アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第5章

第45話

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 魔王が攻めてくれば、みんな殺されてしまう。
 殺されてから悔やんでも手遅れだ。

「では戦うとして、いつ戦うかという問題じゃの」
「先制攻撃あるのみっ」

「まあ、汝はそう主張するじゃろうな。しかしセシルや。彼の魔王はどこにおるのじゃ?」
「エオリアが言ってましたっ インダーラはデスバレーから飛び立ったってっ」

「ふむ。ではそのデスバレーとやらはどこじゃ?」
「……どこでしょう?」
「痴れ者が」

 こつんと赤い頭を小突く幼女。
 聞いたこともない地名。
 地方なのか、もっとピンポイントな場所なのか、国名なのかすらも判らない。

「エオリアぁ……」
「わたくしにもわからないわ。星読みではそこがデスバレーで、それがインダーラだってのは判るんだけど、じゃあそこがどこなのかって聞かれたらさっぱり」
「結局、攻め込まれるまで判らないってことか。きついね」

 サトリスが腕を組む。
 復活を察知できたのに、対応は後手に回るしかない。
 これはなかなかに厳しい。

 北からくるか南からくるかも判らない。
 明日くるか来年くるかも判らない。

「我が、危機を叫びながら飛び回るという手もあるがの」
「それはパニックが起きるだけだろうね。マルドゥクさま」

 イリューズやテリオスの反応からみても、マルドゥクがいきなり攻撃されるということはない。
 多くのものが金色の竜王に畏敬の念を抱いている。
 それゆえにこそ、マルドゥクが危機を告げた場合、事態は退っ引きならないところまで一気に進んでしまう。

「待ちの一手かー あたしの流儀じゃないなー」
「タイモールとアイリーンの連絡だけは密にしておこう。現状できるのはそのくらいだ」

 腕を組むイリューズ。
 サリス伯爵領だけでも備えをしておけば、いきなり最悪の事態に陥るということはないだろう。

 ここを起点に反撃に転じることも可能だ。
 ただ、王都と軍都の距離的な問題だけはどうすることもできない。
 徒歩で五、六日。
 馬を使っても三日はかかる。

 仮に王都アイリーンが襲われたとしても、その報がタイモールに届くのは三日も後だ。
 そこから軍を編成するのに早くて二日。

 一人の兵ならともかく、軍勢をアイリーンに移動させようとすれば、どんなに急いでも七、八日はかかるだろう。
 つまりサリス軍が駆けつけることができるのは、襲撃から十二日も後ということらなる。

 この時差は致命的だ。
 到達時期も侵攻ルートも予想できない状態で十日以上を失うことは、おそらく永遠を失うことに等しいだろう。

「せめて情報を即時伝達できる方法があればの」

 マルドゥクが首を振り、ナイルが肩をすくめた。
 日本であれば、電話やインターネットや無線など、いくらでも方法があるが、残念ながらエオスにおいては、そんな便利なものは発明されていない。

「……手段はある」

 もう一人の日本人が呟く。
 かつて彼が魔王と戦っていたとき、必殺の武器を求めてダンジョンに挑んだことがある。
 武器を手にすることはできなかったが、勇者たちは違うものを入手することに成功した。

「魔導通信ね。サトリス」

 エオリアが確認し、元勇者が頷く。
 遠く離れた相手と会話できるマジックアイテムである。

「ナイルには、トランシーバーみたいなものだといえば判りやすいだろうね」
「トランシーバーの電波は、何百キロ先までなんて届かねえけどな。モノとしては理解できる」

 入手できれば、かなりの戦力となるだろう。
 前線と司令部の距離が音声的にゼロになるというのは、軍事の常識が変わるほどだ。

「よしっ それを取りにいこうっ」

 ぱんと手を拍つセシル。

「いやいや。ちょいとお待ちなさいな。店長さん」
「なんだい番頭さん二号」
「僕たちがダンジョンに潜ってる間に魔王が攻めてきたらどうするんだよ」
「はい。だうとー」

 くすくすと赤毛の少女が笑う。
 魔王の侵攻はある。
 時期は判らない。
 それは今までさんざん話してきたことだ。

「じゃあさ。サトリスはいつ取りに行くのが妥当だと思うー?」
「いつって……」
「時期が判らない以上、取りに行くとしたら一刻も早く。どうするどうするって迷ってたら、時間はどんどん無くなるのさー」

 つまり選択肢としては、魔導通信を入手するか、諦めるか、というものしか存在しない。
 入手時期についてのものではないのである。

「んで、あたしとしては、諦めるって選択肢はないと思ってるよー」
「……それはそうだな」

 通信装置が勇者たちの大きな力となったのは事実だ。
 それによって、警戒と索敵の網を広げることができたから。
 戦力の面で大きく水をあけられているのだ。せめて情報面くらいは優位に立てないと、勝算の立てようもない。
 そして魔王の侵攻が始まってしまえば、取りに行く余裕などないだろう。
 やるならいま。可及的速やかに入手して可及的速やかに帰還する。
 それしかないのだ。

「おけ。じゃあダンジョンに行くのはあたしとサトリスとナイル。あとテリオスかな。お師匠さんは念のためタイモールに残って」
「大変ですっ!!」

 編成を告げようとしたセシルを遮って、兵士が執務室に駆け込んでくる。
 来客中であるにもかかわらず。

「火急なれば、非礼をお許し下さい!」
「良い。話せ」

 鷹揚に応じるイリューズ。
 一朝事あったときには情事の最中でも駆け込むべし。古来からの不文律である。

「王都アイリーン上空に巨大な城塞が出現せり! 苛烈なる攻撃を加えたる由! 諸侯は直ちに軍を率いて来援されたしとのこと!!」
「先手を打たれた……のか……」

 掠れた声を絞り出した伯爵が救いを求めるようにセシルを見る。
 頼みの綱の夜叉公主おにひめを。


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