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第7章 四稜郭妖異奇譚

第25話

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「やっぱりちょっとおかしいな」

 うーむと腕を組む丹籐寺。
 事務用椅子をぎこぎこと揺らしながら。

「どうしたの? また競馬ですっちゃった?」

 デスクの上にお茶を置き、私は気を遣ってあげた。

「またっていうなよ。そもそも俺はギャンブルなんてやらないぞ」

 知ってる。
 せっかく函館には競馬場も競輪場もあるんだから、たまには遊びに行けばいいのにね。

 けっこうイベントとかもやってるから、賭け事をしなくても楽しめるんだから。

「私をデートに誘ってくれてもいいのよ?」
「上司が部下を休日に誘うのって、パワハラになるんじゃなかったか?」

 審議中、みたいな顔をする丹籐寺だった。
 あー鈍い。鈍すぎるぜ。

 誘って良いよって雰囲気で喋ってるんだから、とっとと誘えばいいのに。
 この、へたれたれたれ。

「で、なにがおかしいって?」
「悪霊化しかかる霊が多い気がしてな。左院くんがここにきてから」
「私のせいみたいに言わないでよ」

 しかめっ面をしてやる。
 蔵の幽霊にはじまり、こないだは動物霊まで悪霊化しかかっていた。

 普通は、幽霊ってのはもっとずっと無害……というか、どうでもいい存在らしい。

「ほっといても消えるしね」

 事務所の片隅で狐耳少女に勉強を教えてやっているウシぬいが、きしししと笑った。
 どうでもいいけど、メルヘンというかファンタジーな光景が展開されてるなぁ。

「あたしは消えたくなかったからお兄ちゃんに取り憑いた!」

 そして元気な灯媛だ。
 さらっと怖いことをいってるよ。

 もともと幽霊というのは強い未練によって生まれる。
 生まれるってのはちょっと変な言い方だけどね。ようするに輪廻のなかに入ってないってこと。
 で、すべての霊魂が迷い出るわけじゃない。

「死にたくないってのは、どんな生き物でも本能的に持っている思いだからな。これを強い未練に含めるのは無理がある」
「でも、死にたくないって気持ちより強い思いって、そうとうなもんじゃない?」
「そう。だから滅多に幽霊なんて発生しない」

 という会話を、私が事務所に入ったばかりの頃にした記憶がある。
 死んだ人がみんな幽霊になるのって質問をしたときだと思う。

 あのとき丹籐寺は、サバンナのガゼルって生き物を例に出していたな。肉食動物に襲われて、腹を裂かれて内臓をまき散らしながらでも足が動く限りは逃げるって。
 生への執念はそのくらい強いもんだって。

 だけどそれは幽霊化するためのパワーにはならない。
 もっとずっと強い執着がないと、普通に輪廻のなかへとかえっていくんだってさ。

 しかも、それほどの怨念で幽霊になっても、幽霊はエナジーを得る手段を持っていないからすぐに燃料切れで消えてしまうらしい。

 人間からエナジーをもらう(奪う)っていうのは、あやかしの発想で幽霊のそれじゃない。
 だから灯媛の行動ってすごく変なんだよね。

 取り憑くまではあるとしても、エナジーを吸収するってのはぶっちゃけ悪霊なんだよ。

「でも、灯媛には悪霊化する要素はなかった」
「たしかにね」

 私も自分のデスクに戻って腕を組む。
 なんかいろんなものが繋がっていない、ちぐはぐな印象だ。

 と、そのタイミングで電話が鳴る。





 相手は熊吉親分だった。
 末広町界隈を縄張りにしている管狐というあやかしである。

 要件は会議へのお誘いだ。
 ちょっと意味がわからないけど、函館の顔役たちが集まって会議を開くんだってさ。
 そこに、調停者である丹籐寺も同席してほしいって話だ。

「熊吉たちもきな臭さを感じているってことだろうな」

 運転しながら丹籐寺が呟く。
 会議の会場は湯の川にある比較的あたらしい温泉で、じつは私もけっこう利用している場所だ。

 お風呂上がりに食べるソフトクリームが絶品なんだよねー。
 今日は出るかしら?

「遊びにいくわけじゃないぞ、左院くん。むしろ俺としては事務所に残っていたほしかったんだが」
「仲間はずれイクナイ」
「心配なだけだよ」

 ハンドルを握る丹籐寺の物憂げな表情。

 どきっとしちゃうけど、こいつは私の持ってるエナジーがトラブルを呼び込まないか心配しているだけだ。
 恋愛感情に基づく心配とかではまったくないのである。

 なまじ顔が良いだけに性質が悪いよね。

 大門界隈で浮名を流してそうだけど、その浮名にすら気づいてない感じだろう。この唐変木は。

「悪霊が増えたら、私だって狙われるかもじゃん。けっこう他人事じゃないよ」
「まあ、たしかにそれも一理あるか」
「秒で言いくるめられてるし」

 後部座席の紫が笑った。
 今日は濡れ女モードだ。交渉事には三つの形態のなかで最も向いている。

「ウシぬいも形態に数えるのはやめてよ。あれは変身してるだけで、あたしの本質ではまったくないんだから」

 私の解説に、微妙な顔でケチをつける紫である。

「わっかんないよー? 函館駅前探偵事務所が有名になったら、マスコットキャラとしての紫も有名になって、三つめの属性が生えるかもしれないじゃん」
「嫌すぎる未来図ね……」
「そもそも、うちが有名になるのはいろいろまずいだろう……」

 紫と丹籐寺が口々に反論した。

 覇気のないやつらである。
 野心家であれって、クラーク先生も言ってるのにね。
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