アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第5章

第37話

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 摂政サトリスの了解を得て、マルドゥクとテリオスが王城に入ったのは翌々日のことであった。
 事前に説明を受けていたとはいえ、やはりサトリスは感極まって少し涙ぐんでしまった。
 彼のために死んだ蒼眸の聖騎士が生きており、チュチュ姫の仲間になっていた。

「もう一度あえるとは思っていなかった。テオ」
「そういわれても、こっちは初対面なんだけどな」

 差し出された右手を、苦笑混じりに握り返すテリオス。
 急速に親和力が増してゆく。

「しかし、解せぬ事もあるの」

 口を挟む幼女。
 魔王復活などという大事件に際して、竜王マルドゥクの名はまったく出なかった。

「僕が召喚されるより前に死んだと聞いている」

 さすがに言いづらそうに応えるサトリス。

「そうか。我は死ぬのか。なんというか、新鮮じゃの」
「新鮮て。お師匠さん」

「いやの、千年も生きておるとの。もしかして自分は死なぬのかと思うこともあるのじゃよ。セシルや」
「んなアホな……」

 心温まる師弟の会話を横に、サトリスが記憶の糸を手繰る。
 彼の歩んだ歴史のなかでは、黄金竜マルドゥクはすでに過去の存在となっていた。

 魔王復活の当初。
 すべての竜が魔王の陣営に与するなか、ただ一頭、人間の味方をした叛逆のドラゴンがいた。
 それが竜王マルドゥクである。
 竜騎士シュウとともに単騎で魔王に挑み、自らの命と引き替えに魔軍の侵攻を半年ほど遅らせることに成功した。

「という話を、エオリアから聞いたことがある程度だ。すまん」
「汝が謝るようなことではない。我ならばそういう選択をしただろうこと、万に一つも疑いないからの」

 いまはもういない彼と約束したから。
 人を守ろうと。

「むう……」

 むっつりと腕を組むナイル。
 非常に不満である。

「なんで俺は、まったく出てこないんだよ……」
「知らないよ。モブ」
「モブじゃねぇ! ちゃんと名前もあるっ!」
「ナメクジだっけ?」
「ナしか合ってねえだろうがっ」

 サトリスとナイルが喧々囂々とじゃれ合っている。

「仲良しだねー ふたりともー」
「セシルの目には、アレが仲良しに見えるのか」
「いいんだよ、テオ。じゃれ合ってるだけだし。誰も死なないから、好きなだけやらせてあげれば」

 仲良くケンカしている少年たちを尻目に、セシルは次々と必要な手を打ってゆく。

 幽閉されたユハイム王の解放。
 サトリスがリストアップした貪官汚吏どもの処分。

「自分が死んだら、ちゃんとうまく回るように手回ししてあるんだから、露悪趣味もここまでくると、いっそ見事よね」

 復讐だなんだと言っておきながら、誰かに止めてもらいたがっている。
 非情に徹しきれていない。

「だから勇者なんだろうよ。ここの資金の流れ、明らかにおかしいよな」

 セシルが見ていた書類を覗き込み、テリオスが苦笑する。
 悪徳貴族がプールした金の中から、さらに何割かプールされている。

 そしてその資金がたどり着く場所は基金だ。
 戦災孤児育成のための。

 かかる戦争で敗北することも、それによってたくさんの孤児や未亡人が生み出されてしまうことも、織り込み済みということである。

「とんだ人類の敵もいたもんだぜ」
「ま、そういう人だったから、あたしもきみも戦友になったんじゃないかなー」

「エオリア姫までな。正直信じられん」
「あたしは面識ないんだけど、テオは為人を知ってるの?」

「近衛だからな。二、三、言葉を交わしたことはあるさ。ただ、あまり印象に残る人物ではなかった。平凡というか凡庸というか」

 才走ったところはなく、美女ではあるが希少価値を主張するほどでもない。王族としても一人の女性としても、平凡極まる人物である。
 世界の危機に臨んでめざましい活躍をするようには、ちょっと思えない。

「たぶん、事後処理に十日くらいかかるね。ある程度はサトリスが手順をまとめておいてくれたけど、ぶっちゃけ穴だらけだし」
「面目ない」

 名を出されたことで、注意を向けた摂政が頭を下げる。

「役に立たねえ宰相だぜ」
「ナメクジソーサラーよりは役に立ってるよ」
「ヌッ殺してやるっ」
「やってもみろよバーター野郎!」

 始まるとっくみあい。
 まるっきり子供のケンカである。

「ちょっとあんたたちっ 邪魔しかしないなら外に出てなさいっ」

 執務机をどかんと叩き、セシルが叱る。
 お母さんみたいである。

「あのセシル……それ僕の仕事机……」
「あぁん?」

 ぼそぼそ抗議した摂政は、一睨みで撃退された。

「忙しいの、見れば判るよね?」

 とても怖い。
 直立不動の姿勢をとるナイルとサトリスに、マルドゥクが助け船を出した。

「元気が余っているようじゃからの。我が少し遊んでやろう」

 にゅっと白い手が伸び、少年たちの腰のベルトを掴む。
 そしてそのまま、ずるずると引きずって歩き出す。
 助け船でもなんでもなく、ほぼ死刑宣告に近い。

「ちょっ まっ 待ってマルドゥクっ!? 反省してるっ 反省してるからっ」
「なに。心配するでない。死にはせんよ。たぶんの」
「なんで仮定形なのっ!?」
「僕はどうなってしまうんだ……」

 引かれ者の小唄が遠ざかってゆく。
 肩をすくめたセシルが、ふたたび書類と向き合った。

「んっと、どこまでやったっけな……バカたちのせいで忘れちゃったじゃない」
「とりあえず、この豪商四家をなんとかせにゃ、なんともなるまい」
「あれ? いたのテオ?」
「いるさ。副官までいなくなったら、事務仕事なんかできないだろ」
「ありがと。君が理知的な人で助かるよ」
「おう。感謝は形のあるモノでな。具体的にはドラゴンシリーズが良い」
「下心があったのかー」

 くだらない会話をしつつ事務処理を進めてゆく二人。
 さすがに王族出身と近衛騎士である。

 何をどうすればいいのか知っている人間というのは、こういう場合にとても力を発揮する。
 積み重なってゆく処理済みの書類。

 内院から、爆音と悲鳴が響いていた。

「平和だねー」

 くあ、と赤毛の少女があくびをする。

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