アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第5章

第44話

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 ナイルとマルドゥクが連れだって執務室に入ってくる。
 イリューズが席を立ち、幼女の前に片膝をついた。

「マルドゥクさま。知らぬこととはいえ、これまでの非礼、お許しいただきたく」

 微笑して、マルドゥクが右手を差し出す。

「セシルに聞いたのじゃな。領主さま」

 うやうやしく押しいただいたイリューズが、その甲に口づけする。

「どうぞ、イリューズとお呼び捨てください。金色の竜王よ」
「それは外聞が悪かろうよ。まがりなりにも汝が領主じゃ。他に人がいるときは、これまで通りで良いじゃろ」

 少壮の貴族を立ちあがらせる。
 エオリアが進み出て、スカートの裾を掴んで一礼した。

「お初におめもじいたします。エオリアと申します」
「アイリンの王女さまじゃな。よしなに」
「恐懼の極みにございます」

 人間たちからみれば、齢一千年を数える黄金竜だ。そこらへんの王国の歴史よりずっとずっと生きているのである。
 感覚的には、神様に相対しているようなものだ。


「とりあえずみんな座ってー 状況を説明するからー」
「なんでお前が仕切るんだ? セシル」

 ぱんぱんと手を叩いて指示する少女に、テリオスが苦笑した。
 竜王、王族、貴族、騎士と揃っているなかで、市井の商会主が仕切っちゃってる。

「じゃーテオがやるー?」
「いや、セシルがやってくれ。悪かった」

 一秒で降参する弱々の近衛騎士だった。
 来客用ソファに座るのはエオリア、サトリス、マルドゥク、ナイルの四名。イリューズは執務机につき、テリオスはエオリアの背後に立った。
 セシルも立ったままである。

「魔王が復活したって話からだねー まずはこの信憑性ー」
「わたくしの星読みだけでは信用できないと?」
「エオリアひとりしか見てないならー ただの妄想とかわんないからねー」

 これが予言者として名高いとか、そういう肩書きでもあれば話は別だろうが、現時点ではただの妄想にすぎないため、誰も信用させることができない。
 当然のように、軍だって動かせない。

「むう……」
「傍証としてー あたしからひとつ提供するよー」

 セシルが語るのはラグル洞窟の顛末。
 火竜ボルケーノの不在だ。

「これはこれで薄弱きわまる根拠なんだけどさー 火竜が留守だったのって、魔王に合流するためだったりとかー」
「ちょっと待てセシル。じゃあ街道に出没するモンスターが減ってるってのは……」

「そそ。そいつらも魔王のもとに馳せ参じてるって説は成り立つんじゃないー?」
「まじか……」

 セシルの仮定にナイルが呻く。
 たしかにそう考えれば筋は通るし、時期的にも符合する。

「そういえば、魔王の名は判っておるのかの?」

 ふと心づいたようにマルドゥクが問う。

「ザッガリアっていってたっけ? エオリア」

 エオリアが軽く頷くのを横目で確認し、マルドゥクが右手で下顎を撫でる。

「ザッガリアの。創世神話の頃の魔王じゃな」
「知ってるんですか? お師匠さん」

「べつに知己というわけではないがの。伝承くらいは聞き及んでおる」
「うかがってもよろしいですか? マルドゥクさま。わたくしたちは、結局、魔王の正体はわからなかったのです」

 やや身を乗り出すエオリアだった。
 得体の知れない敵と戦うほど難しいことはない。

 それゆえ、幾度も幾度も勇者たちは敗れた。
 敗れながら知っていった。
 強さを、弱点を。

 仲間を失い、血と泥にまみれながら。麦をたった一本ずつ刈り取ってゆくように、どうすれば勝てるのかを模索した。

「参考になるかどうかは判らぬがの」

 目を細める幼女。
 遠い記憶をたどるかのように。

 魔王ザッガリア。
 堕ちた神ザカル。
 エオスの創世を為した八柱の神のひとつ。
 何があったかは判らない。判らないが、ザカルは神々に造反した。

 戦いが起こった。
 残された七柱の神々は、己が身体と引き替えに、作られた大地の地中深くに封じ込めた。

 その結果、エオスは完全なる楽園にはならなかった。
 モンスターが跋扈し、人々が血を流し合い、力が支配するような、野蛮な世界になってしまった。
 神々は自分たちの作品が汚されたことを怒り、憎悪し、ザカルから名を奪った。

 ザッガリア。
 神たちの言葉で、忌むべきザカル、というほどの意味になるという。

 そして神々は、理想郷とはならなかったエオスを見捨て、去っていった。
 ゆえに世界は中途半端で、混沌に満ち満ちている。

「という神話じゃな」
「最後まで責任もって作れよ。神々……」

 ぼそりと呟くナイル。
 気持ちは判らなくもないが、しょせんは神話である。

「ようするにー ザッガリアってのは、すげー強いってことが、この神話から読みとれるねー」

 ふーむと唸ったセシルが要約する。
 神々の戦いは七対一だった。
 その状況で、神々は肉体を失いザカルは封印される。神々の辛勝、ザカルの惜敗といった結末だ。 

「なんでケンカしたかって部分に触れてないのが、ちょっと気になるところだけどねー」
「そうね。建国記でもそうだけど、建国王の功績はきらびやかに飾り立てるものだから」

 セシルの言葉に同調するエオリア。
 国の開闢など、基本的に簒奪か侵略しか存在しない。何もないところに、突然できあがるわけがないのだ。

「んじゃ次は、魔王の居城ー インダーラだっけ?」
「ああ。それについては僕たちも知っている」

 天空魔城インダーラ。
 文字通り空を飛ぶ城だ。
 上空にあるというだけで、ほとんどの人間にとっては難攻不落である。

 ただ、ずっと飛んでいることもできないようで、何日かに一度は着陸する。たいていは湖の上とか、大河とか、水場だった。

「それってつまり、水の補給だねー」

 水というのはけっこう重い。
 無限に積載するというわけにもいかないのだろう。
 戦闘用の城塞ならばなおのこと、生活関連の設備は犠牲になる。

「僕たちは、地上に降りるタイミングを見計らって攻撃したんだ」
「じゃあ内部のことは判るんだねー?」
「ある程度は」
「おっけおっけ。じゃあそこは問題なしー」

 笑うセシル。
 次の話題に入ろうとする。
 ゆっくりとエオリアが手を挙げた。

「セシル。魔王と戦うつもりなの?」

 誰からも討伐など依頼されていない。
 そして討伐したら、ろくでもない未来しか待っていない。
 判っていて戦うのか。
 そうまでして世界を守るのか。

「世界なんてー 話が大きすぎてわかんないよー けどさ、魔王が攻めてきたらたくさんの人が死ぬんでしょ?」

 タイモールだって、サトリスやエオリアの知る歴史では滅んでいる。

「友達とかいるからさー 守んないとだめじゃん?」

 にぱっと笑う。
 呆れたように、王女が肩をすくめた。

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