13 / 119
5-2 二人きりの馬車にて
しおりを挟む
思いのほか目が合うと、
「あ、君が内祝いの手配をしてくれたと聞いた、が」
とペイトンが恐る恐るといった風に口を開いた。
話し掛けてこないなら、別にこちらからも喋る必要はない、とアデレードも無言を貫いていたが、
「はい」
ペイトンのことは好きでも嫌いでもないので話し掛けられたら普通に返事は返す所存だ。
「すまない」
「いえ、妻の務めですから」
アデレードが答えるとペイトンが顔を赤らめる。相変わらずよくわからない反応だ。
「この街は気に入ったか?」
「え?」
「よく観光に出掛けていると聞いている」
暇つぶしに出掛けているだけで、気に入るも気に入らないもない。
「え、まぁ……そうですね」
「何処に出掛けたんだ?」
さっきまでとは打って変わり、急にめっちゃ細かく聞いてくるじゃん、という感想が脳裏に走る。
契約に則った妻を大切にする演技なんだろうか。
(だったら私は冷たくあしらうべき? でもねぇ……)
喋るの嫌いなんだよね、なんて普通言わないし言えない。
レイモンドがいかに自分を舐めていたのかよく分かる。
アデレードはムカムカしてきたが、ペイトンに当たるのは間違っているので、
「スイーツ店を巡っていました」
と冷静に答えた。
「甘い物が好きなのか?」
「はい」
「そうか。今から行く店は海外のコンクールで何度も優勝している菓子職人がいる店だ」
「そうなんですか。楽しみです」
「あぁ、沢山食べなさい」
ペイトンが急に親戚のおじさんみたいなことを言うので、ふふっとアデレードは吹き出した。
「な、何故笑うんだ?」
「いえ、すみません」
「別に怒っているわけじゃ……」
ペイトンがあわあわして言うのも、アデレードは不可解で面白かった。
女嫌いというより女性が苦手という印象を受ける。
こんなに容姿が整っていて、侯爵家の嫡男で、父親から承継した事業も順風に繁盛させて、非の打ち所がないような男が、十八歳の小娘に何をたじろぐ必要があるのか。
「わかっています」
「ならいいが」
そして、再びの沈黙が落ちるが、ペイトンがこちらを意識していることと、何か話かけてようとしている気配は感じた。
見て見ぬふりは苛めっ子のような気がして、
「お仕事忙しそうですね」
とアデレードは話題を振った。
「え、あ、まぁ……そうだな」
「毎朝、早くに出勤されて遅くに帰宅なさっていますよね。繁忙期なんですか?」
「いや……すまない」
何に対する謝罪なのか。
アデレードは実のところペイトンが自分を避けて早朝出勤しているとは全く思っていなかった。
第一に、ペイトンが逃げる理由などないから疑ってもいないし、第二に、人の嘘を見破らない方がよい、というのがアデレードの傷つかない為の処世術でもあったから。
例えば、自分との約束をキャンセルして他の女性と出掛けていたり、出席しないと言っていた夜会で出会してしまったり。
知らなければよいことは知らない方がよいのだ。
だが、ペイトンが謝ったことで、仕事が忙しいというのは嘘かもしれないな、と気づいてしまった。尤も特に興味はないし、好きにしてくれて構わないので、
「お体に障らないように気をつけてください」
とだけ返した。
「ら、来週からは、いつも通りに戻れる」
「そうですか」
「何処か行きたい場所があるなら、連れて行くが……」
デートのお誘いなんだろうか。
母親に言われて渋々誘ってきたレイモンドの言動と被って聞こえて、
「いえ、特にないです」
と答えると、
「……そうか」
と短い返事の後、また会話が途切れた。
折角誘ってくれたのに失礼だったかな、と思う反面、契約的にはこれで正解な気もする。
ペイトンが自分と二人で出掛けたいわけはない。
むしろ誘いに乗ったらこちらに加点がついてしまうかもしれない。
とはいえ演技でも人に冷たくするのは気分がよいものではないな、とアデレードは思った。
「あ、君が内祝いの手配をしてくれたと聞いた、が」
とペイトンが恐る恐るといった風に口を開いた。
話し掛けてこないなら、別にこちらからも喋る必要はない、とアデレードも無言を貫いていたが、
「はい」
ペイトンのことは好きでも嫌いでもないので話し掛けられたら普通に返事は返す所存だ。
「すまない」
「いえ、妻の務めですから」
アデレードが答えるとペイトンが顔を赤らめる。相変わらずよくわからない反応だ。
「この街は気に入ったか?」
「え?」
「よく観光に出掛けていると聞いている」
暇つぶしに出掛けているだけで、気に入るも気に入らないもない。
「え、まぁ……そうですね」
「何処に出掛けたんだ?」
さっきまでとは打って変わり、急にめっちゃ細かく聞いてくるじゃん、という感想が脳裏に走る。
契約に則った妻を大切にする演技なんだろうか。
(だったら私は冷たくあしらうべき? でもねぇ……)
喋るの嫌いなんだよね、なんて普通言わないし言えない。
レイモンドがいかに自分を舐めていたのかよく分かる。
アデレードはムカムカしてきたが、ペイトンに当たるのは間違っているので、
「スイーツ店を巡っていました」
と冷静に答えた。
「甘い物が好きなのか?」
「はい」
「そうか。今から行く店は海外のコンクールで何度も優勝している菓子職人がいる店だ」
「そうなんですか。楽しみです」
「あぁ、沢山食べなさい」
ペイトンが急に親戚のおじさんみたいなことを言うので、ふふっとアデレードは吹き出した。
「な、何故笑うんだ?」
「いえ、すみません」
「別に怒っているわけじゃ……」
ペイトンがあわあわして言うのも、アデレードは不可解で面白かった。
女嫌いというより女性が苦手という印象を受ける。
こんなに容姿が整っていて、侯爵家の嫡男で、父親から承継した事業も順風に繁盛させて、非の打ち所がないような男が、十八歳の小娘に何をたじろぐ必要があるのか。
「わかっています」
「ならいいが」
そして、再びの沈黙が落ちるが、ペイトンがこちらを意識していることと、何か話かけてようとしている気配は感じた。
見て見ぬふりは苛めっ子のような気がして、
「お仕事忙しそうですね」
とアデレードは話題を振った。
「え、あ、まぁ……そうだな」
「毎朝、早くに出勤されて遅くに帰宅なさっていますよね。繁忙期なんですか?」
「いや……すまない」
何に対する謝罪なのか。
アデレードは実のところペイトンが自分を避けて早朝出勤しているとは全く思っていなかった。
第一に、ペイトンが逃げる理由などないから疑ってもいないし、第二に、人の嘘を見破らない方がよい、というのがアデレードの傷つかない為の処世術でもあったから。
例えば、自分との約束をキャンセルして他の女性と出掛けていたり、出席しないと言っていた夜会で出会してしまったり。
知らなければよいことは知らない方がよいのだ。
だが、ペイトンが謝ったことで、仕事が忙しいというのは嘘かもしれないな、と気づいてしまった。尤も特に興味はないし、好きにしてくれて構わないので、
「お体に障らないように気をつけてください」
とだけ返した。
「ら、来週からは、いつも通りに戻れる」
「そうですか」
「何処か行きたい場所があるなら、連れて行くが……」
デートのお誘いなんだろうか。
母親に言われて渋々誘ってきたレイモンドの言動と被って聞こえて、
「いえ、特にないです」
と答えると、
「……そうか」
と短い返事の後、また会話が途切れた。
折角誘ってくれたのに失礼だったかな、と思う反面、契約的にはこれで正解な気もする。
ペイトンが自分と二人で出掛けたいわけはない。
むしろ誘いに乗ったらこちらに加点がついてしまうかもしれない。
とはいえ演技でも人に冷たくするのは気分がよいものではないな、とアデレードは思った。
201
あなたにおすすめの小説
八年間の恋を捨てて結婚します
abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。
無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。
そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。
彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。
八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。
なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。
正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。
「今度はそうやって気を引くつもりか!?」
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
私のことは愛さなくても結構です
ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。
一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。
彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。
サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。
いわゆる悪女だった。
サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。
全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。
そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。
主役は、いわゆる悪役の妹です
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる