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47-4 大盤振る舞い
まどろむような空間に、食べきれないケーキの山。
アデレードは、小さい頃の願いが叶ったような幸福をかみしめるようにフォークを運んだ。
以前は、もったいぶって食べていたが、今日は思う存分味わえる。
大きく切ったり、小さく切ったり、ケーキを倒して側面から食べてみたりと機嫌よく食べすすめた。
「もう一切れ食べていいですか」
「あぁ。全部君のだ」
「旦那様の分も取り分けましょうか?」
「いや、僕はまだあるから」
「そうですか」
ワゴンに乗ったケーキは、店員が気を利かせて、既に等分にカットされてある。
立ち上がり一切れ皿に盛って座り直すと、ペイトンがチラッと時計を気にしたのが見えた。
「ここって時間制限とかあるんですか?」
アデレードが尋ねると、ペイトンは驚いた表情で顔を上げた。
「え、何故? 制限なんてないよ」
「今、時計を気にしていたから」
「……君は、存外目ざといな」
ペイトンは笑った。
その時、コンッと不自然に一度だけノックの音が響いた。先ほどと違って店員が入ってくる様子はない。
「今、ノックの音、聞こえませんでした?」
アデレードが不審に思ってペイトンに向き直り、もう一度尋ねた。
「ノックありましたよね?」
「……あぁ、時間切れの合図だよ」
「え、なんですか。やっぱり時間制限あるんじゃないですか」
そういうことは先に教えて欲しい、とアデレードは唇を尖らせた。
「違う。時間切れなのは、僕と君の契約の話だ」
「え?」
「契約は君の勝ちで終了だ。潔く負けを認めるよ」
脈略のない唐突な発言に、アデレードは口を開いたまま呆けた。
残りの期間継続することに意味がない、とジェームスに指摘されたことを思い出した。
でも、まさか今ここで敗北宣言されるとは夢にも思っていなかった。
心臓が細かく脈打って、喉元に言葉が溜まっていく感覚。どう答えてよいかわからない。でも、何か言わなくては、と、
「……諦めるんですか?」
どうにか絞り出した。途端にゾッと怖気が走った。
今のはなし! と大声で叫びだしてしまいたくなった。
だって、まるで縋るみたいな言葉じゃないか。冗談じゃない。そういうのはもうやめたはずだ。惨めったらしいのはごめん。
早く訂正しなくては。いや、違う。ペイトンが急に負けを認めたから驚いただけ。
下手に言い訳するのは変だ。
アデレードはぐるぐる回る焦る気持ちを抑えて、
「まぁ、いいですけど」
明るい口調で目を細めて、できるかぎり抑揚のない声で言った。
興味なさげに聞こえるように。
ペイトンの方は見なかった。
ただ、笑顔であり続けた。
フォークを持つ手がじんと熱い。
残りの五月はどうなるのか。このまま自分はノイスタインに残ることになるのか。そんな現実的なことが浮かんできた。
八十歳になっても助けに来てくれるんじゃないのか。嘘つき。何だよそれ、何だよそれ、と責める気持ちも。
でも、それも全てを呑み込んだ。感情の一滴も溢さないように。
ぎゅうぎゅうに心のうちっ側に詰め込んで、皿の上のケーキを見つめた。
「罰則は、負けた方が勝った方の喜ぶことをするんだったな?」
ペイトンがどんな顔で話しているのか顔は上げられなかった。
静かで穏やかな声が、ひどく遠くに感じる。
「……そうですね。じゃあ、まぁ、このケーキが罰則ってことで」
「これはポケットチーフの礼だと言っただろう」
「別に、このケーキで十分ですよ。他に食べたい物なんてないし」
「食べ物限定じゃなかっただろ」
顔は伏せたままいたけれど、ペイトンがちょっと笑ったのがわかった。
それに無性にイラっとした。多分、怒りの感情がいちばん楽だったから。
「じゃあ、なんですか?」
自然に口調がきつくなる。この会話のいきつく先に何があるのか。せめて夕食を終えてから言えばいいのに、と怒りのボルテージが上がっていく。
「隣の部屋に用意してある。行ってくるといい」
「隣?」
ペイトンの慈しむような優しい声。自分との温度差に寒くなる。アデレードは唇をきゅっと結んだ。
(折角、いい気分だったのに)
なんでわざわざ隣の部屋になど行かなくてはいけないのか。
一体何を買ったんだ。店の二部屋も占拠して迷惑が掛かっているじゃないか。
面倒くさい。本当に面倒くさい。
でも、もうなんでもいい。チラッと覗いて、喜んだふりをして、とっとと終わらせればいい、と投げやりな感情が湧いた。
「わかりました。見てきます」
アデレードは立ち上がり足早に入り口へ向かったが、
「アデレード」
呼び止められて、仕方なく振り返った。
「なんですか?」
目は合わせなかった。
ペイトンは椅子に腰掛けたままで、一緒に来る気はないらしい。
サプライズなのだから、反応を確かめようと思わないのだろうか。
罰を果たせばそれでよいということか、とくさくさ思った。けれど、
「これは、かなりの大盤振る舞いなんだぞ」
ペイトンの呑気な言葉に、アデレードは脱力した。
多分、本当に喜ばせようとしていることが、嫌なくらい伝わってくる。
遅かれ早かれこの結果になった。怒るのはお門違い。そう考えると急速に頭が冷えた。
「……期待しますね」
アデレードは笑顔を作って廊下へ出た。
気持ちを切り替えるため、一度深く息を吸って、指示された隣室へ向かう。
部屋は右隣にひとつだけ。迷う余地はなかった。
ドアの前に立ち、ノブに手をかけるとカチリと音がした。金
に物を言わせるタイプのペイトンがわざわざ言うほどの大盤振る舞いとは何か。
(きっと高い物だよね。困るな)
ドレスや宝石が一面に飾られていそう、とアデレードは思った。
でも、一体いつ用意したのか。契約を終わらせるつもりで、以前から粛々と準備していたのか。
疑問はいろいろ浮かぶ。
とりあえず部屋の中を確認しようと押し入るように扉を開けた。
瞬間、足がすくんで動けなくなった。
「なんで……」
目に飛び込んできたのは、レイモンドの姿だった。
アデレードは、小さい頃の願いが叶ったような幸福をかみしめるようにフォークを運んだ。
以前は、もったいぶって食べていたが、今日は思う存分味わえる。
大きく切ったり、小さく切ったり、ケーキを倒して側面から食べてみたりと機嫌よく食べすすめた。
「もう一切れ食べていいですか」
「あぁ。全部君のだ」
「旦那様の分も取り分けましょうか?」
「いや、僕はまだあるから」
「そうですか」
ワゴンに乗ったケーキは、店員が気を利かせて、既に等分にカットされてある。
立ち上がり一切れ皿に盛って座り直すと、ペイトンがチラッと時計を気にしたのが見えた。
「ここって時間制限とかあるんですか?」
アデレードが尋ねると、ペイトンは驚いた表情で顔を上げた。
「え、何故? 制限なんてないよ」
「今、時計を気にしていたから」
「……君は、存外目ざといな」
ペイトンは笑った。
その時、コンッと不自然に一度だけノックの音が響いた。先ほどと違って店員が入ってくる様子はない。
「今、ノックの音、聞こえませんでした?」
アデレードが不審に思ってペイトンに向き直り、もう一度尋ねた。
「ノックありましたよね?」
「……あぁ、時間切れの合図だよ」
「え、なんですか。やっぱり時間制限あるんじゃないですか」
そういうことは先に教えて欲しい、とアデレードは唇を尖らせた。
「違う。時間切れなのは、僕と君の契約の話だ」
「え?」
「契約は君の勝ちで終了だ。潔く負けを認めるよ」
脈略のない唐突な発言に、アデレードは口を開いたまま呆けた。
残りの期間継続することに意味がない、とジェームスに指摘されたことを思い出した。
でも、まさか今ここで敗北宣言されるとは夢にも思っていなかった。
心臓が細かく脈打って、喉元に言葉が溜まっていく感覚。どう答えてよいかわからない。でも、何か言わなくては、と、
「……諦めるんですか?」
どうにか絞り出した。途端にゾッと怖気が走った。
今のはなし! と大声で叫びだしてしまいたくなった。
だって、まるで縋るみたいな言葉じゃないか。冗談じゃない。そういうのはもうやめたはずだ。惨めったらしいのはごめん。
早く訂正しなくては。いや、違う。ペイトンが急に負けを認めたから驚いただけ。
下手に言い訳するのは変だ。
アデレードはぐるぐる回る焦る気持ちを抑えて、
「まぁ、いいですけど」
明るい口調で目を細めて、できるかぎり抑揚のない声で言った。
興味なさげに聞こえるように。
ペイトンの方は見なかった。
ただ、笑顔であり続けた。
フォークを持つ手がじんと熱い。
残りの五月はどうなるのか。このまま自分はノイスタインに残ることになるのか。そんな現実的なことが浮かんできた。
八十歳になっても助けに来てくれるんじゃないのか。嘘つき。何だよそれ、何だよそれ、と責める気持ちも。
でも、それも全てを呑み込んだ。感情の一滴も溢さないように。
ぎゅうぎゅうに心のうちっ側に詰め込んで、皿の上のケーキを見つめた。
「罰則は、負けた方が勝った方の喜ぶことをするんだったな?」
ペイトンがどんな顔で話しているのか顔は上げられなかった。
静かで穏やかな声が、ひどく遠くに感じる。
「……そうですね。じゃあ、まぁ、このケーキが罰則ってことで」
「これはポケットチーフの礼だと言っただろう」
「別に、このケーキで十分ですよ。他に食べたい物なんてないし」
「食べ物限定じゃなかっただろ」
顔は伏せたままいたけれど、ペイトンがちょっと笑ったのがわかった。
それに無性にイラっとした。多分、怒りの感情がいちばん楽だったから。
「じゃあ、なんですか?」
自然に口調がきつくなる。この会話のいきつく先に何があるのか。せめて夕食を終えてから言えばいいのに、と怒りのボルテージが上がっていく。
「隣の部屋に用意してある。行ってくるといい」
「隣?」
ペイトンの慈しむような優しい声。自分との温度差に寒くなる。アデレードは唇をきゅっと結んだ。
(折角、いい気分だったのに)
なんでわざわざ隣の部屋になど行かなくてはいけないのか。
一体何を買ったんだ。店の二部屋も占拠して迷惑が掛かっているじゃないか。
面倒くさい。本当に面倒くさい。
でも、もうなんでもいい。チラッと覗いて、喜んだふりをして、とっとと終わらせればいい、と投げやりな感情が湧いた。
「わかりました。見てきます」
アデレードは立ち上がり足早に入り口へ向かったが、
「アデレード」
呼び止められて、仕方なく振り返った。
「なんですか?」
目は合わせなかった。
ペイトンは椅子に腰掛けたままで、一緒に来る気はないらしい。
サプライズなのだから、反応を確かめようと思わないのだろうか。
罰を果たせばそれでよいということか、とくさくさ思った。けれど、
「これは、かなりの大盤振る舞いなんだぞ」
ペイトンの呑気な言葉に、アデレードは脱力した。
多分、本当に喜ばせようとしていることが、嫌なくらい伝わってくる。
遅かれ早かれこの結果になった。怒るのはお門違い。そう考えると急速に頭が冷えた。
「……期待しますね」
アデレードは笑顔を作って廊下へ出た。
気持ちを切り替えるため、一度深く息を吸って、指示された隣室へ向かう。
部屋は右隣にひとつだけ。迷う余地はなかった。
ドアの前に立ち、ノブに手をかけるとカチリと音がした。金
に物を言わせるタイプのペイトンがわざわざ言うほどの大盤振る舞いとは何か。
(きっと高い物だよね。困るな)
ドレスや宝石が一面に飾られていそう、とアデレードは思った。
でも、一体いつ用意したのか。契約を終わらせるつもりで、以前から粛々と準備していたのか。
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⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。