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第28話
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スーツの男は無言で魔導書を掲げて戦闘態勢を取った。
櫻居は慌てて足を止め、敵意はないと両手を上げて見せる。
「ま、待って、私はただ――」
「だったらお前の魔導書の能力をここで説明して見せろ」
その発言に櫻居は思わず固まる。 男の発言がどういったものかを計りかねていたからだ。
警戒されているのは理解している。 その一環として彼女の魔導書の能力を明かせというのであれば、意図には気付かれていない。 説明しろと言われるのはまったく想定していなかった訳ではないので、小さく呼吸して気持ちを落ち着ける。
「そんなに強い悪魔ではないの。 意識を少し朦朧とさせる程度の物で――」
『12/72』の能力を全て明かす訳にはいかないので、肝心な部分をぼかして話す。
実際は異性に対する強烈な魅了だ。 知られれば警戒されるどころか攻撃されかねないので、仮に何もする気がなくても明かす事は危険だった。
「なるほど。 話はよく分かった。 取りあえず敵って事で良さそうだな」
――<第二小鍵 28/72>
男の脇に真っ赤な騎士の姿をした悪魔が現れた。
「な、何で――」
それは二重の意味での疑問だった。 建前上は何もしていないのにどうして襲うのかと尋ねる意味合いだったが、本音では意図がバレたと半ば以上の確信に対する疑問だ。
「取りあえず不安でございって面で近寄って来る癖に能力を隠す点」
「私は嘘なんて吐いていない!」
「『12/72』。 能力は異性を誘惑する事だろ?」
言い当てられて櫻居は思わず口籠る。
どうして!? 能力どころか名前までいい当てられた!?
あの悪魔の能力? 魔導書を使っている様子は見られなかった。
もう一人の悪魔の能力? だとしても伝えている様子はなかった。
一体、どうやって……。 櫻居は疑問や混乱を必死に押し殺してどうにか弁明をと思考を回す。
こいつ等は明らかに戦闘を経験しており、味方に付けられればかなり有利に進められる。
――ここが正念場だ。
意地でもこいつらを私の虜にして見せる。 そんな気持ちで言い訳を考えていたが、男は白けた視線を櫻居の背後に向けた。
「た、確かに隠していた事は謝るわ。 でも、それを言ってしまうとあなた達に警戒されると思って……」
「いや、もういいって。 だったら、あんたの後ろで控えてる悪魔は何なんだよ。 どう見ても俺らが警戒を解いた瞬間にそいつに俺らを操らせるつもりなんだろ?」
「な、何で……」
「舐めるのも大概にしておけよ。 お前が胡散臭いのは最初からバレてんだ。 そもそも出会い頭に助けを求めてくる時点で怪しい。 俺なら様子を窺うか、警戒する」
男がさっきから黙っていた学生風の男の男に視線を向けると肩を竦めて見せた。
「そっすね。 初っ端から取り入る気満々なのはぶっちゃけ怪しかったです。 ついでに後ろに悪魔を控えさせといて助けてとか何の冗談かと思いましたよ」
「で、悪魔の能力は異性の誘惑とか、もう疑う余地なしだろ。 おい、なにか言い訳あるなら言ってみろ」
最初から完全にバレていた。 第二位階で召喚した悪魔の存在も能力すら把握されている。
櫻居の目論見は完全に破綻した。 こうなると逃げるしかない。
一歩下がると同時に悪魔の騎士が威嚇するように持っていた長槍を向ける。
「祐平、悪魔には効かないんだな」
「はい、『12/72』の能力はあくまで異性にしか効果がありません。 要は術者の認識が重要で、この女がはっきりと性別を認識できない相手には効果がありませんし、そもそも召喚した悪魔は術者の支配下にあるので仮にかかっても動きを鈍らせる程度でコントロールを奪うまでは無理です」
――何でそんな事まで分かるのよ!?
自らの使役する悪魔の能力を完全に把握されている事に櫻居は青褪める。
恐らく隣の男――祐平が何かをした結果なのは察していたが、察したところでどうにもならない。
目の前の騎士は明らかに彼女の使役する悪魔より強そうだった。 そもそも戦闘に自信がなかったからこそ、彼女はこんな回りくどい方法を取ったのだ。
誘惑できないのなら逃げるしかないが、この状況で果たして逃げられるのだろうか?
「素直に魔導書を寄越して俺達に従うのなら守るぐらいの事はしてやる。 それが嫌ならぶちのめした上で魔導書を取り上げる。 好きな方を選べ」
「……保護して欲しいって体で来たんですからそれが本当になるって思って諦めたらどうです?」
櫻居は黙る。 素直に保護を求め、魔導書を引き渡したとして目の前の二人が彼女を守ってくれる保証はない。 渡した瞬間、用済みだと断じて殺す、またはこの場に放置される可能性もある。
渡せるわけがなかった。 手放しで他人を信用できるのなら最初からこんな手段を取っていない。
その為、櫻居の中には魔導書を引き渡す選択肢は存在しなかった。
不自然に思われないように一歩下がる。 召喚した悪魔に自分を抱えさせて逃げるしかない。
「いや、見えてるんで逃げようとしても無駄っすよ」
祐平は手に口を当ててそう呟くように言う。
同時に騎士が駆け出し、櫻居の脇を通り抜ける。 意図を悟って振り返るが、もうどうにもならない。
二体の悪魔が闇の奥で戦う気配。 その間に男が目の前に現れ、魔導書を取り上げる。
「あっ、返しなさい、返して!」
「所有権を放棄しろ。 しないなら最悪、殺さないといけなくなる」
暗に渡さなければ殺すと言っているようなものだった。 少し遅れて彼女の悪魔が敗北し消滅。
――終わった。
完全に手立てがない。 粘るのも手だが、男が本気なら本当に殺されてしまう。
「……ちゃんと守ってくれるの?」
「絶対とは言わないがやれるだけはやろう」
「それじゃ困るのよ! あんた達が私を見捨たらその時点で終わりなんだからそこは約束しなさいよ!」
「それが素か。 お前、自分の立場分かってるのか? 殺されないだけありがたく思え」
怒鳴りつける櫻居に男は肩を竦めて見せ、さっさと渡せと促す。
怒りに身を震わせたが、やがて諦めて項垂れる。
男はそれを悟ったのか魔導書を祐平に投げて寄こす。
「ちょ、水堂さん!?」
「俺ばっかり持ってても仕方がないだろうが、お前が持ってろ」
櫻居の諦めを感じ取った魔導書が彼女手から離れ、祐平の魔導書へと統合された。
これで終わり。 彼女はもうどうしようもなく、流れに身を任せるしかないと諦める。
「さて、いまいち信用はできないが、約束は約束だ。 あんたを保護する。 ついて来い」
そう言って男――水堂は歩き出した。
櫻居は慌てて足を止め、敵意はないと両手を上げて見せる。
「ま、待って、私はただ――」
「だったらお前の魔導書の能力をここで説明して見せろ」
その発言に櫻居は思わず固まる。 男の発言がどういったものかを計りかねていたからだ。
警戒されているのは理解している。 その一環として彼女の魔導書の能力を明かせというのであれば、意図には気付かれていない。 説明しろと言われるのはまったく想定していなかった訳ではないので、小さく呼吸して気持ちを落ち着ける。
「そんなに強い悪魔ではないの。 意識を少し朦朧とさせる程度の物で――」
『12/72』の能力を全て明かす訳にはいかないので、肝心な部分をぼかして話す。
実際は異性に対する強烈な魅了だ。 知られれば警戒されるどころか攻撃されかねないので、仮に何もする気がなくても明かす事は危険だった。
「なるほど。 話はよく分かった。 取りあえず敵って事で良さそうだな」
――<第二小鍵 28/72>
男の脇に真っ赤な騎士の姿をした悪魔が現れた。
「な、何で――」
それは二重の意味での疑問だった。 建前上は何もしていないのにどうして襲うのかと尋ねる意味合いだったが、本音では意図がバレたと半ば以上の確信に対する疑問だ。
「取りあえず不安でございって面で近寄って来る癖に能力を隠す点」
「私は嘘なんて吐いていない!」
「『12/72』。 能力は異性を誘惑する事だろ?」
言い当てられて櫻居は思わず口籠る。
どうして!? 能力どころか名前までいい当てられた!?
あの悪魔の能力? 魔導書を使っている様子は見られなかった。
もう一人の悪魔の能力? だとしても伝えている様子はなかった。
一体、どうやって……。 櫻居は疑問や混乱を必死に押し殺してどうにか弁明をと思考を回す。
こいつ等は明らかに戦闘を経験しており、味方に付けられればかなり有利に進められる。
――ここが正念場だ。
意地でもこいつらを私の虜にして見せる。 そんな気持ちで言い訳を考えていたが、男は白けた視線を櫻居の背後に向けた。
「た、確かに隠していた事は謝るわ。 でも、それを言ってしまうとあなた達に警戒されると思って……」
「いや、もういいって。 だったら、あんたの後ろで控えてる悪魔は何なんだよ。 どう見ても俺らが警戒を解いた瞬間にそいつに俺らを操らせるつもりなんだろ?」
「な、何で……」
「舐めるのも大概にしておけよ。 お前が胡散臭いのは最初からバレてんだ。 そもそも出会い頭に助けを求めてくる時点で怪しい。 俺なら様子を窺うか、警戒する」
男がさっきから黙っていた学生風の男の男に視線を向けると肩を竦めて見せた。
「そっすね。 初っ端から取り入る気満々なのはぶっちゃけ怪しかったです。 ついでに後ろに悪魔を控えさせといて助けてとか何の冗談かと思いましたよ」
「で、悪魔の能力は異性の誘惑とか、もう疑う余地なしだろ。 おい、なにか言い訳あるなら言ってみろ」
最初から完全にバレていた。 第二位階で召喚した悪魔の存在も能力すら把握されている。
櫻居の目論見は完全に破綻した。 こうなると逃げるしかない。
一歩下がると同時に悪魔の騎士が威嚇するように持っていた長槍を向ける。
「祐平、悪魔には効かないんだな」
「はい、『12/72』の能力はあくまで異性にしか効果がありません。 要は術者の認識が重要で、この女がはっきりと性別を認識できない相手には効果がありませんし、そもそも召喚した悪魔は術者の支配下にあるので仮にかかっても動きを鈍らせる程度でコントロールを奪うまでは無理です」
――何でそんな事まで分かるのよ!?
自らの使役する悪魔の能力を完全に把握されている事に櫻居は青褪める。
恐らく隣の男――祐平が何かをした結果なのは察していたが、察したところでどうにもならない。
目の前の騎士は明らかに彼女の使役する悪魔より強そうだった。 そもそも戦闘に自信がなかったからこそ、彼女はこんな回りくどい方法を取ったのだ。
誘惑できないのなら逃げるしかないが、この状況で果たして逃げられるのだろうか?
「素直に魔導書を寄越して俺達に従うのなら守るぐらいの事はしてやる。 それが嫌ならぶちのめした上で魔導書を取り上げる。 好きな方を選べ」
「……保護して欲しいって体で来たんですからそれが本当になるって思って諦めたらどうです?」
櫻居は黙る。 素直に保護を求め、魔導書を引き渡したとして目の前の二人が彼女を守ってくれる保証はない。 渡した瞬間、用済みだと断じて殺す、またはこの場に放置される可能性もある。
渡せるわけがなかった。 手放しで他人を信用できるのなら最初からこんな手段を取っていない。
その為、櫻居の中には魔導書を引き渡す選択肢は存在しなかった。
不自然に思われないように一歩下がる。 召喚した悪魔に自分を抱えさせて逃げるしかない。
「いや、見えてるんで逃げようとしても無駄っすよ」
祐平は手に口を当ててそう呟くように言う。
同時に騎士が駆け出し、櫻居の脇を通り抜ける。 意図を悟って振り返るが、もうどうにもならない。
二体の悪魔が闇の奥で戦う気配。 その間に男が目の前に現れ、魔導書を取り上げる。
「あっ、返しなさい、返して!」
「所有権を放棄しろ。 しないなら最悪、殺さないといけなくなる」
暗に渡さなければ殺すと言っているようなものだった。 少し遅れて彼女の悪魔が敗北し消滅。
――終わった。
完全に手立てがない。 粘るのも手だが、男が本気なら本当に殺されてしまう。
「……ちゃんと守ってくれるの?」
「絶対とは言わないがやれるだけはやろう」
「それじゃ困るのよ! あんた達が私を見捨たらその時点で終わりなんだからそこは約束しなさいよ!」
「それが素か。 お前、自分の立場分かってるのか? 殺されないだけありがたく思え」
怒鳴りつける櫻居に男は肩を竦めて見せ、さっさと渡せと促す。
怒りに身を震わせたが、やがて諦めて項垂れる。
男はそれを悟ったのか魔導書を祐平に投げて寄こす。
「ちょ、水堂さん!?」
「俺ばっかり持ってても仕方がないだろうが、お前が持ってろ」
櫻居の諦めを感じ取った魔導書が彼女手から離れ、祐平の魔導書へと統合された。
これで終わり。 彼女はもうどうしようもなく、流れに身を任せるしかないと諦める。
「さて、いまいち信用はできないが、約束は約束だ。 あんたを保護する。 ついて来い」
そう言って男――水堂は歩き出した。
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