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18.気に入らないものは破壊するタイプの聖女

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 「頑張ろうかな」って、「ちょっとお散歩行ってくる」みたいなテンションで言ったクロム様。いやでもさすがに本気じゃない……よね?

「よいしょっと」

 隣に座っていた体が揺れ動く。私はもたれかかっていた体のバランスが崩れるのを感じた。

「え?」

 嫌な予感。もしかしてこれってクロム様が立ち上がったってことなのでは。いやいやそんなはずは。
 私は三度ほど自分の頭を叩いた。
 落ち着け、相手は聖女だぞ。勇者じゃない。起こせる行動なんてあるはずがないんだ。

「クロム様」
「なあに?」
「……何かしようとしてます?」

 あり得ないと思っているのにそんな質問をしてしまうのは、やはり何処かで彼女の行動を恐れているからかもしれない。
 答えは数秒と待たずに返ってきた。

「壊すの」
「壊す……」

 壊すって何をだろう。
 嫌な汗が背筋を伝った。閉鎖空間。断絶するは虫の壁……。

「まさか虫の壁を!? 冗談ですよね。そんな事、聖女様にさせるわけには……」

 みっちりと敷き詰められた虫の感触を思い出し、私はぞぞっと鳥肌が立った。きっとあの過保護な魔法使いが聞いたらぶっ倒れるだろう。
 制止しようと腰を上げたところで、クロム様の柔らかな声が聞こえた。

「大丈夫だから。ちょっと頭低くしててね」
「あっはい」

 そう返事するのとほぼ同時だった。
 シュパッッ
 何かが切り裂かれた音。

「!?」

 突如、私達の元に顔をしかめたくなるような光が差し込んだ。
 しばらくして目が慣れてくると、そこには割れた空間と青々とした森が広がっていた。壁が横一閃に切り取られている。これをクロム様一人の力で? 凄い。でも。

「クロム様! また壁が塞がります!」

 うぞうぞと黒くうごめく粒が光を侵食する。
 もの凄い早さで、壁が再生を始めようとしていた。正体を知ってしまった今となっては気持ち悪い。

「ひえっ」
「大丈夫」

 その声は包み込むように優しく私の心に寄り添った。そして。

「おーいデレイ」

 呼びかけるように、外に向けて叫んだ。

『お呼びですかぁ?』
「とっておきの面白い情報、知りたくない?」
『おっ、それは知りたいで……』

 トン

 え?

 それはあっという間の出来事だった。
 軽い世間話に相槌を打つように、私達の目の前に出現した飄々とした眼鏡の男。
 その男の体に、一瞬にして一筋の光が突き刺さったのである。いや光ではない。これは…………剣だ。

「デレイ捕まえた」
『おやおや、これはこれは』

 再び交わされる親しげな会話。意味も分からず私が首を傾げたその言葉の直後、私の周りにあった黒い壁は跡形も無く姿を消したのだった。
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