アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

文字の大きさ
41 / 54
第5章

第41話

しおりを挟む

 広間の中央部にうずくまる影。
 竜ではない。

下位魔族レッサーデーモンだな」

 呟き、剣を構えるサトリス。
 ねじれた角を持つヤギのような顔が、こちらを向いた。

「あのデーモンが、ボルケーノを倒して居座っているのか?」
「足元みてナイル。鎖がのびてるー」

 魔族の左足首には鎖が巻かれ、その先は虚空へと消えている。

「たぶんマジックアイテムだね。あれでこの場所に縛られてるんじゃないかな?」
「ということは……」
「留守番だろうねっ アレを倒さないと秘宝もくったくれもないってことだねっ」

 戦闘衝動に赤い瞳を輝かせて、女冒険者が腰の後ろの隠しから竜爪刀を引き抜く。
 男たちも構えた。
 サトリスの手には魔力剣。ナイルの手にはPKランスの輝き。

 マルドゥクだけが後ろにさがって観戦モードである。
 弟子たちに手を貸すつもりはないらしい。

「とーぜんっ この程度の相手にお師匠さんの手を煩わせるわけにはいかないっしょっ」

 一直線に距離を詰めるセシル。
 デーモンが吠え声をあげる。
 四本の腕を振りかざし、牙の並んだ口を開いて。

 洞窟内の空気がびりびりと震えた。
 気の弱い者なら、気絶してしまいそうな迫力である。

 しかし怯むことなくセシルが駈ける。燃えるように紅い髪をなびかせて。

 デーモンの手に火球が生まれた。
 無詠唱魔術。
 魔族どものお家芸である。

 回避できるような間合いではない。
 嗜虐の愉悦にデーモンの口が歪む。
 愚かな人間族の女が焼け死ぬ様を幻視したのだろう。

 しかしそれは現実にはならなかった。
 セシルの背後から飛んだ四本の光が、同数の火焔球を撃墜したから。

「すこしは命を惜しめ! セシル!」

 苦情の声とともに。
 ナイルの精神魔術だ。

「惜しんでるよー だからナイルをアテにしてたのー」
「だったら言ってからにしてくれ!」

「あたしとナイルの間に言葉は不要ー 言わなくても判ると思ってたよー」
「勝手なことを!」

 漫才の間に最接近したセシルが宙を舞う。
 後方宙返り蹴りサマーソルトキック

 右の爪先から生えた刃が、デーモンの胴を縦に切り裂く。
 が、効いていない。
 魔族には物理攻撃の効果が薄いから。

 空中にある少女に手を伸ばすデーモン。
 足首に爪が触れる直前。

「大技を、効果の薄いと判っていて使う意味に気付かなかったのか?」

 声は、足元から聞こえた。
 サトリスだ。
 スライディングしながらレッサーデーモンの左足を切りつける。
 セシルの行動の意味。
 それは、黒髪の元勇者の突撃を隠すため。

 熟練した冒険者たちでも尻込みするような相手に、単純な力押しで勝てるとは、最初から思っていない!

 魔力剣に切り裂かれ絶叫する魔族。
 攻防ともにバランスの良いサトリスが、セシルの作ってくれた隙を突いて一撃を叩き込んだ。
 足から血を流し、通過したサトリスへと襲いかかろうとするデーモン。

「戦場で背を向けたら、終わりだよ」

 空中のセシルが嘯く。
 その瞬間、光の槍が背中から胸へと貫いていた。
 セシルの突撃によってサトリスの突撃を隠し、サトリスの攻撃によってナイルの攻撃を隠蔽する。

 トリニティ三位一体アタック攻撃

 なにか理不尽なものでも見るかのように、レッサーデーモンが己の胸から突き出たPKランスを見る。
 そして表情が漂白された。

「ばいばい」

 果たして哀れな魔族は、女冒険者の声を聞くことができただろうか。
 空中で一転したセシルの右手が閃く。

 竜爪刀によって切り飛ばされた頭が、滑稽なほど軽い音を立てて地面に転がった。
 灰化してゆく忌まわしい身体。

 戦闘開始から、わずか二秒。
 まったく良いところなく、人間の天敵は敗れ去った。
 すちゃりと着地するセシル。

「完勝っ」

 腰の隠しに短刀を戻し、店長が両腕を高く掲げる。
 右手に番頭その一が、左手に番頭その二が、それぞれハイタッチした。
 ぱんと小気味よい音が洞窟の広間に木霊する。

「やれ。もう少し苦戦するかと思っていたのじゃがな。下位魔族ではこの程度かの」

 安全圏から歩み寄ってきたマルドゥクが、素直でない言葉で愛弟子たちを称揚した。

「お宝お宝っ」

 スキップしそうなほど上機嫌に、セシルが火竜の寝床と思しき場所へと駈けよってゆく。
 肩をすくめ、男たちが続いた。

「空き巣狙いじゃからの。ほどほどにしておくのじゃぞ?」
「判ってますよー 目的のモノと必要経費分くらいですってー」

 苦笑しながら宝物の選別を手伝うナイル。
 あまりかさばるものを持って帰えるのは大変なのである。

「秘宝ってのは竜珠りゅうじゅかなー?」

 強力な魔力を秘めた宝玉だ。
 金に変えれば一財産だし、非常に美しいのでコレクターアイテムとしても価値が高い。

「あったーっ!」

 しばらく後、発見に至ったセシルが両手で掲げてみせる。
 群青の宝玉のなかに、星を散りばめたような赤い輝きがある。
 大きさは大人の男性の握り拳より大きいだろう。

「ほう……ボルケーノの小僧め。こんな珠を編めるほどに成長したか。善哉じゃな」

 我が子の成長を喜ぶように、頷くマルドゥクだった。
 盗人猛々しいとは、このことである。







 竜珠を抱えて意気揚々と屋敷に戻った少年。
 待っていたのは感謝の言葉ではなく、母親の平手打ちだった。

 命の危険も顧みずに、そんな秘宝を取りに行ったと思ったから。
 自分の職を守るため、我が子がそんな無茶をしたと思ったから。
 涙ながらに息子を殴る母親。

「まあまあ」

 と、まるで平和主義者のように、同行していたセシルが事情を説明する。
 不本意そうな顔をしたのは富豪だ。

「私はそんな強欲な人間ではない。たかが皿と大切な使用人、秤にかけることなどできるわけがないではないか」

 というわけだ。
 そして、竜珠の代金とセシル商会への報酬もきちんと支払うと申し出た。
 彼にとってはまったく無駄な出費である。

 欲しくもない宝玉に雇いたくもない冒険者だ。

「だが、当家の者がお世話になったのは事実だからな」

 憮然とした顔をセシルに向ける。
 軽く手を振った赤毛の冒険者が少年を見た。

「これが、君の持っている宝物だよー」

 にぱっと笑う。
 涙を流して心配してくれる母親。
 使用人とその息子を、ちゃんと自分の家の人間として迎え入れてくる雇い主。

 竜の秘宝を求める必要など、どこにもない。

「そんなわけで、依頼は失敗ってことだねー」

 貯金箱を少年に押しつける。

「きみが最初にするべき事は、冒険者に頼ることじゃなくて、お皿を割っちゃったことをちゃんと謝ることだったんだよー」

 少年の頭を一撫でして、竜珠も置いたまま屋敷を出るセシルだった。

「もしかして最初からこうなるって判ってたのか?」

 屋敷の前で待っていたナイルが訊ねる。
 結局、セシル商会はこの依頼から胴銭一枚の利益をあげることもできなかった。
 ただの丸損である。

「ああは言ったけどねー 普通に謝ったんじゃ許してもらえないかもしれないじゃん?」

 だから、許さなくてはいけないような空気を作ってしまうのだ。
 それにプラスして壊れた皿と同等以上の価値のある宝石があれば、主人の怒りも大きくはならないだろう。

 使用人を怖がらせていた、と考えを改めるかもしれない。
 そこまでいかなくとも、主人の寛容を知った母子はよりいっそう忠誠を尽くすだろうし、母の愛を知った少年は今まで以上に母親を大切にするだろう。

「……ずいぶんと損な役回りじゃないか? セシル」

 利益も得られず、感謝されることもない。
 ひどい話だ。
 まるで道化である。

「ナイルは道化は嫌いー?」
「……嫌いだったな。昔は」

 過去形を使う漆黒の放浪魔導師。
 誰かの幸せがそこにあれば良い。
 それが最高の報酬だ。

 そんなセシルの生き方に、いまさらながら惚れ直す。
 やがて見えてくる小さな小さな商会。

「おかえり。セシル」

 窓から顔を出したサトリスが手を振っている。

「ただいまー」

 手を振り返す店長さん。
 眩しそうに、ナイルが目を細めた。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

処理中です...