愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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11-3 ぼっこぼこに

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「わー、美味しそうですね」

 アデレードは、ペイトンをそっちのけで食事に夢中になった。

 スープ、魚料理、肉料理と次々運ばれてくる。一皿食べ終えたら、すぐ次がくる。明らかに品出しのスピードが速い。

 アデレードは全く気にする様子はなかったが、ペイトンは、


(しまったな)


 と思った。

 この店で食事を取る際には「間隔を短くしてくれ」と依頼している。

 恐らく今回も店が気を利かせてその配分で料理を提供している。

 自分が指示したわけではないのだが、ペイトンはなんとなく後ろ暗く思った。

 
「なんか、段々腹が立ってきたな……」


「え」


 アデレードが誰に言うともなしに呟く。

 ペイトンは、一瞬料理の提供に関してアデレードが何か勘づいたのかとギクッとなったが、


「あの女達に馬鹿にされる筋合いないんだけど」


「え?」


「大体、嫌なら嫌ってはっきりいえばいいのに……結婚するなんて言わなきゃ良かったのに!」


 ドンッとアデレードがテーブルを叩く。大した力でもないので、食器が飛び跳ねるなんてことはないが、


(酒乱の気があるんじゃないか。やっぱり酒に弱いんじゃないか)


 とペイトンは呆れ気味に思った。

 アデレードは顔が赤いのはさることながら、どう見ても目が素面のそれじゃない。

 食事と共に運ばれてきたワインをグビグビ飲むのを好きにさせていたが、料理が早く運ばれてくる分、ピッチも早かった。


「君、大きな声出すのはやめなさい」


 衝立で仕切られているとはいえ大声を出せば隣に聞こえる。


「なんで私が悪いみたいに言われないといけないの!」


「いや、僕はいいんだが、他の人に迷惑だから……」


 ペイトンが途端に弱気で返す。


「うわーん。ひどいよー!」


「だから、ほら、他の人の邪魔になるから……」


 ペイトンはおろおろして立ち上がりアデレードの傍まで寄った。衝立の向こうの席を気にしながら、


「きつい言い方をして悪かったよ」


 とアデレードにだけ聞こえるように言う。

 それでアデレードのトーンは下がったのだが、今度は声を殺してポロポロ泣き出した。

 状況は全く改善しておらず、むしろこっちの方が心理的にくる。

 ペイトンがどうしてよいのかあわあわしてる間に、アデレードは、


「嫌いなら嫌いで仕方ないけど誠実な態度で断るべきでしょう。なんで好きな気持ちを馬鹿にされなきゃいけないの? だったら初めから結婚するとか言うな」


 と憎々しげに言った。

 何の話だ、と一瞬思ったが、勿忘草の内容であることは直ぐに理解できた。

 同時に「まぁ、確かに」とペイトンは思った。

 ダリルはラウラが恋を諦めようとするタイミングで気を引くようなことをしていた。

 人の気持ちを弄ぶ真似をして非道な男だと思ったが、それ以上にそんな男に引っかかるラウラを愚かだとペイトンは感じていた。

 でも、ラウラ贔屓のアデレードはダリルに腹が立つのだろう。ここまで主人公に肩入れするか? と思わなくもないが、


「そんなに好きだとは知らなかったんだよ。悪く言ってすまなかった」


 とにかく今は泣き止ませるのが先決なので謝った。


「知らないわけないでしょ!」


「いや、本当にそんなに好きだとは思わなかったんだよ」


「別にもう好きじゃない」
 

 だったらなんでこんなに泣きじゃくるんだよ、絶対好きだろ、とペイトンは頭を抱えた。

 アデレードがぐじぐじ鼻をすするので、胸ポケットのハンカチーフを差し出すが、全く受け取る気配がない。

 やむなくペイトンはそっと涙を拭うようにハンカチをアデレードの頬に添わせる。 


「あいつら、ぼっこぼこにしてやる」


 アデレードは顔に当てられたハンカチは気に留めることなく何処か遠くを見て言った。


「あいつら?」


「あの無礼な女達よ」


 アデレードの言葉に、ペイトンは、ダリルが浮名を流していた令嬢達がラウラを嘲笑する場面があったな、と劇中の一場面を脳裏に浮かべた。


(ぼこぼこにするって誰を? 演者を? そんな馬鹿な)


 しかし、ここで否定的なことを言ったらまた喚きだしそうだと判断して、


「暴力はよくないから謝罪させるくらいにするのがいいんじゃないか」


 とやんわり告げた。

 その言葉を聞いてアデレードがゆっくり視線だけこちらへ向ける。

 ペイトンは一瞬、全面的に肯定すればよかったと後悔したが「わかりました」とアデレードが素直に頷いたので、拍子抜けした。

 それから急に大人しくなったので、このまま演劇のことを蒸し返させないようにしなければ、と、


「ほら、顔を拭いて。もうすぐデザートが来るんじゃないか。君、甘い物好きだろう?」


 とペイトンはアデレードの顔を拭いながら言った。

 アデレードはあまり厚化粧でないせいか、さほど大惨事にはなっていない。ただ、目の下が黒いので、どうにかそれを綺麗にしたくてペイトンはハンカチを何度も擦りつけるが落ちない。

 少し水分を含ませた方がよいのでは、とテーブルの水のグラスを手にしてハンカチを濡らし、再度チャレンジする。

 アデレードは自分で顔を整える気が全くないらしい。されるがままぼんやりしている。

 自分でやれと言って、また荒れ狂うと困るため、ペイトンはできるだけ刺激しないように丁寧に顔に触れた。
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