アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第4章

第35話

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 魔王を倒して大団円。
 そしてみんな幸せに暮らしましたとさ。
 めでたしめでたし。

 とは、ならなかった。

「僕はすぐに邪魔者にされたわけじゃない。けど、世界が復興していく過程で、少しずつ行き場を失っていったんだ」
「ま、そりゃそーだ」

 国で一番えらいのは王様だ。
 もし王が魔王を倒したのなら、民からの声望は一身に集まる。
 しかし、魔王を倒した英雄はべつに存在する。
 若く、鋭気に富んだ少年だ。

 これは容易に国が割れる事態である。
 王国として取れる選択は二つ。サトリスを王家に迎えてしまうか、排除するか。

 幸いなことに、サトリスを召喚したのはアイリンの王女であり、ともに苦闘を重ねた仲でもある。
 シンパシィは強く、婚姻も不可能ではないように思われた。

 しかし、王を取り巻く重臣たちが、忠義面で言うのである。

 どこの馬の骨ともわからない異世界人を王族にしては、王家の歴史に傷が付く。

 いまでこそサトリスは野心がないように振る舞っているが、国婿となったらどう変わるか判らない。

 エオリア王女と結ばれ、子が生まれれば、その子は国王の孫だ。
 正統な王家の血を引いている。
 そのときサトリスと玉座の間には、階がいくつ残る?

 しかも彼の勇者は、エリューシアの第三王女とも深い仲であるという。
 一つの頭に二つの王冠。
 馬鹿げた夢想とはいえないだろう。

 事実、サトリスにはそれだけの力がある。民からの人気も高い。

 仮に簒奪を狙ったとしたら、どれほどの騎士と民衆が彼に味方するだろう。
 そもそも、役目を終えたのに未だに帰ろうともせずアイリンに居座っているのは、なにか心に秘めるものがあるからではないのか。

 アイリン王マシアスは、けっして暗愚な人物ではなかったが、耳元に毒を吹き続けられれば、虚心ではいられなくなる。

 ついに、サトリスを討伐することを決めた。
 罪状は反逆罪である。

 それに対して真っ向から異を唱えたのは聖女エオリアだった。
 自分たちの都合で呼び出し、自分たちの都合で戦わせておいて、必要がなくなったから殺す。

 こんなことをしたら、今後、誰がアイリンのために戦ってくれるのか。
 誰がアイリンの手を取ってくれるのか、と。

 正論であるが、すでに事態は動き始めており、エオリアは長大な粛清曲の最初の音符となってしまった。

 四肢を千切られた無惨な死体となって発見されたのである。
 もしエオスに日本警察の鑑識班のような能力があれば、刺殺された後に遺体を冒涜したのだと容易に判明しただろう。


 手足を引き千切るという非常識な殺し方ができる人間などいるわけがない。ただひとりの例外、勇者サトリスを除いて。
 王位を簒奪しようとして、それを諫めたエオリア王女を惨殺した。
 それが用意されたシナリオである。

 サトリスは選ぶしかなくなった。
 降りかかる火の粉をすべて払い、実力をもって王位を伺うか、あるいは素直に粛清されるか。

 どちらを選ぶこともできなかった彼が取った行動は、王都アイリーンから脱出だった。
 手引きしてくれたのはテリオス・クレッツェン。
 蒼眸の聖騎士とも呼ばれた忠良の剣士である。

 テリオスは、サトリスを逃がすため自らが囮となり、多くのアイリン兵を道連れに死んだ。
 その後、聖騎士の名誉は地に落とされ、逆賊として晒し首にされたと、サトリスは聞いた。

「つーかさ。逃げるってのが一番悪手じゃん?」

 罪を認めてるようなもんでしょ、と、セシルが腰に手を当てる。

 魔王を倒せるような勇者だ。
 一般兵などでは相手にならない。

 堂々と申し開きをすれば良いのだ。
 自分はやっていない、まず証拠を示せ、と。
 その上で王にでも重臣どもにでも、一戦も辞さない覚悟で圧力をかければいい。
 
 人々のために戦った勇者が、人を殺すか?
 少し民が冷静になれば、すぐに真相が明らかになるだろう。

 逃げてしまえば、残された者たちにとっては扇動し放題だ。
 いくらでももっともらしい理屈がつけられるし、証拠だって捏造される。

「チュチュにさんざん言われたよ。それは」

 どこか懐かしむようなサトリス。

 アイリンから逃げた彼を保護したのは、リトル・エリューシアことチュチュ姫である。
 彼女は権謀術数の限りを尽くし、サトリスを守ってくれた。
 エリューシア王国とアイリン王国を向こうに回して。

 だがそれも長くは続かなかった。
 ついにエリューシアがアイリンの圧力に屈し、反逆者サトリスを差し出すことを決定してしまったのである。

 守りきることができなかったチュチュ姫は彼に詫び、賭博とも取れる最後の献策をした。
 それは、アイリンの歴史的な敵国であるオルト王国への政治亡命である。

「おおー 健気だねー 自分も国を捨てる覚悟しちゃったんだー」
「君のことだけどな?」

 他人事みたいに感心するセシルに、苦笑するサトリス。

「そのあたしはあたしじゃないからねー どーやったって自分のこととは思えないよー けどさ、チュチュとサトリスって恋人だったん?」
「自分でそれを聞くかよ……」

「いーじゃん。教えてよー」
「ちゃんと告白しあったわけじゃない。だけど、僕はチュチュが好きだった」

「ひゅーひゅー」
「ともあれ、僕とチュチュは、ほとんど着の身着のままでエリューシアを脱出したんだ」

 咳払いした後、サトリスが視線を動かす。

 庭の片隅で風に揺れる赤い花。
 チュチュ姫が好きだった花。
 彼らは、二度と見ることができなかった。

 旅を続け、追っ手を振りきり、ようやくオルトに入ろうという頃。
 待ちかまえていたのは、アイリンとオルトの連合軍だった。

 サトリスを倒す、という名目で、仲の悪い二つの国が野合したのだ。
 翻る軍旗を見て愕然とする二人を、さらに絶望させたのは、正面に立ちふさがる部隊だった。

 イリューズ・サリス男爵・・軍。
 サトリスの逃亡後、イリューズは子爵から男爵へと格下げされた。
 共謀を疑われたから。
 とんでもない冷遇だったが、それでも彼は年少の友への信頼を揺るがせることがなかった。

 懲罰的な人事の結果として、この配置である。
 戦闘が始まれば、連合軍はサリス軍の損害を考慮することなく矢を射かけるだろう。

 都合の悪い人間たちを、まとめて皆殺しにするために。


 潮時か。

 覚悟を決めたサトリスとチュチュ姫が、手を繋いでゆっくりと進む。
 親友であるイリューズに討たれるならば、そう酷い最後ではない。

 この上は、せめてサリス軍に損害を出さないよう、無抵抗で。
 サリス軍とサトリスたちの距離が指呼の間まで近づいたとき、イリューズが大声で叫んだ。

「報恩のときは今ぞ! 者ども! 勇者たちの血路を啓け!!」

 響き渡る喚声。
 次々と馬首を巡らし、連合軍へと突撃するサリス軍。

 無謀すぎる行動。
 百倍以上の数を相手に突撃しても、ただ殺されるだけだ。

「やめろ! やめてくれ!! 僕が死ぬから!!」

 サトリスが叫ぶ。

「ふざけんな小僧。世界を救った少年ひとりを助けられない世界なんてな。クソ以下なんだよ。こんな世界、滅びちまえば良かったんだ」

 毒々しい嘲笑を、イリューズが浮かべた。
 唖然とするサトリスの横で、チュチュ姫が頷いた。

「いこう。サトリス。未来を切り開くよ」
「人間と……戦うのか……」
「戦うよ。サトリスを守るためなら、あたしは夜叉おににだってなってあげるさ」
「……わかった」

 深呼吸した勇者が背負った剣を抜く。

「いいだろう人間ども! 僕が救った命を大事にできないというなら! この僕の手で摘み取ってやる!!」

 戦場に響く大音声。
 大気が震え、大地が鳴動する。

「勇者サトリス! たった今より人類の敵となる!!」

 駆け出す。
 これあるかな我が勇者、と、顔を見合わせたチュチュ姫とイリューズがそれぞれ得物を手に、数千の軍勢へと躍りかかった。

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