アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第5章

第43話

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「ええとつまり、エオリア殿下も「記憶」を持っている、ということですか?」

 なんとか王女を落ち着かせ、ソファに座らせた後、セシルが訊ねた。
 イリューズやテリオスがサトリスに抱きつく王女を引っぺがすわけにもいかないので、こればかりは仕方がない。

「やめてチュチュ。そんな他人行儀な言葉遣い」
「赤の他人ですし初対面です。王女殿下」

 イリューズに視線で助けを求めるが、露骨に目をそらされた。
 使えないおっさんである。

 そしてセシルは自分が呼び出された理由を悟った。
 このめんどくさい王女の相手をさせるためだ。

「チュチュ。あなたにも会いたかった」

 白い手でセシルの頬を撫でるエオリア。

「ええまあ。サトリスと同じような状況ですね」
「……僕はそこまでトチ狂っていなかったと思うよ。セシル」
「だいたいこんなもんだったよ?」
「……まじか……」

 落ち込んでゆく元勇者。

「なんかめんどくさいんで、平素の口調で話すことをお許し下さい。エオリア殿下」

 かなり失礼な前置きをして、セシルがいくつか質問をする。
 サトリスの記憶との相違点を探るためだ。

 結果、ふたりは同じ記憶を持っていることが判った。
 細部はけっこう違うが、これはサトリスの視点とエオリアの視点が違うため、仕方のないことである。

「つまり、エオリアも転移したってことなのかな?」
「わたくしの場合は、自室で目覚めたの」
「つまり死んだ場所だね?」

「ええ。マヨロン公爵にサトリス助命の確約を貰い、部屋に戻ったら誰かがいて、胸に衝撃があった。そこまでは憶えてるわ」
「刺されて死んだってことだよね。そこはちょっと違ってるかな。サトリスの記憶だと手足を引き千切られて死んだって話だったけど」

「たぶん、殺された後にそう細工されたのでしょうね。マヨロンめがやりそうな事よ」

 ふんすと鼻息を荒げる王女様。
 テリオスがこめかみを押さえていた。

 楚々としておしとやかな、悪くいえば目立たないエオリア王女からは想像も付かない今の姿。
 頭くらい抱えるだろう。

「まあ、そこは良いよ。時間を遡ったエオリアは、目立たないよう敵を作らないよう演技していたって事でしょ?」
「そうね。チュチュ。幸い魔王も復活しなかったし。正直、もし復活しても勇者召喚なんか絶対にするもんかって思ってたけど」
「それがエオリアの復讐ってわけだね」

 積極的に害しようというのではない。
 ただ何もしないだけ。
 救いの手を差しのべないだけ。

「聖女と勇者に見捨てられた世界ってわけだー ご愁傷様だねー エオスさんもー」
「違うわチュチュ。人間が一人もいなくなっても、世界は何も困らないもの」

 二人の少女の顔に刻まれるシニカルな笑み。

「ともあれ、サトリスにもいったけど、それで泣くのは罪もない庶民だよ? それで良いの? 王女さま」
「良くはないけど、もともと政治は女が口を出せる領分ではないわよ。チュチュ」

 サトリスの時とは条件が異なる。
 彼は男であるがゆえ、オルトで出世して国の中枢に食い込むことができた。
 エオリアは最初から王の娘だが、政治にも軍事にも参画できない。

「わたくしになぜ二度目の生が与えられたのか、まったく判らなかったけど、いま判ったわ」
「そうなの?」
「サトリス。もう一度あなたと出逢って、恋するために生まれてきたの」

 少年の目を見ての宣言。

「エオリア……っ」

 真っ赤になるサトリス。

 あたしはいま判ったよ、と、内心で呟いてセシルが歎息した。

 こいつは恋愛脳のバカだ。
 しかも下手に頭が切れるぶん性質の悪いやつである。

「エオリア……僕は……」
「あなたがチュチュを好きなのは判ってる。でも、わたくしは負けないわ」

「……僕はそんなにきみを待たせていたのか……」
「いいの。あのときわたくしには勇気がなかっただけ。だけどいまなら言える。わたくしはあなたが好き」

「エオリア……」
「うぜえ。あと、かゆい」

 ぽこぽこと王女と勇者の頭を小突くセシル。
 目の前で時空を超えた恋愛物語とかやられても困ってしまう。

「いちゃいちゃしたくてタイモールまできたの? エオリア」
「チュチュったら。意地悪なんだから」

「セシルね。あたしは風のセシル。きみの知ってるチュチュじゃないよ。それはテオもイリューズさまも同じ」
「僕もだね。いまはセシル商会の番頭の一人だよ。エオリア」

 前世でも一度目でも良いが、そんな記憶は捨てろと遠回しに言っている。
 エオリアが小さく息を吐いた。

「取り乱したようで申し訳ありません」

 久闊を叙したくてタイモールに赴いたわけではない。もちろん、テリオスからサトリスの話を聞いて、矢も楯もたまらなくなったという側面は否定できないが、それだけではないのだ。
 生真面目な表情を作る。

「イリューズ、テオ、サトリス、チュ……セシル。みんな良く聞いて。魔王が、復活したわ」 

 投げ込まれた言葉の爆弾。
 息を呑む一同。
 唯一動いたのはセシルだ。

「最初にそれを言わんかーいっ!」

 仰角四十五度の会心のツッコミがエオリアの横頭にサクレツした。




 エオリアの力。
 それは星読みと呼ばれるものである。

 時によっては、太古に失われたはずの秘術が占託として得られることもある。
 一度目の世界で、エオリアはこの力を用いて国政に参加していた。
 魔王によって世界が滅ぼされそうになったときには、秘術をつかって勇者を召喚したりもした。

 ゆえに聖女と呼ばれたのだ。
 今回の歴史において、エオリアはこの力をずっと隠し、平凡で特徴のない王族の一人として振る舞ってきた。
 魔王も勇者もいない世界で、ただ無気力に生きるつもりだったから。
 しかし一日いちじつ、意図せずに力が発動した。

 見えたのだ。
 天空魔城インダーラが、封印の地であるデスバレーから飛び立つのを。
 それは、城主たる魔王ザッガリアが復活したという証である。

 とはいえ前述のように、エオリアはもう人々のために何もしないと決めていた。
 このまま黙って見ているつもりだった。

 そんなおり、なにやら特殊任務とやらに出かけていた近衛騎士テリオスが王都アイリーンに帰還する。
 エオリアにとっては、かつての戦友である。
 初めて面会を求められても、わりとためらいなく応じた。

 ごく短い会談で、オルト王国にサトリスがいたことを知った。
 そしてセシルことチュチュ姫の営む商会に身を寄せることになったということも。

「サトリスに、魔王復活の件を伝えなくては、と、おもったの。けっして、なんでわたくしのところにこないでチュチュのところにいくのよ、と嫉妬したわけじゃないのよ?」
「うん。動機はアレだけど、重大な案件だってのは理解したよー」

 どう考えても、魔王をダシにしてサトリスに会いにきただけだ。

「イリューズさま。ちょっとうちの店員も呼んで良いです? ちゃんと対応を協議したほうがいいと思うんですよね」

 半ば挙手するようにして許可を求める。
 重々しく、伯爵が頷いた。

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