アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第6章

第48話

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「好きにさせるかっ! 鼠賊どもがっ!」

 神聖にして不可侵なるインダーラへの侵入を企図する小癪な人間どもに、怒りに顔を歪ませてアンディアが襲いかかる。

「させないのは、こちらじゃよ」

 降りかかる声。
 暗黒竜の鼻先をレーザーブレスがかすめる。
 ぎりぎりで急制動をかけたアンディアを小馬鹿にするように、金色の竜王が悠然と羽ばたく。

「小娘……っ!」
「あまり興奮すると血圧が上がるぞ? ご老体」

 心配する振りをする。
 返答は言葉ではなく、連続して撃ち出される火焔球だった。

 命を喰らい、魂までも溶かし尽くす地獄の炎だ。
 さすがにこれを受けるつもりはなく、上空へとマルドゥクが逃げる。

「やれ。つれない御仁じゃな。我のような美女と会話を楽しむ機会など、その風体では滅多にあるまいに」

 ひらひらと尾を振りながら。

「世迷い言を!!」

 いきりたち、黄金竜を追いかけ回す暗黒竜。
 インダーラに突入した人間たちのことなど、すっかり忘れてしまっているかのように。

「単純なことじゃが、あまり突っかかれてもしんどいの」

 内心で呟くマルドゥク。
 竜とは、生きている期間が長いほどに大きくなってゆくもの。

「あれだけの巨体ということは、三千や五千年は生きておろうの。我を小娘扱いするのも当然じゃが」

 閃光の吐息で牽制しながら冷静に分析する。
 まともにやりあったのでは、まず勝算は少ない。
 黄金竜ドラゴンロード暗黒竜ダークドラゴンに能力で劣るとは思わないが、経験の差は大きいだろう。

「やれやれじゃな、ヒジリや。汝との約束、存外に重いようじゃぞ」

 刻まれる苦笑。
 かつて同じ時間を生きた、彼との約束。
 人間を守って欲しい、と。

 それはもちろん、全人類を指したものではない。
 命まで賭けると誓約したわけでもない。

「それでも、守らねばならぬじゃろ」

 逃走から一転、高速回転しながら突っ込む。
 突然の反撃に驚いたアンディアが回避するが、ごく浅く胴を薙がれた。

「ち」

 必殺の攻撃を回避され、マルドゥクが舌打ちする。
 ほぼベストなタイミングだった。
 これ以上の条件で仕掛けられる機会は、もうないかもしれない。

 ばさりと翼を広げ、遊弋状態となって振り返る。
 腹から血を流し、暗黒竜が牙を剥いて笑った。

「焦っているな。小娘。人間どもが心配か?」
「愛弟子たちじゃからの。心配せぬ師がおるわけがなかろうよ」

「無用なことだ。これから死にゆく貴様にはな」
「我に負けはありえぬよ。ご老体」

 マルドゥクが笑う。
 自信に満ちて。
 セシル、ナイル、サトリス。自慢の弟子たちだ。

「彼らは魔城への突入に成功した。彼らが戦う限り、我に負けはないのじゃ」
「くだらぬ。その幻想を抱いたままくたばれ。小娘!」

 猛然と襲いかかるアンディア。
 レーザーブレスが閃き、巨体にいくつも穴を穿つが、まったく怯まない。

 肉薄する。
 危機を悟ったマルドゥクが逃れようとするが、漆黒の豪腕がむんずと尻尾を掴む。
 爪が鱗を貫いて肉に食い込む。
 金色の竜王の口から悲鳴がほとばしった。

 そのまま回転するアンディア。
 大暴れするマルドゥクが投げ出され、高速でインダーラに衝突する。

 轟音と爆炎。
 飛び散る金鱗。
 無数の瓦礫が地上へと落ちてゆく。

「命を削り合う本当の戦を知らぬ小娘が。美しく戦おうなど、千年早いわ」

 吐き捨てるような言葉とともに、無数の火焔球が撃ち出される。
 叩きつけられた衝撃で動けないマルドゥク。
 地獄の炎に焼かれる己が姿を幻視する。

「……そのかわり、俺がきみを守るよ」

 唐突に蘇る彼の言葉。

 右腕のブレスレットが輝く。
 次の瞬間、竜王の手に巨大な剣が握られていた。

 ほぼ無意識に振るう。
 消えないはずの火焔球が、触れただけで消滅する。

「これは……ヒジリのツルギ……」

 呆然とした声。
 すべてを一刀両断する聖剣だ。
 彼の力である。

「ずっと我を守っていてくれたのじゃな……痴れ者めが」

 むくりと身体を起こす。
 信じられないものでも見るかのように、アンディアが目を剥いた。

「なんだ小娘っ その剣はなんだっ!?」

 竜が持つサイズの剣など存在しない。
 仮に存在したとしても、金竜の小娘は今の今まで武器など持っていなかった。
 どこから現れたっ!?

「我に問われても知らぬよ。この世界のものではないからの」
「なんだと? 何を言っている?」
「ゆえに、我の解釈で答えてやろう」

 ふたたび飛び立つ金色の竜王。
 一直線に暗黒竜を目指し。
 降り注ぐ火焔球をすべて切り裂きながら。

「小娘……っ!」
「愛の奇跡じゃよ」

 金の翼を持つ淑女が艶笑した。







 勢いをつけて扉を蹴破るセシル。
 大広間か玄関ホールかは判らないが、石造りのそこには大小の魔物がひしめいていた。

降陸・・部隊ってところかなっ」

 下手な冗談とともに突撃する。
 一瞬の迷いもなく。
 影のように付き従うナイルの手からPKランスが飛び、一体を狙って二体三体と串刺しにした。

「気高き炎の精霊王イフリートよ! 友たるエオリアが願う! しばし汝の力を貸し賜れ! ファイアブレイド!!」

 詠唱とともにエオリアがテリオスとイリューズの肩に触れる。
 男たちの剣が赤く輝く。
 ただの武器では致命傷を与えられない魔族にも、これなら大ダメージを与えられる。

「姫様にこんな特技があるとは!」

 驚き、呆れつつも突進するテリオス。
 右に左にと下位魔族を斬りふせる。

「隠してたから。未来が読める程度で聖女なんて呼ばれないわ」

 人の悪い笑みをエオリアが浮かべた。

「精霊王に愛されし聖女、だからね。まえのとき、エオリアについたニックネームは」

 笑いながらサトリスが攻撃魔法を放つ。
 竜の顎を模した光条。
 人食い鬼の頭を吹き飛ばした。
 ようやくモンスターどもが自失から立ち直り、侵入者どもを鏖殺せんと殺到する。

「だが、遅いな」

 鋭い踏み込みから一閃、イリューズの剣がトロールの首を刎ねた。

 初撃としてはまずまずの戦果だが、もちろん敵の方がずっとずっと数が多い。
 事前にサトリスとエオリアが立てた予想では、三百から三百五十程度の魔物が、場内にいる計算だ。
 とてもではないが、たった六人で相手にはできない。

「雑魚にかまう必要はないよっ 目指すは玉座っ 魔王ザッガリアただひとりっ」

 竜爪刀を抜きはなったセシルが叫ぶ。
 赤い瞳を破壊衝動にぎらつかせて。

 彼らの取る戦術は一点突破。
 脇目もふらずに駆け出す仲間たち。

 城内の地理はサトリスとエオリアが熟知している。
 伊達や酔狂で九十九回も敗北したわけではない。
 魔王の元への最短ルートだって、ちゃんと頭に入っているのだ。

「自慢にもならない話だけどね」
「いや? 自慢して良いと思うぜ?」

 駈けながら浮かべたサトリスの苦笑に、ナイルが律儀に返答する。

 負け続けて、負け続けて、負け続ける戦い。
 心の弱い者なら、否、かなり強いメンタルを持つ者でも、折れてしまうだろう。

 諦めない、というのは、本当にしんどい。
 ナイルはそれを知っている。

「……俺は諦めた側の人間だから」

 ぽつりと呟く。
 上手くいかなかった。
 仕事を解雇され、次の職も決まらず、好きな動画製作は酷評され。
 そして、諦めてしまった。

 生きることを。
 挑むことを。

 負けても負けても戦い続けたサトリスたちを、本当にすごいと思う。
 人間に裏切られて死んだのに、もう一度人間のために戦おうとする気概を、尊敬する。

「結局、俺は過去を振り切ることできない」
「過去のことは過去のこと。そういって片づけてしまえば、それによって我々は未来をも放棄することになる」

「ぬ?」
「ウィンストン・チャーチルの言葉だよ。過去を捨てる必要なんてない、と、僕は思う」

 過去は変えられない。
 返せ戻せと泣き叫んだところで、時の神には誰も勝てない。
 だが、だからこそ、過去は捨てるものではなく、学ぶものなのだ。

「……ナマイキだぜ。元勇者」

 いろんな感情を詰め込んだ沈黙を挿入し、憎まれ口を叩く。

「そいつは重畳。きみから良い奴だなんて思われたら、死にたくなっちゃうからね。ほら。見るかい? 鳥肌」

 くだらない言葉の応酬をしながら魔城の回廊を駈けてゆく。

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