アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第4章

第32話

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 徴募事務所で騒ぎがあった。

 その報を受けて飛んできた騎士が見たものは、見事な竜衣をまとった少年である。
 手にした魔法使いの杖メイジスタッフには、ソーサラーの称号を持っていることを示す刻印。

 一介の下級役人が処理できる範囲ではない。
 ほうと大きく息を吐いた騎士が、ゆっくりとした歩調で近づく。

「失礼。魔導師どのとお見受けする」
「ナイルという。つい先日、魔導師になったばかりだ」

 ざわりと周囲がどよめく。
 なんでソーサラーがこんなところに、などと、ひそひそとした会話も聞こえてくる。

 冒険者連中にも、ごく少数だが魔法使いメイジは存在する。
 だが、魔導師ソーサラーとなると話は別だ。
 魔導師を五人ほども抱えていれば、その国は国際社会でかなり大きな顔をできる。

「そちらの方は?」
「妻だ。魔法使いではないが、戦う術は心得ている」
「ほう……?」

 胡乱げな顔を騎士が向けた。
 背も低いし体も小さい。
 魔導師のパートナーとして旅をできるほどの勇者には、とても見えない。

 一方的にナイルという魔導師が守っている、という関係だろうか。
 騎士の思考を読んだかのように、黒髪の魔導師が苦笑する。

「俺と妻は同門でな。師の名は、マルドゥク」

 周囲のざわめきが最高潮に達する。
 黄金竜マルドゥクの薫陶よろしきを得た英雄の噂。
 それはオルトにまで届いている。

「深紅の夜叉公主……だと……?」
「最近は、その名前は使ってないよー 風のセシルって呼ばれる方が好みかなー?」

 若い魔導師だけでなくナトラ紛争の英雄だ。
 騎士が大きく息を吸う。

 アイリンの間諜、という可能性を一瞬だけ考えたが、こんな有名人にスパイなど務まらない。
 そもそもナトラの英雄は、すべての栄誉を固辞して、野に在ることを望んだと聞いている。

「お二方には、ぜひ城へ。我が主に会っていただきたい」

 軽く頷くナイルとセシル。
 だが、その後で二人が交わした会話は、およそ英雄とは思えないものだった。

「なんとか仕官できたらいいな」
「そーお? あたしは旅暮らしも嫌いじゃないよー」





 二人が案内されたのは、謁見の間ではなく飾り気のない執務室だ。
 来客用の椅子で待たされることしばし、部屋の主と思われる人物が入ってくる。

 官服をまとった無髭の若者。
 年の頃ならセシルと同じか少し上くらいだろうか。
 体つきは細い。鍛えて引き締まっているというより、貧弱な印象だ。

「待たせたな」

 口を開く。
 流暢な大陸公用語だが、やや型どおりというか、冷たい印象があった。

「お初にお目にかかります。摂政閣下」

 席を立ち、丁寧に頭を下げるセシル。
 無言のままナイルも続いた。

 摂政がじっと少女を見つめる。
 美貌に見とれていた、というには、やや不自然な視線。

「私の顔に何かついていますか?」

 微笑しながらの問いかけ。
 はっとした摂政も笑う。

「目が二つに鼻が一つに口が一つ」
「おお。それはまるで怪物ですね。セシルと申します」

 冗談に冗談を返した自己紹介。
 王というわけでもないので、多少はくだけた態度だ。

「セシルというのか。本名か?」

 性急で、しかもけっこう失礼な質問である。
 いくら流れ者とはいえ、英雄と異名を取った人物にするようなものではない。
 
 微笑みを崩さないセシル。
 相手の非礼を咎めるのではなく、ごく穏やかに話題の転換を願っているのだ。

 宮廷の舞踏会などで用いられる作法のひとつで、この状態でしつこく問いつめると野暮な人間と見なされてしまう。

「……失礼」

 こほんと咳払いする摂政サトリス。
 なぜか懐かしむような仕草だった。

「我が国に仕えたいという話だったが」

 真っ直ぐにセシルを見つめる。
 微妙な居心地の悪さを感じ、赤毛の少女が隣席に視線を流した。

「仕官を希望するのは夫のナイルです。私はほとんど引退した身ですので」
「夫だと?」

 サトリスがナイルを睨む。
 文字通りの意味で睨め付けた。
 敵意どころか殺意すら感じる眼差しである。
 わけがわからない。

「ナイルといいます。魔導師です」

 判らないが名乗らないわけにもいかず、漆黒の放浪魔導師が目礼する。

 反応は意外なものだった。
 なんとこの摂政、ふんと鼻を鳴らしたのである。

 ふたたび視線をセシルに戻す。

「きみは……いや、貴殿は結婚しているのか」

 親しげに呼びかけようとして言い直す。
 セシルの脳内は、危険を示す赤いシグナルを点灯しっぱなしだった。

 このサトリスという男、明らかに自分を知っている。
 しかもセシルと名乗るより前の自分を。

 けど、見覚えはないのよね。
 内心で呟き、生まれてから今までの人名録を探り続ける。
 顔にも名前にも尋ねあたりがない。

「はい。数ヶ月前に結婚したばかりの、新婚です」

 疑問を抱きつつも、用意されていた設定を応える。
 大きく息を吐き、サトリスが天井を振り仰いだ。

 わずかに動く唇。

 小さく何か呟いたようだが、セシルには上手く聞き取れなかった。
 希有なことである。
 耳も良く注意力も鋭い彼女が、言葉を拾い損ねるというのは。

 反応したのはナイルだった。
 応接テーブルの下。
 少年の爪先が少女のブーツに触れる。
 二回。

 そろそろ切り上げよう、というサインだ。
 交渉も何もまとまっていない状態での撤退要請。ナイルもまた胡散臭いものを感じているのだろう。

 しかしセシルはためらった。
 この時点で撤退したら、得るものは何もない上に再度の挑戦などありえない。
 危険を承知で踏み込むか、あるいは王宮への潜入そのものを諦めるか。

 ここが分水嶺だ。
 ぐっと腹に力を入れる少女。

「閣下? いかがなさいました?」
「ああ、いや。すまないな」

 視線を戻すサトリスをまっすぐに見据える。
 なんだか良く判らないが、この摂政は自分になにがしかの興味を持っているらしい。
 利用しない手はない。

「それでですね。夫の仕官の件なのですが」
「……認めよう。報酬は月に金貨二百枚」

 破格、というほどではない。
 一般的な宮廷魔術師の俸給に比較すれば半分程度だ。
 まだまだ無名の魔導師としては、まあ納得すべきラインではあろうが。

「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「はい?」

 首をかしげるセシル。たいして厚遇でもないのに、さらに条件を出すのはどういうことだろう。

「貴殿だ」

 すっと少女を指さしたサトリスがさらに続ける。

「僕の副将になってもらう。報酬は、月に金貨八百枚だ」
「っ!?」

 真摯な言葉と意味不明な待遇に、セシルが絶句した。

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