けたわけではない。テリオスのように正規の訓練を積んでいるわけでもない。
 ナイルは数ヶ月前までただの村人だった。潜入任務はすこしばかり無茶というものである。

「俺一人なら難しいだろうけどな」
「あたしも行きますよー 夫婦の傭兵ってことにしてー」

 ナイルは目立つ役。
 そしてその間隙を突いて、赤毛の女冒険者が情報を集める。
 そういう作戦だ。

「こやつめ。最初から決めておったな?」

 苦笑したマルドゥクが、愛弟子の頭を軽く小突いた。

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