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第4章
第33話
しおりを挟む「謎すぎる……」
与えられた私室でげっそりと少女が呟いた。
ナイルとセシルという夫妻は、オルト王国に雇用された。
ふたりで月額金貨千枚という報酬である。
総額で考えれば、破格ではあるがそうおかしな額ではない。
黄金竜の弟子たる英雄と魔導師だからだ。
もっと多くの金貨を積んでも味方に引き込みたい陣営だってあるだろう。
「内訳だよな。俺の添え物感が半端ないぜ」
やれやれと両手を広げるナイル。
八対二という比率は、ちょっとびっくりだ。
明らかにセシルを優遇しすぎである。
「踏み込みすぎちゃったかなぁ」
「撤退の合図を送ったじゃないか」
「面目ない。けど、ずいぶん早かったんだもん」
「もんてな……あいつの呟き、きいてなかったのかよ」
「あ、それ。聞き取れなかったんだよ」
これもまたセシルらしからぬ失態である。
風のセシルと異名をとる冒険者としては、幾重にも面目を失した形だ。
「上向いてたから唇の動きも読めなかったし……ほんとに何を言っているのか判らなかったんだ。もうしわけねえ」
「いいってことよ。でもホントに珍しいな」
セシルはナイルよりずっと感覚が鋭い。
なのに、セシルには聞き取れなかった。
それはなぜか。
「こう言ったんだ。「こんな未来は想定してなかった」ってな」
「え? そんな簡単な言葉? あたし聞き逃したの?」
「いや。聞き逃したんじゃない。聞こえても理解できなかったんだよ。セシル」
「……それってつまり……」
「ああ。日本語さ」
風のセシルといえども、知らない言語を聞き取ることはできない。
「じゃあ、摂政が転生者だってのは、本決まりだねー」
「そして彼は、セシルを知っている」
小首をかしげる。
ツインテイルが揺れる。
赤毛の女冒険者の思考をトレースするように。
彼女はサトリスと面識がない。
どれほど考えても、まったく心当たりがないのだ。
「けど、セシルって名前は知らないみたいだったな。本名を聞いてきたくらいだし」
「チュチュリアを知ってるってことなのかなぁ。もっと心当たりがないんだけどー」
王宮暮らしをしていた頃である。
同年代の異性と触れあう機会などほとんどない。
城を飛び出してからマルドゥクに拾われるまでの期間は短かったし、そもそも知己を得ていたら、餓えて行き倒れるなどという事態には陥っていないだろう。
「たぶん。そんな生やさしい話じゃないと思う」
ゆっくりと首を振るナイル。
あの男は言っていた。こんな未来は想定していない、と。
どういう意味かと考えれば、得られる答えは限られているし、しかも心楽しいものではまったくない。
「何か知ってるの? ナイル」
「このケースだと、考えられる可能性は二つだと思う」
一度言葉を切る。
「ひとつは未来予知。あいつはそういう種類のチカラを持っているって可能性」
人差し指を立てる。
ナイルが精神魔術を持っている以上、転生者または転移者のサトリスが同様のチカラを持っていても、何らの不思議もない。
「ぞっとしない力だねー でもナイルが心配してるのは、それじゃないんだよね?」
「さすがにセシルは鋭いな。たしかに未来予知じゃあの台詞はおかしいんだ」
外れる未来予知に価値などない。
それでは占いと一緒だ。
「ふたつめの可能性。あいつは、二度目の時間を生きている」
仮説。
サトリスは転生者あるいは転移者であると同時に、時間旅行者である。
現在の歴史は、彼にとって二回目なのではないか。
だからセシルのことを知っていた。
前回の歴史で知人……執着ぶりを考えればもっとずっと深い関係だったかもしれない。
いずれにしても、何らかの関係があったと考えれば筋が通る。
「つまり摂政サトリスは、違う歴史を紡ごうとしてるってこと?」
「えらく理解が早いな」
「どんな荒唐無稽なものでも、可能性の段階から否定することはできないからね」
「ただまあ、サトリスの誇大妄想って線も否定できないんだけどな」
「妄想の中の恋人と、たまたまあたしがソックリさんだった?」
「時間旅行よりは説得力があるだろ」
うがった考え方をすれば、妄想に基づいて国政を壟断する愚者、というあたりが無難な結論だ。
異世界の知識となにがしかの力をもった妄想狂。
「それはそれで厄介だな。やっぱり即時撤退を提言するぜ。俺は」
「この期に及んで逃げても、状況は悪くなるだけなんだよねえ」
すでに摂政サトリスは、セシルとナイルの存在を知ってしまった。
王宮から逃亡したとしても、すぐに追っ手がかかるだろう。
それから逃げ切ったとしても、もう潜入はできない。
サトリスの正体も、狙いも判らないまま、すごすごとアイリンに戻るしかなくなるのだ。
それではオルトの侵攻を阻む、という目的は果たせない。
「引き返し限界点は、もう過ぎてるってことか……」
「お。なにその言い回し。かっちょいいっ」
目を輝かせるセシル。
どうやら心の琴線に触れたらしい。
航空用語で、飛行機に積み込んである燃料から計算して飛び立った飛行場にはもう戻れないポイントのことをいう。
転じて、もう後戻りできない、という意味で使われる。
もちろんセシルが知っているはずがない。
「俺のいた世界で使われてた慣用句だよ」
「メモしておこうー」
これにはナイルも苦笑するしかなかった。
知識欲というか好奇心というか厨二病というか、とにかくそういうものが大好きな彼の店長さんである。
「まー それはともかくとして、逃げるのはもう不可能だろうしねー」
にぱっと笑う。
いつもの笑顔。
悪いこと考えてるな、と、ナイルは推測した。
「気配が近づいてるよー たぶんあたしを呼びに来たんじゃないかなー」
「だから、なんで気配とか読めるんだよ……」
「目隠しして、お師匠さんと模擬戦を繰り返す。半径五十メートルの戦域でー」
「……死ぬじゃん……」
「竜語魔法で回復してくれるよー 死にかけたらー」
ただ、本当に死ぬ直前まで追い込まれるけどね、と付け加える。
最悪な訓練法である。
「たぶんナイルもやらされるとおもうー」
「なんだろう。帰りたくなくなってきた。このままオルトに就職しちゃおうかな」
下手な冗談を飛ばして肩をすくめるナイル。
同時に、扉がノックされた。
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