愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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4-1 フォアード侯爵からの招待

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 ジェームスは一周回って笑えてきた。

 三階建てのそこそこ広い屋敷といえど、同居していて三日も、四日も顔を合わせないことがあるか。


「今日も旦那様は早朝からお仕事?」

 
 と尋ねられるたび、


「申し訳ございません。立て込んだ案件がありまして」


 と嘘を吐くが、


「大変ですね」


 と不快な素振りも見せずに答えるアデレードの心中は推し量れない。

 避けられていることは明らかなのに、怒ることも悲しむこともないし、契約書を持ち出して抗議してくることもなかった。

 もちろんジェームスはせっせと違反ポイントを付けているが、アデレードからは、


「仕事なら仕方ないのではない?」


 と返事が返る。

 二人の距離はどんどん開いている。一年間の白い結婚と割り切るならこれはこれでありな気もする。

 が、一方のペイトンはジェームスと顔を合わせるたび、


「彼女の様子はどうだ?」


 と熱心に聞いてくる。

 アデレードがペイトンのことを尋ねるような社交辞令ではなく、真剣に動向が気になる様子だ。


「そんなに気になるなら挨拶くらいしてから出掛けてはどうですか?」

「気になってはいない」

「じゃあ、私にいちいち聞かないでください」

「……契約があるだろ」

「その契約の違反点がどんどん加算されているのですがね。早く対処しないと負け確実ですよ」

「まだ本を全部読み終わっていないんだ」


 何十冊読めば気が済むのか。

 途中でよいから早く行動に移せ、と激しく思う。

 思うだけでなく痺れが切れて実際に忠告もしたが、


「週末は父上から晩餐に呼びつけられている。その時にはちゃんとする」


 と返答され、仕方なく見逃してやった。

 ペイトンは厄介な案件ほど先に片付ける質なのに、アデレードに関してだけは後回しにする。

 意味がわからなすぎてこっちも対応に困る。

 だが、本日ようやく「ちゃんとする日」がきた。

 しかし、休みだというのにペイトンは朝から出掛けていた。

 流石に約束の時間前には帰って来たが、本当に往生際が悪い。

 おまけに帰宅後はずっと部屋中をうろうろして、


「旦那様、そろそろお時間です」


 予定時刻がきたので声を掛けると、今度は微動だにしなくなった。


(大丈夫なんだろうか)


 フォアード侯爵に指定されているレストランは、リリーエンという市街地にある老舗の名店だ。

 馬車に乗って行く手筈だが、三十分は掛かる。

 いきなり密室空間で二人きり。

 かなり心配だがついて行くわけにもいかない。

 本人が「ちゃんとする」と言うのだからやるだろう、と信じるしかない。

 大体ペイトンは、あの契約に過剰に反応しているだけで、普段は普通に客人を招いて接待するし、その際、女性をエスコートすることもある。

 いつも通りに振舞えば何の問題もないはずだ。

 だから、今日も上手くやるはず。

 きっと、多分。


「奥様をお呼びしてきますから、ちゃんとエスコートしてください」


 ジェームスは「本当にちゃんとしてくれよ」と念じながら、固まったままのペイトンを置いてアデレードの部屋へ向かった。
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