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19.浮かれた女の悲劇的な結末
しおりを挟むさくさくと順調に作業は進んでいく。
私の薬はもうじき完成を迎えようとしていた。
「あとはこれを」
水の入ったビーカーを持ち上げる。
これをゆっくり垂らすように鉢の中に注いで、日光に当てれば完成だ。
「さすがですね」
「当然」
フィーネの言葉に相槌を打ちつつ、私は鉢に水を注いだ。
回数を数え忘れるというアクシデントはあったものの、それさえ無ければ完璧な手際と言っていい。
その証拠に、ルドルフを除けば私の他にこの段階まで辿り着いている生徒はいなかった。ちょっとした優越感だ。
「すごいね、エレナ。もうここまで仕上げてる」
私の優越感を後押しするように、背後から声が聞こえた。レオンだ。
「あらレオ……」
振り返ろうとした時だった。
コツンという嫌な音。
あろうことがビーカーが壁に当たり、その衝撃で私の指が滑った。
「っ!?」
このままではビーカーが滑り落ちてしまう。
「おっと、大丈夫」
間一髪。彼は慌ててビーカーの下を支えた。
「ありがとう、さすがの運動神経ね」
「どういたしまして」
彼はそう言って爽やかに笑った。
「俺のせいで一からやり直しになったんじゃ、二度とエレナに顔向け出来なくなるところだったからね」
「貴方のせいじゃないわ。私の不注意のせいよ」
「そうかな」
「そうよ」
他愛のない会話。
なんとも言えない温かい空気が流れる。
この間の荷物の件といい、学園で人気のある彼がこうして頻繁に声を掛けてくれるのは珍しいことだった。これは早速テストで一位を取ったご利益があったのかもしれない。
「薬。もうすぐ完成するんだね」
「おかげさまで」
いつの間にか鉢に混ぜた薬品達は、鮮やかな紫色になっていた。
「レオンの方はどう? 調合は順調?」
「いやあ……それが」
彼は困ったように頬をかいた。
心なしか顔色もあまりよくない。
私はそれとなく彼の机を覗き見た。色々と素材が散乱している割には、完成に近づいているようには見えない。
なるほど、順調では無いようだ。
「少し、手伝う?」
自分の物はほぼ完成だし、そのくらいやっても問題ないだろうと思った私は、彼にそんな提案を投げかけた。
彼は申し訳なさそうにこくりと頷いた。
「……ごめん、いいかな?」
「もちろんよ。この間、荷物を運んでもらったお礼もあるし。じゃあ始めましょうか」
私は自分の薬を日光の当たる縁側に退避させ、それから彼の手伝いに取り掛かった。
「蔦花の裁断は出来ているし、後は……『膨らみの青蕾』と『九十鳥の羽』はある?」
「ああ、ここに」
「じゃあそれを羽一枚とそれと同じ重さの青蕾を用意してここに混ぜるの」
「分かった」
やり始めてみればなんてことはない。
教科書を一つ一つ確認するから時間がかかってしまうだけで、指示されあればレオンの手際はとても良く、トントン拍子に作業が進んだ。
「これならすぐに追いつきそうね」
私は彼の作業を温かく見守った。
そういえば彼が数多くの自分を慕うクラスメートの中から、私に声を掛けたのは何故だったのだろう。
もしかして、私を信頼していたからだろうか。そうだとしたら、すごく嬉しい。
「エレナ」
乳棒で材料を混ぜ合わせながらレオンが声をかける。
「なあに?」
「あのさ」
「ええ」
「これ、何か黒い煙みたいなのが出てるんだけど合ってるかな?」
「……え、黒い煙?」
「うん、黒い煙」
黒い煙。その時、頭の中で嫌な会話が蘇った。
――『麻痺の蔦花』は刻みすぎると爆発する。
「……ねえレオン」
「?」
「『麻痺の蔦花』、何回くらい刻んだ?」
「いや、数えてないけど」
じゃあそれは不味い。
「爆発する! 離れて、レオン!」
私は叫んだ。
ああなんてことだろう。まさか自分と同じようなミスを犯す人間が現れるなんて。
そして私がそこに気付けなかったなんて。
「私のせいだわ。ごめんなさい!」
私は咄嗟に彼に目の前に躍り出ていた。
爆発の被害が彼に一切及ばないように。
「エレナ!?」
ドンという鈍い音と黒い煙が広がった。
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