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第6章
第46話
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ゆっくりと巨大な城が浮き上がってゆく。
天空魔城。
空を舞う禍々しき城塞。
「数千年ぶりの飛翔に城も喜んでおるようだな」
バルコニーに立った男が言った。
金髪碧眼の偉丈夫。
白銀の甲冑を身に纏い、金色に輝く剣を腰に佩く。
人間ではない。
魔王ザッガリア。
彼の復活とともに魔城も復活を遂げた。
数千年、数万年の昔、七柱の神々と戦った天翔ける城、インダーラ。
「ふたたび予とともに歩もう。滅びの道を」
親しい友人に語りかけるように目を細めるザッガリア。
視界の中、大地がどんどん遠ざかってゆく。
封印の地デスバレーが。
インダーラの周囲を舞うドラゴンたち、
ザッガリアの再臨を祝うために馳せ参じたのだ。
「アンディアか。久しいな」
手を振る男。
漆黒の翼をはためかせ、一頭のドラゴンが近づいてくる。
大きい。
たとえばマルドゥクを知るものでも、その巨体に目を見張るだろう。
金色の竜王を軽く二回りは凌駕している。
魔城に降り立ち、人の姿を取った。
闇のような黒い髪と、深淵のような黒い瞳。
老将の風格を持った男が、魔王の前にかしづく。
「四千年ぶりにございます。ザッガリア様」
エンシェントドラゴン。暗黒竜アンディア。
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しかしアンディアは、もう数千年の時を生きてきた。
「もうそんなになるのか」
「生きてふたたびザッガリア様のお姿を見ることは、もはや叶わぬと思っておりました……」
「赦せ」
「謝罪など! ザッガリア様には似合いませぬ!」
声を荒げる老将。
苦笑がザッガリアの口元に刻まれる。
あのときもそうだった。
神々と最後の戦いに挑むとき、まだ若かったアンディアが最も血気盛んだった。ザッガリアをむしろけしかけ、自ら先陣に立って神々の陣列に突入していったものである。
「……次は、負けられぬな」
「御意っ」
老顔をほころばせるアンディア。
かつての仲間は、ほとんどが冥界の門をくぐってしまった。
猛将ガラゴスも、魔界公子ハラザールも、魔剣士カラミティも。
皆いなくなった。
寂しくはなったが、アンディアはより以上の満足を感じている。
数千年ぶりに、ザッガリアとともに戦えるのだ。
「おそらく儂にとって最後の戦いとなろう。この手で憎き女神アイリーンの首を獲り、ザッガリア様に喜んでいただきたいものよ」
声に出さず呟く。
威風堂々とバルコニーから身を晒す主人を見つめながら。
天空魔城インダーラが、その速度を上げる。
目指すはアイリン王国の王都、アイリーン。
創世七柱の神々、その筆頭の名を冠した都である。
暗黒の城が、空を割って突き進む。
問答無用だった。
降伏勧告もない。
交渉の余地もない。
空に現れた巨大な城から幾条もの雷光が放たれ、街の周囲に出現したドラゴン軍団がブレスを放つ。
街が灼かれる。
人が焼かれる。
表現そのままに、王都アイリーンが焼き払われてゆく。
最初の一時間で数千人の死者が出た。
浮遊魔城インダーラの攻撃も、竜族たちの攻撃も、ある意味で公平だった。
貧富も貴賤も区別しない、という一点において。
だが、攻撃する方は公平でも、それを受ける方には大きな差がある。
たとえば貧民街に住む人々は、自分の身を守るものなどなにも何も持っていない。
日々の生活にすら困窮しているのに。
「なんでこんなところまで攻撃しやがるっ!」
兵士が叫ぶ。
その腕に抱かれるのは、小さな女の子の遺体。
竜の攻撃は、スラムにまで及んでいた。
せっかくこの世に生まれたのに、教育も受けられず、遊ぶための道具もなく、働く場所すら与えてもらえない人々に、追い打ちをかけるように攻撃を加えるのか。
「これがてめえらの築きたい世界なのかよ! こん畜生!!」
亡骸を横たえ、兵士が走る。
スラムを襲っている赤い竜へと向かって。
槍を構え。
迎え撃つブレス。
青年兵士が吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられる。
骨の折れる鈍い音。口と鼻から溢れる鮮血。
「がは……」
目が眩む。
「まだだ……あの子の痛みはこんなもんじゃなかったはずだ……」
呟きながら立ちあがる。
ぞごりと左腕が落ちた。
裂けた腹部から腸があふれ出る。
致命傷だ。
おそらく自分はここで死ぬ。
かまわない。
これ以上、もう誰も殺させない。
絶対に。
絶対に絶対に絶対に!!
ふたたびドラゴンへと走る。
「ウアァァァァァァ!!!」
喚声とも雄叫びともつかぬ声を立てて。
残忍な笑みを浮かべ竜が腕を振り上げる。
「ぐぶ……」
鋭利な爪に貫かれ、勇敢な兵士の目から光が消えた。
残酷さも、非情さも、この場の専有物ではない。
王都アイリーンの各所で似たような光景が展開されている。
人間たちは決死の反撃をしたし、王都を根城にする冒険者たちも、命を惜しまず戦った。
ある魔法使いは竜に噛みつかれ腸を引きずり出されながらも、魔力を暴走させ、もろともに自爆して果てた。
ある戦士は、自らが囮となって生きたままブレス焼かれながらも、仲間たちに反撃の契機を作った。
ある弓箭兵は、竜に右腕を咬み千切られながらも、口で矢羽根をくわえ、足で弓を構えて射ち続けた。
必死の防戦。
多大な犠牲を払いながら。
まったく逆説的ながら、多くの人々が暮らすアイリーンだから、戦うことができたという側面もある。
でなれば、一日たりとも持ち堪えることなどできなかっただろう。
「あまり人間を舐めるな! 魔法隊! 構え!!」
王城の一角、最前線と化しているバルコニーに陣を張り、国王マシアスが叫ぶ。
彼の都だ。
魔王や魔獣どもに蹂躙などさせない。
前庭に整列したアイリン王国が誇る魔術師部隊。
メイジスタッフを上空の魔城に向ける。
「放てっ!!」
一斉に撃ち出される攻撃魔法が、インダーラの底部に着弾し、もうもうたる爆炎とともに穴を穿つ。
湧き上がる歓声。
魔王の城を睨みつけたままの国王がさらに叫んだ。
「そのまま斉射! たとえ魔力が尽き倒れようとも攻撃の手を弛めるな!!」
次々と撃ち上がる魔法。
インダーラも黙ってやられているばかりではない。
万条の雷が降り注ぎ、屋根を、壁を、人を薙ぎ払ってゆく。
マシアス王の至近も大きく抉られ、バルコニーの手すりが吹き飛ぶ。
「陛下! 危険です! 安全な場所までお退りくださいっ!!」
近衛騎士のひとりが王の腕を取り、場内に退避させようとする。
その手を振り払い、マシアスが凄絶な笑みを浮かべた。
「安全な場所? そんなものがどこにあるのか、不敏なる予には判らんな。卿は知っておるのか?」
この世の地獄と化した花の都。
どこに逃げても同じだ。
鼠のように逃げまどったあげくに殺されるなど御免被る。
「戦って戦って戦って、戦い抜いた後に死んでやろう。魔王とやら、人間の覚悟、とくと見よ!!」
王の叫びに呼応するかように、騎士団の一部がドラゴンどもに突撃してゆく。
陣形もなにもない。
ただひたすらの力押し。
仲間がブレスに焼かれようが、頭蓋を踏みつぶされようが、いっさいかまわない。
誰かが殺されれば相手に隙ができる。その隙をついて馬上槍を突き出す。
馬さえも猛り狂ってドラゴンに噛みつく。
まさに狂闘。
まさに死兵。
それが人間の覚悟。
だが、それでも魔軍の圧倒的優位は動かない。
勇敢な騎士が、魔法使いが、冒険者たちが虫けらのように殺されてゆく。
魔王襲来から十二時間。
アイリーンの失陥は、もはや時間の問題。
誰の目にもそう見えた。
そのときである。
一条の閃光が戦場を横切った。
インダーラの壁を削り、宙を舞うドラゴンどもを貫いて。
衝撃が遅れて届く。
咆吼とともに。
東の空。
みるみるうちに近づいてくる黄金の翼。
「我はマルドゥク。義によって人間たちを護ろう」
朗々とした宣言が戦域に響き渡った。
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