アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第5章

第42話

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「で、格好つけたあげく、銅銭一枚の報酬も貰わずに帰ってきたと」

 腰に手をあてたサトリス。
 床で正座させられているナイルとセシルを見る。

「どうする? マルドゥクさま」
「竜珠の値段分、セシルは酒場で裸踊りストリップでもして稼いでこい、と言いたいところじゃが」
『それはダメだ!』

 立っているサトリスと正座しているナイルが異口同音に叫ぶ。

「そうするのが最善だと思ったのじゃろう? ならば咎めることは何もない」
「まあ、必要経費分くらいの宝物は回収したからね。赤字にはなっていないよ。安心して。セシル」
「よかったぁ」

 サトリスの言葉に胸を撫で下ろすセシル。

「ところでの。ボルケーノのことなのじゃが」

 弟子のためにお茶を淹れながら、幼女が口を開く。

「何か気になることでもあるんですかー?」
「気になるというほどのことでもないがの。何処へいったのかと思うただけじゃ」

 巣穴を離れた火竜。
 留守番にレッサーデーモンを置いていったとなると、ちょっとそこまで買い物に、という話ではあるまい。
 かなり長期に渡って巣を空けるつもりだったと考える方が筋が通る。

「バカンス?」
「その可能性は否定せんがの」
「否定してくださいよ……なんで竜がバカンスに行くんですか……」
「ドラゴンはけっこう享楽的じゃぞ? 我だって汝らと暮らしておるしの」

 人間とともに暮らす。
 それはバカンスのようなものだ。

 長い長い竜の一生のうち、ほんの一瞬。
 何かしらの楽しみは必要だ。無為に過ごすには、何百年という刻は重すぎる。

「だから手慰みに村を襲ったりする竜がいるのかもね」
「ああいうのはたいてい若い竜の仕業じゃ。人間にもおるじゃろ? いきがったガキというものが」
「ああー」

 大いに頷くナイルとサトリスだった。
 どこの世界にも無軌道な若者というのは存在するらしい。

 とはいえ、そういう連中だって大人になればきちんと社会生活を営むようになるし、いい歳をして無体なことをしていれば処罰されるだけである。

「壊してしまえば、眺めて楽しむこともできなくなるからの」

 もちろん参加することも。
 竜にとって人間の営みとは、一夏の祭りのようなもの。
 見て楽しむも良し、参加するも良し。

「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損損、というやつか」

 ナイルの言葉に苦笑するマルドゥク。
 彼女は踊る阿呆の方だが、祭りそのものを無くしてしまえば、見も事も踊ることもできなくなる。
 それは少しもったいないというものだろう。

「つまり、ボルケーノは何か楽しみを見つけたんで、出かけちゃったってことですかねー?」
「わからぬ。我の知るボルケーノはどちらかといえば、先ほどサトリスがいったような、やんちゃな小僧であったが故な」
「どっかの村を襲いにいった可能性ですかぁ……」

 ふうむと考え込むセシル。
 そういう情報は入っていない。
 むしろモンスター被害の話自体、最近はあまりきかない。
 街道も平和なものだ。

「いわれてみればなんか引っかかるかもー」
「じゃろ? どこがどうという話でもないのじゃが、なんとなく腑に落ちぬ」
「ですねー」

 住処に火竜がいなかった。
 ただそれだけのことなのだが、なぜか心に棘を残す。
 ひとつ首を振ったセシル。

「ま。考えても仕方ないです。それよりお師匠さん。打ち上げしましょうよ」

 話題を変える。

「打ち上げじゃと?」
「四人になって、初めての仕事が終わったんですからー お祝いくらいしないとー」
「ああ。それはそうじゃな」
「三人になったときのお祝いはして貰ってないんだが……」

 ぼそぼそとナイルがいう。

「なにいってんー したじゃんー 社員旅行ー」
「あれお祝いだったのかっ!?」
「なんだと思ってたのよっ!?」

 びっくり仰天の番頭さんと店長さん。
 玉子かけご飯の話にナイルが食いついたため、竜の郷へ行くことにした。

「説明しろよな……」
「ナイルが鈍すぎじゃの。鈍いセシルを相手にするのに、汝が鈍くては一歩も先に進めぬじゃろうな」

 謎のジャッジを下すマルドゥク。

「ぐ……精進します……」
「あたしは鈍くないですー」

 少年の横からセシルが反論する。

「……精進します……」

 もう一度繰り返すナイルだった。






 翌日、二度目の社員旅行に向けて準備中だったセシル商会の面々であったが、予定の変更を余儀なくされる出来事が起きた。
 サリス伯爵の使者が訪れ、至急、登城するよう告げたためである。

「なんだろうねー?」

 イリューズの居城への道すがらセシルが首をかしげる。
 呼び出しに応じない、という選択肢は存在しない。
 商会立ち上げ時の出資者でもあるし、なにより領主である。要請の形はとっていても、命令に等しい。

「もちろん茶会の誘い、ではないだろうね」

 下手な冗談を飛ばして微笑するサトリス。

 今回の随員だ。
 拒否できない以上、この機会を利用して新しい店員を紹介しようという運びになったのである。

「最近はおっきい事件とかないと思ったんだけどなー?」

 セシルの言い回しに黒髪の元勇者が苦笑した。
 事件がないと呼び出さないというのは、ずいぶんと殺伐とした関係である。

「もっと気楽にかまえていいと思うよ。セシル」
「そーかなー?」
「本当に単なる茶会かもしれないじゃないか」

 結論から言うなら、サトリスの予測は外れていた。
 執務室に通された二人は、イリューズ以外の人間と対面することになったのである。

 一人はセシルにとっても知己である。
 テリオス・クレッツェン。
 アイリン王国の近衛騎士だ。

 ただ、もう一人はセシルには面識がない。
 セシルにだけは。

「サトリス……本当にあなたなのね……」

 サファイアの瞳に涙を浮かべる少女。
 プラチナブロンドの豊かな髪が揺れる。

「エオリア……」

 名を呼ばれ、黒髪の元勇者が立ちすくむ。
 アイリン王国の王女、エオリアだ。

 とんでもない雲上人である。普通であれば尊顔を拝することもないような。
 次の瞬間、ちょっと信じられないことが起きる。
 飛燕の動きでエオリア王女がサトリスに抱きついたのだ。
 そのまま押し倒してしまう。

「会いたかった……わたくしのサトリス……」
『えぇぇぇぇー!?』

 セシル、イリューズ、テリオスの顎がかくーんと落ちた。

「ええと……これはどういう状況なんだ?」

 まさか王女を押しのけるわけにもいかず、サトリスが困惑した声を絞り出した。

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