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6.演技の見極めは難しい
教室に入っても、視線は消えなかった。
リックに私という恋人が現れたという噂はあっという間に広がり、あちこちからチラチラと私たちに好奇と警戒の眼差しが注がれる。教室の空気が落ち着かないのは、明らかに私たちのせいだった。
「ダメだ、もう取り返しがつかない……」
私がぼやく。
この騒動の張本人は、一切悪びれることもなく平然と私の隣の席に座っていた。
「これでいいんだって。今のうちに“恋人”の既成事実をどんどん作って、君に接近しにくくする。それが本来の目的なんだから」
自信満々の声。まるでこの騒がしさすらも計算のうちとでも言わんばかりだ。
「……まあ、そうだけど」
私はため息をつく。
確かに”彼氏役”をやってもらうことは、恋愛フラグ回避のための作戦だった。恋愛エンドだけは絶対に避けたい。
けどさ――これはちょっとペースが速いんじゃないかなぁ?
教室のあちこちから聞こえるヒソヒソ声。私を値踏みするような視線。ちらっと目が合った女子生徒たちは、まるで「どうしてあの子なの?」と言いたげな顔をしている。
はぁ……この人の作戦に乗らないで、静かに家に引きこもって過ごしていればよかった。
中身は別人とはいえ、相手が推しだという事実に判断が鈍ってしまった。だってなあ……見た目はどうみても、憧れの公爵令息リック=ノイエルだもんなぁ。断れという方が難しい。
だからこの状況は、不可抗力。仕方ない、うん、よし。
しかしなあ。
「……」
「ん、どうしたのミリア。そんなに見つめて。俺のこと、本気で好きになっちゃった?」
「……はあ」
軽口は無視して頭を抱える。
周囲からの反応以上に困ったことがある。
リックが、妙に自然なのだ。
彼の一挙手一投足が、演技とは思えないほどナチュラルで、優しい。私に向ける目線は真っ直ぐで、声は柔らかくて、まるで本当に――本当に、恋人に対するもののようで。
――この人、本気で”演技”のつもりなんだろうな?
私は確かに約束した。これは今だけの一時的な関係だって。
でもこれだけしっかりした対応をされると、彼は本気で私と恋人になるつもりなんじゃないかと疑いたくもなる。ヒロインガチ勢だし。
駄目だ。それだけは絶対あっちゃいけない。
だって彼が好きなのは、中身とかどうでもよくて、ヒロインとしてのミリアなんだから。
それを愛というのかは人それぞれだけど、私の愛とは根本的に違う。
私が好きなのは、中身も外見も完全一致のリック=ノイエルだ。
「ミリア……ミリアってば!」
「何?」
「大丈夫? ぼーっとして。もしかして本当に具合悪かったりする?」
「……大丈夫」
私は片手を振ってなんでもないアピールをした。
全く、中身は変わり者なのに妙なところには気が回る。
「ちょっと考え事してただけ……やっぱりこの感じだと、早い段階で悪役令嬢が動くかも」
「例のグレイス様か」
私はこくりと頷いた。
グレイス=シュライブ。この世界の悪役令嬢。貴族階級の中でも特に影響力のある公爵家の一人娘で、リックの婚約候補筆頭。そして、ヒロインの最大のライバル。
当然、私がリックと急接近すれば、彼女は黙っていない。
そこは一応、一度は通る道だと思って覚悟はしていた。
問題は、彼女の出てくるタイミング。
物語後半の私的にもレベルがしっかり上がった状態で彼女と対峙するなら全然いい。
でも今なら。今日からの転入したばかりの、魔法レベルが圧倒的に低い状態で、彼女と対峙することになるなら。
まあ、もちろんボロボロに負けますよね。
敗北。それ即ちバッドエンドを意味する。永遠に幸せになれない、借金生活エンドが待っている。
「彼女が出て来ても大丈夫。その時は、俺が守るから」
さらりと、リックは言った。まるでそれが当然のことのように。ためらいもなく、真っ直ぐに。
なんで、そんな風に言えるんだろう? なんで、そんな当たり前みたいな顔が出来るの?
私は息を呑んだ。思わず彼の横顔を見つめてしまう。長い睫毛の陰に隠れた瞳は、柔らかい光をたたえていて、横顔はどこか頼もしく、凛としていた。
……この関係はあくまで演技なのに。
疑いたくなるほど、自然だった。思わず信じてしまいそうになる。けれど私は、首を振るように心の中で打ち消した。
これは仮の関係。ただの協力。恋なんかじゃない。
そのはずなのに。
胸の奥で、ふわりと何かが浮かんだ。温かくて、柔らかくて、苦しくなるような、そんな小さな感情。
気づかないふりをして、私はそっと視線を逸らした。
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