アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第5章

第38話

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 オルトの陰謀は潰えた。
 国政の中核であった摂政サトリスが早々に寝返ってしまったからである。

 貴族どもは将来的にサトリスを排除する方策を練ってはいただろうが、はるか手前の地点で機先を制された格好だ。
 不正の証拠が白日の下に晒され、大貴族や豪商が幾人も罪に問われた。

 執行詔書にサインしたのは、幽閉を解かれたユハイム王である。
 二年に及んだ軟禁生活の憂さを晴らすかのように、嬉々として貪官汚吏どもを処分していった。
 もちろんその中には、若き摂政サトリスの処遇も含まれている。

 すべての地位と財産を剥奪した上で国外追放。
 それがサトリスに下された罰である。

「んで、どうするの? これから」

 執務室で残務整理をしていたサトリスのもとをセシルが訊ねたのは『静かなる革命の夜』から十五日ほどが経過した頃のことであった。

「どうするかなぁ」

 目を通した書類をくずかごに投げ捨て、サトリスが歎息する。

 オルトからは出て行かなくてはならない。
 かといって、テリオスに誘われたようにアイリンに仕えるのは気が乗らない。
 根無し草の冒険者として、孤剣を携え各地を放浪するか。

「じゃあさ、うちくる?」
「エリューシアに? それもなぁ」

 オルトやアイリンほど恨んでいるわけではないが、やはり自分を売った国である。
 積極的に仕官する気にはなれない。

「ちゃうちゃう。あたしもうエリューシアの人間じゃないよー」

 ぱたぱたと手を振ってみせるセシル。

「ああ……出奔したんだっけ」
「そそ。いまはタイモールで商売やってんの。セシル商会っていうちっこい店だけどねー」

「タイモールか……なつかしいな。イリューズの故郷だって言ってた。魔軍に滅ぼされたけど」
「滅んでないよー イリューズさまが治めてるよー」

「なるほど……魔軍の侵攻がなかったから、イリューズはタイモールを捨てずに済んだんだ」

 ふむと腕を組むサトリス。

「ちなみにイリューズさまが、セシル商会の立ち上げとき援助してくれたのー」

 また繋がった。
 魔王が復活しなかった世界で縁が紡がれてゆく。
 これだから人の世は面白い、としておくべきなのだろうか。

「あってみたいな。イリューズ」
「簡単には会えないかもよー いまをときめく伯爵さまだしねー」
「しかも出世してるし……」

 サトリスの知るイリューズは子爵から男爵へ格下げされた。
 この歴史では順調に出世しているらしい。

「いちおうあたしは懇意にさせてもらってるけど、部下ってわけじゃないからね。紹介できるかはわかんない」
「機会があったらでかまわないよ。店長」

「にふふふー じゃあめでたくセシル商会に就職だねー よろしく番頭さん二号ー」
「二号なんだね」

 苦笑するサトリス。

「一号はナイルだよー」
「あいつの後輩ってのは業腹だな」

 嫌な顔をするが、本気で嫌がっているわけではないことなど、セシルにはお見通しだった。
 なんといっても、同じニッポンという世界の記憶を持つ者同士だ。

「あたしたちは明日にはオルトを発つけど、サトリスは?」
「僕はまだ残務整理が残ってる。もう少し後になるかな」
「タイモールで待ってるよ。よろしくね。サトリス」

 右手を差し出す赤毛の店長さん。

「ああ。こちらこそよろしく……セシル」

 握り返す。
 名前の前に挿入されたわずかな沈黙。

 二つの時間を超えた慕情。
 これで終わったのか、それともこれから始まるのか。
 黒髪の若者には、答えの持ち合わせがなかった。





 街道はもうすっかり冬の気配。
 のんびりと歩く四つの人影。
 より正確には、一人は青年騎士の肩に乗っているので、歩いているのは三人だ。

「しかし、良いのかの? 竜の郷で保護しなくて」

 テリオスの肩の上からマルドゥクが愛弟子に問う。

「いいんじゃないですかねー」

 なーんにも考えてませんよ、という顔のセシル。

「世界にも良い感じに馴染んでますし、けっこう良い奴っぽいですしー」
「や、そういう意味ではなくての」

 ちらりともう一人の愛弟子を見遣る幼女。
 仏頂面だ。
 この上ないくらいの仏頂面だ。
 そりゃそうだろう。

 友達以上恋人未満という関係から、もうちょっと進められそうになった矢先に、昔の恋人おとこの登場だ。
 まるっきり暇な奥様方が好む物語のような展開である。

「なにさナイル。やなの?」
「セシルが決めたことに否はない」

 むっつりと応える。
 台詞とは裏腹に、口調と表情が大反対だと叫んでいる。
 めんどくさい少年だ。

「つーかさー あれだけの才能を野に放つとか、竜の郷で保護とか、そっちの方が正気かって訊きたいよー? あたしとしてはー」

 仮にも一国の摂政まで、十七歳という若さで登り詰めた人材である。
 有力な門閥貴族の後押しもなしに、位人臣を極めたのだ。
 無能者がスピード出世できるほど、オルト王国は甘くないだろう。

「それほどの人材をゲットしないで、どこから拾ってくるのさー ゴミ捨て場に人材は落ちてないんだよー」
「セシルがサトリスをスカウトしたのは、営利目的だったのか……」

「なにいってんのナイルは? あたしの人生、すべて営利が目的よ?」

 えっへんと胸を張る。
 悪びれるどころか威張っている。
 左手でがりがりと頭を掻くナイル。

「じゃあ恋愛感情とか、そういうのは……?」
「なんでー?」

 なんでそんなことを訊かれたのか判らない、という表情。

「あたしは彼の知っているチュチュ姫じゃないよー?」
「…………」

 二の句が繋げない。
 たぶんサトリスは、そういう段階はすでに過ぎている。
 その上で新たな一歩を踏み出そうとしているのだ。

 ところが店長さんは、まったく、これっぽっちも気付いていないときた。

 不憫すぎるぞサトリス。
 心の底から恋敵に同情するナイルだった。
 
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