ゲームの推しが家に来たけど、私は恋愛する気がないので全力で逃げたい

椿谷あずる

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1.運命的な出会いってこういうのじゃないでしょ!

 
 まさか、こんな形で再会するなんて――いや、そもそも「再会」って、何?

 そうツッコミを入れたい気持ちを必死で押さえつけながら、私は天井を見上げていた。

===

 目を覚ました場所は、見知らぬ、けれどどこか懐かしさを感じる古びた木造の家。天井の木材はところどころ黒ずみ、剥げた部分から釘が飛び出している。差し込む朝日がやけにまぶしくて、私は思わず目を細めた。

 冷たい空気が頬を撫で、身震いする。毛布もない。ベッドのつもりらしい木枠の上に干草を敷いただけの簡素な寝具に、私はそのまま寝ていたらしい。

(え、なにここ……?)

 確か昨夜は、自宅のこたつに潜りながらスマホゲームをしていて、そのまま机に突っ伏して寝落ちしたはずだ。あのまま朝まで寝てしまって、夢でも見てるのだろうか。そう思って頬をつねってみる。

 ……痛い。

「え、嘘でしょ……夢じゃないの?」

 私はふらつく体を起こして、辺りを見回した。木のテーブルと椅子がひとつずつ。古ぼけた棚に並んでいるのは、よくわからない瓶と乾いたパンのかけら。どう見ても現代日本ではない。どちらかと言えば、ヨーロッパの中世あたりを舞台にした映画に出てきそうな、そんな世界。

 けれど、それだけじゃない。私はこの景色を知っている。いや、覚えていると言った方が正しいかもしれない。心の奥底に焼きついている、何度も見たことのある“背景”。

(この部屋……この構図……まさか……)

 私は愕然とした。これは、私が毎日プレイしていた恋愛シミュレーションゲーム――『恋する魔法学園!』の、まさしくヒロインの初期拠点そのものだった。

「うそ……うそでしょ……これって、もしかして……」

 言葉が喉で絡まった。手が震える。震える手で、壁に飾られていた鏡を手に取って、恐る恐る自分の顔を映す。

 ……そこにいたのは、ゲームで何百回も見たあの顔。

 さらさらの亜麻色の髪、大きく潤んだ桃色の瞳、可憐な印象の整った顔立ち。そう、これはゲームのヒロインだ。プレイヤーが名前を自由に入力できるタイプの、物語の中心にいるあの子。

「……私、転生してる……しかも、ヒロインに……」

 眩暈がした。私は自他共に認める『恋する魔法学園!』の大ファンだった。毎日ログインして、推しルートを何度もリプレイしていた。推しはもちろん、あの完璧すぎる美青年――金髪碧眼の公爵令息、リック=ノイエル。

 彼は優雅で上品で、時には強引で、ルートによっては軽くヤンデレも入ってくるギャップ王子。私はその全てを愛していた。けれど。

「私は推しと恋愛したいわけじゃないの!」

 叫んだ声が空間に吸い込まれていく。そう。私は、ただ彼を見守りたかっただけなのだ。彼が幸せになるエンディングを見るたびに満足し、時には涙を流し、「尊い……」とひとりごちる日々。それでよかったのに。

「恋愛? そんな面倒くさいこと……私は、静かに暮らしたいの!」

 転生した世界がゲームの中だとしても、私は物語通りに生きるつもりなんてなかった。むしろ、ヒロインのスペックを活かして快適スローライフを送るつもりだったのだ。魔法の素質はあるし、美人だし、食べ物はおいしいし……悪くない生活ができるはずだった。

 だが――。

 その決意から、たったの三日後。
 その日は朝から風が強く、空気が湿っていた。私はいつものように裏庭の畑を耕し、昼前には干した洗濯物を取り込んでいた。これがゲームのヒロインの暮らしなのかと内心苦笑しつつ、扉に手をかけたそのとき。
 ノックもなく、いきなり玄関のドアが開いた。
 立っていたのは――金髪の青年。完璧な微笑みとともに、バカでかい花束と、ホールケーキを抱えていた。

「やあ。突然でごめんね」

 まさかの、推し降臨。

「……………………は?」

 声にならない悲鳴が喉の奥で泡になって消える。
 まだ出会いイベントも始まっていないはずなのに。ヒロインは、確か学園入学のタイミングで初めて彼と出会う設定だったはずなのに。なぜ。なぜここに。

「え、えええええええええええええっっっっ!!?」

 盛大な絶叫とともに、私の静かな転生ライフは、儚く崩れ去ったのだった。
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