38 / 54
第5章
第38話
しおりを挟むオルトの陰謀は潰えた。
国政の中核であった摂政サトリスが早々に寝返ってしまったからである。
貴族どもは将来的にサトリスを排除する方策を練ってはいただろうが、はるか手前の地点で機先を制された格好だ。
不正の証拠が白日の下に晒され、大貴族や豪商が幾人も罪に問われた。
執行詔書にサインしたのは、幽閉を解かれたユハイム王である。
二年に及んだ軟禁生活の憂さを晴らすかのように、嬉々として貪官汚吏どもを処分していった。
もちろんその中には、若き摂政サトリスの処遇も含まれている。
すべての地位と財産を剥奪した上で国外追放。
それがサトリスに下された罰である。
「んで、どうするの? これから」
執務室で残務整理をしていたサトリスのもとをセシルが訊ねたのは『静かなる革命の夜』から十五日ほどが経過した頃のことであった。
「どうするかなぁ」
目を通した書類をくずかごに投げ捨て、サトリスが歎息する。
オルトからは出て行かなくてはならない。
かといって、テリオスに誘われたようにアイリンに仕えるのは気が乗らない。
根無し草の冒険者として、孤剣を携え各地を放浪するか。
「じゃあさ、うちくる?」
「エリューシアに? それもなぁ」
オルトやアイリンほど恨んでいるわけではないが、やはり自分を売った国である。
積極的に仕官する気にはなれない。
「ちゃうちゃう。あたしもうエリューシアの人間じゃないよー」
ぱたぱたと手を振ってみせるセシル。
「ああ……出奔したんだっけ」
「そそ。いまはタイモールで商売やってんの。セシル商会っていうちっこい店だけどねー」
「タイモールか……なつかしいな。イリューズの故郷だって言ってた。魔軍に滅ぼされたけど」
「滅んでないよー イリューズさまが治めてるよー」
「なるほど……魔軍の侵攻がなかったから、イリューズはタイモールを捨てずに済んだんだ」
ふむと腕を組むサトリス。
「ちなみにイリューズさまが、セシル商会の立ち上げとき援助してくれたのー」
また繋がった。
魔王が復活しなかった世界で縁が紡がれてゆく。
これだから人の世は面白い、としておくべきなのだろうか。
「あってみたいな。イリューズ」
「簡単には会えないかもよー いまをときめく伯爵さまだしねー」
「しかも出世してるし……」
サトリスの知るイリューズは子爵から男爵へ格下げされた。
この歴史では順調に出世しているらしい。
「いちおうあたしは懇意にさせてもらってるけど、部下ってわけじゃないからね。紹介できるかはわかんない」
「機会があったらでかまわないよ。店長」
「にふふふー じゃあめでたくセシル商会に就職だねー よろしく番頭さん二号ー」
「二号なんだね」
苦笑するサトリス。
「一号はナイルだよー」
「あいつの後輩ってのは業腹だな」
嫌な顔をするが、本気で嫌がっているわけではないことなど、セシルにはお見通しだった。
なんといっても、同じニッポンという世界の記憶を持つ者同士だ。
「あたしたちは明日にはオルトを発つけど、サトリスは?」
「僕はまだ残務整理が残ってる。もう少し後になるかな」
「タイモールで待ってるよ。よろしくね。サトリス」
右手を差し出す赤毛の店長さん。
「ああ。こちらこそよろしく……セシル」
握り返す。
名前の前に挿入されたわずかな沈黙。
二つの時間を超えた慕情。
これで終わったのか、それともこれから始まるのか。
黒髪の若者には、答えの持ち合わせがなかった。
街道はもうすっかり冬の気配。
のんびりと歩く四つの人影。
より正確には、一人は青年騎士の肩に乗っているので、歩いているのは三人だ。
「しかし、良いのかの? 竜の郷で保護しなくて」
テリオスの肩の上からマルドゥクが愛弟子に問う。
「いいんじゃないですかねー」
なーんにも考えてませんよ、という顔のセシル。
「世界にも良い感じに馴染んでますし、けっこう良い奴っぽいですしー」
「や、そういう意味ではなくての」
ちらりともう一人の愛弟子を見遣る幼女。
仏頂面だ。
この上ないくらいの仏頂面だ。
そりゃそうだろう。
友達以上恋人未満という関係から、もうちょっと進められそうになった矢先に、昔の恋人の登場だ。
まるっきり暇な奥様方が好む物語のような展開である。
「なにさナイル。やなの?」
「セシルが決めたことに否はない」
むっつりと応える。
台詞とは裏腹に、口調と表情が大反対だと叫んでいる。
めんどくさい少年だ。
「つーかさー あれだけの才能を野に放つとか、竜の郷で保護とか、そっちの方が正気かって訊きたいよー? あたしとしてはー」
仮にも一国の摂政まで、十七歳という若さで登り詰めた人材である。
有力な門閥貴族の後押しもなしに、位人臣を極めたのだ。
無能者がスピード出世できるほど、オルト王国は甘くないだろう。
「それほどの人材をゲットしないで、どこから拾ってくるのさー ゴミ捨て場に人材は落ちてないんだよー」
「セシルがサトリスをスカウトしたのは、営利目的だったのか……」
「なにいってんのナイルは? あたしの人生、すべて営利が目的よ?」
えっへんと胸を張る。
悪びれるどころか威張っている。
左手でがりがりと頭を掻くナイル。
「じゃあ恋愛感情とか、そういうのは……?」
「なんでー?」
なんでそんなことを訊かれたのか判らない、という表情。
「あたしは彼の知っているチュチュ姫じゃないよー?」
「…………」
二の句が繋げない。
たぶんサトリスは、そういう段階はすでに過ぎている。
その上で新たな一歩を踏み出そうとしているのだ。
ところが店長さんは、まったく、これっぽっちも気付いていないときた。
不憫すぎるぞサトリス。
心の底から恋敵に同情するナイルだった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる