愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

文字の大きさ
69 / 119

21-2 月桂樹

しおりを挟む
「私の罪を告白します」


 月桂樹の物語は、ハリス・ファーガーソン公爵の独白で始まる。

 社交界きっての好色家として名を馳せる美貌の男。

 そんなハリスの愛の放蕩は両親の結婚に起因していた。

 ファーガーソン公爵家の一人娘であるアンネロッサと、アシェット男爵家の次男カルロの結婚は、当時身分差を超えたラブロマンスとして社交界をざわつかせた。

 二人が出会ったのは、とある夜会。

 アンネロッサは、美丈夫として有名だったカルロに一目で心を奪われた。

 箱入り娘のアンネロッサは、娘に甘い両親に頼んで、すぐにアシェット男爵へ結婚の打診した。

 アシェット男爵家の面々は公爵家からの申し出を手放しに喜び、話はとんとん拍子に進んだ。

 結婚式はアンネロッサが望む通りの華やかなもので、新生活は順風満帆。一年後にはハリスが誕生し、幸せを絵に描いたような生活を送っていた。

 しかし、ハリスが八歳になる年に、カルロの浮気が発覚したことで全てが崩れ落ちる。その浮気相手が、かつてカルロと婚約を結んでいた相手だったから。

 アンネロッサとの結婚前、カルロには幼馴染で相思相愛の婚約者がいた。

 商家の娘で、次男であるカルロは、結婚して婿入りすることが決まっていた。

 ところが、公爵家からの結婚の打診がきたため家族に説得され、また、ファーガーソン公爵家が幼馴染の実家への圧力をかけたこともあり、二人は泣く泣く別れることになった。

 だから、カルロの浮気相手について調べさせた時、それが元婚約者だと知り、これまでの結婚生活が偽りだったこと、カルロが自分に囁いた愛が嘘だったことを初めて理解して、半狂乱に陥った。

 そして、その恨みは理不尽に元婚約者に向かった。

 元婚約者の実家である商家の取引先に圧力をかけ、一家を王都から追い立てた。

 カルロは、

「悪いのは自分だ。彼女には何の罪もないだろう」

 と必死で止めたが、アンネロッサの憎悪はますだけだった。

 そんな泥沼の愛憎劇が続く中、カルロと元婚約者は、突然に馬車事故で亡くなる。奇しくも元婚約者一家が王都を離れる前日の出来事だった。

 もしかして心中したのでは? と疑問が挙がった。

「もう二度と二人で会わないと約束したのにどうして!」

 と元々不安定だったアンネロッサは、更に精神を患い床に臥し、そのまま儚くなった。

 ファーガーソン公爵家はすぐに騒動の火消しに走り、一連の出来事は大きなスキャンダルとして表舞台で噂になることはなかったけれど、父への執着で精神を蝕まれていく母親の姿を見ていたハリスの心には、重い影を残した。

 それから十五年、祖父母に厳しくも甘く育てられたハリスは、母から受け継いだ次期公爵家当主という地位と父親譲りの美貌で、気ままな独身生活を謳歌していた。

 夜会に参加しては、言い寄って来る女性と刹那の恋を楽しむ日々。

 その根源にあるのは「母親のようにならないため」という心理だった。母の過ちは一人の男に執着したこと。だから、自分は多くの女性に愛をばら撒くのだ、と。

 そんなハリスの屋敷に、一人の令嬢がメイドとして雇われる。

 父親の事業の失敗で爵位を返上した哀れな娘だった。領地を売り払うことで借金は返済できたものの、食い扶持に困り働き口を探し隣国から来たらしい。祖父の古い知人で身元ははっきりしているため雇い入れた。

 ハリスは、元伯爵家の令嬢のメイドか、と面白半分で声を掛けた。


「やぁ、ラウラ。一緒にお茶をどうだい?」


「有難うございます。でも、仕事中ですから」


「別に構わないさ。屋敷の主人である僕が許可しているんだから」


 しかし、生真面目なラウラは応じなかった。


「主人と関係を持って屋敷を追い出されたら困るから乗ってこないのかな。公爵夫人を狙ってくるような狡猾なタイプでもなさそうだし」


 とハリスは一人ごちた。ならば、


「よし、今から一時間屋敷の者全てに休憩を与える。休み時間なら僕とのティータイムに付き合ってくれるだろう?」


 とハリスは家令に命じて使用人達に休憩時間を与えた。

 流石にこの状態で断るわけにはいかず、ラウラは苦笑いで茶会の席に着いた。
 
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

処理中です...