アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第4章

第36話

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「うわ。いいところで切りやがった。その後どーなったのよっ」

 なんかセシルが怒っている。
 続きが気になるらしい。

「どうもこうも、僕が憶えているのはここまでだ。たぶん死んだんだろうな」

 当たり前である。
 数千の軍勢に、たった百人ちょっとで突撃したのだ。
 おそらく一人残らず殺されただろう。

「これが、世界を救った報酬さ」
「せちがらいねぇ」
「そして僕は、気付いたら時間を遡っていたらしい」
「らしい?」

「ああ。召喚されたときと同じ姿で、オルトの国境近くの街道に倒れていた」
「死んだ場所?」
「たぶんね。混乱したさ。街道も荒らされていない。魔軍が暴れ回った形跡もない。しかも僕は十五歳当時の姿」

 わけがわからなかった、と肩をすくめる。
 記憶があり、転移したときに得たであろう力も使えた。

 混乱したままとりあえず、王都を目指した。
 平和なエオスを。

「魔王は復活していなかった。いろいろ問題はあるけど、世界はおおむね平和だった」

 歌うように告げる。
 人間たちが手を取り合って戦わなくてはならないような相手は存在しない。
 相変わらず人間は人間と争っている。

 それでもサトリスは平和だと言った。
 明日殺されているかもしれないという恐怖が、世界を包んでいないだけ。

「んで、サトリスはオルトに仕官して出世したってわけだー」

 感傷論に深入りするのを避け、セシルが先を促す。
 彼の過去は、たしかに興味深くはあったが、現在起きている事象とは関係がない。

「べつに難しくはなかったよ。僕には知識があったり能力もあった。それになにより、二年半分の未来を知っているから」
「文官の道を選んだんだねー」

 まったく鍛えてなさそうな体躯を見ながら確認する。

「言っただろう。僕は復讐すると」

 手始めにオルトの中枢部に潜り込んだ。
 現代日本の支配術や統治術を駆使し、短時日のうちに国王ユハイムの信頼を得ると、次におこなったのはこの国を内部から腐らせることだった。
 重臣や豪商たちがより甘い汁を吸えるよう、耳元で甘言を吹きかける。

「面白いように進んだよ。本当に彼らは自分の欲望に忠実で、ある意味でブレがないよね」

 得になることはやる。
 一時的な損をしても、そこから利益が生まれるならやる。

「金持ちだけがより儲かるように、彼らは僕の提案を都合よく使って肥え太っていった」
「あたしが予想していたのと、ちょっと違うね。てっきり君は都合良く利用されているのかと思ったよ」

「それは間違いないよ。僕の知識が利用されていることは事実さ。だけど僕は利用されていることを知っているし、結末も知っている」

 経済格差は開く一方。
 国は富み栄えているのに、民衆の生活はまったく良くならない。
 ちょっとした不作で、餓死者が出る始末だ。

 民衆の不満と怒りは蓄積してゆく。
 だから彼らは、民たちの目を他に向けさせる必要があった。

 もともと仲の良くない隣国。
 これを平らげれば、多くの土地と財貨が手に入る。
 国民の生活だって一気に上向く。

「あくまで勝てれば、だけどね」
「勝てないの?」
「勝てないだろうね。実際、オルトの内部はぼろぼろさ。一戦して負ければ後がないくらいにね」

 巨額の軍事予算が乱費され、末端の兵士にはろくに装備品すら行き渡らないありさま。仮に受け取っても粗悪品ばかり。
 高官に渡すリベートの分だけ、業者は納入する物品の品質を下げなくては利益が生まれないからだ。

「オルトは負ける。幽閉されたユハイム王が敗戦の責任を取らされることになるだろう」
「病に倒れたんじゃないのー?」

 セシルの問いに、サトリスがゆっくりと首を振る。
 もう貴族たちにとっては、王の権威など笑い話でしかなくなった。

「あっきれた。末期症状じゃない」
「オルトは滅び、そしてアイリンも滅ぶ」

 死に至る病に冒されたオルトと戦えば、当然のようにアイリンも感染する。まして、この病は利に聡く欲望が豊富な人間ほど罹患しやすいのだ。

「これが僕の復讐だよ」
「…………」

 深沈と腕を組むセシル。
 彼は何もしていない。こんなシナリオがあるよと演出家に勧めただけ。

「悪辣だね」
「本当は、僕自身の手で切り刻んでやりたい。だけど僕にそんな力はない。どれほど鍛えても、かつての力は戻らなかった」

「そうなのー?」
「剣も魔法も、人並み以上には使えるけど、それだけだ。一人で軍勢を相手にするなんで、もうできないんだ。城の奥に潜まれたら、もう僕の手は届かない。エオリアやテオ、イリューズ、そしてチュチュ、君の仇なのに」

「だうとー」
「む?」

「あたし生きてんじゃん。仇を討ってもらういわれはないよー」
「だけど……」

 右手を挙げて制する少女。

「君の話は理解したよ。サトリス。とても興味深かった。けどねー それは起きたかもしれない・・・・・・未来でしかないんだ。あたしたちから見ればね」

 まっすぐに見つめる。
 強い目だ。サトリスはかつて、この目に惹かれていたことを思い出した。

「君の復讐はさ、すごく言葉を悪くいうと、ただの妄想の産物なんだよ。動機がね」
「…………」

「世界は復讐に満ちてるんだよ。サトリス。けどさ、どんなに酷い目にあったって、それで犯罪は正当化されないよ。もちろん戦争もね」

 奪ったものを返せ。
 謝罪しろ。
 それは人として当然の感情だろう。
 結局それが、世に諍いが絶えない理由でもある。

「でもー 起きてもいない事の復讐とか、ふつーにありえないっしょ」
「だけど僕は……っ」

 激しかかるサトリスの黒髪に、セシルの手が触れる。

「つらかったね。サトリス」
「チュチュ……」

「あたし思うんだけどさ。君が時間を遡ったのって、復讐のためじゃないんじゃないかなー」
「じゃあなんのために……?」

「決まってるじゃん。生き直すためだよ。神の采配か悪魔の思惑かは知らないけどねー」

 復讐を遂げたところで、誰一人救われない。
 もちろんサトリス自身も。

「それ以上に、苦しむのは罪もない民だよ。君はそれを見過ごせるのかにゃー?」

 にぱっと笑うセシル。
 サトリスの頭を撫で回しながら。

「だからさー あたしに殺されるための小芝居って、もういらないと思うんだよねー」
「……本当に、本当に君には敵わないよ。僕のリトル・エリューシア。いつから気付いていたんだ?」

「バレバレだってー この後、あたしに言うつもりだったんでしょ? 自分に従えとか、伴侶になれとか。そして断ったら、その赤い花とかを踏みにじって、僕は人類の敵だとか宣言する」

 言い当てられ、泣き笑いの表情でサトリスが肩をすくめた。
 くすりと笑い、セシルがあさっての方向を向く。

「そんなわけで、その不穏当な魔力をとっとと引っ込めて出てきなよ。ナイル」

 呼びかけた。
 がさがさと茂みを揺らし、竜衣をまとった少年が姿を見せる。

「あたし、お師匠さんに報せるようにって頼んでたはずなんだけどねー なんだってこんなところにいるんだい? 番頭さん」

 ぐっと言葉に詰まり、サトリスを睨みつけるナイル。
 最初の会談とは、なんだか逆転している。
 男たちの視線が絡みつき、ばちばちと無明の火花を散らす。

「んだば、後始末をはじめますかねー」

 少年二人の攻防にまったく気付かず、赤毛の店長さんがのたまった。

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