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第5章
第41話
しおりを挟む広間の中央部にうずくまる影。
竜ではない。
「下位魔族だな」
呟き、剣を構えるサトリス。
ねじれた角を持つヤギのような顔が、こちらを向いた。
「あのデーモンが、ボルケーノを倒して居座っているのか?」
「足元みてナイル。鎖がのびてるー」
魔族の左足首には鎖が巻かれ、その先は虚空へと消えている。
「たぶんマジックアイテムだね。あれでこの場所に縛られてるんじゃないかな?」
「ということは……」
「留守番だろうねっ アレを倒さないと秘宝もくったくれもないってことだねっ」
戦闘衝動に赤い瞳を輝かせて、女冒険者が腰の後ろの隠しから竜爪刀を引き抜く。
男たちも構えた。
サトリスの手には魔力剣。ナイルの手にはPKランスの輝き。
マルドゥクだけが後ろにさがって観戦モードである。
弟子たちに手を貸すつもりはないらしい。
「とーぜんっ この程度の相手にお師匠さんの手を煩わせるわけにはいかないっしょっ」
一直線に距離を詰めるセシル。
デーモンが吠え声をあげる。
四本の腕を振りかざし、牙の並んだ口を開いて。
洞窟内の空気がびりびりと震えた。
気の弱い者なら、気絶してしまいそうな迫力である。
しかし怯むことなくセシルが駈ける。燃えるように紅い髪をなびかせて。
デーモンの手に火球が生まれた。
無詠唱魔術。
魔族どものお家芸である。
回避できるような間合いではない。
嗜虐の愉悦にデーモンの口が歪む。
愚かな人間族の女が焼け死ぬ様を幻視したのだろう。
しかしそれは現実にはならなかった。
セシルの背後から飛んだ四本の光が、同数の火焔球を撃墜したから。
「すこしは命を惜しめ! セシル!」
苦情の声とともに。
ナイルの精神魔術だ。
「惜しんでるよー だからナイルをアテにしてたのー」
「だったら言ってからにしてくれ!」
「あたしとナイルの間に言葉は不要ー 言わなくても判ると思ってたよー」
「勝手なことを!」
漫才の間に最接近したセシルが宙を舞う。
後方宙返り蹴り。
右の爪先から生えた刃が、デーモンの胴を縦に切り裂く。
が、効いていない。
魔族には物理攻撃の効果が薄いから。
空中にある少女に手を伸ばすデーモン。
足首に爪が触れる直前。
「大技を、効果の薄いと判っていて使う意味に気付かなかったのか?」
声は、足元から聞こえた。
サトリスだ。
スライディングしながらレッサーデーモンの左足を切りつける。
セシルの行動の意味。
それは、黒髪の元勇者の突撃を隠すため。
熟練した冒険者たちでも尻込みするような相手に、単純な力押しで勝てるとは、最初から思っていない!
魔力剣に切り裂かれ絶叫する魔族。
攻防ともにバランスの良いサトリスが、セシルの作ってくれた隙を突いて一撃を叩き込んだ。
足から血を流し、通過したサトリスへと襲いかかろうとするデーモン。
「戦場で背を向けたら、終わりだよ」
空中のセシルが嘯く。
その瞬間、光の槍が背中から胸へと貫いていた。
セシルの突撃によってサトリスの突撃を隠し、サトリスの攻撃によってナイルの攻撃を隠蔽する。
トリニティアタック。
なにか理不尽なものでも見るかのように、レッサーデーモンが己の胸から突き出たPKランスを見る。
そして表情が漂白された。
「ばいばい」
果たして哀れな魔族は、女冒険者の声を聞くことができただろうか。
空中で一転したセシルの右手が閃く。
竜爪刀によって切り飛ばされた頭が、滑稽なほど軽い音を立てて地面に転がった。
灰化してゆく忌まわしい身体。
戦闘開始から、わずか二秒。
まったく良いところなく、人間の天敵は敗れ去った。
すちゃりと着地するセシル。
「完勝っ」
腰の隠しに短刀を戻し、店長が両腕を高く掲げる。
右手に番頭その一が、左手に番頭その二が、それぞれハイタッチした。
ぱんと小気味よい音が洞窟の広間に木霊する。
「やれ。もう少し苦戦するかと思っていたのじゃがな。下位魔族ではこの程度かの」
安全圏から歩み寄ってきたマルドゥクが、素直でない言葉で愛弟子たちを称揚した。
「お宝お宝っ」
スキップしそうなほど上機嫌に、セシルが火竜の寝床と思しき場所へと駈けよってゆく。
肩をすくめ、男たちが続いた。
「空き巣狙いじゃからの。ほどほどにしておくのじゃぞ?」
「判ってますよー 目的のモノと必要経費分くらいですってー」
苦笑しながら宝物の選別を手伝うナイル。
あまりかさばるものを持って帰えるのは大変なのである。
「秘宝ってのは竜珠かなー?」
強力な魔力を秘めた宝玉だ。
金に変えれば一財産だし、非常に美しいのでコレクターアイテムとしても価値が高い。
「あったーっ!」
しばらく後、発見に至ったセシルが両手で掲げてみせる。
群青の宝玉のなかに、星を散りばめたような赤い輝きがある。
大きさは大人の男性の握り拳より大きいだろう。
「ほう……ボルケーノの小僧め。こんな珠を編めるほどに成長したか。善哉じゃな」
我が子の成長を喜ぶように、頷くマルドゥクだった。
盗人猛々しいとは、このことである。
竜珠を抱えて意気揚々と屋敷に戻った少年。
待っていたのは感謝の言葉ではなく、母親の平手打ちだった。
命の危険も顧みずに、そんな秘宝を取りに行ったと思ったから。
自分の職を守るため、我が子がそんな無茶をしたと思ったから。
涙ながらに息子を殴る母親。
「まあまあ」
と、まるで平和主義者のように、同行していたセシルが事情を説明する。
不本意そうな顔をしたのは富豪だ。
「私はそんな強欲な人間ではない。たかが皿と大切な使用人、秤にかけることなどできるわけがないではないか」
というわけだ。
そして、竜珠の代金とセシル商会への報酬もきちんと支払うと申し出た。
彼にとってはまったく無駄な出費である。
欲しくもない宝玉に雇いたくもない冒険者だ。
「だが、当家の者がお世話になったのは事実だからな」
憮然とした顔をセシルに向ける。
軽く手を振った赤毛の冒険者が少年を見た。
「これが、君の持っている宝物だよー」
にぱっと笑う。
涙を流して心配してくれる母親。
使用人とその息子を、ちゃんと自分の家の人間として迎え入れてくる雇い主。
竜の秘宝を求める必要など、どこにもない。
「そんなわけで、依頼は失敗ってことだねー」
貯金箱を少年に押しつける。
「きみが最初にするべき事は、冒険者に頼ることじゃなくて、お皿を割っちゃったことをちゃんと謝ることだったんだよー」
少年の頭を一撫でして、竜珠も置いたまま屋敷を出るセシルだった。
「もしかして最初からこうなるって判ってたのか?」
屋敷の前で待っていたナイルが訊ねる。
結局、セシル商会はこの依頼から胴銭一枚の利益をあげることもできなかった。
ただの丸損である。
「ああは言ったけどねー 普通に謝ったんじゃ許してもらえないかもしれないじゃん?」
だから、許さなくてはいけないような空気を作ってしまうのだ。
それにプラスして壊れた皿と同等以上の価値のある宝石があれば、主人の怒りも大きくはならないだろう。
使用人を怖がらせていた、と考えを改めるかもしれない。
そこまでいかなくとも、主人の寛容を知った母子はよりいっそう忠誠を尽くすだろうし、母の愛を知った少年は今まで以上に母親を大切にするだろう。
「……ずいぶんと損な役回りじゃないか? セシル」
利益も得られず、感謝されることもない。
ひどい話だ。
まるで道化である。
「ナイルは道化は嫌いー?」
「……嫌いだったな。昔は」
過去形を使う漆黒の放浪魔導師。
誰かの幸せがそこにあれば良い。
それが最高の報酬だ。
そんなセシルの生き方に、いまさらながら惚れ直す。
やがて見えてくる小さな小さな商会。
「おかえり。セシル」
窓から顔を出したサトリスが手を振っている。
「ただいまー」
手を振り返す店長さん。
眩しそうに、ナイルが目を細めた。
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